#016 Waltz
東京都・37歳男性「男4人で麻雀大会なんて詰まらなそうだと抜かされたんだが、何か興が乗る様な方法はあるかい?一応、賭け麻雀と脱衣麻雀は候補に上がってるんだけどな。男4人だからな…どうしたものか」
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黒電話のベルが鳴り、近くの長椅子で寝ていた京哉は欠伸をしながら立ち上がって髪をわしゃわしゃと掻いた。
『ケートスの生贄』
「アンドロメダ救いしメドウサの首」
合言葉から始まる彼らの会話を聞きながら、シェリーと祐介は小ぶりな林檎を割り箸に突き刺す作業を続けていた。
この日は年に一度新宿大通り跡で市民の祭が開催される予定だった。自警団が主体となって協力し合い、有志が露店を出す。
祐介は毎年この祭にりんご飴の露天を出しており、去年はシェリーも参加していた。
「シェリーちゃん、手際良いね。去年教えた作り方覚えてるんだ」
「馬鹿にすんな。林檎ブッ刺して飴つけて冷やすだけのボロい商売じゃん」
黙々と準備を進める二人を背に、喫茶店フロアの最奥に据えられた黒電話の前で京哉が楽団からの指示を受けていた。
『…というわけで、原則として依頼遂行時は他の旋律師と組んで三人で動いてもらうようになったんだけど……』
「えー…面倒だなー。変な奴と組まされたらどーすんだよ」
君がソレを言うかー、と笑い飛ばすジャックだったが、旋律師を守る為の決定事項だと釘を刺してきた。
『ちょうど文京区を担当してる双子がいるんだ。タクトの息子と組んでみないかって打診したら即オーケー貰えたよ』
「えっ!?ちょっと待てよ!?もう決まってんの?誰だよ双子って…」
京哉がそう聞き終わる前に、喫茶店の扉が開きカランカランと小気味良いドアベルの音がフロアに響いた。京哉達は一斉に音の鳴る方を振り向く。そこに立っていたのは、白いオーバーサイズのパーカーを着たセーラー服姿の少女二人。
白いルーズソックスを履いた方は肩につく長さのボブヘアー、黒いニーソックスを履いた方は左右に跳ねる細い三つ編みという違いはあれど、その顔の造りは見分けがつかないほどそっくりである。
嫌な予感に苛まれ、京哉は恐る恐る彼女達に尋ねた。
「……もしかして…文京区からお越しの…?」
その問いに、二人は同じタイミングでニカッと歯を見せて笑った。
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店内の厨房に置き去りにされていたティーカップに煎茶を淹れたものを二人の前に出した祐介。そそくさとカウンターの向こう側に戻ってりんご飴を作り続けるシェリーの影に隠れた。
「仕事の話って京ちゃん言ってたけど、あんな目立ちそうな子達も楽団の人なんだね。というか、子供……?」
「キョウヤだって悪目立ちしてんじゃん。出鱈目トンチキ集団なんでしょ」
ティーカップを同時に手に取った二人は、中身を一気に飲み干して同じタイミングでテーブルの上に置く。まだ湯気が立ち上っていたのに熱くなかったのだろうかと、京哉は冷や汗を滲ませた。
「えっと…自己紹介とか…する?」
殺伐とした空気が流れてしまい、京哉が苦し紛れにそう尋ねると、双子はまたしても同時にニカッと笑った。
「オレは兄貴の有栖川ナツキで、こっちは弟のフユキ」
「いや、ちょっと待て……」
京哉が立ち上がった所で、遠くにいた祐介とシェリーも同時にこちらを向いた。
「……お、男?」
「はい。見ます?」
スカートをめくろうとしたフユキを制して、京哉は苦笑いを浮かべた。
「お…お年はお幾つでしょうか…」
「「23」」
