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女の戦支度

翌朝、早朝稽古をしていたシュリの目に飛び込んできたのは、

塀の修復と、何かの穴を掘る領民たちの姿だった。


「こんな朝早くから?」

思わず声を出す。


「しかも・・・あれはなんだ? 穴を掘っている」

隣にいたリオウも目を細めた。


「あれは・・・落とし穴ではないかと」

「落とし穴?」

リオウが眉を顰める。


「レーク城で、昔作りました。その手伝いを、私・・・したことがあります」

「なぜ、そんなものを・・・?」


リオウの疑問に、シュリは昨日のユウの言葉を思い出していた。


『最近、妙だと思わない?』


——確かに。妙だ。


「今日の午前中に、緊急会議が始まる」

重臣ジャックが現れ、低く声をかけた。


家臣たちの間に、静かなざわめきが走る。


「ホールに集まるように」

重臣ノアもそれに続いた。


「緊急会議・・・?」

リオウがつぶやく。


その時間、自分はユウのそばにいる。

内容を聞くことはできないだろう。

ーー一体、何が起きようとしているのか。



今にも雪が降り出しそうな午前中、三姉妹は部屋に戻り、暖炉の前で手を温めていた。


「ここは寒い」

レイがぼそっと漏らす。


「本当に。ミンスタ領は暖かかったし、冬でもお日様が出ていた」

ウイが頷いた。


「雪が降ると、城の一階が埋まるって、侍女が言ってたわ」

ユウが続ける。


「本当に? そんなに雪が降るの?」

ウイが目を丸くする。


——そのとき、扉が開き、シリが部屋に入ってきた。


「母上?」

レイの声に、少し驚きが混じる。


忙しい母がこんな時間に自分たちの部屋に来るなど、滅多にないことだった。


「あなたたちに、大事なお話があります」

シリはそう言い、ゆっくりと彼女たちの前に立った。


椅子に座った三姉妹。

その後ろには三人の乳母、そしてシュリが控えている。


「キヨが兄上の告別式を、無断で行ったのを知っているかしら?」


静かに問う声に、三人は声を揃えた。


「知っています」


「信じられないわ。モザ家の許可なく、叔父上の告別式をするなんて」

ユウの声には、怒りが込められていた。


「それだけではありません。キヨは好き勝手な振る舞いをしているわ。

このままでは、モザ家が乗っ取られてしまう。ゴロクもマサシも、それを危惧しています」


「シリ様・・・」

エマがそっと口を開いた。


——子どもたちに、そこまで話してよいのか?

『女や子どもは詳しい内情を知らずともよい。争いは男の務め。

子らには、ただ不穏な気配を伝えるだけでいいのではないか』


エマの目には、そう書かれていた。


シリは彼女を見つめ、静かに首を横に振った。


「エマ。この子たちはもう半分、大人です。納得しない限り、前に進めません」


「・・・承知しました」

エマは小さく頭を下げた。


「ゴロクは、キヨに警告をしました。そして、キヨは承諾したのです」


「・・・良かった」

ウイが安堵したように息をついた。


だが、シリの声はさらに静かに、そして鋭くなった。


「けれど、母は信じていません。キヨは、きっと約束を破る」


ウイの背筋がぴんと伸びる。

ユウとレイは、黙って母の顔を見つめていた。


「春になれば、争いが起きるでしょう」


「は・・・母上、それは、もう決まったことなのですか?」

ウイの声がわずかに震える。


ーー争いだなんて。怖い。


「いいえ。まだ決まっていません」

シリは柔らかく言葉を返した。


「けれど、このまま穏やかに収まるとは思えないのです」


ユウが唾を飲み込み、そっとウイと視線を交わす。


彼女たちは覚えていた。

かつて、争いに巻き込まれた記憶を。

その後に訪れた、敗戦の苦しみを。


「争いに・・・負けたら、どうなるの?」

レイが、ぽつりと問うた。


シリは、一瞬だけ言葉を選ぶように息を呑んだ——そして、静かに答えた。


「・・・ゴロクと家臣は、命を落とすでしょう。ノルド城は、滅びます」


「私たちは?」

ウイが不安げに尋ねる。


「女は殺されません。ですが、身柄をキヨに引き渡されることになります」


その言葉に、ユウが椅子から立ち上がる。


「そんなの・・・嫌! キヨだけには・・・絶対に嫌!」


父と兄を殺した男。

あのハゲネズミのような風貌の男に、身を預けるなど想像もしたくなかった。


「母も、同じ気持ちです」

シリは深く頷く。



「だからこそ、城を守る準備をします」


三姉妹は黙って頷いた。


「女の私に、できること・・・」

ウイが、ためらうように呟く。


「あります」

シリが微笑む。


「家臣たちは今頃、ゴロクから説明を受けているでしょう。

男には男の。女には女の争いの備えがあります」


「女の・・・争いの備え」

レイが静かに繰り返す。


「ええ。母は九年前、レーク城でそれを行いました」

その言葉に、ユウとウイはうっすらと記憶を辿る。

母はあの頃、いつも忙しそうにしていた。


「あなたたちは、もう子どもではありません。

ユウとウイは嫁いでもおかしくない年齢です。母が、争いの準備を教えます」


「母上・・・それは、妃としての教養なのですか?」

ウイがためらいながら訊ねる。


「いいえ。それは、一般的にはありません」

エマが優しく応える。


「広い国でも、妃が戦の備えを行うなど・・・おそらく、シリ様だけでしょう」


「でもね」

シリが続ける。


「女は、自分の意思で嫁ぐ相手を選べません。だからこそ、嫁ぎ先で何が起きても大丈夫なように・・・

母は、あなたたちに知っておいてほしいの。もちろん、それが役に立たないことを祈っているけれど」


「手伝います、母上」

ユウが再び立ち上がり、真っ直ぐにシリのもとへ歩み寄った。


「何でもします」


その瞳は、青く燃えていた。

ウイとレイも後に続いた。


「私たちも、手伝います」

「教えてください、母上。争いの準備を」


三人の真剣な眼差しに、シリはふっと微笑んだ。


「それでは、教えましょう。エマ、説明をお願い」


「承知しました」

エマは紙の束を持ち、テーブルの上に並べ始める。


「私はこれから、侍女たちのもとに行ってきます」


シリが部屋を出ようとすると、ふと足を止め、声を潜めるように呟いた。


「最後が、一番厄介ね・・・」


そして、静かに妾たちの部屋へと歩き出した。


次回ーー本日の20時20分

シリが向かった先は、気が重い“妾部屋”。

争いを前に、女たちの協力を求める妃。

ドーラ、プリシア、そして反発するフィル――。

彼女たちが手にした“武器”とは?



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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://ncode.syosetu.com/n2799jo/


おかげさまで累計10万8千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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