再会の夜 明け方の約束
順調に旅は進み、秋の風が日ごとに冷たさを増していった。
三姉妹と侍女たちの顔には、長旅の疲れがわずかににじんでいたが、
それでも誰一人として弱音は吐かなかった。
シュドリー城を出て数日後、一行はようやくワスト領に辿り着いた。
到着は夜遅く。
ロク湖周辺は闇に沈み、静かな水音だけがかすかに聞こえた。
「ロク湖を見たかったわ・・・」
馬車に降りながら、シリがぽつりとつぶやく。
今夜の宿は、9年前にも過ごした場所だった。
ワスト領が滅び、グユウの死を知らされたーーあの苦い夜。
その時と同じ部屋に通された途端、かつての情景が胸の奥で生々しくよみがえる。
あの夜の冷たさは、今でも胸に張りついている。
それでも、もう泣かない。
あの時とは違うーー
エマが淹れてくれたカモミールティーを口にしていると、
控えの者が知らせにきた。
「お客様がお見えです」
「こんな時間に?」
不思議に思いながら、通された人物の名を聞いた途端、シリの顔がパッと明るくなった。
「カツイ!」
声が弾んだ。
かってワスト領に仕えた、あの気の優しい重臣。
9年ぶりに現れたカツイは、昔と変わらぬひょろっとした体格に、
黄色髪の色に褐色の瞳。
「シリ様、エマ。・・・お久しぶりでございます」
カツイは、あの時と同じようにフニャリと笑った。
「カツイ・・・」
どこか照れくさそうに頭を下げたその姿に、懐かしさが込み上げる。
「そして・・・」
カツイの視線が、部屋の奥に控える男へと移る。
「マナト・・・ジムと同じ瞳だ」
ジムーーかつてグユウに仕えた重臣であり、マナトの祖父だった男。
ジムを知る人は、皆、懐かしそうにマナトの灰色の瞳を見つめる。
「祖父がお世話になりました」
マナトはそう言い、頭を下げる。
「カツイ、あなたは今、何をしているの?」
問いかけたシリに、カツイは穏やかに微笑んだ。
「戦士は引退いたしました。今は畑仕事を楽しんでいます。
こうして気楽な身になったので、シリ様にお逢いすることができます」
「そうなの」
「チャーリーやサム、ロイもシリ様にお逢いしたがっていました」
懐かしの重臣の名前を口にする。
「あの3人は元気なの?」
「はい。私の息子のオリバーは今やキヨ様に仕えております。重臣になりました」
「すごいじゃないの!」
懐かしい名が次々に登場し、話は尽きなかった。
だが、カツイは気づいてしまった。
ーーそのドレスの色。
そして、左手の薬指に、今も外されることなく光る金の指輪ーー
グユウと共に歩んだ証であり、誰にも触れさせない記憶の鍵。
喜びよりも覚悟に満ちた表情。
シリがこの再婚を、心の底から望んでいるわけではないことなど、カツイの目にはすぐに映った。
それでも、口に出さなかった。
代わりにふいに問いかける。
「シリ様、まだ乗馬はできますか?」
不意にカツイが質問をした。
「できるわよ」
乗馬の腕は落ちてない。
まっすぐに返された答えに、カツイは満足そうに頷く。
「それならーー明日の早朝に私と乗馬をしませんか。マナトも一緒に」
カツイは背後にいるマナトにも声をかけた。
「乗馬?」
不思議そうな表情をするシリに、カツイはうなずく。
「お連れしたいところがあるのです」
次回ーー
シリは、かつてグユウと恋に落ちたりんごの木へ向かう。
「忘れた日は、1日もなかった」――指輪を土に埋め、愛と別れを胸に刻む。