声を揃えた双子の回答に、年上!?と驚きを隠せない様子の京哉。彼がここまでペースを乱されている様子を見たのは、託斗が来日した時以来だと祐介とシェリーは顔を見合わせる。
「えっと…ボブの方がナツキで、三つ編みがフユキ…」
「いや、その日によるかな。普通は見分けつかないよ。間違えられても特に気にしないし」
何でそんな事するのだと泣きそうになっている京哉の横に移動したフユキは肩から下げていた黄色いポーチから飴玉を一つ取り出して手渡す。
「性格は全く違うので、そのうちなんとなくわかるようになりますよ。はい、どうぞ」
フユキに慰められている京哉の様子を眺めながら、シェリーは最後の林檎を飴に絡め終わっていた。それを祐介に手渡すと、エプロンを脱ぎながらつまらなそうな表情を浮かべていた。
「京ちゃん取られちゃったみたいで不機嫌?」
横から茶化され、シェリーは祐介の肩を殴り付ける。大股歩きで三人の座る卓の横を通り過ぎようとした時、京哉に腕を引かれて無理矢理椅子に座らされ。
「ってーな!何すんだよ!!」
「で、コイツが居候2号のシェリアーナ。シェリーって呼んでやって」
京哉に紹介され、目の前の双子が目を輝かせている。
「美人だ!」「美人さんですね!」
同時に美人と言われ、シェリーは思わず頬を紅潮させる。そして、照れ隠しのように外方を向くとブツブツと悪態をつきながら2階に逃げていった。
彼女の背中に手を振りながら、ナツキが話を切り出す。
「オレ達の方にさっき依頼の話が来てたんだ。22時に拘置所前。移送予定の活動家達を保護しろってさ」
「ボク達は先に施設内に潜入して現場を掻き乱しておくので、護送車の方を宜しくお願いします!」
活動家らの保護は楽団がよく受ける依頼内容の一つだった。今夜早速この二人と組んで仕事にあたるのかと思うと気が重くなった様子の京哉。はい…はい…と小さく返事をしていたが、その声は段々小さくなっていった。
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櫓は建てられているものの、その周りで踊る人や太鼓の姿はどこにもない。かつての秋祭りの様子を知る人々は悲しそうな表情を見せていた。盆踊りも、花火も無い非常に寂しい祭である。
大きく人が動くイベントには、必ず政府が差し向けた監視役が常駐している。この祭にも例の如く彼らは現れ、場不相応なスーツ姿でウロウロと歩き回っていた。
露店の準備を終えた祐介は、シェリーと隣り合って拾ってきたビールケースの上に座る。隣の屋台で買ってきたサイダーをチビチビ飲んでいるシェリーは、通りの向こう側からビニール袋を手にぶら下げてこちらに向かってくる京哉を発見した。
「結構店出てんじゃん。ほれ、食い過ぎんなよ」
手渡された袋をシェリーがガサガサとまさぐると、中からたこ焼きの入ったパックが出てきた。
「京ちゃんはこれから仕事?」
「まだ時間あるから、手伝おうと思って。去年はガッツリ仕事でいなかったからさ」
そう言った京哉は、再び人集りの中に消えてしまった。
「何しに来たんだ、アイツ?」
彼から貰ったたこ焼きで頬をいっぱいにさせながら文句を言っているシェリーを見て笑いながら、祐介はよっこいしょとオヤジ臭い掛け声と共に立ち上がる。
「一昨年は忙しかったからさ。京ちゃんのおかげで」
首を傾げたシェリーは、瞬く間に店の前にできた行列に目を見開く。何事かと立ち上がると、列に並ぶ客は女ばかり。手際良くりんご飴を売り捌く祐介を手伝いながら、シェリーは訝しげな表情で行列の最後尾に目を凝らした。
「1個だけ?」
「も、もちろん2個……」
「2個だけ!?」
「ご、5本買う!買います!!」
