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辺境伯の夫は私よりも元娼婦を可愛がります。それなら私は弟様と組んで、あなたの悪事を暴きますね?

第一話


 私、伯爵令嬢アシュリー・ライルズは無謀な夢のために勉強を続けていました。しかしその夢は辺境伯様との結婚によって潰えたのです。辺境伯ジャスパー・ローザレイル様は、私というよりはお金のあるライルズ伯爵家を気に入ったようです。結婚する代わりに資金援助を約束させ、私を娶っていったのです。


 最初、私は彼のことを“真面目なお方”だと思っていました。しかし嫁いだ途端、その印象は“おかしい人”に変わりました。少し変わっているとか、風変わりとか、そんなものではありません。頭がおかしいのです。


「へぇ、あなたがアシュリー様ねぇ?」


 辺境伯家の屋敷にて、私を出迎えたのは娼婦らしき女性でした。その派手な装いと厚化粧はまさに場末の娼婦そのものです。彼女はこちらを値踏みするように見ると、完全に見下した態度でこう言いました。


「アタシの名前はワンダよ。あんたはアタシよりも格下なんだから、せいぜい言うことを聞いてご機嫌取りするがいいわ」

「え……? どういうことですか……?」


 その言葉に、思わず首を傾げます。私は辺境伯であるジャスパー様の妻となり、今日から辺境伯夫人の地位を得ました。その私が目の前の女性よりも格下とはどういうことなのでしょう。まさか彼女は格上である公爵家のご令嬢でしょうか。もしそうなら、なぜこんな辺境に……? ひとり困惑していると、ジャスパー様が現れました。


「やあ、アシュリー。早速、ワンダと仲良くしていたのかい?」

「あ、あの、ジャスパー様……こちらの方はどなたなのですか……?」


 そう尋ねると、ジャスパー様は微笑みました。


「ワンダはね、君へのプレゼントだよ」

「プレゼント……? どういうことですか……?」

「私は仕事で屋敷を離れがちだ。だから君が寂しくないように“友達”を用意しておいたんだよ。だからワンダとは仲良くして過ごしてくれ給え」

「と、友達……?」


 私は驚きのあまり、目を見開きました。ジャスパー様は正気でしょうか。妻の友達として娼婦のような女性を屋敷に置くだなんて、頭がおかしいとしか言いようがありません。私が絶句していると、ワンダ様が突然ジャスパー様に抱き付きました。


「ふぇぇぇん! ジャスパー!」

「おや? どうしたんだい、ワンダ?」

「アシュリー様がね、“お前は娼婦だろうが! なぜここにいる!”って言ったの! 酷いわぁ、酷いわぁ、ふぇぇぇん!」

「な……何だとッ!? 何てことを言うんだ、アシュリーッ!」


 ジャスパー様が恐ろしい表情で、こちらを睨みます。


「ち、違います! 私はそんなこと言っておりません!」

「嘘を吐くな! 確かにワンダは元娼婦だが、見下すなんて最低だ! 君だって私からしたら、格下の伯爵令嬢だったじゃないか! 私は君を差別しなかったのに!」

「そんな……私はワンダ様を見下してなんか……」

「ふぇぇぇん! 怖いわぁ!」


 それからジャスパー様は泣きじゃくるワンダ様を連れて、屋敷の奥へ消えました。使用人に聞いたところ、ワンダ様は数年前からこの屋敷に住んでおり、専用の部屋も持っているそうなのです。なぜ私との結婚が決まる前から、“友達”が用意されていたのでしょう……ジャスパー様への不信が募りました。

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第二話


 それから苛酷な生活が始まりました。発言通り、ジャスパー様は仕事で屋敷を留守にしがちでした。朝になると、彼は厳しい表情をして命じます。


「アシュリー、友達のワンダと仲良くするんだよ? 帰ってきたらどんな風に過ごしたか聞くからね? 彼女に意地悪をしたら許さないよ?」


 しかしその約束は一度も果たせたことはありません。


「ふぇぇぇん! アシュリー様が私のドレスを醜いと言って引き裂きました!」

「きゃあ! アシュリー様が私の宝物を壊しました! 酷過ぎるぅ!」

「うぅ……ひっぐひっぐ……アシュリー様にご飯を捨てられましたぁ……!」


 ドレスを引き裂かれた、大切なアクセサリーを壊された、食事を捨てられた等々、ワンダ様はあらゆる嘘を語って私を貶めるのです。その所為で、私はジャスパー様に叱られ続ける日々を送りました。


