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ノルド城、再婚の一歩


「ゴロク様、シリ様の馬車が城門に到着いたします」


老臣ハンスの声に、空気がわずかに張り詰めた。


普段は穏やかな彼の顔にも、この日ばかりは緊張の色が滲んでいた。


「わかった」


ゴロクは短くうなずいた。

だが、その口元は固く結ばれ、内心の動揺を隠しきれない。


普段の彼なら、もっと無骨に、どっしりと構えている。


だが今日は違った。落ち着かない。


彼の背後には、家臣たちが静かに並んでいる。

その中で、重臣ノアが神妙な面持ちで空を仰いだ。


「嫁いで来られるとはいえ・・・モザ家の血、ゼンシ様の妹、緊張するな」


「妃とはいえ、モザ家の者だ。その覚悟を、皆、忘れるな」


ゴロクの声が、かすかに裏返る。

その一言に、家臣たちの背筋が一斉に伸びた。





馬車の窓から、城門の向こうにノルド城の青い屋根がちらりと覗いた。


シリの胸に、ひやりと冷たいものが走る。


――もうすぐ、ゴロクの城へ入る。


馬車の車輪が鳴るたび、緊張が喉の奥を締めつけ、手のひらにはじっとりと汗がにじんだ。

長く深いため息が、自然と漏れる。


隣に座るエマに、シリはかすかに声を落とす。


「エマ・・・ここだけでは、本音を言わせて。やっぱり嫁ぎたくないわ」


「・・・はい」


エマは切なげな眼差しでシリの手を握り返した。


「ゴロクと夜を共にするなんて・・・」


シリはその手を、ギュッと強く握る。

明日は初夜。

想像するだけで、喉がつかえ、胸が締めつけられそうだった。


ゼンシの妹として、セン家の妃として、

争いの渦に巻き込まれながら、それでも立ち続けてきた。


レーク城で死を覚悟し、生き延び、またしても政略の駒として差し出される。


――逃げ出したい。


けれど。


「あの子たちに、同じ思いはさせたくない・・・」


唇を噛みしめた。


「グユウさんと約束した。セン家の血を、守ると」


自分の人生は、もう娘たちのためにある。

この結婚も、そのための選択。

避けられない戦だ。


瞼を閉じる。


「これは・・・セン家の娘たちを守るための、私の戦」


ゆっくりと背筋を伸ばし、不安をひとつずつ、胸の奥に封じ込めた。


青い屋根がはっきりと見える。


そのとき、シリの眼差しは鋭く、力強く変わっていた。

負けない、曲げない、強い意志の宿る瞳だった。




門が開き、秋の夕陽を受けて馬車が静かに城へ入った。

少しだけ冷たい風が吹いた。


馬車の扉が開かれた、その瞬間――


家臣たちは、思わず息をのんだ。


白と淡い紫のドレスに、金の髪を美しく結い上げたシリが姿を現した。

その姿は確かに美しかったが、彼らの心を震わせたのは、その眼差しだった。


見る者を射抜くような、強く、そして気高い光。


「・・・美しい」


誰ともなく漏れたその言葉が、静けさを破った。

家臣たちは次々と頭を垂れる。


城門の前で、ゴロクが額に汗をにじませながら、シリを迎えた。


完全に舞い上がっている。


シリが歩み寄り、彼の前に立ち止まる。


「このたびは・・・このたびは遥々お越しいただき、まことに・・・まことに恐れ入ります」


ゴロクは深々と頭を下げる。


その口調は、まるで訪問者に対するようなものだった。

妻を迎える夫の言葉ではない。


「以後、何卒・・・よろしくお願い申し上げます」


伏せたまま、ちらと彼女を見上げた。


あっけに取られたシリが、思わず苦笑する。


「ゴロク・・・私はあなたの妻になるのですよ? そんなにかしこまらないで。敬語も・・・もうやめて」


「はい! はい!!」


緊張から甲高い声が出る。


「ゴロク、家臣が見ています。そんな姿は、よくないわ」


小声でたしなめる。


「承知しました!!」


戦場では鬼と恐れられたゴロクが、今は縮こまって頭を下げている。


シリはため息をついた。


「シリ様、少しお部屋でお休みを・・・」


見かねたハンスが口を添えた。