京哉が通行人に声を掛けて列に誘導していた。性格は置いておいて、見た目は整っている彼の事だ。呼び止められた女達はホイホイと罠に引っ掛かっている。
列の途中で売り切れになり、行列がバラバラと解散していく。ニヤニヤしながら屋台に帰ってきた京哉に、シェリーはじっとりと不信の目を向けた。
「キャッチじゃん。あんな事して良いのかよ?」
「ただの呼び込みだって。僕がちょーっとだけお願いすれば皆買ってくれるから、祐ちゃんも大助かりよ」
そんなに儲からないけどねー、と片付けをしながら言葉を挟んだ祐介。シェリーも、去年は確かに売れ残った記憶がある、と思い出して黙り込んだ。
最初から1個取っておいたと祐介に手渡されたりんご飴を舐めながら、京哉は双子が先に待つ東京拘置所に向かう。
バリバリとりんご飴を頬張るシェリーが露店の前を通り過ぎる人々をぼんやりと眺めていると、突然目の前に焼きそばのパックが置かれた。
顔を上げれば、そこには派手なアロハシャツを纏いラウンドのサングラスをかけた阿須賀の姿があった。
「アッスー!」
「全部売れてしもてるやんかー!早いなー」
彼はこの祭を取り仕切る立場の者として、各露店の見回りをしているようだった。
「阿須賀くんチは何か出店やってるの?」
「下のモンらが焼きそば出しとるよ。さっき嬢ちゃんにあげた……」
阿須賀が視線を落とすと、そのパックは既に空になっていた。いつもの事だと気に留めないように話題を切り替えた彼は、周囲をキョロキョロと見回す。
「あれ、京ちゃんは今年も来うへんの?」
「さっきまで手伝ってくれてたんだけど、これから仕事なんだってさ。何か用事あった?」
祐介が尋ねると、阿須賀は彼の影に隠れていた少女の背中を押した。
「こいつ、椿な。京ちゃんの仕事たまに手伝ってもろてる子やねん。嬢ちゃんと同じくらいの歳か?」
椿と紹介された少女の方をシェリーがじっと眉を顰めながら観察している。肩につく長さの黒いボブヘアーに黒い作業服姿。ギリギリと睨み付けるようなシェリーの視線に、阿須賀が驚きながら尋ねた。
「な、何!?怖い顔して…」
そう聞くと、シェリーは益々彼女の顔を覗き込むように睨みをきかせていた。
「……ちゃんと女の子?」
「ちゃ、ちゃんと……?」
シェリーの意味不明な質問に、阿須賀と椿は顔を見合わせていた。
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葛飾区に位置する東京拘置所は、今や音楽等禁止法によって捕えられた音楽家や活動家達で溢れかえっていた。定期的に一斉移送作業が行われるようで、今夜はちょうどその日にあたる。
彼らが今日移送されるのは、刑事裁判における判決が確定したのではなく、刑務所の空きができたからという理由だった。
法治国家であった筈の日本では今、反政府の危険因子と見做されるだけで一方的な処罰を受けるようになってしまっていた。
今回移送される活動家達の中に、かつて東京を代表するオーケストラを牽引した熊谷倫也という人物が含まれるという。彼の弟が今回の依頼人であった。
白い燕尾服を纏ったナツキとフユキの二人は用水路から拘置所地下に侵入し、作戦開始の時を待っていた。彼らはそれぞれ銃器を背負っており、ナツキは2丁の自動小銃、冬樹はグレネードランチャーである。そして、腕にはホルンが抱えられていた。首から下げられるようにストラップが付いている。
「こちら拘置所地下、聞こえますかー?」
フユキが燕尾服の襟に仕込んだ小型のトランシーバーに話し掛けると、数秒経過してノイズが走る。
『こちら小菅JCT前……こんな離れてて大丈夫か?』
双子に指示された場所に到着した京哉が応答した。
