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第5章:敬虔な聖騎士ルシャールの討伐令

 月明かりが寂しく辺境の荒野を照らす夜、メドラン皇国の首都にそびえる壮麗なる大聖堂。その中央祭壇に置かれたキャンドルの炎が、漆黒の壁面をほのかに揺らし出す。炎の明滅に合わせ、壁に描かれた聖人たちの肖像画がゆらりと動き出すかのように錯覚を起こし、見守る者たちの胸に畏怖を刻みつける。そこは、人間族にとっての“聖なる空間”とされる神の領域であり、皇王レオナルト二世の布いた新興宗教がその威光を誇示するための中枢でもあった。


 大理石で造られた床には、幾重にも及ぶ装飾的な模様が刻まれている。人の瞳を惑わすような幾何学文様――そこを踏みしめて奥へと進むのは、一人の男。その姿は光沢ある銀の鎧に包まれ、胸には“聖典の印”をかたどった紋章が見える。顔立ちは整っているが、その瞳はどこまでも厳粛な光を湛え、まるで弱さという概念から遠く隔たっているようだ。彼こそ、“敬虔な聖騎士”ルシャール・ド・リュミエール。その名はメドラン皇国の民衆にとって崇拝の対象でもあり、また異端とみなされた者たちにとっては死神のような存在でもある。


 この男の足音が聖堂の静謐を侵す中、周囲に詰めかけていた信徒たちが目を伏せ、深く頭を垂れる。まるで彼を“神の代行者”として讃えているかのごとき光景だ。彼らの位置する最奥、聖堂の主祭壇に一段高く座しているのが、メドラン皇国の絶対的支配者――皇王レオナルト二世である。威風堂々とした黄金の玉座に腰を下ろす彼は、深紅のマントをたなびかせ、崇拝にも似た視線を一身に浴びながらも微動だにしない。


 ルシャールは祭壇の前で一瞬ひざまずき、皇王に向けて忠誠を示す。すると、レオナルト二世は低く鳴るような声で言葉を発した。


「ルシャールよ。そなたが以前より探っていた“魔女”の正体、そしてその動向について、我がもとに報告せよ。」


 その問いかけに、ルシャールの背筋が一段と伸び、鎧がかすかに鳴る。彼は顔を上げて口を開いた。

「はい、陛下。先日の報告どおり、“聖槍の乙女”なる者がフォルカス王国にて目撃されています。名をジャンヌ・ダルク……と称しているようですが、実際の出自は不明にして怪しい存在です。獣人族の王フィンブールが彼女に大きな信頼を寄せていることを確認いたしました。加えて、その槍――“サン・クレール”とかいう神具めいた武器が、どうも只者ではない力を秘めているようです。」


「ふむ……つまり、そなたの見立てでは、その槍こそ邪なる力の具現か?」


「はい、陛下。あれは“邪神の槍”でありましょう。古来、異端が神意を騙るために用いた呪具の類い、あるいは魔物の血を吸い、穢れを増幅させる魔剣に近しいものかと。生半可な魔術などより強大な作用を持つと推察いたします。放置すれば我がメドラン皇国の聖なる大義を脅かす危険があります。」


「ほう。“聖なる大義”を脅かすとな?」


 レオナルト二世はすっと立ち上がり、深い碧眼を鋭く細める。玉座の周囲にいた廷臣たちが身を竦ませるほど、その眼差しには神経質な光が宿っていた。かつてこの皇王が血と鉄による征服で新興宗教を盤石にして以来、メドラン皇国では彼の意思が絶対とされている。“人間族こそ神の祝福を受けし者”、そして“異端たる獣人族やエルフは滅ぼされるべき存在”という教義は急速に広まり、多くの民衆がそれを疑わず崇敬している。ゆえに彼の言葉はすべて“神の代弁”と解釈され、絶対の服従を生むのだ。


