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特別な子


「また、こそこそと盗み聞きか」

その低く冷たい声が響いた瞬間、ユウとシュリは息を呑み、柱の陰で固まった。


「出てこい」


ゼンシの命に、二人は足を震わせながら姿を現した。


赤いマントを肩にかけたゼンシは、

長身痩躯を黒々とした影のように浮かび上がらせ、鋭い視線を二人に向けている。


腕組みを崩さぬまま、その圧だけで場を制していた。


「ユウ!」

控え室にシリが滑り込むように入ってきた。


その背にはゼンシの息子――タダシとマサシがついていた。


ゼンシは、素早くシリに顔をむけた。


「シリ、この2人は数日前から城のあちこちに忍んでいる」

怒気を孕んだ声に、場の空気が張りつめる。



レーク城にいた時から、ユウは部屋のあちこちに忍びこむのが好きだった。


昔はシンと。


今はシュリと部屋に忍び込んでいるのか。



シリは一礼し、静かに口を開いた。


「躾が行き届かず申し訳ありません」



「それに・・・」


ゼンシの視線がシュリに移る。


「こいつは何者だ」

指が鋭く彼を指した。


「め・・・乳母子のシュリです」

シュリはおそるおそる名乗った。

大きな茶色の瞳をゼンシに向ける。

普段は物静かな彼が、自分から名乗った。それだけでも異例だった。


ゼンシはシュリの胸元を掴んで、自分に引き寄せた。


「シリ、説明しろ。姫の乳母子は女子をつけた方が良いだろう。

なぜ、男を乳母子にしたのだ」

その声は、背筋を凍らせるような冷たさだった。


周囲にいた家臣、家族は息を呑んだ。


ゼンシは些細なことで機嫌を悪くする。

そして、一度怒り出したら手がつけられないのだ。



「ユウはモザ家の血を継いでいる。男の乳母子をつけるとは何事だ!!」

ゼンシの端正な顔は怒りに満ちていた。


胸元を掴まれているシュリは、殴り殺されているかもしれない。


「シュリは、セン家の長男シンの乳母子でした」

シリの声は冷静だった。


ユウが、じっとその言葉に耳を傾ける。

かつて一緒にいた兄シン。

その影に寄り添っていたのがシュリだった。



「シュリを、ユウの乳母子にしたのはグユウさんの指示です」

シリは話し続けた。


「グユウが指示をしたのか」

ゼンシの眉毛を寄せた。


「はい。そうです。ユウは特別な子だと」

シリは、ゼンシの目を正面から見据えた。


ユウの本当の父親はグユウではない。


ゼンシだ。


「説明しろ」

ゼンシは顎を少し上げた。


「グユウさんは心配していました。

ユウの生涯が波乱に満ちたものになるかもしれない…と。

何かあった時のために、そばに仕えるの乳母子は男の方が良いと」






4ヶ月前のことになる。


シンを手放した夜のことだった。


シュリのことが話題に上がった。


ベッドの中で、グユウは優しくシリを抱擁しながら伝えたのだ。


『シュリを、ユウの乳母子にする』


『乳母子は・・・女の子の方が良いのでは?』

シリはグユウの黒い瞳を見つめた。

姫に男の乳母子。

前例にない。


『ユウは特別な子だ。穏やかな人生を歩むとは思えない』

グユウはシリの顔を見つめながら話した。


『なぜ。そう思うのですか?』

シリは少しだけ身を起こして、グユウの胸に頬を寄せた。


『特別な何かを持っている人物は、強い光がある一方、影が濃くなる。身の危険があった時に、

ユウのそばに寄り添うのはシュリが相応しいだろう』

グユウはシリの頭を撫でながら伝える。


『そうですか・・・』



グユウから漂う清涼な香り、規則正しく打つ胸の心音、

優しいグユウの手の感触。


心が落ち着く。



『ユウは天から授かった子だと思っている』

唐突にグユウがつぶやいた。


『天から授かった子?』

シリは不思議そうな顔をして、グユウの胸から顔を上げた。


『あぁ』

見上げたグユウの瞳は慈愛に満ちていた。