「大丈夫、大丈夫!護衛の車も全部こっちで片付けとく!護送車は移送時にトラブルがあるとそっちの道を通るようにマニュアル化されてるから、どうにか足止めさせろよ」
フユキのトランシーバーに向かって元気良く返したナツキは、手で合図を送ると走り出した。
「頑張ってね、京哉クン」
そう最後に告げたフユキも、ナツキを追ってすぐに走り出す。
拘置所内の構造は全て把握している様子で、迷わず上階に向かう非常梯子を登ると、フロアの境に設置されたハッチに耳を当てて状況を確認する。
顔を見合わせてナツキが指でカウントダウンを始め、勢い良くハッチを押し上げた。隙間から空かさずフユキが催涙弾を投げ込み、ハッチを元に戻して梯子を降りる。
「次!南の看守棟!」
「りょうかーい!」
次に二人が辿り着いたのは、階段を登った先の行き止まり。ナツキが小型の爆弾を手際よく壁に貼り付けていき、フユキがタイミングを見て起爆させる。壁に穴が開いた瞬間にまた催涙弾を投げ込むと、二人は頭に掛けてあった防毒マスクを顔に装着しながら穴の中に突入していった。
混乱する拘置所内を二人が駆け回る中、頭上の赤色灯が回転し始め、けたたましくサイレンが響く。
「侵入者です!移送作業急ぎます!」
「やはり来たか……!予定通り1時間前倒しで移送開始だ!」
拘置所内の職員達は、襲撃を見越して移送予定の人間を既に護送車に乗せて待機させていた。外部に繋がる巨大なシャッターがガタガタと音を立てながら自動で開いていく最中、ナツキとフユキがその場に到着した。
グレネードランチャーを構えたフユキの横で、ナツキがホルンを演奏し始めると、ドラムマガジンが青白く光った。そして、引き金を引いて放たれた榴弾が護送車の前を走る予定だったパトカーに直撃し、炎上する。
次々に護送車の周りに控えていたパトカーが攻撃され、車庫内は火の海となった。
「護送車を出せっ!!早くっ!!」
職員の叫び声とほぼ同時にシャッターが全開となり、護送車が勢い良く飛び出していく。
車庫に集まってきた職員達に囲まれたナツキとフユキは、背中合わせになりながらその役割りを交代した。ナツキが両手に自動小銃を構えると、フユキがホルンを拭き始める。マガジンが青白く光り、銃口からも同じく青白い光の粒のようなものが連続で発射された。
「密度上げんなよ、フユキ!今日は皆殺しの日じゃないんだからな!」
光の粒に接触した者達はその衝撃で後ろに大きく仰け反り、その場に悶絶している。
壁になっていた人間を退かし終えると、二人は彼らの上を飛び越えて駆け出し、開け放たれているシャッターから拘置所の外に素早く逃げていった。
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大宮方面へ向かう中央環状線内回りと6号三郷線下りを結ぶ小菅ジャンクション。その分岐部分に腰を掛けて夜空を眺めていた京哉は、猛スピードで近付いてきたヘッドライトの眩しさに目を細めた。徐に立ち上がり、フルートを構えてリッププレートに下唇を乗せる。
「…っ!?白い燕尾服…まだ仲間がいたのか!」
護送車の運転士がライトをハイビームにすると、分岐部に立っていた京哉は姿を消していた。そして、護送車の天井に何かがぶつかった様な鈍い音が響き、屋根の空調設備が破壊されて大きな穴が空く。
何事かと驚いた運転手が急ブレーキを踏み、左右にガタガタと揺れながら護送車は道の真ん中で停止した。
車内両サイドに据えられた長いベンチのような椅子に座る移送中の活動家達がどよめいている間に、ルーフに出来たばかりの穴から大きな着地音と共に京哉が車内に侵入する。
