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贈り物の朝 よく似合っています

朝の光が、まだ白んだ空気を照らしていた。


窓の外には霜の降りた庭。


冷たい空気の中に、静かで柔らかな時間が流れている。


シリは一人、窓辺に立ち、朝の陽を頬に受けながら、ほんの少しだけ微笑んだ。


ーーこんな朝がくるなんて。


そう思いながら、振り返る。


「あなたから、渡して」


そう声をかけたのは、いつもより少し落ち着かない様子のゴロクだった。


彼は部屋の片隅に立ち、包みを抱えたまま立ちすくんでいる。


「この布は・・・シリ様を通して、お渡しください」


その言葉に、シリは軽く眉を上げた。


「あなたが選んだものでしょう? 一生懸命に」


「・・・そうですが」


「ならば、あなた自身で渡した方がいいわ。これは、なかなかの高い買い物です」


思わず口調が和らぐ。


「ええ、正直に言えば、これを選ぶのに・・・3日かかりました」


「まあ」


「でも、私は・・・女の子に贈り物をするのが、どうにも苦手で」


シリはふっと笑った。


娘たちの笑顔のために不器用に悩むこの男が、少し可愛らしく思った。


「大丈夫。あなたが渡せば、きっと喜びます」


そうして、扉の向こうに三姉妹の気配が近づく音が聞こえた。



朝食を終えた三姉妹のもとに、シリとゴロクが姿を見せた。


「姫様方、よろしいでしょうか」


ご機嫌伺いかと思った矢先、ゴロクの背後から、両腕に荷を抱えた侍女たちがぞろぞろと入ってきた。


「えっ・・・?」


ウイとレイが口をぽかんと開ける。ユウも呆然としたまま立ち尽くした。


「これは・・・」


「こんなにたくさん・・・」

シリは苦笑いを浮かべる。



侍女たちは大切そうに包みを開き、広いテーブルいっぱいに色とりどりの織物を広げていく。


目を輝かせていたウイが、群青色の布に吸い寄せられるように近づいた。


「素敵・・・!」


その視線に気づいたゴロクが、少しだけ顔を赤らめながら布を差し出した。


「これは・・・ウイ様に、よろしいかと」


「ありがとうございます」


ウイが嬉しそうに微笑む。


続けて、ゴロクはレイの方を見た。


どこか視線の行き場に困るようにしながら、淡い黄色の布を広げた。


「こちらは・・・レイ様にお似合いかと・・・」


「こういう色、初めてです・・・ありがとうございます」


レイがじっとゴロクを見つめ、そのまっすぐなまなざしに、ゴロクの頬がふわりと緩んだ。


そして、最後のひとつ。


ゴロクは深く息をつき、淡い赤色の布をゆっくりと取り出した。


「・・・こちらは、ユウ様に。いかがかと。ユウ様に・・・お似合いかと」


その声はどこか不安げで、かすかに揺れていた。


ユウは無言のまま布を受け取る。


しばらく黙って見つめたあと、そっとそれを自分の顔の近くへ寄せた。


金色の髪、白い肌、真っ青な瞳。


その淡い赤は、まるで彼女のために染められたかのように映えた。


「・・・似合っていますか」


控えていたシュリが、思わず息をのんだ。


「・・・似合っています。とても」

ゴロクが目を細めて微笑んだ。


その言葉に、空気が和らいだ。


テーブルに広がる布、少女たちの頬を照らす朝の光。


部屋の中は、柔らかく暖かな空気に満ちていた。


この子たちの笑顔が、こうして同じ方向を向いている。


ーーそれだけで、どれほど救われることか。


そう思いながら、シリは三人の背を静かに見つめていた。



布に触れる小さな手、はにかみながら礼を述べる声――


そのすべてが、穏やかな朝の空気の中で、静かに揺れていた。


ユウは、受け取った布をしばらく見つめたのち、膝の上にそっと置いた。


そして、机の上にある髪飾りに手を伸ばす。


「これは・・・?」


「ユウ様に・・・と思って」

ゴロクが不安そうに話す。


布も、飾りも、装飾のひとつひとつが、

「似合うと思って」と選ばれたものだった。


決して華美ではないけれど、

どこか優しく、自分という存在を“ひとりの娘”として見てくれているような気がして――


ユウは一瞬、何かを飲み込むように目を伏せ、それから小さく口を開いた。


「ありがとうございます」

まっすぐな目でゴロクを見つめた。


「・・・母上、あの人、本当に・・・こういうの、選んだの?」


小さな声で、ウイが尋ねた。


「ええ。悩みながら、一つひとつ」

シリは、苦笑しながら答えた。


「あなたに似合う色を、真剣に考えていたわ」


シリとウイの会話を聞きながら、

ユウは顔を伏せたまま、そっと唇を結んだ。


赤と青。布と髪飾り。


ーーまるで少しずつ、心に色が足されていくような


そんな気がした。


その様子を、シュリは少し離れたところから静かに見つめていた。


ユウの膝の上に置かれた赤い布と、きらりと光る青い髪飾り――


ほんのりと温もりを帯びた朝の空気が、白さを脱ぎ捨てていくようだった。


ふたつの色が、朝の光に照らされて、やけに鮮やかに映った。


ーーよく似合ってる。


そう思った。

けれど、言葉にはできなかった。


声にしたら、何かが変わってしまいそうで、ただ胸の奥でその言葉をあたためた。


ーー次回

手を伸ばせば届きそうなのに、触れてはいけない距離がある――。

ユウとシュリ、静かに重なる想いに、エマがそっと線を引く。


今日の20時20分 更新予定です


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/


おかげさまで累計10万6千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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