シリ様は渡さぬ キヨの嘆き
ワスト領 キヨの城 書斎
「あと、半月ほどでシリ様は結婚してしまう」
ワインに注いだ杯を揺らしながら、キヨは嘆く。
「おめでたいことです」
弟のエルはうなづきながら話す。
「めでたくはない!!」
キヨは忌々しげに杯を強く置いた。
杯の中にあるワインがテーブルの上にこぼれた。
「あんな年寄りが・・・!シリ様を嫁にもらうなんて!!
ありえないことだ!!」
声が震え、唇が引きつる。
泣きたいのを堪えている顔だった。
「・・・まあ、シリ様は三十を越えてもずいぶんお若いですし」
エルは苦笑しながら、視線を外した。
美しきシリと、むさ苦しいゴロク。
前夫グユウの端正な容姿と比べれば、尚更際立つ不釣り合いさ。
「わしだって・・・わしだって!!」
吐き捨てるように話す。
エルにとって、シリの隣にキヨがいる姿も想像ができなかった。
けれど、落ち込み、嘆く兄にかける言葉ではない。
「兄者、少し飲み過ぎです」
エルが杯を取ろうとする。
キヨは杯をぎゅっと握りしめ、黙り込む。
「酔わずにおれるか・・・。悔しいんじゃ。
シリ様がゴロクの元に嫁ぐのが。
どれだけ争いに勝っても、領主になっても、城を持っても・・・
シリ様の目には、わしが入ってこない」
キヨは机に拳を打ちつけつぶやいた。
「兄者は・・・どうして、そこまでシリ様のことを・・・」
エルは少し呆れ気味に質問をした。
キヨには可愛らしい妻がいて、若い妾がたくさんいるのに・・・。
どうして、シリに執着するのか、昔から謎だった。
「・・・十二の頃から、ずっと夢中だった」
キヨの目が遠くを見つめた。
「気高くて、聡明で、恐ろしいほどに美しい。
あの方は、わしらのような領民出の者には眩しすぎた。
だが、それでもいつか――迎えられるようにと、戦い、這い上がってきたのだ」
言葉の最後は、かすれていた。
エルは何も言えずに頷いた。
確かに、シリには他の誰とも違う輝きがあった。
「・・・わしは、あの血が欲しいのだ。モザ家の血を引く子を――」
静かに、そして狂おしいほどに切望するように、キヨは呟いた。
「けれど、シリ様は・・・三十四歳。お子を望むには・・・」
エルは言葉を選びながら口を開いた。
この時代、三十を過ぎれば妊娠は稀だ。
さらに、キヨには妾が何人もいるのに、いまだ子がいない。
「わかっている。執着だ。・・・だが、あの方がゴロクに抱かれると思うと、耐えられん」
杯を空にしても、胸の痛みは消えなかった。
「兄者は、それでも祝いの言葉を述べた。それが兄者の――」
「それは、敗北だ」
キヨは遮った。
「戦では勝てても、女一人得られない。わしの負けだ」
沈黙が落ちた。
「・・・しかし、あのゴロク殿、年寄りすぎて・・・シリ様と夜を共にできますかね?」
エルの声は、低く抑えられていた。
キヨはまた杯を傾けた。
その目は宙を彷徨う。
「考えたくもない・・・だが、それがもし本当に起きたなら」
キヨの唇が、冷たい笑みを浮かべた。
「・・・城ごと叩き潰す」
「・・・夫婦なのですから」
エルの言葉は空しく、虚空に消えていった。
いくら飲んでも、キヨの胸に巣くう痛みは消えなかった。
策略においては敵なしの男も――
ただひとつ、心だけは制することができなかった。
それが、シリという女だった。
そして、その報われぬ想いが、やがて大きな波を引き起こすことになる――
次回ーー
婚礼まで、あと三日。
シュドリー城は慌ただしくも、シリの部屋だけが静寂に包まれていた。
「木像は…まだ置いておきたいの」
グユウの指輪を外せぬまま、彼の面影にすがる。
そこへ訪れたのは、重臣ジムの孫、マナト。
懐かしい灰色の瞳は、シリの心を和ませる――だが。
「挙式前に、どうしてもお伝えすべきことが」
不安を帯びた声が告げる真実は、
やがて彼女を大きな運命の渦へと引き込んでいく。
ブックマークありがとうございます。
エッセイを読んでくれた方なのかな?と思ってしまいました。ありがとうございます。
明日の20時20分 嫁ぐ相手の意外すぎる素顔
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