第3話 ギルドと、やさしい嘘
ここまで読んでくださってありがとうございます。
3話連続投稿のラストは、ユウマがこの世界で最初に踏み出す一歩です。
街の穏やかな日常の中に、“やさしい嘘”という小さなキーワードを置いてみました。
ギルドは街の中心にあった。
石造りの大きな建物で、入口には木製の看板がかかっている。
【冒険者登録はこちら】
「おお、ほんとに“ギルド”って感じだな」
「でしょ! わたし、よくパンを届けに来るんだ」
ノエルは胸を張って言う。
中に入ると、ざわざわとした人の声と香辛料の匂いが漂っていた。
カウンターの奥には事務員の女性、壁には依頼の紙が並んでいる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録希望かな?」
「はい。ユウマって言います」
「じゃあ、こちらの紙に名前と出身地を――」
出身地、の欄でユウマは少し迷った。
けれど、ノエルが小さく囁いた。
「“遠くの国”って書けばいいよ」
その一言に救われる。
ペンを走らせて登録を済ませると、カードを渡された。
「これで君も冒険者だ。
ただし最初はEランクだから、依頼は軽い雑用だけだね」
「わかりました」
ユウマは頷き、ノエルと外に出た。
青い空の下、ノエルが小さく拍手する。
「やったね、ユウマおにいちゃん!」
「はは、まあこれで飯には困らないか」
そう言いながら、ユウマはカードを眺めた。
【冒険者ユウマ/Eランク/所属:潮見の街】
――潮見。
なぜか、その名前に心がざわついた。
「ねえユウマおにいちゃん」
ノエルが少しだけ真剣な顔で言った。
「この街ではね、嘘をついちゃいけないんだよ」
「嘘?」
「うん。神様が見てるから。
でもね、優しい嘘だけは、許されるんだって」
ユウマは笑って頷いた。
「そっか。じゃあ、俺の“遠くの国”って嘘も、許されるかな」
「うん。だって、それで誰も悲しまないもん」
ノエルがそう言って微笑んだ。
その笑顔が、やけにまぶしかった。
まるで“誰も悲しまない”という言葉そのものを、
自分が信じきろうとしているように見えた。
空の色は穏やかで、鐘の音が遠くで響いている。
ユウマは知らなかった――
この街でいちばん怖いものが、
“やさしい嘘”そのものだということを。
3話同時投稿の最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
今回の公開分は、書き溜めていた序章をまとめて出した形になります。
この世界の穏やかさと、“少しだけ不穏な影”を感じてもらえたら嬉しいです。
次の更新では、祭りと祈りの話へ。
少しずつ、物語が動き出します。
――凪雨カイ