護送車内にいた監視人が京哉に掴みかかろうと飛び出したが、身を翻した彼にいとも容易く背後を取られる。首と脳天に手を置かれた監視人は全く身動きが取れずに凍り付く。
「ちょっと寝ててよ、オッサン」
京哉が監視人の首を捻ると、彼は力無く床に倒れ伏した。それを見て発狂しながら飛び掛かってきた運転手の首を掴むと、後頭部を床に叩きつけて失神させる。
手をパンパンと払いながら背筋を伸ばし、京哉は車内をグルリと見回した。
「…お、俺たちを助けに来たのか……?」
活動家の一人が恐る恐る声を上げる。京哉はニコリと笑顔を見せて窓の外を指差した。真っ暗闇の中、荒川を進んでこちらに向かってくる小さな光が2つ見える。
「僕の仲間がボートで迎えにきてる。飛び込む勇気のある奴はもれなく全員生存ルートですが」
すると、活動家達は一斉に立ち上がり、非常ドアを蹴破って我先にと車の外に飛び出して行った。
「ただし、アンタはダメだ…熊谷倫也」
無表情になった京哉が初老の男の肩を掴んで、窓のレールに手を掛けていた彼を椅子に引き戻す。額にダラダラと汗を流しながら目を泳がせる熊谷は、隣に座った京哉に腕を組まれて更にビクンと身体を跳ねさせた。
「……わ、私も助けてくれ…彼らを導いた私だけが取り残されるなんて何故…「何処に導こうとしてた?」
顔を覗き込まれた熊谷は耐え切れないとばかりに叫び出す。
「お…音楽家に未来などない!政治家と組んでいれば生きる権利も金も手に入る!」
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『ナツキ、フユキ、元気そうだね』
ゲームセンター跡を隠れ家にしていたナツキとフユキの元に、楽団本部から任務の依頼が入った。
「ジャック、久しぶりだな!新宿の件が落ち着いたからいよいよ再始動って感じ?」
『そうだね。準備運動がてら、少し暴れてきて欲しいんだけど』
熊谷倫也、元東京フィルオーケストラの指揮者。音楽等禁止法施行後、ある政治家に取り入り身柄の保護を条件に反政府活動弾圧の為の工作活動に従事するようになる。
音楽家という立場を利用して反政府を表明している民衆を募り、あらかじめ警察に密告しておいた集会場所に誘導して逮捕させる。その際、熊谷自身も一度身柄を拘束されるが、刑務所移送の際に警察関係者によって秘密裏に脱出させてもらう密約を交わしていた。
そうして、謝礼を受け取りながら次々に志ある若者を罠に嵌め続けていた。
『依頼人は熊谷の実弟。九州で実家の工場を継いだ弟は、音楽家の兄と連絡が取れない事を心配して方々調査を依頼したらしい』
「で…蓋を開けてみれば、政府に魂売ってた訳か」
「熊谷をその実家に連れ戻せば良いんですか?」
フユキが尋ねると、ジャックは少し間を置いてから否定の返事を寄越した。
「人様を騙して役人に金をせびるような兄は殺してしまってください…死んだ方が世の為です……だとよ。何て出来た弟さんなんでしょうね?」
京哉は冷笑を浮かべながら熊谷の肩から腕を退ける。
額からとめどなく流れる脂汗をそのままに、熊谷は狂ったようにブツブツと小声で呟き始めた。
「仕方なかったんだ…私は悪くない……悪くない…悪くない…悪くない悪くない悪くないっ!!!」
声のボリュームが徐々に大きくなったかと思うと、熊谷は床に転がりながら気絶している監視人の方に近付き、腰のガンホルダーに掛かった拳銃を取り出して京哉の方に向ける。
刹那、熊谷の両腕が弾け飛び、銃を構えた格好のままリアガラスにべチャリと貼りついた。腕の断面からボタボタと流れ出す血を目にして、熊谷は過呼吸を起こしながらのたうち回る。
「ああああっ!化け物がっ!貴様らのせいで私達音楽家はっ!!!」
