火を放て 震える息子
残酷な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。
ミンスタ領 本陣
「ゼンシ様、相手は降伏を望んでいます」
ゴロクが機嫌を損ねないように、恐る恐る話す。
「降伏は受け入れない。あいつらは懲らしめて、兵糧攻めにする」
眉ひとつ動かさず、ゼンシは紅茶を飲んだ。
「父上・・・。兵糧攻めを始めて3ヶ月になります」
タダシは勇気を振り絞って話す。
兵糧攻めとは、敵を包囲することで食糧補給を断ち、戦闘力を弱めることを指す。
「タダシ、それがどうした?」
ゼンシは冷たい目で、タダシを睨む。
「敵は半数以上、餓死をしていると報告を受けています。
そろそろ・・・降伏を受け入れるべきでは」
声を震わせながら、タダシは提案をした。
「そのような思考では領主になれない」
ゼンシは、息子の提案を一蹴した。
その時――
「ゼンシ様!敵が城外から退却しています」
キヨの報告に、ゼンシは立ち上がる。
「逃すな!城の周りに柵を作れ!」
ゼンシが声を荒げた。
「承知!」
キヨは言われるがまま、行動に移した。
こうして、ゼンシは城の周りに柵を作らせた。
その柵を3重にして巡らせ、敵が逃げれないようにした。
「城に火を放て」
冷然とした口調が、異論を許さない。
「父上・・・」
タダシは唇を震わせた。
城内には兵だけではない。
領民もいる。
男も女も子供もいるのだ。
「この争いに3年もかかっている。これ以上、兵を消耗させるわけにはいかない。
根切りをして終わらせるのだ」
ゼンシの言い方は反論を許さない口調だった。
『根切り』とは皆殺しを意味する。
ゼンシは再び命じた。
「火を放て!」
こうして、四方から火をつけ城内にいる男女2万人を焼き殺した。
燃え盛る炎、そして、そこから逃げようとし、泣き叫び、逃げまどう人々の声が聞こえる。
火の勢いが強くなると独特の匂いが周辺に漂う。
人の身体が焼ける匂いだ。
ゼンシは平然とした顔でその様子を見ていた。
その横でビルも虚な目をしている。
タダシは、震える身体を抑えることができなかった。
父は、争いに強い古今独歩の大天才という顔と、
狂気を近い残忍さを秘めた鬼の顔の2つがあった。
その強さに惹かれる人がいる一方、
心優しいタダシは耐えられない気持ちがあった。
──その戦火のはるか後方で、シリと娘たちは、小さな針仕事に静かな時間を重ねていた。
次回ーー
ゼンシの炎は遠く、シュドリー城は平和に見えた。
だが、母が娘に授けた学びは、やがて戦乱の只中で彼女たちを支えることになる――。
◇登場人物◇
ゼンシ
ミンスタ領の領主。冷酷かつ天才的な戦略家。
「根切り」によって戦を終わらせようとするが、その非情さは狂気に近い。
タダシ
ゼンシの長男。心優しく、父の残虐さに耐えられない。
それでも“領主の子”としての責務と良心の間で苦しんでいる。
キヨ
重臣。ワスト領の領主。ゼンシの命に忠実で、迷いを見せない。
命令に従い柵を築き、火を放つ。
ゴロク
重臣。シズル領の領主。慎重な性格で、ゼンシの機嫌を損ねぬよう立ち回るが、
内心ではこの戦の非情さに恐怖している。
ビル
第一線の騎士。炎に包まれた戦場を前に、心を失っていく。