シリが顔を向けると、彼は丁寧に頭を下げる。


「重臣のハンスと申します。後ほど、重臣たちよりご挨拶申し上げます」


「案内をお願い」


そう言って、横目で縮こまるゴロクを見やった。





三人が去るのを見送り、ノアが同じく重臣のジャックに小声で尋ねる。


「・・・あれが、ゼンシ様の妹で、セン家の元妃か」


「あぁ。俺は2度お会いしたことがある」


ジャックは袖をまくる。


「2度?」


「一度目は十二年前。離縁協議の場に、たった三人で現れた。

“離婚はしない”と啖呵を切り、首にナイフを突きつけて・・・」


「・・・伝説の離婚協議か」


ジャックもその場にいたが、剣を持ちながら一歩も近づけなかった。


女に負けた・・・と思ったのは初めてだった。


3人の家臣だけでミンスタ領を黙らせた、シリの名は国中に轟いた。


「2度目はワスト領が滅びるときだった。グユウ様に飛びつき、口づけをした」


ジャックは遠い目をした。


その直前に、腕を掴んだゴロクに向かって――「汚い手で触るな」と一喝。


その迫力に、ゴロクは平伏した。


「まさに伝説だな・・・」


「雷のようなお人だ。美しく、だが、触れれば打たれる」


そうつぶやいたジャックに、ノアも黙ってうなずく。


ーーこの姫は・・・恐ろしいほど、気高い・


家も、夫も失いながら、なお心に翳りを見せない。


それは家柄や教養ではない、“女としての底の強さ”だと、ノルド城の男たちは直感した。




もう一台の馬車が城門に止まる。


「姫様たちが入城される」

ノアが慌てて整列を促す。


シリには3人の娘がいた。


彼女たちも、ここに来たのだ。





「・・・おっきい・・・」


末妹のレイが、ぽつりと呟いた。


金色の髪飾りが揺れる。


馬車の窓から見上げた青い屋根の城が、空を突き刺すようにそびえていた。


「姉上・・・たくさんの人が・・・こわい、恥ずかしい」

ウイがユウの袖をつかむ。


外には家臣たちがずらりと並んでいた。


「・・・降りたくない」


レイが小さな声でつぶやく。


「降りなければならないわ」


ユウが顔を上げ、妹たちを見つめた。


本当は彼女だって怖い。


けれど、姉として、弱音は吐けない。


馬車の扉が開いた。


ウイが息を呑む。


「私が先に降りる。二人とも、ついてきて」


ユウは決意を胸に、馬車から一歩を踏み出した。

次回ーー


「私が先に降りる。二人とも、ついてきて」

十三歳の瞳に宿るのは、シリにもゼンシにも似た気高さ。

ノルド城に足を踏み入れた三姉妹は、それぞれの運命に向き合う。


ついにシリと子供達の新生活が始まりました。

応援よろしくお願いします。


明日の20時20分 「遠くへ行ってしまった」


シリ

ゼンシの妹で、元セン家の妃。

政略のためゴロクに再嫁する。かつて国を動かした聡明な女性。

静かな微笑みの奥に、決して折れぬ誇りと覚悟を宿す。


ゴロク

ノルド城の領主。戦場では「鬼」と恐れられた老将。

武骨で純情、シリを迎える日も緊張で汗をにじませる。

誰よりも誠実に彼女を想うが、距離を縮められずにいる。


エマ

シリに長年仕える乳母。誰よりも主の心を理解し、支える。


ハンス

シズル領老臣。誠実で温厚。儀礼と忠義を重んじる。


ノア

シズル領重臣。冷静な参謀であり、状況を鋭く見抜く現実主義者。


ジャック

シズル領重臣。シリを“雷のような女”と評し、畏敬の念を抱く。


ユウ/ウイ/レイ

シリの三人の娘。母に倣って凛と立つが、まだ年若い。

この地で新たな運命に向き合うことになる。



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この物語は続編です。お陰様で10万PV突破!

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/

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