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命を奪う兄、命を守る妹

亡き夫の母を失い、哀しみに暮れるシリのもとに現れたのは、かつて彼女の人生を翻弄した兄・ゼンシだった。かつての記憶と、今なお続く支配の影。シンの命を狙う兄の冷酷な思惑を前に、シリとユウ、シュリはどう動くのか——。

静かな午後の光が、部屋の木像に落ちていた。


シリはひざまずき、その像にそっと手を添える。


それは、かつて夫・グユウが託してくれた小さな彫像だった。


「グユウさん、義母上がそちらに行ったわ」

そう語る声は、泣き腫らしてかすれていた。


像の前には、小さな白い花が新しく供えられている。


シリにとって、この場所こそが部屋の中で最も神聖な場所だった。



「切ないですね・・・」

エマが静かに息を吐く。


「兄は私から全てを奪ったわ。

グユウさんを死に追いやって、子供達から父親を奪った。結婚前の私にも乱暴したわ」

シリの声には、怒りと悔しさがにじんでいた。


「シリ様・・・」

エマは慰める言葉が見つからない。


「兄が憎い。殺したいほど憎いのに・・・。

子供達のために兄の元で暮らすなんて、耐えられない」


ーー逃げたい。叫びたい。


できるものなら、あの男の首をこの手で――。


シリの指が、自然と腰の帯に伸びた。


そこには、冷たい護身用の短刀が隠されている。


けれど、そんなことをしても、子供たちは守れない。


ユウも、ウイも、レイも。


今は私しかいない。


母である以上、怒りより守ることを選ばなくてはならない。


シリは小さなため息をついた。



そのとき――。


「邪魔をする」

静かに、しかし容赦のない声が部屋に響いた。


兄、ゼンシが突然現れたのだ。


エマが驚きで息を呑む中、シリはゆっくりと兄に顔を向けた。


ゼンシは白地に赤の縁取りを施した上質なシャツを着ていた。


金色の髪と青い瞳。


まさにシリと血を分けた者の顔だ。


だが、その眼差しは冷酷そのものだった。


ーー元々、冷酷な人だった。


兄 ゼンシがシリの部屋に入ったのは2回目だ。


1回目は忘れもしない、嫁ぐ2日前の夜だった。


ゼンシはシリを犯し、その結果ユウを妊娠したのだ。


2回目の今日は、何をしにきたのだろう。


「兄上・・・どうされました?」

シリの声は落ち着いていたが、体は警戒でこわばっていた。


「茶を飲みに来ただけだ」

ゼンシは無感情に言った。


「紅茶を準備して!早く!」

エマが女中に伝える。


「兄上、お掛けください」

シリは、動揺しながら部屋の中央にある椅子を示した。


ゼンシは、シリをまじまじと見つめた。


飾り気のない粗末な黒っぽい生地の服をまとっていたが、

美しい曲線を描いている腰には鮮やかな赤い帯を締めていた。


熟れた小麦色のような色をした輝く髪は、冠のように頭に巻き付いてあり、

どこにいても目に立つほど際立った美しい女性だった。


しかし、その青い美しい瞳は、警戒と怒りを滲ませている。


気温が高いのに、シリは腕に鳥肌の立つ思いで腰かけた。


ゼンシはシリの向かい側に腰を下ろした。


女中が、紅茶と黄色のプラムの砂糖漬けを盆に載せて現れた。



シリは立ち上がり、盆を受け取ったふりをして帯の位置を確認した。


――触れるだけで、あの冷たい刃がすぐそこにある。


女中は、逃げるようにドアを閉めて出て行った。


部屋にいるのはシリとエマ、そしてゼンシだ。


「シリ、質問がある」

ゼンシは紅茶を注ぎながら、ふと目を細める。


「なんでしょう。兄上」

シリは椅子を浅く腰かけたまま、顎を上げる。


「グユウの長男――シンはどこにいる?」

ゼンシは、黄色のプラムの砂糖漬けを一つ取り、

残りを皿ごとシリに差し出した。


「シン・・・ですか」

シリの瞳は僅かに揺らいだ。


グユウと前妻の子供 シン。


血は繋がってないが、本当の子供のように可愛がっていた。


敗戦が確実になった時に、グユウはシンの身の危険を察し、遠くに逃した。


逃した先は、シズル領の山奥だった。


「あぁ。まだ5歳と聞く。シリのそばで暮らした方が幸せだろう」

ゼンシは、ティー・カップを傾け、その淵越しにシリに微笑んだ。


甥っ子の行方を気にしている叔父という雰囲気だ。


そんなゼンシの様子をシリは、にわかには信じられずにいた。


「どこにいるのでしょうか。私も心配しています」

微笑みながら嘘をつく。


ゼンシの口調、視線、そのすべてが罠のように思えた。


「そうか」

そのゼンシの眼差しは鋭く強いものだった。


「ええ」

シリは負けじと瞳を見つめ返す。


ゼンシはフッと息を吐いた。


シリに子供の居場所を聞くのは難しいと判断したようだ。


「シリ、ひどい服装だ」

ゼンシがシリの黒い粗末な衣を見て嘲る。


「この服は気に入っています。動きやすいので」

シリは紅茶を一口飲んだ。


ーー嘘だった。


グユウが死んだ今、明るい色の洋服を着る気がないのだ。


「シリには新たな嫁ぎ先を見つけるつもりだ。

そのためには、美しい身なりでいる必要がある。それはモザ家のためなのだ」

ゼンシはティーカップを置いた。


「午後に仕立て屋を呼ぶ」

ゼンシはそう言い残して、部屋を出て行った。



その背を見送りながら、シリの指先は、なおも赤い帯の下にある短刀から離れなかった。


——また“道具”になるつもりなど、なかったのに。


自分はまだ二十五。


女としての“価値”があると、兄は見ている。


領主家に再び嫁がせ、その子を通じて“モザ家の血”を他家に流し込み、影響力を広げるつもりだ。


シリの結婚すら、兄の政略の一手に過ぎない。


ーーそんな人生、もうたくさんだわ。


心の中でそう呟いても、声には出せなかった


ゼンシが部屋を出るまで、シリの指先は赤い帯の下にある冷たい鉄から離れなかった。



扉の外。


ゼンシが遠ざかった気配を確認し、

壁際に身を潜めていたユウとシュリが、息を吐いた。


「シンのこと聞いてた・・・」

ユウが、低くつぶやく。


「シンを本気で・・・殺すつもりなの?」


シュリはうなずきもせず、黙ったまま彼女の手を握っていた。


「誰にも、言っちゃだめ。場所、知られたら・・・シンが殺される」


「どうして?どうして“家族”って、こんなに怖いの?」


ユウは、目に涙をためたまま、問い続ける。


「お父様や、おばば様を殺して・・・次は、シン?

 それでも・・・あの人が、私たちの“家族”だなんて・・・」


「守ります」

シュリは短く言った。


まだ震える声だった。


けれど、確かな決意がにじんでいた。



廊下を歩きながら、ゼンシは舌打ちをした。


作戦は失敗だった。


感情を揺さぶり、子供の居場所を吐かせようとしたが、シリは見事にかわした。


「相変わらず・・・喰えない女だ」

ゼンシは独り言をつぶやいた。


「子供の捜索は・・・ワスト領を治めているキヨに任せるか」


しばし、黙った後に自分に言い聞かせるように話した。


「探し出し、そして――容赦なく殺す」





さっそく、評価とブックマークをつけてくれた人がいました。ありがとうございます。とても嬉しいです。

明日の9時20分 子供を見つけた

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