孤独な王子様と小鳥の娘
昔々、あるところに一人の王子様がおりました。
とは言ってもお祖父さんの代には隣の国に負けており、生まれた時から家来のように扱われておりましたが。
王子様の国はたくさん税金を取られ、隣の国や、他の国よりもはるかに貧しい暮らしを強いられているのでした。
ある時、二つの国の境目にあるお城で、隣の国の王様は言いました。
「やあお前、お前ももう立派な若者になった。そろそろ私が、いい結婚相手を見繕ってやろう」
「それはどうも。身に余る幸せでございます」
「そうだな、我が国にはこんな言い伝えがある。昔のある王は、無闇に条件を付けない方がいい妻を見つけられるとして、目隠しして石を投げた先にいた娘と結婚したと。伝統を守るのはいいことだ。お前が伝統を復活させて、若者たちに範を示すがいい」
王子様は内心、それは貴様の国が結婚外交をしていなかった時代の話だろう、しかも無闇に条件は付けないと言ってもその場に集められたのは皆貴族の娘だったぞ、と思いましたが、黙って頭を下げました。
「承知いたしました。お心遣いに感謝申し上げます」
王様たちは馬鹿にして笑いつつ、答えました。
「うん。さっそく明日にでも、あの庭で石を投げるがいい」
王子様は翌日、嫌で嫌で堪りませんでしたが、仕方なく目隠しをしました。
そして人に連れられてお城の庭に出ると、最早投げやりな気持ちで適当に、気配のする方向に石を投げました。
石は大きく弧を描いて飛んで行き── そして、木の幹に当たって落ちました。
目隠しを取った王子様が見たのは……木の根元に転がる石と、その木の枝に留まる一羽の小鳥でした。
「あの方の投げた石は、誰にも当たらなかったわ」
「木に当たって……鳥がいるわね?」
「ということは……」
ということで、王子様はその小鳥と結婚することになったのです。
王子様は自分の部屋の鳥籠の前で、この日何度目かの深い溜め息をつきました。
わざと豪華絢爛にされた結婚式で、王様たちが散々笑い者にしてきたばかりだったのです。
「鳥……鳥だなお前は、どこからどう見ても。もうどんな嫁でもいいと思っていたが、まさか人間ですらないとは……」
籠から出して手の平に載せると、小鳥はかわいらしく小首を傾げておりました。
「そもそもお前は雌なのか? 雄……いや、僕には分からん。明日、猟師にでも聞いてみるか」
猟師と聞いた途端、小鳥はぴーぴーと大騒ぎし、威嚇するかのように羽を逆立てました。
「嫌なのか? まあどっちでもいいんだ、雄だろうと雌だろうと……。関係ない。僕にも、この国の奴らにも……」
小鳥は王子様の指を蹴って飛び立つと、壁掛けの上に留まりました。
そして、その表面を小さな嘴でつっついています。
その壁掛けが織り出していたのは、睡蓮を髪に飾った、泉の妖精でした。
「……まさか、雌だって言いたいのか? いや、まさかな……」
小鳥はぴい、と一言鳴くと、今度は机の上の本に乗りました。その足の下には、「娘」と書かれています。
「嘘だろう、そんなまさか……。そうだ、こうしよう。お前は、僕の言っていることが分かるのか? 分かっているなら、僕の右手に来るんだ。分かるか? 右だ」
そう言いながら左手を差し出しましたが、小鳥は迷いなく、王子様の右手の甲に飛び込んできました。
王子様は考えました。
わざと留まりやすいように左手を出したのに、握っていた右手を選んで飛んできた。
これは、偶然ではない……。
その間、小鳥は王子様の温かい手の中で、気持ちよさそうに目を閉じておりました。
次の日、王子様はまた溜め息をついていました。王様にこう言われたためです。
「新婚の時に悪いのだが、お前の妃に刺繍の上着を作るよう頼んでくれないか。ちょうど、必要になったのだ」
王子様は、用意された布や針を忌々しげに見つめました。
