贈り物の朝 よく似合っています
朝の光が、まだ白んだ空気を照らしていた。
窓の外には霜の降りた庭。
冷たい空気の中に、静かで柔らかな時間が流れている。
シリは一人、窓辺に立ち、朝の陽を頬に受けながら、ほんの少しだけ微笑んだ。
ーーこんな朝がくるなんて。
そう思いながら、振り返る。
「あなたから、渡して」
そう声をかけたのは、いつもより少し落ち着かない様子のゴロクだった。
彼は部屋の片隅に立ち、包みを抱えたまま立ちすくんでいる。
「この布は・・・シリ様を通して、お渡しください」
その言葉に、シリは軽く眉を上げた。
「あなたが選んだものでしょう? 一生懸命に」
「・・・そうですが」
「ならば、あなた自身で渡した方がいいわ。これは、なかなかの高い買い物です」
思わず口調が和らぐ。
「ええ、正直に言えば、これを選ぶのに・・・3日かかりました」
「まあ」
「でも、私は・・・女の子に贈り物をするのが、どうにも苦手で」
シリはふっと笑った。
娘たちの笑顔のために不器用に悩むこの男が、少し可愛らしく思った。
「大丈夫。あなたが渡せば、きっと喜びます」
そうして、扉の向こうに三姉妹の気配が近づく音が聞こえた。
◇
朝食を終えた三姉妹のもとに、シリとゴロクが姿を見せた。
「姫様方、よろしいでしょうか」
ご機嫌伺いかと思った矢先、ゴロクの背後から、両腕に荷を抱えた侍女たちがぞろぞろと入ってきた。
「えっ・・・?」
ウイとレイが口をぽかんと開ける。ユウも呆然としたまま立ち尽くした。
「これは・・・」
「こんなにたくさん・・・」
シリは苦笑いを浮かべる。
侍女たちは大切そうに包みを開き、広いテーブルいっぱいに色とりどりの織物を広げていく。
目を輝かせていたウイが、群青色の布に吸い寄せられるように近づいた。
「素敵・・・!」
その視線に気づいたゴロクが、少しだけ顔を赤らめながら布を差し出した。
「これは・・・ウイ様に、よろしいかと」
「ありがとうございます」
ウイが嬉しそうに微笑む。
続けて、ゴロクはレイの方を見た。
どこか視線の行き場に困るようにしながら、淡い黄色の布を広げた。
「こちらは・・・レイ様にお似合いかと・・・」
「こういう色、初めてです・・・ありがとうございます」
レイがじっとゴロクを見つめ、そのまっすぐなまなざしに、ゴロクの頬がふわりと緩んだ。
そして、最後のひとつ。
ゴロクは深く息をつき、淡い赤色の布をゆっくりと取り出した。
「・・・こちらは、ユウ様に。いかがかと。ユウ様に・・・お似合いかと」
その声はどこか不安げで、かすかに揺れていた。
ユウは無言のまま布を受け取る。
しばらく黙って見つめたあと、そっとそれを自分の顔の近くへ寄せた。
金色の髪、白い肌、真っ青な瞳。
その淡い赤は、まるで彼女のために染められたかのように映えた。
「・・・似合っていますか」
控えていたシュリが、思わず息をのんだ。
「・・・似合っています。とても」
ゴロクが目を細めて微笑んだ。
その言葉に、空気が和らいだ。
テーブルに広がる布、少女たちの頬を照らす朝の光。
部屋の中は、柔らかく暖かな空気に満ちていた。
この子たちの笑顔が、こうして同じ方向を向いている。
ーーそれだけで、どれほど救われることか。
そう思いながら、シリは三人の背を静かに見つめていた。
布に触れる小さな手、はにかみながら礼を述べる声――
そのすべてが、穏やかな朝の空気の中で、静かに揺れていた。
ユウは、受け取った布をしばらく見つめたのち、膝の上にそっと置いた。
そして、机の上にある髪飾りに手を伸ばす。
「これは・・・?」
「ユウ様に・・・と思って」
ゴロクが不安そうに話す。
布も、飾りも、装飾のひとつひとつが、
「似合うと思って」と選ばれたものだった。
決して華美ではないけれど、
どこか優しく、自分という存在を“ひとりの娘”として見てくれているような気がして――
ユウは一瞬、何かを飲み込むように目を伏せ、それから小さく口を開いた。
「ありがとうございます」
まっすぐな目でゴロクを見つめた。
「・・・母上、あの人、本当に・・・こういうの、選んだの?」
小さな声で、ウイが尋ねた。
「ええ。悩みながら、一つひとつ」
シリは、苦笑しながら答えた。
「あなたに似合う色を、真剣に考えていたわ」
シリとウイの会話を聞きながら、
ユウは顔を伏せたまま、そっと唇を結んだ。
赤と青。布と髪飾り。
ーーまるで少しずつ、心に色が足されていくような
そんな気がした。
その様子を、シュリは少し離れたところから静かに見つめていた。
ユウの膝の上に置かれた赤い布と、きらりと光る青い髪飾り――
ほんのりと温もりを帯びた朝の空気が、白さを脱ぎ捨てていくようだった。
ふたつの色が、朝の光に照らされて、やけに鮮やかに映った。
ーーよく似合ってる。
そう思った。
けれど、言葉にはできなかった。
声にしたら、何かが変わってしまいそうで、ただ胸の奥でその言葉をあたためた。
ーー次回
手を伸ばせば届きそうなのに、触れてはいけない距離がある――。
ユウとシュリ、静かに重なる想いに、エマがそっと線を引く。
今日の20時20分 更新予定です
===================
この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/
おかげさまで累計10万6千PV突破!
兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。
すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――
そんな物語です。
===================