叫びをあげた熊谷の首を京哉の太刀が刎ねると、護送車の中は一気に静まり返った。ブシュブシュと吹き出す熊谷の鮮血に白い燕尾服が染められていく。
「テメェなんかとアイツらを一括りにすんな…こっちは悪魔に魂売りながら護ろうとしてんだよ」
断末魔をあげた表情のまま床に転がる熊谷の首を睨み付けながら、京哉は護送車を降りた。
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合流場所として指定されていた四ツ木橋の河川敷に向かうと、2艇のゴムボートには既に救出した人々の姿は無かった。
「遅かったな、右神」
ナツキが自動小銃とホルンを担ぎながら京哉に歩み寄る。
「……何それ、めっちゃ物騒なモン担いじゃって」
「ソレお前が言うのかよ…」
訝しげな表情で京哉が尋ねると、彼の返り血塗れな燕尾服を指差してナツキは眉を顰めた。すると、横から駆け寄って来たフユキがグレネードランチャーを背負った背中を京哉の方に向ける。
「ボク達は二人でやっと一人前の旋律師なんです。片方が音エネルギーを圧縮して弾を作って、もう一人がぶっ放します!」
「得意な奏法が違うから弾種も違うんだよ。ちなみに、圧縮具合も自由自在だからゴム弾から大型獣狩猟用マグナム弾まで威力の調整可能だぜ」
やはりタイミングバッチリに歯に噛んだ二人に、京哉はパチパチと拍手を送る。彼が待機していた小菅JCTからも、作戦開始時間と同時に緊急事態を知らせるベルが鳴り響いていたのが聞こえてきた為、相当手練れなのだろうと予想できる。
「楽団本社からの件、オレ達と組むで異論無いか?」
手を出してきたナツキと握手を交わすと、その上にフユキが手を乗せてきた。
「これからよろしくお願いしますね、京哉クン」
「…よろしくな」
出会った時は先が思いやられたものの、思いの外上手くいきそうだと感じた京哉は、それが依頼達成後の開放感からくる錯覚だったのだと、思い知らされることになる。
その日の正午過ぎの事。朝方帰宅した京哉がまだ寝ていると、上の階がやけに騒がしい。眠い目を擦りながら嫌々起き上がると、その理由を1階に降りて掃除中の祐介に尋ねた。
「どした?上。うっせーんだけど」
「ああ、それなら…」
そう言いながら階段の方を指差した祐介。指し示す方向に視線をずらしていくと、セーラー服を纏った双子の姿があった。
「え?何…また仕事?」
「ちげーよ。オレ達ここの3階に引っ越してきたから」
ナツキの返事を聞いて、京哉は凍り付く。そして、祐介の方を向くと、彼も首を縦にコクコクと振っていた。
「ジャックが、連絡は一度で済んだほうが良いって提案してくれたんですよ。これでいつでも遊べますね、京哉クン!」
楽しげに笑いながら上階に戻っていった双子を目で追う京哉の表情はどんよりとしていた。
「悪い人達じゃなかったんでしょ?じゃあ、別に気にする事ないんじゃない?」
モップがけを再開しながらそう言う祐介だったが、京哉は頭を抱えながら否定した。
「いや…あの手のフットワーク軽い奴って、大体頭おかしいんだよ…」
それは彼の父親の事を言っているのだろうと、祐介は想像する。
「京ちゃんも大概だから組まされたんじゃない?あれ、また来てるよ」
祐介に促されて再度階段の方を振り向くと、フユキがこちらを手招いていた。
「京哉クン、創クンが4階に呼んでますよ。親睦を深める為に、麻雀大会やるそうなんですけど、賭け麻雀と脱衣麻雀どっちが良いですか?」
そんなの絶対に親睦深まんないじゃん!とイヤイヤをしている京哉を4階から降りてきた鬼頭が担いで連れ去った後は、本当に翌日の明け方まで姿を見せる事はなかった。
[16] Waltz 完