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書斎に残された影 ー子供はここにいるー


◇ワスト領 レーク城 書斎


「本当に知らないのか?」


キヨの高い声が、書斎の空気を張りつめさせた。


目の前に並ぶのは、かつてセン家に忠誠を誓った重臣たち4人。


「はい、存じません」

チャーリー、ロイ、カツイの三人は、戸惑いを隠せないままに答えた。


キヨはじっとその表情を見つめる。


ーーこの三人は嘘が顔に出る。


長年の観察から、そう判断していた。


ーーどうやら、今回は本当に何も知らないようだ。


カツイに至っては、いつも通り間の抜けた顔で、うろたえた目をしている。


最後のひとりにも視線を移す。


「サム。お前はどうだ。グユウ殿から子の居所を聞いていないか?」


冷静で聡明な男、サム。


キヨは、彼だけは事情を把握しているかもしれないと期待していた。


「シン様に関しては・・・我々にも極秘に進めておられました」

サムは淡々と語る。


「事情を知る者は、重臣ジムのみ。ですがそのジムも――グユウ様と共に亡くなられました」


最後の言葉は、わずかに沈んだ声音だった。


「・・・あのジムという家臣も、覚悟を決めていたか」

キヨは一瞬だけ目を細めた。


「最後まで、あの陰気な領主に付き従うとは。・・・まったく、理解できん」


その言葉に、サムがぴくりと肩を振るわせた。


「他に心当たりはあるか?」

キヨが質問をする。


「妹君の嫁ぎ先、コク家は?」

冷静にサムが返す。


「そこも調べた。だが、いなかった」


キヨの声には焦燥が滲む。


「・・・となれば、我々にできる話はもうありません」


サムの言葉にも偽りはなさそうだった。


キヨは深くため息をついた。


「いい。下がれ」


4人の重臣は静かに頭を下げ、書斎を出ていった。



「・・・あの男、準備が良すぎる」


忌々しげにキヨが唸る。


すぐ隣に立っていた弟・エルが、苦笑を浮かべて言った。


「書斎の棚は綺麗さっぱり空っぽでしたね。敵ながら――いや、見事なものです」


「ああ、まったくだ」


キヨは椅子に深く腰を下ろし、天井を仰ぎ見た。


二週間前、キヨはこの椅子に歓喜の面持ちで座ったばかりだった。


ーーセン家は倒れ、ついに自分が城主となったのだ。


領民出の身から、城持ちの領主へ。


長年の野望が実を結んだ瞬間だった。


この城には、憧れ続けたシリ様、そしてあの陰気な男・グユウが暮らしていた。


ーーシリ様が、この城にいた痕跡を・・・何か、何か一つでも・・・!


キヨは、残り香を求めるように廊下を歩いていた。


それは愛か、未練か。


あるいはただの執着か――自分でも、もうわからなかった。


キヨはシリの私室へと足を運んだ。


だが、そこは見事なまでに片付いていた。


「やはり・・あの男は、この城に私が入ると見越していたに違いない」


キヨは悔しげに吐き捨てた。


「シリ様の品も何もかも、綺麗に処理されていましたね」


エルは笑いを堪えきれずにいる。


「せめて・・・ハンカチ一枚でも、残してくれればよかったのにっ!」


キヨは身悶えしながら声をあげる。


手紙、衣類、私物――すべてが姿を消していた。


書斎の棚という棚も空。

焼却炉には、大量の灰が残されていた。


争いが始まる前に、グユウは知られてはいけないものを全て焼いたのだ。


自らの死後、子を狙う者が現れることを見越していたに違いない。


「グユウ様は、兄者の・・・横恋慕を見抜いていたのでしょう」


エルが、空虚な棚を見つめながら呟いた。




しばしの沈黙のあと、キヨが静かに呟いた。


「エル。金銭帳簿は残っているか?」


「はい。保管されています」


エルが数冊の帳簿を手渡すと、キヨは机の上に並べて捲り始めた。


「確か・・・子を逃したのは、8月の初めだったはず」


ページをめくっていた手が、ぴたりと止まる。


「・・・あったぞ」


キヨの、ハゲネズミのような顔がニヤリと歪んだ。


「この屋敷に、妙に大きな金が流れている」


指で該当箇所をなぞりながら言う。


ーーここに子供がいるのは間違いない。


「今すぐここへ向かうぞ」


エルはうなずき、すぐに従者を呼びに向かった。


重たく静かだった書斎に、やがて靴音が響き出す。


亡き領主の知略と、命を守ろうとした記録は、

ついに追跡者の足音を呼び寄せてしまった。


次回ーー

新たな嫁ぎ先。新たな装い。

兄の差し出す“優しさ”は、毒にも似ていた。

黒、白、青、そしてピンク。

シリは、愛した者たちの記憶と共に、布を選ぶ。


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