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無自覚な恋と、見守る者たち

ノルド城・三姉妹の部屋。


「ユウ、ウイ、座って」

シリの声に、ふたりは並んで腰を下ろした。


レイはすでに座っている。


「紹介します。あなたたちの従兄弟よ。父上の――妹君の長男にあたる方です」

そこまで言って、シリはふと口ごもる。


「・・・年齢は、ええと・・・」


その言葉を受けて、青年が穏やかに口を開いた。


「リオウ・コクと申します。19になりました。どうぞ、よろしくお願いします」


深く頭を下げる姿は、礼儀正しく、どこか初々しさがあった。


整った顔立ちに、まだあどけなさを残すが、瞳の奥に何か芯のような光があった。


「ユウ、あなたから」

促されて、ユウが一歩前に出た。


「ユウ・センです」

まっすぐな瞳で名乗りを上げるが、その声はどこか淡白だった。

リオウを“母の客人”として迎えている、それ以上でも以下でもない態度だ。


隣で、ウイがもじもじと口を開いた。


「ウイ・センです・・・」

頬を赤らめたその声は小さく、それでも精一杯の挨拶だった。


リオウの視線が、ウイと一瞬重なる。


彼がにこりと笑うと、ウイは驚いたように視線を外し、慌てて頭を下げた。


最後に、レイがさらりと言った。

「レイ・センです」


それきり、レイは口を閉じたままリオウを見つめている。

その黒い瞳に何を映しているのか、大人びた静けさがあった。



やがてリオウは、シリとゴロクの前に進み、落ち着いた口調で話を始めた。


話の合間に、リオウの視線がちらちらと動くのを、ゴロクは見逃さなかった。


その視線の先をたどると――ユウがいた。


なるほど、とゴロクは内心で頷く。


初対面とは思えない熱のあるまなざし。

ユウ様に向けられる目が、少年ではなく、一人の男のそれだった


14を迎えるユウは、そろそろ嫁ぐ年頃だ。


19歳のリオウなら、釣り合いも悪くない。家柄も申し分ない。


ーー案外、この二人を。


ふとそんな考えがよぎり、ゴロクは隣に座るシリを見つめた。


だが、彼女は気づいていないらしい。


静かな笑みを浮かべたまま、何気なく視線を交わすだけだ。


ーーまさか、あの熱い眼差しに気づいていないとは。


軽く咳払いをしてから、ゴロクはユウを盗み見た。


本人は退屈そうに椅子に背を預けていた。


目線の先は、リオウではなく、部屋の壁――あるいは遠い空想の向こう。


ーー頭の中は、馬のことでも考えておられるのだろうな。


そのとき、誰かの鋭い視線を感じた。


振り返ると、エマがじっとこちらを見つめている。


あきらかに「気づいている」目だった。


本来、こういう根回しは母親であるシリがするべきだ。


しかし、シリに任せたら何もないまま終わるだろう。


ーー仕方あるまい。ここは、わしが手綱を取るしかない。


心中でそう呟きながら、ゴロクは口を開いた。


「ユウ様。リオウに庭を見せてやってはどうか」


「庭、ですか?」

ユウが眉をひそめた。


「今の季節、花も咲いていませんが……」

やや疑問の色をにじませながらも、反対はしなかった


「ノルド城自慢の庭じゃ。案内を頼む」


「・・・わかりました」


立ち上がったユウが、リオウに向き直る。


「リオウ様、よろしいですか?」


その瞬間、リオウの顔がぱっと明るくなる。


まるで天にも昇るような表情で、彼は勢いよく立ち上がり、ユウの後に続いた。


部屋の隅でその様子を見ていたウイは、唇をきゅっと噛み、俯いた。


ドレスの裾をぎゅっと握りしめる。



ユウが立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「シュリ!」


鋭く、けれど決して荒げない声が部屋に響いた。


シリの後方に控えていたエマが、真っすぐにシュリを見ている。


その眼差しは、ただの侍女のそれではない。

母に代わって娘の行く末を案じる、もうひとりの“家族”の目だった。


ーーまた、この子は気づいていないのね。


エマは、そっと溜息を飲み込む。


リオウの目線に気づかぬシリも、平然としているユウも。

そして、年頃の娘に何の釘も刺さぬゴロクも。


ーーいったい誰が、この娘を守るつもりなのかしら。


ユウはまもなく14歳。

幼さの残る顔でありながら、その美しさは目を引くものがある。


リオウが惹かれるのも無理はない。

けれど、ユウはまだ誰かの特別な存在になるには、早すぎる。


「あなたも、ご一緒なさい」


エマの声は静かだったが、有無を言わせぬ力がこもっていた。


「承知しました」


控えていたシュリが、すぐさま立ち上がる。

その所作の確かさに、エマはわずかに眉を緩めた。


ーーあなたなら、見守れるでしょう? 


シュリの背に、そんな想いを託しながら、エマは目を伏せた。


若いふたり、そして見守る者。


晩秋の庭へ向かう三つの影が、やがて扉の向こうへと消えていく――。



次回ーー 

冬が忍び寄る庭で、ユウとリオウが言葉を交わす。

けれど、その視線の先にいたのは――シュリ。


気づかないふりをしていたのは誰?

気づいてしまったのは、誰?


触れたくて、触れられない。

恋が、ゆっくりと軋み始める。


どうか、見届けてください。


明日の20時20分更新です


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/


おかげさまで累計10万7千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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