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#2「不快」

艶かしく黒光りする体、波打つように蠢く無数の足、不規則に揺らめく触角。

それが視界に入った瞬間、嫌悪が背筋を這い上がった。

初めての感覚だった。ただ()()、――それだけのことで異常なまでの不快感を覚える。

這い回るソレに私は何もすることができない。ただ視界に捉え、その動きを目で追い続けるだけだ。

早く立ち去りたい...しかし、動いたらこちらに反応するかもしれない...。

アレが私に辿り着くようなことがあればどうなる?

......いや、害はない。きっと触れたところで何も起きはしない。だが私の体はその考えを認めない。

アレが真っ直ぐに私に向かい勢いよく這い寄り、あの無数の足で撫でる様に私の足へ――()()()()()()()()

不快感と嫌悪感が私のなかでうねる様に大きくなった時、後ろから足音が聞こえた。

「また、こんなところに!気持ち悪い!!」

女は私の横を通り過ぎ、真っ直ぐと進むと、――その虫を叩き潰した。

「大丈夫だった?怖かったでしょ。」

虫を殺した女は、屈みながら私に何かを言っている。

だが、私の視線はそこから動かない。

潰れて体液を撒き散らす無惨な体、それを()()、ただこう思った―――

あぁ、殺していいんだ。


***


ざぶっ

音を立てて水に手を入れる。

先ほど、手に着いてしまった血を洗い流すため川に来ていた。相変わらず、川はゴミが流れていたり、水の手触りにヌメりを感じたりと不快感を覚えるが、ここは周辺の中でも一番綺麗なところだ、我慢するしかない。

ちょうど近くにも何人か服を洗濯している者がいた――が、私が近づいてくることに気づくと、そそくさとどこかへ消えていった。

「――......。」

しばらく手を擦り続け、血を洗い流し終えた。...帰ろう。

川沿いをしばらく歩いたところで脇にある暗闇の小道へ入る。小さな電球に照らされた領域のみが視界となる中、入り組んだ道をゆっくりと進む。

何度目かの角を曲がり、開けた空間へと足を踏み出した。その空間には、鉄の板によって作られた、いくつもの部屋を持つ大きい建物がある。その建物の右から3番目のドアへ向かう。

ガチャ

ドアノブに手を掛け、扉を開いた。中には小さなベッドが一つ、それ以外は何もない。ここがもともと誰の住処であったのかは知らないが、いつだったか当てもなく彷徨っていた時にここを見つけ、それ以来ここは私の寝床となっている。

バタン――と音を立てて扉を閉めた。このまま寝ようとベッドへ向かう――

―――ガチャ

扉が、開く音......?

耳に届いた音を確かめようと振り返る。

「やあ、さっきの見てたよ〜。派手にやるねえ。」

男が立っていた。

......何の用だ?

この周辺で私に関わろうとする人間はいない。コイツもこの辺の人間ではないのだろうか...。よく見ればさっきの男よりも身なりが良い。

「あとさぁ、キミのことつけてたんだけど、さっきあそこで手、洗ってたでしょ。やめた方がいいよ〜、あれ、下水って言って人間の生活排水なんだってぇ。」

...そんなことは知っている。あそこは下水の中でも排泄物が流れてくることの少ない、比較的マシな水がある場所だ。それを知らないということは、やはりこのあたりの人間ではないのだろう。

「アハハ、だんまりだ〜。信用されてない感じ?」

開いていた扉を閉めつつ、部屋へ踏み込んで来る――足元に()()が唐突に顔を出した。

「ッ――!」

瞬時に腕を振りかぶり、針状に"造形"された力を指先から打ち出した。

「うわッ!?え!?きゅ、急にやめてよ!俺はキミの味方――」

驚いた男が慌てて言葉を並び立てていたが、針が打ち込まれた足元を見て口を止めた。

「...ん?虫?...あー!虫ね、コイツを狙ったんだぁ。なんだよ、ビックリしたな〜。」

男はそう言いながら虫を足で外へ追い出し、閉めかけていた扉を閉めきった。

「コイツら気持ち悪いよね〜。」

あぁ、――本当に気持ちが悪い。昔からあの虫という生物が本当に嫌いだ。

「てかキミ、今使ったのオーラでしょ?もう使いこなしてるんだ〜。こりゃきっと褒められるぞぉ。」

アレが視界から消えたことで自分の中の不快感が引いていく中、男が口にした言葉に引っかかりを覚えた。

オーラ...。確かこの力はそういう名前だったか...。

いつからか日常的に扱うようになったこの力、これを目にした誰かがその言葉を口にしていたのを何度か聞いた覚えがある。

「ますます信用して貰わなきゃね。」

男はそういうと、袖をまくり腕を見せる。

その腕は――ゆっくりと肉が裂け、中から白く細い物体が......

――あれは、骨...?

...しかし、突き出た骨は――意思を持っているかのように蠢いている...。

あの腕はどうなっている...?コイツは人間なのか......?

そんな疑問がよぎった時、蠢く骨は男の腕の中へと戻っていき、――まるで最初から何も無かったかのような状態になった。

「――よいしょっと。ほら、俺は味方だよ?」

なんだ...?......味方?さっきからコイツは何を言っている...?

「んー?まだダメ?......うーん、でも口で説明するのもなぁ...、外で話すなって言われてるしなぁ...。」

ずっと一人で話すコイツの言葉は、一向に理解できない。

「んん......。とりあえず着いてきてよ、俺の仲間のところに行けば説明...は誰かに任せるけど、いろいろ教えてあげられるからさ。」

着いてく...?何処へ...?

この男が口を開く度、疑問が積み重なってくる......。もう、考えるのはやめよう...。

予想外の事態と意味不明な言葉により、追いつかなくなっていた思考を一度止めると、――じわじわと不快感が湧き上がってきた。

この男は、私の領域に踏み入り、アレを視界に入れさせ、訳の分からない体を見せつけてきた。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

その言葉が私の思考を埋め始め、指先へ神経を――

「ああ、そうだった。来てもらうからにはこれも言わないと。」

男が笑顔を見せながら手を差し出し、一瞬意識が逸れる。

「――キミの力が必要だ。」

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