コボルトを食べよう!
夜の森林。バチバチと音を鳴らす焚き火。
周辺にはたった今頭部を粉砕され、絶命したコボルト。
コボルトとは犬型の丸々とした魔物である。
楕円状の形態はなんとも可愛らしいが、野良のコボルトは危険だ。
襲いかかってきたところを、仕方なくうちのアコさんが殴り殺したのである。
「驚きましたね」
「うん、そうだね……コボルトと戦うなんて初めてだ」
アコさんはアコライト。要は神官である。
白い神官服に、肩口で切りそろえた銀髪。
純白という二つ名にふさわしい彼女は今、トゲのついたメイスを拭っていた。
コボルトの血がついたからだ。
「ああ、偉大なる地母神よ。この哀れな魔獣の魂を導いてください……」
それが終わると、殺したコボルトに対して祈り始めた。
危険とはいえ、可愛らしいコボルトを殺してしまったのだ。
そのことに暗澹とした思いを感じているのだろう。
優しいアコさんのことだ。間違いない。
「と、とりあえず食事にしようか」
「ええ、そうしましょう」
ニコリ、とアコさんが微笑んでくれた。
俺だってなにか口に放り込んでおかないと、やってられない。
そう考え、道具袋を漁ってみるけども……。
「大変だ。保存食がない。3日分は用意しておいたのに」
俺は思わず呟いてしまった。
この森での狩りは数日に及んだ。
ちょっとした魔物の駆除である。
冒険者としては珍しくもない仕事。
それでも連日かかるとは思わなかった。
食料が切れても、村に戻ればいいとも考えていた。
「3日分? 6本しかありませんでしたよ」
「合ってるよ、1日2本」
「…………」
アコさんが何やら考え込んでいる。
無くなった保存食に思いを馳せているのだろうか。
もしかしたらどこかに落としたのかも。
まぁ、近くに川があるから水には困らない。
とはいえ水で腹を膨らませるわけにもいかないしな……。
「それは今日の食事がない、ということですか」
アコさんがじっとりとした目でこちらを睨んだ。
鳶色の、大きな瞳。そこには傷だらけの面をした俺が映っている。
困ったような、しょんぼりとした顔だが、これはいつもどおりだ。
戦士としてはちょっと不釣り合いな顔である。
この身を包む鎧だけが、俺が戦士だと教えてくれた。
「そうだね……今日の夕食はなしになるかな」
川で魚を釣ろうにも、もうすっかり日が暮れている。
この調子じゃあ、釣りも満足にできない。
今日の夕食は抜いて、明日朝イチで村に帰るのがいいだろう。
そう提案しようとすると──。
じっとりと死んだコボルトを見下ろして、アコさんが言った。
「ではこのコボルトを食べましょう」
「え?」
コ ボ ル ト ヲ タ ベ ル ?
「な、何を言ってるんだ、アコさん」
「コボルトは人族として認められていません」
「それは知ってるけど……」
「つまり食べてもいい、ということです」
「こんなに可愛いのに!?」
コボルトは当然可愛い。
もふもふのふかふかだ。襲ってこなければ、撫でていたぐらい。
そんな、コボルトを──食べる!? なんで!? どうして!?
「丸々としています。きっと美味しいですよ」
「いやいや魔物食は良くないよ!! 病気だって持ってるかも……!」
「大抵の病気は聖魔法で治りますし、一部の地方ではコボルトを食べるそうですよ?」
「そんなにお腹が空いてるの!?」
「私はァ!! 毎日三食食べないとォ!! おかしくなって死にそうになるんですよォ!!」
「わぁ……!」
突然のブチギレ。怒鳴り散らし、地団駄を踏み、口から涎を垂らすアコさん。
普段の面影はない。いつもはあんな清楚で可愛らしいのに……!!
そのまま懐からナイフを取り出すと、コボルトの死体に向かっていった。
まさか調理するつもりなのか!?
「待った待った! アコさんは解体なんて出来ないでしょ!?」
「ぐるるるる……じゃあ、チョーくんがやってください」
アコさんだって料理はできる。
……と言っても野生動物の解体を得意とするわけではない。
そういうのに慣れているのは俺の方だ。
「でも、こんな可愛らしいコボルトの皮を剥ぐなんて」
「…………がうっ!!!」
今度はナイフも無く、そのまま齧りつこうとするので羽交い締めにして止めた。
「離して!! 離してください!! そこに!! そこに飯がある!!」
「わかった!! 俺がやるから!! じっとしてて!!」
じっ、とコボルトを見つめる。
虚ろな、魂のない、くりんとした瞳がこちらを見つめている。
黒い、ちっちゃなお目々。野良じゃなければ可愛がられたであろう。
きっと、こいつもお腹が空いて、俺達を襲ってきたのだ。
なんという悲劇。これが弱肉強食なのか!
「駄目だ、俺には出来ない!!」
「…………」
ああ、アコさんが自分の手を噛み始めた!!
俺に羽交い締めにされているからって!!
野生に帰ってる。このままではアコさんが死ぬか、俺が殺される!!
かくなる上は……。
「ご、ごめんっ!!」
仕方なく俺はコボルトを解体し始めた。
要領はウサギなどと大して変わらない。まず正中線にとって毛皮を剥ぎ取る。
血抜きをして、肉の余分な部位を剥ぎ取ったら、今度は小分けにしていくのだ。
ちなみに俺の武器は肉切り包丁だ。
知り合いにはチョップマンなんて言われている。
でもこれ安いし、使いやすいんだよな。
食べやすいサイズに切ったら、鍋に入れて、煮る。
幸いにも調味料は残ってたから、それで味を整え──。
完成、コボルトのスープだ。
澄んだスープの中に、小さな肉が浮いており、食欲をそそる。
匂いもなんだかいい感じだ。少しフルーティというか……。
この辺りの果実を食っているからだろう。
臓物にも少ない果実が入っていたしな。しかしアレだけでは足りないはずだ。
魔物の増殖で、餌の奪い合いになって、飢えてしまったのか。
可哀想にな……。
「ほら、アコさん。食べな」
「わぁい!! ありがとうございますチョーくん!!」
神への祈りも忘れ、数日ぶりの食事と言わんばかりにがっつき始めるアコさん。
これでいつもの清楚なアコさんに戻ってくれるといいけれど。
「おいしい!! おいしい!! おいしい!! おいしい!! おいしい!!」
こんなの人間の感想じゃないよ……。
もはや調理してしまった以上、食べないのは失礼に当たる。
俺も食べるとしよう。……うん、肉汁がしっかり滲んでて美味しい。
それにやっぱり果実の影響か、どこか甘さがある。
野良の魔物とは思えないほど、癖がない。
オーシの実の塩っけもなかなか効いている。
もうちょっと材料があれば、料亭で出したって怒られないぞ。
コボルトって美味しいんだ……。
初めて知った。
こんなの知りたくなかった。
「チョーくん、泣いてるんですか?」
スープを飲みながら、三角座りをして泣く俺。
アコさんはそんな俺の背中を優しく撫でてくれた。
「ああ、偉大なる地母神よ。かの者の苦悩を取り除き給え……」
誰のせいだと思ってるんだ。誰の。