僕の好きだった幼馴染が結婚したらしい
「はぁ……疲れた」
いつものように職場から帰宅すると、玄関に提げていたコンビニのレジ袋を投げて床に座る。
この生活を始めて三年ほど経つが、この疲労感にはいつまで経っても慣れそうにない。
スーツのネクタイを外し、いつもの部屋着に着替えながらレジ袋を漁り、ハンバーグ弁当を手に取るとそのままレンジにつっこみ電源を入れる。
コンビニ弁当はいい、毎日違うものが食べれるし少し経てば新商品が入ってきている。
最初は自炊も考えたが、毎日忙しくてそんな余裕は俺にはなかった。
弁当が温まるのを待ちながら冷蔵庫を開け、キンキンに冷えている缶ビールを取り出し、蓋を開けるとプシュッと気持ちいい音が鳴る。
缶ビールを片手にそろそろかとレンジに向かおうとすると、スマホに通知が来る。
俺にメールを送ってくる奴は大体決まっている、仕事を押し付けてくる上司か、飲みが大好きな同僚ぐらいだ。
だがメールの送り主はそのどちらでもなかった。
「美汐から?」
それは小学校からの知り合いからのメッセージだった。
美汐とは高校まで一緒だったが、頭のいい美汐とは違う大学に行ったきり連絡を取っていなかった。
本当は同じ大学に行きたくて必死に勉強したのだが、俺の努力は報われることはなくそのまま疎遠になってしまった。
それにしてもなんで今になって俺にメッセなんて送ってきたんだ? 数年ぶりだよな。
俺は初恋の人からの久々の連絡に、少し心を躍らせながらアプリを起動し内容を確認する。
「え?」
俺はその内容に衝撃を受け、思わず握っていた缶を床に落としてしまう。
「美汐が……結婚?」
美汐からのメッセージにはこう書かれていた。
『やっほ、拓馬。元気してた?』
『こうやって連絡するのも何年ぶりかな、お互い違う大学に行ってから会うこともなくなっちゃったよね』
『拓馬は引っ越しちゃったし大学も違うからさ、連絡していいかずっと迷ってて、そのまま何年も経っちゃった』
『報告しようか迷ったけど、大事な友達だからちゃんと言うね』
『いきなりだけど。私、結婚するんだ』
『大学で会った人でね、すごく優しんだ。それでね――』
そのあとは結婚相手との出会いや、大学時代のことなどが書いてあった。
胸の鼓動が早くなり、不思議と俺は苦笑いをしていた。
「そっか。まあそうだよなぁ」
昔っから可愛かったし、頭もいいしスポーツも出来る、愛想もいいし家事も出来る。
そんな奴が大学でモテないわけないよなぁ。
俺は小中高とあいつの横にいて一回も行動を起こそうとしなかった、そんな奴にあーだこーだ言う資格はない。
ただ、思っちまうよ。
「なんで。俺は好きだって言えなかったのかなぁ」
告白したところであいつがそれを受けてくれるとは思わない、だけど言っとくべきだったな。
今更そんな感情が浮き上がってくる。
「まあ、何を言っても負け犬の遠吠えか」
俺は美汐のメッセージにただ一言返す。
『おめでとう』
こんな事しか書けない俺に嫌気がさす。
美汐がせっかく連絡してくれたと言うのに、たったの五文字で会話を終わらせてしまうそんな自分に嫌悪感すら抱く。
そんな俺が送った五文字の返信にも、美汐はすぐメッセージを返してきた。
『ありがとう。……拓馬は、変わったね』
変わったか……美汐はこんなやり取りで俺の変化に気づいたのだろうか? だとしたら占い師にでもなった方がいい。
だが確かに、俺は変わったのかもな。
良くも悪くも大人になってしまった、その事実がただ悲しい。
「冷えちゃったな」
さっき温めたハンバーグは、時間が経ち熱気がなくなっていた。
「もう、寝よう」
酒も飯も食べる気が失せてしまった。
今はただ、この悲嘆した気持ちを忘れたかった。
弁当の蓋を閉じ、そのままベッドにダイブする。
「……今日、寒いな」
目を閉じようとすると、うちでは珍しいチャイム音が鳴る。
こんな時間に誰だ? 配達なんてずっと頼んでいないが。
真っ黒のサンダルを履いて玄関の扉を開けると、そこには今一番会いたくない人がいた。
「み、美汐?」
そこには、俺の記憶の中より大人びて、綺麗な長い青髪をなびかせる美汐がいた。
「……なんてひどい顔してんのよ」
「なんで、俺の家……いやそれより結婚したんじゃ」
「あれね、嘘です」
「は?」
どういうことだよ、お前は俺の知らない奴と結婚して、それから。
「拓馬のお母さんに住所聞いてね、久々に会いに行くからサプライズでもしようかと思って」
「いやそれで何で結婚するなんて嘘を」
「拓馬でも結婚したなんて言ったら動揺するかなぁって……ごめんなさい」
「そりゃ驚くに決まってるだろ!」
「そ、そんなに私が好きだったなんて~、言ってよたくま~」
「……好きに決まってるだろ」
「……へ?」
「小学校の頃から、ずっと。お前が好きだった」
「えっ? え? だって拓馬、そんな素振り一度も」
美汐の顔がだんだん朱色に染まっていく。
「そりゃそうだろ。叶わない片思いだったから、関係が壊れないように。ずっと。この気持ちは出さないようにしてた」
「でも、間違ってた。絶対に言葉にするべきだった」
俺は勢いよく深呼吸をして、美汐の肩に手を載せて目を合わせる。
「ひぇっ!?」
「美汐。俺は、お前が好きだ」
俺の言葉を聞くと、そのまま美汐は下へ下へと俯いてしまう。
あぁ、知ってるよ、お前が俺の事を何とも思っていないなんて。
でも、言っておきたかった。
やっちゃったなぁ俺、こういう事得意じゃないんだけどなぁ。
「ごめん美汐。お前の気持ちは知ってるから返事とか――」
「私も」
「え?」
「私も、好きだし!」
美汐はそう言うと勢いよく俺に抱き着いて、胸に顔を埋める。
「はぁ!? どういう……」
「私だって、小さいころからずっと好きだったもん! でも必死にアピールしても拓馬は見向きもしないから、私にちっとも興味ないのかなって」
「いやいや、それは俺のセリフだろ」
「私のセリフです!」
肯定しがたい言動に抗議しようと下を向くと、真っ赤に顔を染めた美汐と目が合う。
「なぁ」
「な、なに」
「好きだ」
「っ!! 私だって好きです!」
「ふっ」
「ふふ」
「「あはははっ!」」
この状況を二人とも可笑しく思い、思わず笑いがこぼれてしまう。
なぁ神様、これって夢だったりするのかな? そうだとしたらあまりにも惨い事をする。
まあでも、夢でもいいか。
今がこんな幸せなんだから。
「美汐」
「な、なんでしょう」
「目を瞑ってくれるか?」
「ひゃ、ひゃい」
この時間は、一瞬だったけど、俺には永遠のように感じられた。
これから俺らは付き合い同棲することになるのだが、それはまた別の話、かもしれない。