「はあ、また下らん嫌がらせを……。どうするかな。僕は当然刺繍なんかできないし、この城の連中も協力しないだろう。僕の国に言おうにも見張られてるし、流しの商人でも探すしかないのかもな。ああ、それにしても口止め料も高くつくに決まってる……どうやって捻出するかだな……」
王子様は悩みながら鳥籠を掛け布の上から撫でていましたが、やがて眠ってしまいました。
小鳥も止まり木の上で眠っていましたが、王子様が寝息を立て始めた途端、ぱちりと目を開けました。
そして嘴を使って器用に扉を開け、布をめくると、床の上に降り立ちます。
その次に翼を広げると、みるみるうちに人間の娘へと変わっていきました。
長い髪は背中の羽根と同じ茶色、目は小鳥の時と同じ黒色、服はお腹の羽根のような白でした。
しかし、裾が短くて脚は丸出しになっています。
そのため娘は身震いし、痛む足で何度か小さく飛び跳ねると、王子様の服を取ってきて腰に巻きつけました。
娘は悪い魔法使いに呪われて、小鳥にされていたのです。
その呪いは、魔法使いが眠っている間だけ解けるようになっていました。
ですので小鳥は何度か目を覚ましながら、王子様、早く寝てくれないかなと思っていたのでした。
娘はふうと息を吐くと、濃い青色の布と、金の糸を手に取りました。
こんな綺麗な布は、あんな王様じゃなくてあの人のために使いたかったと考えつつも、窓のそばに寄っていきます。
そして満月の下、うまく動かない指を曲げ伸ばしして、久しぶりに持つ針に糸を通すのでした。
次の日王子様が目を覚ますと、床には自分の服が落ちており、青い布には途中まで刺繍が入れられておりました。
よって、驚きと共に小鳥に話しかけましたが、小鳥はただ青菜を啄むだけでした。
夜が来る度に金糸はどんどん柄を描いていき、ついには素晴らしい上着が仕立て上がりました。
王様はその出来上がりに感嘆しましたが、その一方で何となく気に食わなくもありました。
そこで今度はこう言いました。
「お前の妃は誠に優秀なようだ。そこを見込んで、今度の晩餐会で飲む酒を頼みたい。誰も飲んだことのないような酒がいいだろうな」
王子様はさすがに断ろうとしましたが、取り合っては貰えませんでした。
「……こんなことばかりだ。苦労をかけるな。だがこの前の縫い物もどうやったかは分からないが、さすがに酒は無理だろう。次こそ行商人に頼むよ」
そこで王子様は行商人からお酒をたくさん買いました。
行商人は、ちゃんと注文通り誰も飲んだことのないようなお酒を置いていきました。
しかし、王子様は一口味見をした途端、思わず口を押さえてしまいました。
「何だ、この味は……」
あまりにも不味すぎて、誰も飲まないようなお酒だったのです。
どうしようか、だが誰も飲んだことがないに違いないのは確かだ。でもそういうことではないだろう、また嘲られる、どうしてこんな馬鹿らしい目に遭わなくてはならないんだと苦悩している王子様を、小鳥はじっと見つめておりました。
次の日から、小鳥はやたらとお外に行きたがるようになりました。
そして小鳥はお庭を超え、村を超え、湖を超え、砦を超え、山羊や恐ろしい隼しか住まないような断崖絶壁にやってきました。
その中ほどに咲く小さなお花を咥えると、急いで空を飛んで帰って行きました。
そして夜になると、毎日集めた花びらを酒樽の中に入れていくのです。
そうすると薔薇のように甘く、柑橘のように爽やかな香りがお酒の中に移っていきました。
「……でも、まだ何だか変な味。鼻が痛くなるような感じなのよね。これは多分、飲んだことがあるわよね……」
お酒を舐めつつ、娘は呟きました。
そこで小鳥は野生だった頃を思い出して当たりをつけてから、王子様の髪を引っ張ったり、袖を引っ張ったり、耳を噛んだりしました。
「何なんだ、一体……。そうだ、これで教えてくれ」
