1/1

鉄の誓い

町工場の朝は早い。まだ夜明け前の薄暗い工場の片隅で、英は機械に油を差しながら、弟・明との昔話を思い出していた。二人でネジの数を競い合い、経営の雑誌を読み漁ったあの幼い日々。しかし今、その弟はこの場所にはいない。

英は最年少で中小企業診断士資格を取り、「家族を守る」という信念のもと、母方の実家の町工場を救うために奔走してきた。かつての窮地から持ち直したかに見えたものの、実情は補助金頼みのゾンビ企業。しかも、あの補助金スキームの裏取引が露見し、明は社会的に消され、自身は右腕だった洋介をも失った。

その朝、ガタガタと古ぼけた扉の隙間から、派遣会社の社員・沙月が現れる。沙月の柔らかな声と笑顔は、英の硬く張りつめた心の鎧を一瞬だけ和らげた。「新しい右腕、連れてきたよ」

英は苦笑しつつも、どこか救われた気持ちで、新たな一歩を踏み出す決意をする。

―今はまだ“鋼”にはなれていない。それでも、もう一度だけ進んでみようと思う。

物陰から工場を見つめる妙齢の女性。その正体は、どんな資格も表では名乗らない伝説の診断士――“師匠”だった。

その日の工場に新たな朝日が差し込む。英の「再生」の物語が、今、動き始めた。