「……はあ、君には失望したよ。これ以上、同じ屋敷にいたらワンダが可哀想だ。君はアンセロイズ城へ行ってくれないか?」


 ある日、ジャスパー様が言い出しました。


「ア、アンセロイズ城って……海沿いの幽霊城ですよね?」

「そうだ。君はしばらくその城に籠り、反省するがいい」

「城に籠れ……!? それは幽閉ではないのですか……!?」

「そうとも言う。君はそれほどワンダに酷いことをしたんだ」


 目の前が真っ暗になりました。しかし使用人がそんな私の腕を掴み、外へと連れていきます。それからは一瞬でした。あらかじめ用意されていた荷物と共に、私は馬車へと乗せられたのです。そして車窓から、屋敷前で口付けを交わすジャスパー様とワンダ様の姿が見えました……。


 ああ、ジャスパー様は“頭のおかしい人”ではなく、悪人だったのです。愛するワンダ様と暮らすために私を悪い妻に仕立て上げて、厄介払いしたのです。馬鹿な私はその企みを理解するのが遅過ぎたのです。




 そして私は悲しみを抱えたままアンセロイズ城に辿り着きました。使用人は私を城へ閉じ込めると、“三日に一度、水と食料を運んできます”とだけ言って去りました。ひとり途方に暮れる私に、声がかけられます。


「君が兄上の妻か。陥れられてここへ来たんだね……精一杯歓迎するよ」


 そう言って出迎えてくれたのは目も眩むほどの美青年でした。波打つ黒髪とアメジストの瞳が、人間離れした妖艶さを漂わせています。彼は自分自身のことをジャスパー様の異母弟メレディスだと言いました。


「メレディス様もここに幽閉されているのですか?」

「そうだよ。兄上の悪事を暴こうとして失敗したのだ」

「悪事ですって?」

「ああ、もし良かったら、僕の計画に協力してくれないかな?」


 そう言ってメレディス様は手を差し出しました。私は深く息を飲み、その美しい手を握ったのです。

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第三話


 メレディス様は私を自室へ通すと、地図を広げました。


「我がローザレイル辺境伯家の領地は国境とアンセロイズ地方の沿岸だ。国家防衛のため国境を警備しているというのが建前だが、兄上は国に顔向けできないことをしている」

「国に顔向けできない? 一体何をしているのです?」

「それが分からない。兄上の腹心から悪事を働いていることだけは聞き出せたのだが、罪をなすり付けられて幽閉されたんだ。しかし望みはある」


 そしてメレディス様は何通もの手紙を見せてくれました。それは小さな筒に入っており、伝書鳥が運んだものだと分かりました。


「これは第一王子エイベル様と秘密裏にやり取りした手紙なんだ」

「第一王子と? お知り合いなのですか?」

「昔からの親友で、彼だけが僕の無罪を信じている。エイベル様も探りを入れてくれているが、兄上は尻尾を出さない。だから君には、兄上の悪事の証拠を見付ける手伝いをしてもらいたいのだ」

「わ、分かりました! 頑張ります!」


 私は意気込んで頷きました。メレディス様も頷き、もう一枚の地図を広げます。


「これはアンセロイズ城の古い地図だ。かつてこの城の持ち主は魔術師だったらしく、地下に抜け道を造ったらしい。そこから城を抜け出して、兄上の悪事を暴きたいのだが……その道筋が暗号で書かれている」


 彼が指差す文字を見て、私は目を丸くしました。


「え? 暗号?」

「ああ、これを一緒に解読してほしいのだが……」

「メレディス様、これって暗号じゃありませんよ? 魔術師が呪文や魔法陣に使うことで知られている天使言語エノク語です」

「何だって……? 君、これが読めるのかい……?」

「はい、私は国内で学べる全ての言語を勉強してきましたから。えっと、螺旋階段の三百十七段目の側面に隠し扉があり、そこから海沿いの洞窟へ出られるとあります」


 私はずっとずっと夢のためにあらゆる言語を勉強してきました。だからこの地図に書かれた古代文字を読むことなんて、造作もありません。しかしメレディス様は驚愕の表情で、こちらを見詰めていました。