王子様が本を開くと、小鳥は一文字ずつ、つついていきました。
も り へ
そこで王子様は、小鳥の後をついていくことにしました。小鳥が枝から枝へ飛んで行く後を見上げて、深い森の中を進みます。
そしてついに、何だか不思議な香りの漂うところに到着しました。
小鳥のいる枝の下には、大きな黄色い果物がなっています。
王子様がその実を一つ取り、かじってみると、もっと濃厚な匂いが口の中に広がりました。
「これは、酒だ!」
何とその実は、木になりながらにしてお酒になっていたのです。王子様は自然の力を不思議に思いつつ、たくさん実を取っていきました。
「ああ、お前は食べるなよ。飛んでいる時に酔っ払ったら、落ちて死ぬかもしれないからな」
小鳥は王子様の肩で、ぴい、ちちちち、と歌っていました。
お城に帰ってから、二人はその実をすり潰してお酒に入れていきました。
すると嫌な後味は弱まっています。
その上元々あったひどい苦味も、花びらと実の甘さを引き立てているのでした。
数日後の晩餐会の主役は、小鳥の妃が用意したお酒でした。一口飲むなり、誰もが驚いて言いました。
「こんなに美味しい酒は、今まで飲んだことがない!」
そして料理も、お酒にぴったりのものでした。
王様は大成功に気をよくし、そしてある意味感心しながら、また王子様を呼びました。
「やあ、お前も妃も、よくやってくれているな。私もお前たちに負担をかけたくはないのだが、近くの村で病気が流行っている。その原因を突き止めてきておくれ」
王子様は医者でもないのだから無理だと言いましたが、お前の国の者を見捨てるのかと脅されてしまいました。
「殺してやろうかな、あの男……。だが、無理なんだ。あいつを殺しても、僕も道連れになるだけだからな。国を取り戻すには、他の奴らにも認められなくちゃ……」
そのためにもまずは病気を調べるしかないか、と王子様は小鳥の温かいふわふわの体を撫でるのでした。
流行り病にかかった人は皆辛そうで、調査は大変でしたが、少しはいいこともありました。
お城で働く人たちが、とても感謝してくれるようになったのです。
特に以前のお酒に感動した料理人は、積極的に手伝ってくれました。
美味しい果物の切れ端や種をくれたりして、それは小鳥にとっても嬉しかったのですが、迷惑なこともありました。
料理人の兄弟だという猟師が、王子様と会っていたのです。
小鳥は果物を咥えたまま、慌てて逃げ出していきました。
そして飛んでいくと、村の暗い路地裏の、物陰の中へと入っていきました。
「こんにちは、初めまして。ねえ今、ちょっといい?」
「何? まあ、少しならいいけど。何か用?」
小鳥に話しかけられた鼠は答えました。
「これね、お城で貰ってきたお土産。あなたにあげる」
「はあ……ありがと」
「でね、ここの村って何か病気が流行ってるじゃない。原因とか、知ってたりする?」
鼠は貰った林檎をかじりながら、答えました。
「ん、まあ……。でも、何で君がそんなこと気にしてるの? 俺らとか人間には関係あるけど、君は鳥じゃん」
「私の世話になってる人が、人間だったりするものだから。で、どうしてこんなことになってるの?」
「そりゃ、俺らと君らの敵のせいさ」
「……猫?」
「猫じゃない。まあ、あいつらもおっそろしいけどさ。森に住む、特別なにょろにょろだよ」
小鳥はしばらくさえずるのをやめていました。
「あの毒蛇かあ……」
お城に帰った小鳥は、どこに行ってたんだと言う王子様にも構わず、本棚の前で羽ばたいていました。
「あ、そうか。会話したいんだな? 少し待っててくれ」
王子様が飾り文字の一覧を揃えた本を用意すると、小鳥は順番にその文字の上に止まりはじめました。
か わ の ろ い む ら
「川に呪い、村……。そうか、村の病気は呪いなんだな⁉︎」
