#5「名前」
――ああ、私は死ぬのか。
あの訳の分からない男...オセルヴァの言葉に興味を引かれて着いてきたが、先ほどの会話を聞くに私が必要とされているというのは間違いだったようだ。
今目の前で私の首を掴み上げている男...ルファロスが何よりの証拠だろう。
なぜこの男が私を手にかけようとしているのかは知らないが、私の命はここで終わる。それは間違いなさそうだ。
......恐怖は無く、何の感慨も湧いてこない。
死とは、直面する者に恐怖を感じさせるのだと思っていたが、そうでもないようだ。
「抵抗はしない、か...。...ならば楽に送ってやろう。」
そう言うと、私を掴むルファロスの腕から――
――黒くうねる何かが湧き上がってくる。
「―――!!」
私に迫る黒いうねりは――アレを想起させ――
――瞬間、右手の先に形作られた刃を、黒のうねりへ切り上げる――
ガンッ!
しかし、私の刃は何かにせき止められた。
「ほう......。」
ドサッ!
突如、ルファロスが首を掴む手を離し、私の体は床へと落ちる。
「――ハァ......――ハァ......」
絞められていた首に空気が通り始めた。
......私は、まだ死んでいない...?
「アレ?殺すんじゃなかったの?」
「......オセルヴァ、貴様この娘を下層で見つけて来たのだったな?」
「え、そうだけど...。」
「ふむ......。」
ルファロスが何か考える様子で私を見下ろす。
「おい、娘。」
しばらくの沈黙の後、ルファロスが口を開いた。
「何故、急に抵抗した?」
何故と問われる。
「............気持ち悪かったからだ。」
「気持ち悪い...?......もしや、コレのことか。」
ルファロスの腕から再び黒いうねりが発生する。
......少し離れて見れば、あのうねりはモヤのかかった煙のようなもので、今度は先ほどのような強い嫌悪感は生まれなかった。
「......コレに不快感を覚えたために抵抗したと?」
「............そうだ。」
「それだけか?」
「......それだけだ。」
ルファロスが立て続けに質問を繰り返す。
...この男、いったいなにを......。
「ねールファロス、どうしちゃったワケー?......あ!実は俺やっぱ間違って無かったとか!?」
「いや、貴様の間違いは変わらない。だが......」
ルファロスは再び考える仕草を少し見せて、口を開く。
「オセルヴァ、――この塔の外に興味はあるか?」
「......え!?あるよ!あるある!!最近、下層の方もだいぶ回っちゃって退屈だったんだよー!」
「そうか。......娘。」
ルファロスが再び私を見る。
「貴様、私の命に従う気はあるか?」
――命に従う......?
それは――
「――私を必要とするのか...?」
「......ああ、そうなる。今、私には貴様が必要だ。」
「―――。」
オセルヴァが口にしたその言葉は一度否定されたが、その否定をしたルファロスの口からもう再び与えられる。
――私が必要だと......。
やはり、この言葉は私に何かをもたらす。
何も無く、空洞となった胸の奥に僅かに弾ける熱...。これを感じた時、私の答えは決まった。
「―――従おう。」
ただ一言、答える。
これで何が変わるのかは分からないが、私の生に意味が与えられるのなら......私はそこへ進んでみたいと思った。
「......そうか。ならば我らのために動いてもらおう。...だがその前に...貴様、名は?」
「あ、そういえば俺も聞いてない。」
――名。
私の名前。あの孤児院での記憶、私が呼ばれていた名前は――
「――ナギ。...ナギ・ニヒル。」
「――では、ナギ・ニヒル――」
――なんだ......?
「――貴様がやり遂げることを願おう――」
――意識が――――