「その“聖槍の乙女”とやらが、獣王フィンブールと手を組んでいる以上、フォルカス王国は今後さらに異端の連合を強固にしていくだろう。……ルシャールよ、そなたに命じる。ジャンヌ・ダルクという魔女を粛清せよ。邪神の槍を破壊し、その力をわが手に封じよ。あるいは……その槍ごと屈服させるもよし。」


「はっ、仰せのままに。」


 その場にいる誰もが、レオナルト二世の命令がすべての始まりと終わりを決めると知っていた。彼の求める結末は“人間族こそ正義”の世界。そこには獣人族の生存余地などなく、まして“聖槍”などあってはならない。ルシャールは頭を下げてから静かに立ち上がり、言葉を続ける。


「陛下、どうかご安心を。私は、聖典に誓って神の御心を遂行いたします。この魔女狩りは天の意志。邪なる槍を振るう愚かな異端――ジャンヌ・ダルクを排除することこそが、我が使命にございます。」


「よい。……だが、手段を選ぶ必要はない。そなたは敬虔なる聖騎士として“神の裁き”を行うが、そのために多少の流血が伴っても構わぬ。獣人族への憎悪はすでに高まっておるゆえ、火で清めるほうが手っ取り早いというものだ。」


 レオナルト二世の頬に、わずかな微笑が浮かんだのは、その瞬間だった。まるで、既にすべてが彼の掌で踊るかのように。ルシャールはその笑みを見て、さらに信仰心を燃え上がらせるかのように胸に手を当て、深く頭を垂れた。


「神の御名にかけて、必ずや邪を滅ぼしましょう。」


 こうして、メドラン皇国の“敬虔な聖騎士”ルシャール・ド・リュミエールは、正式に“ジャンヌ・ダルク討伐”の勅命を帯びた。聖堂のキャンドルが揺れ、壁画の聖人が笑うように見えたのは幻か、それとも喜びの予兆か。いずれにせよ、この命令が王都フォルカス近郊にさらなる禍をもたらすことは明白だった。


 


 ――それから数日後。フォルカス王国の王都では、立て続けに近隣の村々の被害が報告されるようになっていた。メドラン皇国の聖騎士らしき部隊が山を越えて襲来し、一部の集落で略奪や放火が行われている。敵は数にものを言わせるような大軍ではなく、むしろ小規模な騎士団や神官の集団という形らしい。しかし、その進撃速度は異様なほど速く、瞬く間に複数の村落を蹂躙して回っているという。


「……また、近郊の村が焼かれたそうだ。生き残った住民はわずか。逃げ延びた人が王都に駆け込んできて、狼獣人の農夫一家が皆殺しにされたと泣いてたよ。」


「そんな……ひどい……。」


 ジャンヌは報せを聞くたびに胸をえぐられるような痛みを感じていた。なぜなら、メドラン皇国の動きが苛烈になった背景には、間違いなく“自分が聖槍を持つ魔女”とされ、討伐対象に指定されたことがあるはずだと思うからだ。彼らは“魔女狩り”の大義名分を振りかざして獣人族を狙い、王都へ向かう道筋を踏破している。となれば、王都を守るために派兵を急ぎたいところだが、フィンブールたちも先手を打ちづらい状況にあった。


「辺境の小部隊だけで対処しようにも、敵の拠点が分からない。援軍を送り込もうにも、どこから襲ってくるのか読めない。しかも、黒騎士の影がまだ王都にちらついているため、主力を迂闊に動かせない。まったく厄介だ……。」


 獣王フィンブールは王宮の一角で腕を組み、苛立ちを隠さずそう呟く。彼の傍らには、臣下の獣人将やエルフ族の弓兵隊長などが顔を揃えており、皆が眉をひそめて戦況を睨んでいた。ジャンヌもその場に同席していたが、何もできないもどかしさに唇を噛む。


「わたしが……もっと早く何か手立てを講じていれば……」


「いや、お前のせいじゃない。だが、メドラン皇国が“魔女”と断じたお前の存在を利用し、獣人族を一層追い詰めるのは、想定以上に厄介だ。まるで“お前たち獣人族は魔女を匿っている”と喧伝することで、こちらを悪しき者に仕立て上げているかのようだな。」