小鳥は王子様の右手に飛び込んでいきました。
「知っているなら教えてくれ、誰がそんなことを?」
へ び ま ほ う つ か い し か え し
「なるほど、使い魔の蛇が殺されたか、何かされたんだな? その仕返しで呪いを……」
今度は左手に飛び込みました。
「違うのか?」
も り き い ち ご し か え し
「……まさか、森の木苺を村人に取られた仕返しなのか?」
小鳥はぴい、と鳴いて右手をつつくと、もう一度移動し始めました。
こ ど も
「子供が木苺を取ってしまったのか……。いるんだな、そんな器の小さい魔法使いが……」
小鳥はしばらく首を傾げていましたが、その後すぐに、また文字を示しています。
つ か ま え る
「そうだな。捕まえて、呪いを解かせよう。それにしても、お前は鳥なのに色々なことができるよな。もしかして、その魔法使いが何か関係しているのか?」
その答えは、こうでした。
ひ と の ろ い
「やっぱりそうだったのか……。よし、必ず捕まえよう。僕が絶対に、人間に戻させてやるよ」
ある日の森の中でのことです。踏み固められて、その上に落ち葉が積もった細い獣道の上に、一羽の小鳥が落ちておりました。固く目を閉じて動かず、死んでしまっているようでした。
そこに、縞模様のある小さな蛇が現れて、喜んで近付いていきました。そしてご馳走を食べようと大きな口を開けた時です。
上から大きな檻が落ちてきて、小さな蛇は出られなくなってしまいました。
「案外うまくいくものだな、こんな作戦で……」
小鳥はぴょんと飛び上がると、木の影から現れた王子様の肩に止まりました。
「お前が体を張ることもなかったんだが……。でも、いい演技だったよ」
と言うと、檻を覗き込みました。
「うう〜、何するんだよ! 僕にこんなことしていいと思ってるのか! 出せよ、出せー!」
「うわっ、蛇が喋った……。変なことばっかり起こるな、この前から」
「おい、出せよ! 早く出さないと、お父さんがお前をひどい目に遭わせるからな! ぐちゃぐちゃにして殺してやるんだからな!」
「そのお父さんに用があるんだ。言うことさえ聞いてくれれば、何もしないさ」
「もうしてる! 僕を閉じ込めてる!」
子蛇は抗議しましたが、王子様は構わず、檻の下に底板を差し込んで持ち上げました。
そして小鳥が先導する方へと、ついていきました。
歩いて行くと、急に木々が途切れたところがありました。
黄緑色の草の中に白いきのこが大きな輪を作って生えており、そしてその真ん中に、小さな小屋が立っています。
小鳥がきのこの輪の中に入って行くと、子蛇はあっ、と言いました。
やがて小屋の扉が一人でに開いたかと思うと、中から黒い服を着た男が出てきました。
その瞬間、小鳥は鋭く鳴くと、一目散に飛んでいきました。
そして男に蹴りを喰らわせると、皮膚に噛みついたり、目をつつこうとしたりしました。
「いて、痛い! 何だこいつは……!」
「おい、駄目だ! やめろ!」
小鳥は攻撃をやめましたが、戻るついでに髪をむしっていきました。
「何なんだ、あんたは……」
「やあ。いきなりで悪いんだが、少し僕と話をしてくれないか?」
男は胡散くさそうに王子様を見つめていましたが、はっと脇に抱えられた檻の中に目を留めました。
「お前……。だから一人でうろつくなと言っただろう」
子蛇は小さい声で、ごめんなさいと答えました。
「……何が目的だ? 金ならないし、魔除けも値引きしないぞ」
「いらないさ、そんな物。僕はただ、偉大なる魔法使い殿に頼みがあるだけだ。村の近くの川にかけた呪いと、彼女にかかっている呪いを解いてくれ」
そう言われて初めて、魔法使いは本当の小鳥ではないことに気付きました。
「何だお前……。まだ生きてたのか」
小鳥はキピー、と甲高く叫ぶとまた飛びかかろうとしましたが、王子様は掴んで制止します。