「僕も外国語はできる方だが……君は博士か何かか?」

「ええ、博士号を持っていますよ。メレディス様も外国語が好きなのですか?」

「ああ、大好きだよ……。それは僕の夢に関わるから……」


 そしてメレディス様は地図を手に歩き出しました。私もその後に続き、螺旋階段を降りていきます。そして三百十七段目に辿り着くと、彼は壁を調べ始めました。色の違う石を押すと、隠し扉が開いて奥に洞窟が見えました。


「凄いよ! 本当だった! 全部君のお陰だよ、アシュリー!」

「きゃっ……危ない!」


 メレディス様に抱き付かれ、私はバランスを崩しました。しかし彼は私の体ごと持ち上げて喜び続けます。綺麗な顔が間近に迫り、思わず胸が高鳴りました。


「ああ、ありがとう! 君に会えて、本当に良かった!」

「メレディス様……落ち着いて下さい……」


 私は頬を赤らめながら、相手を宥めます。このまま洞窟へ入るなんて大丈夫かしら、そう思うと私の心臓は破裂しそうでした。

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第四話


 私とメレディス様は部屋に戻ると、外套、ランタン、水と食料、大量の糸を用意しました。これを使って洞窟にある抜け道を探るのです。私達は階段の柵に糸を結び付けると、慎重な足取りで洞窟へ入っていきました。


「随分と長い洞窟のようだ……糸を切らないように慎重に行こう……」

「はい……抜け道だとしても、途中が迷路だったら大変ですからね……」


 私達は糸を垂らしながら、暗闇を進んでいきます。


「ところで、君はどうして外国語に詳しいんだい?」

「言ったら……笑いますよ」

「笑う訳ないだろう。僕も外国語が好きなんだ」


 その答えに私は気を許し、口を開きます。


「私は……船乗りになるのが夢だったんです。この国は辺境伯家が警備する一面だけが国境で、三面は海じゃないですか? だから海を越えて外国を旅したいってずっと思ってたんです。でも鎖国をしているこの国では無理な話ですけどね」


 それはこの国に住む自分にとって無謀な夢でした。我が国は今の国王になってから鎖国をしており、外国とのやり取りは一切ありません。貴族の娘と言えども、渡航することは不可能です。でも私はいつか夢が叶うのではと希望を抱き、外国語の勉強をしていたのです。


「馬鹿げてますよね……こんな夢……――」


 私はそう呟き、唇を噛みます。貴族と結婚し、その妻として子を成す……私にはそれ以外に生きる道はありません。悲しみのあまり涙目になった時、メレディス様が立ち止まっていることに気付きました。


「同じだ……」

「え?」

「僕もずっと旅人なりたいって思っていたんだ。いつか家を出ていくと決めていた。だから必死で外国語を勉強したんだよ」


 ランタンの明かりに照らされた彼の瞳が輝いていました。


「少しも馬鹿げた夢なんかじゃない。一緒に叶えよう」

「な、何を言っているんです……? 無理ですよ……!」

「どうして、そう思うんだい?」

「だって……もしジャスパー様の悪事を暴いたとしても、私は伯爵家へ帰るだけだし、メレディス様も辺境伯になるしかないじゃないですか……? 私達は目の前に敷かれたレールを行くしかないんですよ……?」


 私はそう言いつつも、胸の高鳴りが抑えられずにいました。私と同じ夢を持った男性がいたなんて……共に夢を叶えようと言ってくれるなんて……嬉しくて堪りません。メレディス様は私の言葉に少しだけ悲しげな顔をすると、微笑みました。


「そうだろうか。僕はそれでも夢を抱き続けるよ」


 彼の冷えた手が、私の手を握りました。思わず頬が熱くなります。


「はぐれたら危険だ。このまま行こう。いいかい?」

「はい……」


 私達は手を繋いだまま洞窟の奥深くへ進んでいきました。




 そして三十分後のことです。

 私達はひとつの扉の前に立っていました。右手には外の空気が感じられる通路が伸びています。きっとこの先が抜け道なのでしょう。では、目の前のこの扉は……?


