誰にも言えないこと
重くなった扉が閉まる音を背に、三姉妹は無言のまま廊下を歩いた。
誰も口をきかない。
けれど、それぞれの胸の中では、いくつもの言葉が渦巻いていた。
ユウは、ただ真っすぐに歩いた。
歩きながらも、自分の中で燃え盛っていた感情が少しずつ沈静していくのを感じていた。
あの男――ゴロク。
怒りはまだ完全に消えない。
けれど、父のことを語ったあの声音だけは、嘘ではなかった。
城の一角にある庭園へとたどり着いたとき、ユウはひとり、足を止めた。
風に揺れる花の匂いが、ようやく彼女の神経を和らげていく。
隣を歩いていたシュリが、少し遅れて立ち止まった。
いつものように一定の距離を保って、黙ってユウを見守る。
ユウはふと後ろを振り返り、草葉の生い茂った縁に目を落とす。
そして、無言のまま――そこをぽんぽんと叩いた。
シュリに『座れ』と合図を送ったのだ。
「失礼します」
シュリは少し戸惑いながらも、その隣に座る。
だが、ほんの少し距離をあけて。
緊張を解けぬまま、姿勢は正しい。
ユウは薔薇に目をやったまま、ぽつりとつぶやく
「・・・疲れたわ」
「ええ」
「・・・まだ、あの男を父と認めてないわ」
ユウの声には、まだ刺が残っていた。
「はい」
「でも、父のことを・・・立派だった”って、言ってくれた」
その瞬間、彼女の声がほんの少しだけ揺れた。
「・・・それだけで、救われた気がしたの。少しだけ」
返事はなかった。
ユウはゆっくりと、隣にいるシュリの肩に頭をもたせかける。
ためらいのない動きではなかった。
けれど、確かにそこに――寄りかかるようにして、頬を預けた。
「・・・こうしてると、落ち着くの。不思議ね」
シュリは緊張で固まったまま、まるで草葉の彫像のように身動きできずにいる。
それでも、ユウは目を閉じたまま、声を落とした。
「・・・誰にも言えないことが、あまりに多すぎるのよ」
そのひとことが、すべてを表していた。
風がふと吹いた。
ふたりの前髪を、やさしく揺らした。
──ふと、誰かの視線を感じた。
けれどユウは顔を上げなかった。
シュリもまた、何も言わずに肩を貸し続ける。
そしてその窓辺には、静かにカーテンを閉じる影――
エマだった。
エマは、カーテンの隙間から、肩を寄せ合う二人を見つめていた。
微かに揺れるその背中が、もう“子ども”ではないことを、彼女は知っていた。
次回ーー
ノルド城の窓辺で、エマは見ていた。
庭に並ぶ二つの影――ユウとシュリ。
寄り添うように座るその姿に、彼女は胸の奥で静かに悟る。
――あの子はもう、“誰かを求める”年になったのだ、と。
だが、それが愛か執着か。
見守ることが正しいのか、止めるべきなのか。
母と乳母の胸に、答えのない葛藤が生まれはじめていた。
今日の20時20分 あのふたり・・・
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この話の前の話 お陰様で10万PV突破しました。
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
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