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ユウはわしの子か?


「ユウ様、本当に行くつもりですか」

シュリが躊躇いながら口にする。


「大丈夫よ。叔父上が許可したもの」

ユウの瞳は揺るがないものだった。


――止められない。


生まれた時から、そばにいる。

だからこそわかる。


ユウがこういう目をするときは、誰にも止められないのだ。



二人は、廊下の突き当たりにある隠し小部屋の前にいた。

そこはゼンシの部屋に直結している。

この小部屋の存在を教えたのも、他ならぬゼンシだった。



今から9年前に、ゼンシは幼いユウに伝えたのだ。


「コソコソと盗み聞きをするな。どうしても、みたい場合はこの部屋に行け」


それから何度も、ユウとシュリはこの小部屋を使ってきた。

ゼンシに気づかれたこともあったし、気づかれないふりをされたこともある。

けれど――本当に怒って追い払われたことは、一度もなかった。


あの人の心が乱れているときは、往々にして誰の言葉も届かない。

怒鳴り散らす声、家臣を罵倒する口調、誰もが身をすくめる。


ユウもまた、恐ろしいと思った。

そして何より、兄妹であるはずのシリとゼンシが、

互いにまともに言葉を交わす姿を、ただの一度も見たことがなかった。


シリはゼンシを憎んでいるようだった。

ゼンシはシリを、まるでいないかのように扱っていた。


だからこそ――

ゼンシが今日、シリを部屋に呼び出したことが、異常だった。


「今日はやめませんか。この階には誰もいません。人払いがされてます」

シュリの声が低くなる。


「だからこそ行くのよ」

ユウは小さく笑って、顎を上げた。


シュリはため息をついた。

結局、自分はこの人に逆らえないのだ。昔から、ずっと。


そっと扉を開ける。


「足元が暗いです。気をつけて」

シュリはユウの手を取り、そっと隠し小部屋へ誘った。


◇◇


「兄上、失礼します」

シリはゼンシの部屋の扉を開けた。


「お呼びでしょうか」

シリは少し顎を上げて話す。


ゼンシは、いつものようにバルコニーに腰掛けていた。


「シリ、座れ」


「はい」

緊張のせいか、シリは何も考えられなかった。


無意識に右手は赤い帯を触れてしまう。


もう14年も経っているのに、乱暴された恐怖が蘇る。


逃げ出したい気持ちを、必死で抑え椅子に腰掛けた。


「わしは明日、ミヤビへ行く」

ゼンシはあっさりと話し始めた。


「報告ですか」


モザ家に伝わる剣――首都ミヤビに祀られたそれに、領主は節目ごとに報告をする。

今度は、タダシの家督継承の報せだろう。


「ああ。領主としての最後の務めだ」


「・・・形式上、ですよね」


少し皮肉を込めてシリが言う。


「もちろんだ。タダシには、まだ領政を任せることはできない」

ゼンシは、さも当然と言わんばかりの表情をした。


「タダシは優しい子ですからね」

シリの話し方は、ゼンシは優しくないと言わんばかりの表現だった。


これ以上、シリと不毛な話し合いをしても意味がない。


ゼンシは見切りをつけて、単刀直入に話を切り出した。


「シリ、今日はユウの縁談について話をする」

ゼンシが少し顎を上げた。


「ユウ・・・ですか」

シリはゼンシの顔を見上げて、すぐさま聞いた。


「ユウは13歳だ。そろそろ嫁ぎ先を決めないといけない」


「・・・そうですね」


力を持つ領主の元にいる娘には、良縁が舞い込む。

逆に、そうでない者は選ばれることすら叶わない。


グユウが自分と娘たちをゼンシに託した理由――それが、今ここにある。


けれど。


ーーなぜ、この話を私に?


この時代、女子の結婚に当人の意思は関係ない。

姪の縁談であっても、領主の裁量ひとつで決まるのが常だ。


シリ自身、モザ家の娘として生まれた以上、

「自分の意思」など最初から持たされていなかった。


だからこそ、問いが浮かぶ。


ーーそれなのに――なぜ兄上は、私を呼んだ?



◇◇


隠し小部屋は狭く、息苦しいほどの空気に満ちていた。


成長したユウは、すでにこの空間には窮屈すぎた。

シュリもまた、少年の面影を残しつつ、背丈はほとんどユウと変わらない。


二人は身体を寄せ合い、ひそやかに息を潜める。


その向こう、バルコニーでは、母と叔父が向かい合っていた。


母の顔は強張り、まるで戦に挑むような気迫があった。


そして、ゼンシの口から出た一言――


「縁談」


その言葉が、自分の名と共に発された瞬間、

ユウの瞳が見開かれた。


ーーわたしの、縁談?


脳が追いつかない。


呼吸が浅くなる。


隣にいるシュリの顔を見る。


助けを求めるように。


けれど――シュリもまた、顔を強張らせていた。


ここで声を出すわけにはいかない。

一言でも発すれば、自分たちの存在が露見してしまう。


それでも――


胸の奥が、焼けるように痛かった。


ーーユウ様が、嫁ぐ・・・?


その想像が、どうしようもなく――


嫌だった。


嫌だ。


嫌だ・・・!


シュリは無意識に拳を握りしめていた。

爪が食い込んでも、それに気づかないほど、心が荒れていた。


ーー誰にも渡したくない。


その瞬間、ずっと心の中にしまい込まれていたものが蓋を弾き飛ばしてドロドロと溢れ出た。


◇◇


2人の心の動揺を知る事なく、

ゼンシとシリは話を続けていた。


「シリ」

ゼンシの声が、少し低くなる。


「領主として、最後に一つだけ、聞いておきたい」


「・・・なんでしょうか」


シリは視線を上げた。覚悟を決めるように。


「ユウは――わしの子か?」



次回ーー


禁じられた問い。

「ユウは――わしの子か?」

シリの沈黙が崩す均衡。

そして机から取り出されたのは、9年前に亡き夫が残した手紙だった。

運命の歯車が、大きく動き出す。

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