「この扉は何だろう。開けてみようか」

「だ、大丈夫ですか? 危険じゃないですか?」

「大丈夫、僕の後ろに下がっていて」


 メレディス様は私を下がらせると、静かに扉を開きます。その先を見た彼は大声で叫びました。


「これは……――!」

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第五話


 扉の先にあったもの――それは宝石、美術品、武器、防具などの高価な品でした。その横には引き裂かれた隣国の旗が置かれています。ふと壁を見るとエノク語で“我が宝、ここに眠る”とありました。


「ここにあるのは……魔術師の宝物でしょうか?」

「いや、どれも新品な上に隣国の船の旗があることからして、きっと船から略奪した品物だ。魔術師の宝物庫だった場所を、何者かが略奪品置き場にしているんだ」


 メレディス様はそう言って歩き回り、やがて岩上に置かれた書類を見付けました。そして目を通すなり、興奮した様子で叫びます。


「こ、これは兄上の字だ! 兄上は自筆で、略奪記録と入手品リストを書いている! ここにあるのは兄上が隣国の船を襲って、手に入れた略奪品だ!」

「それって、悪事の証拠じゃないですか……!」

「ああ、間違いない! 兄上は海賊行為をしていたんだ!」


 そして彼は続けて言います。


「兄上は国境にかかる山にも秘密の隠れ家を持っていると言っていた! 山に入った隣国の人々から奪った金品を隠している可能性が高い! 兄上は領地付近で、海賊行為と山賊行為をしていたのだ!」


 どうやらジャスパー様の悪事とは略奪行為だったようです。

 我が国は鎖国中ですが、航路の都合上、近海を貿易船や商船が頻繁に通過します。さらに国境の山には高価な果物が実るため、隣国の人が侵入することがあるのです。ジャスパー様はそんな人々を襲っては金品を奪っていたのでしょう……そして襲われた人々は口封じに殺されたに違いありません。


「メレディス様! すぐに第一王子へ知らせましょう!」

「ああ! この書類を持って、すぐに城へ戻ろう!」


 私達は糸を手繰って螺旋階段まで戻りました。そして壁の石を引き出し、隠し扉を元に戻したのです。メレディス様は自室に籠って手紙を書き、やがてその手紙を足に括り付けた鳥を空へと放ちました。


「必ずエイベル様へ届けてくれよ……!」


 そして私達は手紙の返事を待ち続けました。




 それから十日後のことです。

 私達が幽閉されているアンセロイズ城に、ジャスパー様とワンダ様が訪れました。二人はずかずかと城に入ってくると、広間の椅子へ腰かけました。


「メレディス、我が妻アシュリーと随分と仲が良いらしいな?」

「夫と離れている間に、その弟と浮気するなんてとんだビッチね」


 そう言って、ニヤニヤと笑っています。その様子を見た瞬間、私はもうひとつの悪巧みに気付きました。ジャスパー様は浮気の罪をでっちあげるために、私達を同じ城に幽閉したのです。


「何の話ですか、兄上?」

「私は……浮気なんてしていません……」


 私は少しだけ不安になりましたが、すぐにその思いを振り払います。洞窟で手を繋いで以来、私達は一度も触れ合っていません。それ以前に抱き締められたことも、浮気と言えるほどのものではないはずです。するとジャスパー様とワンダ様はせせら笑いました。


「嘘を吐くな! お前達が肉体関係にあると使用人が言っていたぞ!」

「そうよ! どうせ寂しい者同士、慰め合ったんでしょ!」


 そしてジャスパー様は手を上げて叫びました。


「さあ、こいつらを浮気の罪でひっ捕らえろ! アシュリーの実家には莫大な慰謝料を請求するからな! あはははははは!」


 しかしその声に従う者はひとりも現れません。静寂が広がり、ジャスパー様はばつが悪そうに舌打ちします。


「チッ……どうした? なぜ誰も来ないのだ?」

「――それは貴様の従者を、我が兵が捕らえたからだ」


 その時、ひとつの足音が近付いてきました。それが誰のものなのか分かった瞬間、ジャスパー様は顔色を変えます。


「第一王子エイベル様……!? どうしてここに……!?」

「おやおや、ジャスパー。辺境にいるだけあって国の情勢に明るくないと見た。私はもう第一王子ではない。国王だ」

「何だと……!? 国王陛下がなぜここに……!?」


 するとエイベル様はにっこりと微笑みました。


「メレディスが貴様の悪事を知らせてくれたのだ。数日前から、我が兵が領地を探っていたことに気付かなかったのか、ジャスパーよ? 国境の警備をする振りをして、よくもこの私の目を欺いてくれたな?」


