シルキーを食べよう!
「シルキーに興味はありませんか?」
アコさんが冒険者の宿で手に入れた依頼。
それはシルキーに関するものだった。
シルキー。いわゆるハウスメイドの妖精と言われている存在だ。
なんでも、灰のようなシルクのドレスを着ていることから名付けられたそうだ。
妖精といえば、先日のシャーシが思い浮かぶけれど、今回はガッツリ人型。
さすがに外見が人のものは食べれないしなぁ……食べないよね?
しかしアコさんは純粋にシルキーに興味があるらしく、俺達は学都にある古い洋館へと赴いた。
出迎えてくれたのは一人の老人と、白いメイド服をきた美女。
…………いや、どう見ても、この子がシルキーだろ。
「うちからシルキーとやらを追い出してほしいんじゃ」
「……つまり、隣のメイドさんを追い出せと?」
「何を言っとる。婆さんを追い出すなんて、なあ?」
老人がにっこりと美女に向かって微笑むと、シルキーもニコニコと笑っていた。
話を聞いてみると、孫たちがシルキーを追い出して欲しいと言っているそうだ。
……しかし、肝心の本人を配偶者と勘違いしているのだから、始末に置けない。
ひとまず俺達は彼女から話を聞いてみることにした。
「ハイ、確かにワタクシがシルキーデス」
「なぜ追い出せという依頼をされているのですか?」
アコさんが興味深そうに質問する。
今日は食欲ではなく単純な知識欲という感じだ。
「孫夫婦とワタクシの折り合いが悪いのデス」
……と、なにやらキッチンで作りながら答えてくれる。
煩雑な仕事を、マギさんの研究室で見たような光の玉が手伝っていた。
妖精って気体の塊なのに、物理干渉も出来るんだな……。
「しかしあの方はワタクシがシルキーだと気づいておりません」
「そのようですね」
「追い出せば、当然依頼成功とは認めないでしょう」
ふぅむ、困った。
適当言ってもいいが、おそらくシルキーがいるかどうかは孫夫婦が判定するはずだ。
俺達がシルキーを追い出した、と嘘をついても孫夫婦が真実を告げてしまう。
そうすると依頼失敗を悟られるわけだ。
「どうせ、あの方が死ねば、ワタクシは旅に出ようと思ってオリマス」
「ほぅ」
「孫夫婦にはワタクシから言い含めておきます。倒したと報告してくださいまし」
そう言うと、なにやら焼いていたオーブンから甘いいい匂いがした。
パンのような物を取り出し、光の玉から白い粉塵を振る。
おっ、これは知っているぞ。
シュトーレンという焼き菓子だ。
フルーツやくるみなどが練り込まれていて、日持ちのする焼き菓子だったはずだ。
「よろしければ、食べていかれますか」
「ええ!! 是非とも!! チョーくんも食べますよね!?」
「も、もちろん」
シュトーレンを切り分けて、お皿に乗せてくれた。
あの光の玉、フェアリーとはちょっと違うよな。
なんていうか銀色に怪しく輝いている。
妖精の違いによって、味に違いがあるのかは気になっていたけれど……。
さて、実食。
うん!! 美味しい! ふんわりとした焼き菓子の部分とコリコリとしたドライフルーツの部分。なんとも甘みが絶妙で、それを上品に整えているのが、この白い粉末!!
シュトーレンなら食べたことがあるけれど、ここまでシルクのように上品な味に仕上げているのは、まぎれもなくこの粉末の効果だろう。
「紅茶もいかがデスカ」
「是非ともいただきます」
「お、俺も!!」
ひとまずシュトーレンをご馳走になった上、余った分までお土産にくれた。
依頼人の老人一人じゃあとてもじゃないが食いきれないから、だとか。
「また来てくだサイ。彼も喜びマス」
ひとまず依頼は達成となったが、シルキーさんと仲良くなった俺達は時折、この家にお邪魔することとなった。しかしそれから数週間もしない内のことだった。
「あの人が突然倒れ……いえ、もう寿命でしょうネ」
依頼人の老人が倒れてしまったのだ。
一応、大学病院に連れて行ったが結果は虚しいものだった。
雨の中、主人が埋められた墓に長らく立っているシルキーさんは見ていられなかったほどだ。
老人が死んですぐ、孫夫婦がやってきた。
彼らはなんというか素行が悪く、シルキーさんが毛嫌いするのも分かる感じだった。
荷物をまとめ、シルキーさんは出ていくのかと思えば……。
「新しい就職先を探しておりマス」
俺達の宿までやってきた。
旅に出ようと思ったのだが、まずは資金を集めたいとのこと。
冒険者に勧誘するか?
妖精使いの冒険者──聞こえはいいが、シルキーさんはメイドだしなぁ。
しかし俺達のコネといえば、この宿かマギさんぐらいのもので……。
「ふむ、マギさんに紹介してみますか?」
「ああ、あの人なら雇ってくれそうだ」
──というわけで、俺達はマギさんにシルキーさんを紹介した。
妖精のメイドなんて絶対気にいると思ってのことだった。
実際、雇ってくれることに決まったが。
「彼女はシルキーじゃないぞ、周りで光っている妖精たちがそうだ」
「あれ? じゃあシルキーさんは一体?」
「彼女は精人だな。耳をあの灰色の髪で上手く隠していたから分からなかったのだろう。精人には妖精種を操る力がある」
「へぇ~~~」
シルキーは一見フェアリーと見分けがつかないが、実体を持ち、埃を主食にしているそうだ。
家を綺麗にすることからハウスメイドの妖精、と言われるようになったのだとか。
また通常のフェアリーとは濃度が違い、触るとシルクのような感覚らしい。
「彼らの鱗粉は砂糖よりも上品な味わいで、高級食材とされているんだよね」
「しかし、そうなるとシルキーさんはシルキーさんと呼んじゃダメなのか?」
「いえ、ワタクシのことはシルキーと呼んでください」
シルキーさんはそう言ってにこりと微笑んだ。
「あの人との思い出の名、デスからネ」