あなたに、母の心がわかるのですか
「セン家の長女、ユウと申します」
その声は、まるで――
「わたしはあなたの娘ではありません」と告げているようだった。
シリをはじめ、ウイもレイも、ヨシノもエマも、息を呑んだ。
ユウの声に含まれる感情があまりに鋭くて、痛みさえ覚えた。
ゴロクは椅子に座ったまま、ユウをじっと見つめる。
白髪の混じる髪、無骨な輪郭の中に刻まれた深い皺が動く。
「シリ様の・・・長女か」
「はい。ユウ・センと申します」
短く礼をし、すぐにゴロクを見つめ返す。その目には臆した色はない。
ゴロクはその眼差しを見て、ふと亡き領主ゼンシを思い出していた。
鋭く、威圧感のある視線。奇抜な策と強い意志、そして人を従わせる圧。
あの男にあった、剣のような覇気――
似ている。
「噂には聞いていたが・・・ゼンシ様にも似た鋭い眼差しだ」
ゴロクは苦笑しながら話す。
ユウは一瞬だけ瞼を伏せるが、すぐに切り返した。
「私は・・・叔父に似ていると言われるよりも・・・父に似ていると言われたいです。
父は妾を持たれることは、なかったので」
その一言は、部屋中の空気を凍らした。
シリは冷や汗を覚えた。
ユウには、グユウの血が流れていない――それを本人は知らない。
けれどこの場で、それを口にするなど。
普段は、そんな事を言わないのに、なぜ、この場で・・・
ゴロクは目を細めて沈黙をした。
「・・・そのことを、気にしているのか」
「はい。気にしています。母はモザ家の姫で、グユウ・センの妃でした。
私にとって誇りです。・・・その母を『4人目』にするような方には、どうしても、笑顔を向けられません」
ユウは顎をあげて、挑発的に話す。
ゴロクは、まるで石を飲み込んだように喉を鳴らした。
言葉の重さが、胃に落ちる前に喉を塞ぐ。そんな音だった。
シリは思わずユウを見つめた。
そんな言葉を、娘が胸にしまっていたことを、彼女は知らなかった。
ゴロクの重臣ハンスも、皆が凍りついたように立ちすくむ。
ゴロクはふっと息を吐いた。
そして――笑った。
「厳しい目だ。ユウ様。・・・だか、それでこそシリ様の娘よ。
心が折れては、この時代は渡れない」
その一言に、張り詰めた空気がわずかに緩む。
「妾が3人もいると聞きました」
ユウの言葉は鋭く、どこか怒気をはらんでいた。
「本当ですか」
ゴロクは静かにうなずいた。
「本当だ」
再び緊張が戻る。
ユウは唇をきつく結び、拳を握りしめる。
「どうして、そんなっ!」
「ユウ」
ゴロクの声がそれを遮った。
低く、しかし誠実な声でゴロクが遮る。
「わしには子がおらぬ」
「・・・」
「妻はいた。だが、子はできなかった。わしの側にいた女たちも同じだ」
言葉を選ぶように、間を置く。
「それでも、私は領主だ。国と民を守らねばならぬ。
血を残さねばならぬ。それが、この座を預かる者の責任だ」
ユウは何も言えなかった。
「お前たちを迎えたのも、ただ情でない。
シリ様とその娘たちを守ることが、今のわしにできる最大のことだ」
「・・・守る?」
「そうだ」
「妾を持ったのは、欲ではない。責務だった」
そこまで言って、彼はほんのわずか視線を逸らした。
ユウはまだ納得しきれない表情をしていた。
けれど、ゴロクの言葉の中にあったもの、
「守る」という強い願いだけは、確かに伝わっていた。
ゴロクはようやく身を乗り出す。
頬には小さな笑みが浮かんでいたが、その目には静かな決意が宿ってい
「グユウ殿は立派なお方だった。私は今でも尊敬をしている」
ゴロクの声にユウは顔をあげる。
「父上に・・・」
ユウの唇は震える。
「何度か会った。互いに、似た立場だったからな。
彼は、シリ様とお前たちを大切に思っていた。私は、それを知っている」
「はい」
ユウの目が潤む。
「・・・あなたに、母の心がわかるのですか」
「わかるとは言えない。だが、守る覚悟はある。
それだけでは、足りぬか?」
ゴロクはまっすぐに話す。
ユウは黙り込んだ。
そして、わずかに首を縦に振った。
シリの胸に、ふっと風が吹き抜けるような感覚が広がった。
きっと、今の言葉が、ほんの一歩。
家族になろうとする者たちの、小さなはじまり。
明日は2回更新の予定です。
次回ーー
「・・・疲れたわ」
初めて心を緩めた姫と、ただ静かに寄り添う乳母子。
風に揺れる庭で、ユウは“少女”をやめ、ひとりの女として歩き始める――。
明日の9時10分に更新をします 「誰にも言えない」
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この話の前の話 お陰様で10万PV突破しました。
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/
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