 フィンブールの言葉に、周囲の重臣たちが唸る。実際、メドラン皇国が掲げる教義に傾倒する人間族は少なくない。さらには、ガリアス連邦の人間族の一部にも“獣人族とは相容れない”という潜在的な差別意識があり、そこを煽られれば“フォルカス王国が魔女を匿う異端”という印象が広がってしまうだろう。そうなれば外交もままならなくなり、孤立が加速してしまう。


「近郊の村々も、このままでは……!」


「分かっている。とはいえ、今ここで大軍を動かせば黒騎士の潜伏を許し、王都が内部から崩れる危険もある。かといって、何もしなければさらに多くの村が焼かれる……。」


 フィンブールは苛立ち交じりにテーブルを拳で叩く。ジャンヌはその音にハッとさせられながらも、自分が取るべき行動を模索していた。自分こそが“魔女狩り”の大義名分になっているのなら、自分が何か手を打てば、状況を変えられるのではないか。だが、どんな手段があるか――考えるほどに頭が痛い。あの焚刑の悪夢が頭をよぎり、“もし捕まれば火刑台に……”という恐怖が押し寄せる。


 そこへ、一人の伝令兵が息を切らして駆け込んできた。彼はフィンブールに敬礼を済ませるやいなや、声を上げる。


「陛下! 緊急の報です。近郊のグラン・マール村が、先ほどメドラン皇国の騎士団に襲撃されました。村はほぼ壊滅状態。なお、目撃情報によれば“金色の鎧を纏う聖騎士”が部隊を指揮していたとか……。」


「金色の鎧……?」


「ええ。それがきらびやかな聖なる鎧に見えたそうで、“敬虔な聖騎士”と呼ばれる者ではないかという噂です。」


 この一言に、空気が凍り付いた。フィンブールも周囲の重臣たちも、その名を知らない者はいない。“敬虔な聖騎士”ルシャール・ド・リュミエール。メドラン皇国に新興宗教が広まるきっかけとなった英雄的存在でもあり、同時に“魔女狩り”を最も熱心に推し進める筆頭でもある。まさか、その男がすでにフォルカス王国の村へと乗り込んでいるとは――。


 ジャンヌは思わず唇が震えた。ルシャールという名を聞くたび、“過去の記憶”がざわつく。それが史実のジャンヌ・ダルクの記憶か、自分自身の想像かは判然としないが、まるでかつて自分を魔女裁判に掛けた聖職者や騎士たちと重なる感覚があった。彼らは絶対的な信仰心を掲げ、迷いもなく焚刑を宣告する。まるで“神の名の下に”という免罪符を振りかざすかのように。


「ルシャールが来ている以上、もはや村々は危機的状況だ……。あの男は狂信的だと聞く。人間族ならまだしも、獣人族やエルフを見つければ、“魔女の眷属”として片っ端から火刑に処しかねんぞ。」


 フィンブールの声音には怒りがこもっていた。一方、ジャンヌは頭の中がぐるぐるし始める。もしあの聖騎士がさらに村を焼き、王都に迫ってくれば、被害はどこまで膨れあがるか分からない。しかも、その理由が“私を魔女と断じているから”だとすれば、自分は今どう動くべきなのか――。


「私……わたしが何とか止めるしかないのか……。」


 思わず呟いた言葉に、フィンブールが目を向ける。「何を言う。お前が一人で奴に立ち向かうなど、危険すぎる。聖槍を持っていても、メドラン皇国の騎士団は厄介極まりない。お前が捕まれば、それこそ思う壺だ。」


「でも……放っておけば、さらに多くの村が犠牲になるんです。わたしがこのフォルカス王国に来てから、メドラン皇国は明らかに“魔女狩り”を加速させています。だったら、やはり私が進んで姿を現し、何とか交渉するか、あるいは……最悪、敵を引きつけるか……。」


