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その目に、宿る覚悟

早朝、朝靄の立ちこめるノルド城の馬場。


冷たい空気の中、木剣のぶつかり合う音が乾いた音を立てて響いていた。


重臣ジャックの太い声が、その音をさらに裂く。


「もう一度! 構えが甘い!」


少年の腕から振るわれた木剣は、確かに勢いを持っていたが、芯がなかった。

力任せに打ち込むたびに、肩がぶれ、足元も揺らいでいた。


「その程度では話にならん!」


ジャックの指導に、シュリは歯を食いしばりながら黙って頷く。


額から汗が滴り落ちる。


朝日が昇りきる前に始まった訓練は、すでに一時間以上続いていた。


息は上がり、腕は痺れている。


「構え直せ、もう一度!」


「はい!」


振り上げた木剣は空を切り、次の瞬間、ジャックの剛腕が振るった木剣が、それを見事に打ち払った。


ドン、と重たい音を立てて、シュリは地面に尻餅をついた。


「・・・くっ」


膝に手をつきながら、口元をきゅっと結ぶ。

涙はない。

苦しさと悔しさを飲み込みながら、ゆっくりと立ち上がった。


ーーあの人の隣にいたいなら――弱くてはダメだ。


シュリは、唇を結び直した。


「立て、まだ終わっておらん」


ジャックの声は冷たく厳しいが、そこに侮蔑の色はなかった。



「・・・本気なんだな、あの少年」


馬場の端、柵に肘をかけながらノアがぽつりと漏らした。

空がようやく白みはじめたころだった。


ジャックは腕を組んだまま、動かずに頷く。

視線の先には、土の上で息を荒げるシュリの姿。


「真剣そのものだ。昨日、あいつに聞いたんだ」


「なんと?」


「“ユウ様を守れる男になりたい”――そう言った」


ノアは目を細める。


風が吹き、肩掛けがはためいた。


「・・・姫の、乳母子か。姫に男の乳母子なんて、そうそう見ないな。

ただの子守りじゃ、そばにはいられんだろう」


「だからこそ、あの子なりに焦ってるのかもしれん。肩書きも、剣も、家柄も何もない。

けど――引き返す気もない」


シュリがふらつきながらも立ち上がる姿を見て、ノアは眉を寄せた。


「それにしちゃ、随分しぶとい。もう何度も倒されてるのに、泣きもせずに立ち上がる」


ジャックがふっと鼻を鳴らした。


「弱いくせに、諦める顔じゃない。あの目は――ワスト領のグユウ様を思い出す」


ノアの目が、驚きにわずかに見開かれた。


「あの、寡黙な領主・・・か。無駄口ひとつ叩かず、戦場を駆けた男」


「ああ。口は利かなくても、剣を交えた者は知ってる。

あの男の『静かな意地』と、――覚悟の重さを」


ノアはしばし黙りこくった。

馬場に響くのは、再び立ち上がったシュリの息と、木剣を構える気配。


震える腕、にじむ汗、それでも立ち上がる姿。


「優男に見えるが・・・芯は強い」


「折れてたら、あの姫のそばにはいれないだろう」


ジャックは目を細め、しばらくその小さな背中を見つめていた。


「いずれ、あの目がどんな“覚悟”を宿すか・・・見ものだな」


その声は、静かで、それでいて確かな期待を含んでいた。


あの目の先にいる少女が、どれほどの覚悟を試すのか。


――それを知るのは、もう少し先の話だった。

次回ーー


ノルド城の朝は、あまりにも静かだった。

誰の声もせず、温かな食事も味がしない。


――子どもたちと、朝を共にしたい。

その小さな願いが、やがて城全体を変えていく。


冷たい規律の中で、シリは“母”として、“妃”として、

もう一度、生きる意味を見つけようとしていた。



登場人物


ジャック:シズル領の重臣。腕の立つ武人で、剛胆かつ誠実。若者の指導にも厳しく情がある。


ノア:シズル領の重臣。穏やかで聡明な知将。戦略眼に優れ、ジャックとは旧知の仲。


シュリ:ユウの乳母子。姫を守るため、武を磨き続ける少年。



明日の20時20分 静かなる城で妃が声を上げる

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この話の前の話 お陰様で10万PV突破しました。

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/

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