シリもゼンシも非凡な存在だ。


2人の子であるユウも、幼い頃から特別の何かがある。


その特別な何かは努力して得るものではない。


『天から授かった』


口下手なグユウは、そう表現していた。



そのことを思い出し、

シリは悲しみを吐き出すように長いため息をついた。




しばらくしてから、再び口を開いた。


「グユウさんは…ユウは天から授かった子だと。

ユウを守るためにも、男の乳母子が良いと」


シリの発言に、ゼンシは一瞬だけ揺らいだ。


シリの言葉が終わると同時に、シュリの目にも涙が滲んだ。


別れる直前に、グユウがシュリに伝えた言葉を思い出す。


『シュリ、ユウを守ってくれ』


あの真剣な眼差し・・・忘れない。



ゼンシは、すぐに表情を整えシュリを掴んだ腕を離した。


「その特別な子と乳母子は、なぜ隠れて盗み聞きをするのだ」

ゼンシの声は少しだけ柔らかくなった気がする。


「私が命じたの」

ユウの澄んだ声が部屋に響く。


「シュリは反対したわ。良くないことだって。だから、見つからないように隠れて見ていたの」

金髪に青い瞳。

真っ直ぐな視線をゼンシに向けたその様は、まるでシリの少女時代を映したようだった。


「なぜ、隠れたのだ?」

ゼンシはユウに問いかけた。


「叱られるからよ。堂々と見ても良いのなら、今度からそうするわ」

少し顎を上げたユウは恐れもなく話す。


ゼンシは急いで後ろをむいて、おかしさに歪む顔を隠そうとしたがダメだった。


手近の椅子に崩れ折れると、いつにない朗らかな笑い声で笑い出したので、

タダシはびっくりして動きを止まったくらいだった。


ゼンシがあんな風に笑ったのを、この前に聞いたのはいつのことだっただろうか?


「このわしに、こんな事を言うのはシリとユウぐらいだ」

ゼンシは、少しだけ目元を緩めてユウを見た。


そして、ゆっくりと立ち上がり、腰に手を当てて命じた。


「ユウ、次から隠れるな。許す」

その顔には、確かに優しさが滲んでいた。


「シュリ、お前は明日の早朝から馬場へ行くのだ」

怯えたシュリに言い捨て、ゼンシは部屋から出て行った。


部屋に残された空気は、まるで嵐が過ぎた後のようだった。


その後ろ姿が見えなくなった瞬間、シリは脱力をした。


足が震える。


ようやく、まともに呼吸ができそうだ。


シリの後ろで、タダシがしゃがんでユウに話しかけた。


「初めまして。君の従兄弟のタダシだ」


「ユウ・センよ」

タダシが声をかけると、ユウは凛とした声で応じた。


同じ金髪に青い瞳――まさにモザ家の面影を帯びた横顔を、マサシは目を細めて見つめた。


「シリ姉にそっくりだ。完全なるモザ家の顔立ちだ」

マサシはため息をつく。

自分の髪は茶色で瞳は水色だからだ。


ふと、凍りついたように立ち尽くすシュリの顔を見た。


「シュリ、明日の早朝は俺たちと馬場で稽古だ」

マサシは声をかけた。


「稽古?」

シュリは目を見開く。


「そうだ。一緒に行うぞ」

タダシは微笑んで、頭を撫でた。


その手の温かさに、シュリの胸の奥がふるふると揺れた。


それは、誰かの“命令”ではなく、“居場所を与えられた”瞬間だった。



明日の10時20分 


温かな食卓の裏で、重臣ゴロクがシリに面談を求める。

その言葉は、やがて争いの行方を大きく変えていく――。

微笑む母の朝は、嵐の前触れだった


「主を守り、主のために生きる」


このお話の前の話。

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寡黙で不器用なグユウと勝気な姫 シリが本当の夫婦になるストーリー


秘密を抱えた政略結婚 〜兄に逆らえず嫁いだ私と、無愛想な夫の城で始まる物語〜


▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/

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