 その瞳には怒りの炎が燃えていました。

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第六話


 自分の悪事が知れたと分かった途端、ジャスパー様は逃走を図りました。しかし裏手に潜んでいた兵士達が彼を取り押さえたのです。そんな相手にエイベル様は高らかに告げました。


「ジャスパー・ローザレイル辺境伯! 略奪と殺人の罪により、その爵位を剥奪して死刑に処す! 犯罪に加担した愛人ワンダも拘束しろ!」

「うがああああああッ! そんなの嘘だああああああッ!」

「嫌ぁッ! ジャスパーなんかと関わらなきゃ良かったッ!」


 ジャスパー様は罵詈雑言を撒き散らし、ワンダ様は泣きながら暴れます。しかし兵士達はそんな二人を引き摺るように連れていきました。




「ありがとうございます、陛下」

「感謝します……陛下……」


 私達は国王エイベル様へ向かって、頭を下げます。


「ああ、二人共良かったな。これで全て元通りだ」


 エイベル様の言葉に、私は大きく震えました。全て元通り……私は伯爵家へ戻って次の結婚を待ち、メレディス様は辺境伯となって国を守る。その敷かれたレールからは逃れられないのです。船乗りも、旅人も、叶わぬ夢なのです。


「メレディス、兄の爵位は剥奪してしまったから、新たに爵位を授けることにする。私の前に歩み出るがいい」

「はっ……」


 そしてメレディス様はエイベル様の足元に跪きます。


「お前に辺境伯の爵位を授ける――」


 その言葉を私は茫然として聞いていました。彼はこれによって辺境伯となり、国境を防衛して一生を終えるのです。夢は永遠に叶わぬままです。


 しかしエイベル様は言葉を止めると、言い直しました。


「――と言いたいところだが、お前には公爵の爵位を授けよう」

「えっ?」


 私の間抜けな声が、広間に響きます。


「そしてメレディス、お前はやるべきことがあると手紙に書いていたな?」

「はい、陛下。この機会をお与え下さり誠に――」

「良い良い。さっさと済ますがいい」


 エイベル様は退屈そうな顔をして、手を振っています。一方、メレディス様は私の前に跪くと、真剣な表情をしてこちらを見詰めました。彼のアメジストの瞳が、星のように煌めいています。


「アシュリー、どうか僕と結婚して下さい。そして二人の夢を叶えよう」

「メレディス様……何を言って……――」

「よく聞いてくれ。陛下が僕達を使節団の大使に任命してくれたんだ。これから僕達は船に乗り、様々な国へ行けるんだよ」

「え……? でもこの国は鎖国しているはずでは……?」


 するとエイベル様がニヤリと笑って言いました。


「いいや、私が国王となったことで、国の方針を変えた。鎖国は取り止め、他国との外交を復活させる。その上で、メレディスとアシュリーには我が国の新しい使節団の大使になってもらいたい」


 その言葉に、私は目を見開きます。


「し、しかし陛下……辺境伯がいなくなっては……」

「それなら心配はいらぬ。我が腹心の将軍が辺境伯となり、役目を果たす」

「で、でも……私は外交の経験がなくて……」

「そこまで心配するのか? アシュリーは言語博士だし、メレディスも外国語に秀でている。これ以上の人材は望めない。私は君達を信じて、大使に任命したのだぞ?」


 エイベル様は信頼の籠った目で私達を見ました。その瞬間、敷かれたレールが粉々に砕けて、消え去り――開けた視界にはメレディス様の微笑みがあったのです。


「これで叶わぬ夢じゃなくなったよ? さあ、一緒に叶えよう!」

「あ……あぁ……メレディスさま……もちろんです……」


 私の目から、次々と涙が零れ落ちます。メレディス様は立ち上がり、私を強く抱き締めました。何て言ったらいいのでしょう。何て言ったら気持ちが伝わるでしょう。しかし唇は自然と動き、ありふれた感謝を呟いていたのです。


「ありがとう……ありがとうございます……! 本当に……本当に……――」


 私はメレディス様に抱かれ、エイベル様に見守られて――嬉し涙を流し続けます。この瞼の内側には愛しい彼と旅する大海原が描き出されていました。




―END―

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