第1章 第1話 転生、そしてパンの匂い
はじめまして、凪雨カイです。
今作は「やさしい世界で始まる、少し不思議な転生ファンタジー」です。
日常の温かさと、異世界の空気をゆっくり描いていけたらと思っています。
肩の力を抜いて、パンの香りの中で少しだけ癒されてください
転生は、思ったよりも優しかった。
目を開けたとき、ユウマの鼻をくすぐったのは焼きたてのパンの匂いだった。
石畳の街を包む風は甘くて、空は澄み切った青。
遠くの鐘の音が、どこか懐かしく響いていた。
「……夢、じゃないよな」
呟いた声がやけに生々しい。
昨日まで会社員として生きていた記憶は確かにある。
信号の青、交差点、ブレーキの音。
そこで世界が暗転して──目を開けたらこの街だった。
人々は笑って歩き、露店では果物やパンが並んでいる。
どこを見ても穏やかで、誰も怒鳴っていない。
世界が“やさしい”って、こういうことなんだろうか。
ふらふらと歩いていると、小さなパン屋の前で足が止まった。
店先には「焼きたてクロワッサン」の札。
香ばしい匂いに腹が鳴る。
生きてる音だ、とユウマは思った。
「おにいちゃん、おなかすいてるの?」
振り向くと、金色の髪の少女が立っていた。
年の頃は八歳か九歳。薄い布のワンピースに、小さなぬいぐるみを抱えている。
淡い青の瞳が光を吸い込んで、まるで空のかけらみたいだった。
「わ、悪い。顔に出てたか」
「うん。おなかがぐーって鳴ってたもん」
少女がくすっと笑う。
ユウマもつられて笑った。自分でも驚くほど自然に。
「これ、あげる」
彼女は籠からパンを一つ取り出し、差し出した。
「いいのか? お金……」
「だいじょうぶ。おじさんやさしいから。あとでわたしが手伝いするの」
パンはまだ温かかった。
指先がじんわり熱を吸う。
ひと口かじると、外は香ばしく、中はふわふわで、ほんのり甘い。
「うまいな……ありがとう」
「えへへ、よかった。あ、わたしノエル。おにいちゃんは?」
「ユウマ。……たぶん、旅人みたいなもんだ」
「じゃあ、わたしが案内してあげる」
ノエルが差し出した手は、小さくて温かい。
ユウマは一瞬ためらい、でもその手を取った。
空の青さが眩しい。パン屋の鐘が鳴る。
「ねえ、ユウマおにいちゃん」
「ん?」
「この町、すっごくやさしいよ。だからね――」
ノエルが少し首を傾げて、笑った。
「泣く人がいなくなると、もっときれいになるんだって」
ユウマは意味が分からず笑って、うなずいた。
その笑顔を、ノエルも真似するように返した。
午後の光の中で、二人の影が並んで伸びていく。
そしてこの時のユウマは、
――その言葉が“祈り”ではなく“予告”だったことを、まだ知らなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
凪雨カイとして、完全新作の異世界転生ファンタジーを描いてみました。
実はこの作品、少し前から書き溜めていたものを、今日ようやくまとめて公開します。
第1話から第3話まで一気に投稿しているので、
よければこのまま続けて読んでもらえると嬉しいです。
“優しさ”をテーマにした少し不思議な物語。
これからどう展開していくのか、見守ってもらえたら幸いです。
感想やブックマークも励みになります!
では、次回もどうぞよろしくお願いします。
――凪雨カイ




