#3「光」
――キミの力が必要だ。
その言葉が耳に届き、指先に集中した意識が途切れる。
......「必要」、その言葉の意図は分からないが、意味はわかる。この目の前の男は何らかの理由で私を求めているということだろう。
その事実にただただ衝撃が走る。
誰かに求められるというのは初めてのことだった。
思えば、私にこれほど言葉をかけてきた人間はいつ以来だろうか...。理解できない言葉の羅列のせいで気づかなかったが、その時点でおかしかった。
人から必要とされる......。その感覚は、目的もなくただ生にしがみついてきただけの私の頭に弾ける何かを与える。
この男、先程「着いてきて」と言っていた。コイツに着いていけば「必要」の意図がわかるのかもしれない。
徐々に興味が湧き上がり、気づけば先ほどまでの気持ち悪さも薄れていた。
もともとなんの理由もない人生だ、そこに何か理由が与えられるというのなら少しくらい付き合う価値はあるのかもしれない。
そこまで考えて、足を動かし始めた。
「お?」
男の横を通り過ぎ、扉を開いて振り返る。
「連れて行け。」
「!もちろん、おっけ〜。」
―――。
男の後をつき、しばらく歩いた。この間も男は絶え間なく喋り続けていたが、内容はあまり頭に入っていない。
「さ、まずはここだよ。」
辿り着いたのは、上層へ向かうリフトだ。男がリフトの傍に立つ人間へ声をかけると、足場が揺れ始め上昇する。
リフトの傍にいた人間は、私を視界に入れると目を丸くして驚いていたようだったが、声を上げることはなく、ただ静かにリフトの動作を開始させていた。
きっと私の顔を知っていたのだろう。仕事を持つような人間であれ、この暗い世界に追いやられたものだ。生きる為に這い回り私を見たこともあるだろう。
しばらくの間空気を震わせるように鳴り響いていた音が止み、少し大きい揺れが発生した後リフトが止まった。
リフトが辿り着いたのは、僅かに灯りが灯るのみの暗く狭い空間で、目の前には大きな扉があった。
「よいしょ――っと」
リフトから降りた男によって大きな扉が重々しい音を立てながら開かれると、僅かに明るい光が差し込む。
「さあ、出ておいで。」
男に促されるまま、扉の外へ足を踏み出す。
そこに広がっていたのは、――街だった。
点在する街灯が視界を明瞭にし、いくつもの建物が並び立っている。
――懐かしい。
あの頃から何も変わっていないようだが、少し明るくなった気もする。下に目が慣れすぎたのだろう。
「まだまだ暗いでしょ〜。もっと上に行けばちゃんと明るいからねー。」
そういうと男は再び足を進めた。それに合わせ、私も後を追う。
―――。
男の後を追いながら歩いていると、強く記憶に残っている建物が目に入る。――私の家だったところだ。
あの建物は孤児院と呼ばれるもので、行き場を無くした子供たちとその面倒を見る大人たちが暮らしている。
私はその子供たちの一人だった。
私の一番古い記憶はあそこから始まっており、そこから長い時間を過ごしてきた。思えば、私があの力――オーラを扱えるようになったのも、あそこに住んでいた頃からだ。
私はあの家で多くを知り、多くを学び、多くを与えられ、そして、――一つを奪った。
子供の多い空間だ、喧嘩は絶えず、どこで覚えたのか口汚い言葉が飛び交う事はよくある事だった。そしてその矛先は時に私に向けられることもあった。何が気に入らなかったのかは知らないが、何度も私に向けて何かを言っていた。
ぶつけられた言葉に悪意を感じはしたが、それ以上の何かが湧き上がることはなく、ただ黙り続けた。
しかし、その態度が気に食わなかったのか、私に悪意をぶつけていた男の子は、私の顔へアレを――虫を、近づけた――。
次の瞬間には、近づけられた虫ごとその男の子の顔面が貫かれていた.........私の手によって。
そこからのことはあまり覚えていないが、周りでは悲鳴が上がり続けていたことはよく覚えている。
その後、私はいくつかの場所をたらい回しにされ、いつからか路地を這いまわりながら生きることとなり、気が付けばさっきまでいた下層で暮らすようになっていた。
それがあの建物が思い起こさせる私の記憶だった。
「お、次のが見えて来たよ。」
記憶を辿り、とっくにあの孤児院が視界から消え失せていた頃、男が振り向き声をかけてきた。
男が指を差していた方向には、先ほどここへきた時と似たような扉があった。おそらくまだ上へ行くのだろう。
―――。
もう何度目かわからない位の回数をリフトによって登ってきた。そしてまたリフトが止まる。
「ようやくここまで来れたぁ〜。フフン、この階層はきっと驚いてもらえるよ〜?」
男は得意げにそういうと見慣れた体制で扉を開く。
開かれた隙間から白い筋が差し込む。
徐々に開かれた扉が、完全に開け放たれ、広い空間が目に飛び込んできたーーそこは、白かった――。
.........いや、違う?......少しずつ視界の空間が色付いてくる。
「いやー、すごいよねあの光、こんな閉鎖空間であれだけ明るいんだもん、本当に太陽みたいだよね。」
男が指差す上へと目をやると、また視界が白む。
どうやらあの強い光...?によって私の視界は白くなったようだ。
光とはあそこまで強く光れるものなのか...。
「よーし、ここまでくればゴールは近いよ!さあ行こう!」
これまでに増して高揚している男は、私をさらに先へと促した。