「どうして鳥になる呪いなんかかけたんだ?」
「その娘が、私の服に水をこぼしたからだが?」
「……そのくらいで? 何もそこまですることはないと思うぞ」
王子様は困惑しましたが、魔法使いは反論しました。
「この私が急いでいる時に避けなかったんだ。当然の報いだろう」
「魔法使い殿が避ければよかったじゃないか。魔法が使えるんだから」
「うるさい。この私に指図するな」
王子様が返事代わりに檻の蓋を叩くと、隅でとぐろを巻いていた子蛇は、怖がって大騒ぎしました。
「やめろ! 無関係の子供をいじめるとは、あんた人間のクズだな!」
「それはこっちの台詞だ。貴様こそ、子供が木苺を取ったくらいで村全体に呪いをかけたそうじゃないか」
「私の倅が楽しみにしてたんだ! 無関係の奴が口出しするな!」
「いくつ取られたんだ?」
「一個だが?」
「……呆れた強欲だな」
王子様はまた溜め息をつくと、檻を抱えなおしました。
「決めた。呪いを解くだけではこいつは解放しない。僕に協力したら出してやる」
「何だって⁉︎ お前さっき、何もしないって言ったじゃないか! お父さん、こいつ嘘つきだよ! やっちゃって! やっちゃってよ!」
「僕の言うことを聞いたらと言ったんだ。話はしっかり聞いていた方がいいぞ」
魔法使いは唾を飲み込むと、下卑た感じのする笑みを浮かべました。
「誰があんたなんざに力を貸すと思ってるんだ? 何もできない血統ばかりの坊やのくせに」
「まあ、聞けよ。確かに僕には実権は何もないが、血は血でね。いざとなったら、この辺りの土地は全て僕のものだ。どうだ? 味方しておいた方が得だとは思わないかい? 貴様だって、あの王に認められているわけじゃないんだろう」
それでも魔法使いは黙っていましたが、王子様はさらに言い募ります。
「いや、僕はいいんだ。断るなら、このままご子息を病気の原因だとして突き出せばいいんだからな」
「はあ⁉︎ 何でだよ⁉︎」
「間違いではないじゃないか」
「……そんな真似をしてみろ、八つ裂きにしてやる」
「やってみたまえ。だがそうなったら、あの王に貴様を討伐する口実を与えることになるんだ。国全体を八つ裂きにできたとしても、今度は他の国が来る。それで魔法使い殿には、何が残ると言うのかな?」
魔法使いは憎らしそうに睨んでいましたが、渋々近寄ってきました。
「何だか知らないがあんたのやることに協力し、村人の呪いを解き、その女の呪いを解く。それでいいんだな?」
「ああ。ちゃんとやってくれよ」
話がまとまった一方で、まだ怒りの収まらない小鳥はふて腐れて、この間ずっと王子様の爪をかじっていました。
ですが、二人は今後についての話を続けることになります。ずっと……。
次の日、王子様はお城の広間で、子蛇が入った檻を王様に見せました。
「どうぞご確認を。こちらが、村人たちを呪っていた魔法使いです。村の子供に木苺を食べられた報復で、魔法をかけたとのことです」
「……その程度で? いや、よくやった。何か褒美をとらそう」
「ありがたき幸せ。では恐縮ですが、新しい妻をお願いいたします。実はこの蛇を捕らえる時に、我が妃が天に召されてしまいまして。助け出そうとしたのですが、既に手遅れでした。喪に服すのも悲しく、どうか後添えを……」
王様やお城の人たちは、笑いを堪えきれませんでした。
「おお、それは災難だったな。だが、運命だったのだろう。葬式代は出してやるから、存分に弔ってやるがよい。して、新しい妃だな。お前も知っているだろうが、石を投げて妻を決めた王の息子は、父に倣って矢を飛ばした先にいた娘と結婚したそうだ。先例に則り、お前もそうするがいい」
王子様も柔らかく微笑みを浮かべて、頷きました。
「承知いたしました。では主だった方々は揃われていることですし、差し支えなければどなたかを選び出したく存じます。この善き日の余興として、さっそくご覧に入れましょう」
