優しき領主、焔に散る
残酷な表現があります。苦手な人はご遠慮ください、
炎の中、父の身体は音もなく崩れた。
タダシは、剣を下ろしたまま動けずにいた。
今、自分が立っているのは、
父の背中を追い、歩み入れた“死”の入り口だった。
けれど、その一歩がこんなにも重く、痛いものだとは知らなかった。
背後では、敵兵の怒声と火の爆ぜる音が混ざりあっている。
それなのに、この部屋の中だけが――まるで別世界のように静かだった。
「父上・・・見事でした」
ゼンシから流れる血は、ひたひたと広がり、タダシの地面についた手を浸した。
燃え盛る炎の中、タダシは平伏した。
そして、油をゼンシの首にかけ、残りの半分を自分の頭にかけた。
ーーこれが父上の望んだことだ。
「私も・・・参ります」
タダシはゼンシの血がついた剣を首筋に当て、その手に力を込めた。
激しい熱感と痛みを感じた後、剣がゴトリと手先から落ちた。
呻き声を上げ、火の爆ぜる音を聞きながら、
独り静かに崩れるように横たわった。
すぐ目の前に、ゼンシの手が見える。
炎が生き物のようにゼンシの身体を捉え、包んでいく。
ーー領主にはなれた・・・。
数時間だけだったけれど。
立派な領主になれなかった・・・。
大事な人を守れなかった。
焔の熱気が肌を刺し、呼吸を奪っていく中で、タダシはあの人たちの顔を思い浮かべた――
妻の顔、そして、あどけない息子サトシの顔が瞼に浮かぶ。
そして、シリとその娘達の顔が浮かんだ。
「守れなくて・・・」
そこから先は、言葉にすることができなかった。
どうしようもないほど瞼が重い。
足元に炎が迫ってきているのを感じる。
ーー動かしたくても・・・動かさない。
守れなくてごめん。
心の中でタダシは詫びた。
誰かが自分に寄り添うような気配がする。
背中に添えられた暖かい手に懐かしさを感じる。
ーー誰だろう。
タダシは力を振り絞って瞼を上げた。
柔らかい微笑みで母が自分を見つめてくれる。
ーーこれは・・・夢なのか。
幻なのか。
わからない。
それでも良い。
ずっと逢いたいと思っていた母が、目の前で微笑んでいる。
母上・・・私は立派な領主になれませんでした。
やるべきことを全うできませんでした。
胸を張って、あなたに逢いたいと願っていたのに。
後悔に暮れるタダシの顔を、母は優しく両手で包んでくれた。
「あなたは優しい。その優しさは強さです」
そう呟いたような気がする。
母の優しい目を見つめながら、タダシは瞼を閉じた。
その口元は少しだけ微笑んでいるようにみえる。
ミンスタ領 領主 タダシ・モザ 27歳 死亡
この2人の身体は燃え盛る炎に包まれた。
シリとその娘達の運命が大きく変わった夜だった。
次回
「身体の調子はどうなの?」
不安げな瞳を向けるユウに、シュリは赤面しながら応える。
けれど女中スーザンの名が出た途端、ユウの頬は真っ赤に染まり――。
ミントの香りに包まれた午後、平穏は長く続かなかった。
 




