少女たち、城門を越えて
「私が先に降りる。二人とも、ついてきて」
ユウは決意を胸に、馬車から一歩を踏み出した。
家臣の男たちは、城門に姿を現した少女の一行に目を奪われた。
「・・・シリ様?」
ノアは思わず、名をつぶやいてしまった。
目の前にいる少女は先ほど歩いていたシリとそっくりだった。
慌てて目を擦り、少女の顔を見る。
長女の年齢は13歳と聞いている。
あれほどの「凛とした美しさ」が13の娘に宿るものかと驚かされた。
咲くには早すぎる花――だが、その蕾には毒を含んでいる。
手折ろうとすれば傷つき、遠ざければ香りが惜しい。
ゼンシ様とシリ様、その両方の気高さと危うさを、等しく受け継いでいる。
ノアは背筋がゾクっとした。
その美しさに圧倒されたのは、ただ容姿だけのことではない。
少女が纏う雰囲気、
人を見透かすような静かな眼差しが、男たちの心をざわつかせた。
「・・・まだ、あどけないはずなのに・・・なぜ、あんな目をするのだ・・・」
敬意と、畏れと、そして言いようのない感情がノアの胸に渦巻いた。
振り返ることもなく、堂々とした足取りで歩くユウに誰もが黙って頭を下げた。
続いて現れたのは、ふわりとした歩みの、年の近い少女。
ウイーーと呼ばれるその娘は、姉のユウとはまるで違っていた。
あどけなさが残る表情。
オドオドとした瞳。
皆に見つめられて、恥ずかしそうにうつむいて歩く。
「・・・なんと、愛らしい・・・」
思わず頬が緩みかけたノアは、自分の反応に慌てて咳払いをする。
ユウが放つ鋭い気高さと違い、ウイには人を構えさせぬ柔らかさがあった。
誰にでも優しく声をかけてくれそうな、町娘のような無垢な空気。
その普通さが、かえって心を和ませた。
だが――
最後に姿を見せた三女、レイは・・・違った。
まだ幼いというのに、その瞳は不思議な深さをたたえていた。
何かを見透かすような黒い瞳。
感情の読めない表情と、淡い笑み。
その足取りには迷いがなく、まるでこの城に昔から住んでいたかのような、そんな不思議な確信に満ちていた。
「・・・あれが・・・レイ様?」
ノアは、言いようのない寒気を再び覚えた。
この年齢は可愛いという表現が相応しい。
シリの面影はあるが、亡きセン家の領主に似ているのだろうか。
美しい。
けれど、美しさだけでは言い表せない何かがある。
触れてはならない――そんな直感に、ノアは目を逸らした。
すぐ隣で、ジャックが腕を組んで唸る。
「美しいが、扱いが難しそうだな。あの上の姫なんぞ、ゴロク様とて手こずるやもしれん」
「は、はい・・・そうですね・・・」
ノアは慌てて相槌を打った。
ジャックのようにハッキリとは言えない。
だが、ノアの中では、ユウの眼差しの鋭さにすっかり気圧されていた。
ーーこの娘たちが、ゴロク様の新しい家族になるのか。
そう思うと、何ともいえぬ不安と予感が胸を過った。
シュリは、三姉妹が歩く様子を後ろからそっと見守った。
かつては気軽に声をかけ、手を引いて走ったこともあるユウ。
艶やかな金髪、凛とした面差し。
ユウの姿はまるで幻のように美しく、堂々と歩く姿を見ると・・・まるで別の世界の住人のように見える。
家臣たちがうっとりと見惚れる様子を横目に、シュリは胸の内に小さな寂しさを噛みしめた。
元々はセン家の姫。
家臣である乳母子の自分とは身分が違いすぎる。
「・・・遠くなったな」
つぶやいた声は、自分の耳にしか届かないほど、かすかだった。
城門の前でユウは妹たちを待つために立ち止まった。
見慣れぬ地、見知らぬ顔――ノルド城は、彼女にとって決して心安らぐ場所ではない。
ーーこれから・・・どうなるのだろう。
新しい義父は頼りになるのだろうか。
義父とキヨの仲は悪くなっていると聞く。
母と・・・妹たちを守ることができるのだろうか・・・。
柔らかな眉がわずかに寄る。
不安を隠すように唇を結んだ、
その瞬間だった。
群れの中、ひときわ控えめに立つ男と目が合った。
シュリ。
彼は声を発さず、ただ小さく、しかし確かにうなずいた。
『ユウ様が望む限り・・・ずっとそばにいる』と言うような、静かで温かな眼差し。
その仕草に、ユウの顔から硬さがふっと抜け落ちた。
ーーシュリがそばにいるのなら・・・心強い。
城門の前で3姉妹は一列に並んだ。
正面に広がるのは。秋空に映える深い青色の屋根の城。
「私たち・・・ここで暮らすのね」
ウイが、不安げにユウの袖をそっと握った。
「ええ、ここが新しい居場所よ」
ユウは、安心しなさいと言わんばかりに2人の妹の顔を見つめる。
「行きましょう」
目を伏せるように一つまばたきをして、ユウはまた顔を上げた。
秋の風が、三姉妹の金の髪をふわりと揺らした。
門が静かに閉まる音を背に、彼女たちは新たな日々へと踏み出した。
静かに、確かに、何かが動き始めた――そんな予感をシュリは拭えなかった。
次回ーー
「これから、シリ様と姫様たちに挨拶に行くわよ」
妾たちの胸に渦巻くのは、嫉妬か、畏怖か。
女たちの矜持が試される刻が、静かに迫る。
明日の20時20分 妾の登場
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テンプレ0の処女作
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
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