そこで王子様は庭に集まった人々の前で、今度は塔の上に登ると、目隠しをして矢をつがえました。
そして弦をいっぱいに引き絞ると、天に向けて矢を放ちました。
それとほぼ同時に、蛇の姿で王子様の服の中に隠れていた魔法使いがぱっと姿を現しました。急いで、短く呪文を唱えます。
すると矢は真反対に方向を変えて、王様の方へとまっすぐに飛んでいきました。
勢いよく天幕を切り裂いたかと思った次の瞬間には、王様の胸元に深く突き刺さっていました。
「きゃーっ!」
「そんな、陛下!」
大混乱の中、王様は大きく震えました。
加えて椅子から転がり落ち、芝生の上に倒れています。
助けようと集まった人々が見たのは、傷口から溢れ出す奇妙な白い光でした。
大きくなっていったその光が強く閃き、皆一瞬、何も見えなくなってしまいました。
塔の上にいる王子様が目隠しを取って見た物は、まず、目も眩むような白い光でした。
そしてその光の中から現れたのは、何とこのお城ほどもある大きな蛇だったのです。
人々は恐慌をきたして逃げ惑い、魔法使いは焦りながらも息子を瞬間移動させ、助け出しています。
王子様は何事かと思いましたが、目を細めてよく見ると、黒い大蛇の顔の下にはちっぽけな矢が刺さっているのでした。
「……おい! 打ち合わせと違うじゃないか! どうなっている!」
王子様は思わず剣を向けましたが、魔法使いは人間の姿となっている息子を抱きしめ、勢いよく首を振りました。
「違う、これは私としても予想外だったんだ! あんたを裏切ったんじゃない!」
「じゃあどうしてこうなったんだ!」
魔法使いは言いたくなさのあまり、強く歯噛みしています。
「……昔あの王様に、私の魔除けを売っていたんだよ! それに当たったせいで魔法が変な風になって、あんなデカ蛇に変わっちまったんだ!」
王子様は眉根を寄せた上、口を大きく開けていました。
「冗談だろう⁉︎ 先に言え、そういうことは!」
「仕方ないじゃないか! 忘れてたんだよ!」
「忘れるなそんな重要なことを! 何という間抜けだ!」
などと怒鳴り合っている間にも王様は轟音と共にお城に穴を開け、逃げる人々を追いかけています。
三人がいる塔にも尻尾が当たり、大きくぐらつきました。
「ぐっ、これは、まずいな……」
その時、茶色の影が目にも止まらぬ速さで飛んでいったかと思うと、大蛇の鼻面を蹴り飛ばし、そして顔の周辺でひらひらと舞っていました。
それこそは、お庭の木に隠れて見ていた小鳥でした。
王様の蛇は顔の周りを飛ぶ小鳥に気を取られ、お城の人たちを追いかけるのをやめています。
王子様は思わず、はっと身を乗り出しました。
しばらく小鳥の軌跡を目で追ってから、魔法使い親子の方を振り向きます。
「おい魔法使い殿、貴様まだ魔法は使えるのか?」
「魔除けに力を吸い取られて、しばらくは使えない……。自分にならまだともかく、あんたにかけるのは無理だ……」
「じゃあ君がやってくれ。できるだろう?」
突然話を振られた魔法使いの子供は、驚いて叫びました。
「え⁉︎ 僕⁉︎ でも、まだお父さんみたいなことは無理だよ!」
「じゃあ今、父上に教わってくれ。できなきゃどの道全滅だ」
そう言うと王子様は、持っていた剣を彼らの方に滑らせて寄越すのでした。
小鳥はお城の屋根のはるか上から急降下すると、王様の蛇の目を狙いました。
しかし大蛇が牙を向けてきたので、また逃げ出します。
そしてお城の尖塔の上に止まり、ここまで来させれば他の人たちは逃げられると思っていました。
考えた通りに、蛇は人のいなくなったお城の方に向かってきています。
そこでもっと注意を引こうと、大蛇に近付いていきました。
ですが大蛇が頭を振ってお城の壁にかすめると、煉瓦や漆喰が雨あられのような破片となって降り注いできたのです。
