ゴブリンを食べよう!
「ああ! 偉大なる地母神よ! 我らをお助けください!!」
今日は本当に簡単な依頼の予定だったのだ。
ゴブリン退治。ゴブリンといえば緑の、猿みたいな生き物。
なんか頭に葉っぱが生えているけれど、多分ファッションだろう。
とてもじゃないが、食べたいと思えない見た目だし、食べようと思ったことはない。
でも……そんな事を言ってれれない状況になってしまった。
ゴブリンの洞窟。不思議なことにゴブリンは薄暗い洞窟が大好きなのだ。
洞窟あるところにゴブリンあり、というかゴブリンあるところに洞窟がある感じ。
俺達は初心者冒険者パーティのおおよそがそうするように、その洞窟へと飛び込んだ。
もちろん、ゴブリン達を倒すためだ。
しかし結果、どうなったか。
ゴブリンが作ったのか、はたまた隠していただけなのか。
落とし穴に引っかかり、俺達は洞窟の最奥──。
池とも湖ともいい難い場所に落ちてしまった。
なんとか脱出しようとあがいてみたけれど、なかなかに広い。結局向かった通路は行き止まりで、休憩場所のように池に戻ってきたところだった。
困ったものだ……。
流石にゴブリン退治なんてすぐ終わると思って、保存食を補給し忘れていた。
道具袋に残っていた最後の二本も今しがた食べたところで……。
周辺には、もう、アコさんがぶん殴って死んだゴブリンぐらいししか食べ物がないのだ。
まだお腹空かないよな? アコさん。
流石にゴブリンは食べたくないぞ!! アコさん!!!
「時に、チョーくん」
「はい!?」
祈りが終わったようで、くるりとこちらを見るアコさん。
その目は若干血走っていた。もう駄目だ!!
「ゴブリンは実は植物ではないかという研究をご存知ですか?」
「いや、知らないな……」
「オスしか生まれず、他種族のメスを苗床にするゴブリン……彼らの生態はあまりに我等とかけ離れています。にも関わらず、苗床からは絶対にゴブリンが生まれるそうです」
「へ、へぇ」
滔々と喋るアコさん。
その口調にはどこかしら鬼気迫るものがあった。
「近年の研究では、これは実はゴブリンが何かしらの寄生植物だからではないか、と言われているのです。実際に確かめるいい機会ではないですか?」
「ど、どうやって」
「臓器を確認してみましょう!!」
「わ、わあ……!」
アコさんの目は爛々としていた。
まだ食うとか言い出さないだけマシかもしれない。
いや、食うつもりだけど、流石にこの見た目だから食欲がわかないのだろう。
だから植物かどうか確認しようと……。
植 物 な ら 食 う わ け !?
ゴ ブ リ ン を !?
しかし、もはやノーとは言い切れない雰囲気。
ていうか、最悪の場合俺が食われるかも……。
今のアコさんにはそれほどの圧がある。
ていうか口から涎出てるし。
えっと、まず、目は……。
おや? 確かに人間の目に似ているけれど、これは眼球じゃない。
木の実だ。なんでこんな風に生えてるんだろう。
いや、他生物に擬態することは自然界ではよくあることだけれども。
となると、口だと思っていたものもタダのウロで……。
ええい! 腹をかっさばいてみるか!!
…………!! 完全に木の根っこだ!! これ!!
例えるならばごぼうとかそんな感じの!!
なんてこった!!
ゴブリンってマンドラゴラの亜種みたいなものだったのか!!
しかしよく、他種族を襲う知性があるものだ。
頭なんてただの玉ねぎみたいなもんだし。
「ふぅむ、もしかしてこの頭の葉っぱから命令を受信してるのかもしれませんね」
「植物系の魔物ってこと?」
「ええ、ひょっとするとこの洞窟自体が、樹のウロなのかも」
「つまり……洞窟自体が植物の魔物ってことなの!?」
た、たしかにそれならばいつのまにかゴブリンが湧くのも頷ける。
これは学会が驚くぞ!!
俺がアコさんに振り向くと、アコさんはにんやりと笑った。
それは食べ物を見つけた時の笑みか。
「アコさん、これを学会に報告すれば……!」
「う~~ん、もう調べてると思いますよ、普通に。でなければこんな研究を末端の私が知ってるはずありませんし……」
「なるほど、でもどうして気づかなかったんだろう……」
「ゴブリンって出会うのはだいたい薄暗い洞窟の中ですし、臓物をよく確かめようとする人ってあんまりいないんじゃないですか? 吟遊詩人だってゴブリンが植物なんて話をするより、恐るべき化物だと風潮したほうがウケるでしょうし」
「ふぅ~~む」
言われてみれば、そうかもしれない。
わざわざゴブリンなんて気色悪い生き物、直視したいと思わないし。
調べる人がいて、たとえそれを吹聴して回ったとしても信じる人はそういないだろう。
そうやって、ゴブリン真実は世の中から消えていくのだ。
ま、解体に慣れてるから気づけただけで、この中身の根っことか臓物に見えないこともないしね。目の実もよく出来ているし。さすが自然って感じ。
「じゃあ食べましょうか」
「結局食べるの!?」
しかしおそらく保存食一本だけなので、アコさんは空腹に耐えているのだろう。
腹八分目ならぬ三分目ぐらいの理性なのだ。
仕方ない! 植物ならば食べるのも怖くないしな!
まぁ、寄生植物っぽいから生はやめといたほうが良さそうだけど……。
というわけで。
まずは頭になってたデカい玉ねぎ部分を切り刻み、胴体や四肢部分のゴボウっぽい部分も輪切りにする。携帯燃料に生活魔法で火を点けて、川の水ごと切った部位を煮ちゃう。
十分煮終わったら取り出し、いつもの調味料からオーシの実とマーゴの実を振りかける。
あとはヨーマの実のペーストを和えて……。
「できたよ!! ゴブリンのサラダ!!」
なんというか玉ねぎとごぼうのサラダみたいな感じだ。
目の実はよくわかんないから食べないでおいた。キモいもん。
美味しいかはわからないけど量だけはある。
今日はこれを食べて、ダンジョンからの脱出を目指そう。
「わぁい!! おいしい!! おいしい!! おいしい!! おいしい!! おいしい!!」
スナック感覚でゴブリンのサラダを食べ始めるアコさん。
とりあえず……毒はなさそうだな、うん。
最近念の為、毒消しを買ったんだけど使うことがなくてよかった。
じゃあ俺も食うか。
この段階になったらもうゴブリンとも思えないし。
なにより調理したものは食う。それが俺のポリシーだった。
ふむ、けっこうポリポリしている。かなり煮たのにな。
玉ねぎ部分はしんなりしているけれども、ちょっとシャキシャキ感が残っている。
これはお酒のつまみに良さそうだな。買っておけばよかったよ。
結局、ゴブリン一体、怪しい部位以外はほとんど食べきってしまった。
ゴブリンが酒のつまみになるなんて……本当に新鮮な発見だ。
「最近、思うんです。チョーくん」
「何を? 生き様の間違いを?」
「魔物って……美味しいなぁ……って!」
キラキラした目で言うアコさん。
多分、俺の調理が上手いだけだよ、うん。