小鳥は上手に避けていたのですが、そのうちの一つに当たってしまいました。そのせいで、塔の前の屋根に落ちて行きました。
怪我をしたという感じはありませんが、風切羽が折れてしまい、飛ぶことができません。
そこに、巨大な黒い蛇が金色の二つの大きな目を光らせて、鎌首をもたげていました。
小鳥はとても怖くなり、近付いてくるその目を見つめて、静かにじっとしていました。
しかしそこに、小鳥の本能でぞっとするような、大きな影が舞い降りてきました。
王様の蛇と同じくらい巨大で、舟ほどもある鉤爪と嘴を持った鷲が、やってきたのです。
その鷲は両足で力強く蛇の首を掴むと、そのままお城や地面に押し付け、鋭い鉤爪を食い込ませました。
そして同じく鋭い嘴で、蛇の鱗ごと、肉を喰いちぎります。
その鷲、すなわち王子様は、猟師に猛禽は蛇を食べることがあると聞いていたのでした。
ですが、小さな魔法使いの力ではそこまででした。
塔にいる子供が魔法を使える限界を超えたと共に、巨大な鷲の翼は縮んでいっています。
そしてついに、元の人間の姿に戻ってしまいました。
にもかかわらず、王子様は慌ても騒ぎもしていません。
靴の革に刺して留めていた剣を抜きました。
柄をしっかりと握り全身の力を込めて、のたうち回る大蛇の肉にその切っ先を突き立てたのです。
蛇は雷に撃たれたかのように硬直すると、凄まじい音と土煙を立てて、ゆっくりと倒れていきました。
尻尾も、胴体も全て。
王子様は汗を拭うと、大蛇の上から地面に降り立ちました。
そして血を振るって落とすと、足元に剣を突き刺しています。
その剣の刃には、親蛇に変身した魔法使いの、牙の毒が塗られていたのでした。
王様の亡骸はしばらく蛇から元に戻っていました。
ですがやがて何故か塵のように崩れると、刺さっていた矢を残して風に吹き飛ばされていきました。
王子様がその矢を拾い上げると、その鏃の先には一人の人が立っているのでした。
見覚えのある色の髪の毛、大きな丸く黒い目、尖った唇の若い女子です。曲がった爪のついた指で、白く短い服の裾を引っ張っていました。
小鳥が必死に滑空して、屋根からどうにか降りた時のことです。
ようやく少し力が回復した魔法使いが、約束の通りに呪いを解いていたのでした。
王子様は近付いて、斜めに傾いている頬に、それから肩に触れました。
「何と言うか……結構面影があるな」
娘は目を逸らすと、王子様の上着を無理やり奪い取り、腰に巻きつけています。
そして爪先立ちになると、小鳥の時にやっていたように、耳に噛みつきました。
「痛い」
「うーん……そっちも同じような感じだけど、やっぱり見え方が違う。昼間だから? それとも鳥と人だから?」
王子様は思わず呟きます。
「そういう話し方だったのか……」
また、改めて言いました。
「僕も鷲になった時には何かが違ったから、両方じゃないか?」
「そうなの?」
「確実ではないが」
身を寄せ合ってそのような話をしながら、魔法使いの親子や、恐る恐るこちらに歩いてくる人たちを眺めていたのでした。
大蛇を倒し、村の呪いとお妃の呪いを解かせた王子様は自分の国を取り戻し、そして隣の国も受け継ぎました。
お妃様はたまに窓枠に立っていたり、砂遊びをしたりしていました。
しかしある時魔法使いの親子がやってきて、そして茶色の小鳥がお城に出入りするようになってからは、それもなくなりました。
きのこの輪の中の魔法使いは、正式に小屋の周りの土地と、木苺の苗を貰いました。
村人たちは相変わらず彼らを恐れていましたが、理不尽な呪いをかけられることはなくなったそうです。
二人にはそれからも、色々と困難が降りかかってきていました。
ですが最終的には、とても幸せに暮らすことができたのでした。
お終い