 周囲の重臣が慌てて止めにかかる。「そんな、自殺行為だ!」「聖槍をメドランに奪われればそれこそ終わりではないか!」――だが、ジャンヌは自分の胸に湧き上がる“負い目”を振り払えない。自分が原因で獣人族の人々が略奪と火刑に怯えている以上、何もしないわけにはいかない。まして過去の焚刑の悪夢を再現させないためにここまで来たのに、ただ傍観しているなんて耐えられない。


「……お前が行くなら、俺も行く。兵も連れていく。」


 フィンブールが断固とした口調でそう言った瞬間、場は一気に緊迫した。確かに王が動けば、ルシャールの進軍を止められる可能性は高まる。しかし、それは同時に王都を手薄にすることを意味する。この都市には黒騎士の潜伏情報もあるうえ、人間族との意見対立が完全に解消されているわけでもない。王が留守にするリスクは計り知れない。


 しかも、フィンブール自身は“雷の力”を操る獣人族の王。もし彼が戦線に出れば、そこに注がれるメドラン軍の攻勢も一層激しさを増すだろう。フォルカス王国としては、トップが危険を冒すのは得策ではない。周囲の家臣たちが口々に「陛下は王都を守るべきです!」と声を上げるのも当然だった。


「俺だけが王ではない。ここに残る重臣たちが王都を守り、俺が最前線に立つ。そういう道もあるだろう。」


「しかし……!」


「もうよい。敵をこのまま放置して、獣人族がさらに殺されるのを黙って見過ごすわけにはいかん。ジャンヌがいるからこそ、相手は“魔女狩り”を大義名分に掲げているのだ。ならば、俺たちが手をこまねいていては村々は焼かれるばかり。――ジャンヌ、お前はどうする? 行くのか、ここに残るのか。」


 その問いに対し、ジャンヌは一瞬だけ迷い、しかしすぐに顔を上げる。


「……わたし、行きます。行かせてください。わたしの存在が原因でこうなっているのなら、わたしが“聖槍の乙女”として表に立って、メドラン皇国がどんな理不尽をふりかざそうと、止めなければなりません。自分ができる限り、ルシャールと対峙します。」


 意志のこもった瞳でそう告げるジャンヌ。その声に、フィンブールはかすかに微笑んだ。周囲の重臣は渋い顔をするが、王の言葉に従わざるを得ない。こうして、“獣王フィンブール率いる討伐隊”が結成されることになった。ジャンヌはその先頭に立ち、敬虔な聖騎士ルシャールとの邂逅に臨む運命を選び取る。


 


 ――出発の朝。王都の城門には、多くの人々が詰めかけていた。フィンブールが近衛兵や精鋭部隊を率いて外へ出るという報せは瞬く間に広がり、皆がその行方を見送ろうとしている。中には“人間族の魔女を連れていくのか”と不満顔の獣人もいるが、半数以上の住民は“陛下が救ってくれる”との信頼を持って声援を送る。


 ジャンヌは軽装の甲冑をまとい、腰には短剣を帯びている。聖槍サン・クレールは意識しなければ形を成さないが、いつでも呼び出せる感覚を確かに胸に感じていた。胸の内には強烈な不安が渦巻くが、同時に“やらねばならない”という思いがそれに勝る。過去の焚刑台の記憶が頭をよぎるたび、意識を呼び戻すように深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「ジャンヌ、準備はいいか?」


 フィンブールが近づき、低い声で問いかける。彼は重厚な鎧の上から、“雷を呼ぶ”といわれる特別製のマントを身につけていた。その姿はまさに“獣王”の称号にふさわしく、鋭い瞳と隆々たる体躯が堂々とした威厳を放っている。だが、その眼差しにはどこか焦燥の色が残っているのが分かる。自国の民が苦しめられている以上、王としても一刻の猶予もならぬ思いなのだろう。


「はい。いつでも大丈夫です。」


「行くぞ。奴らを叩き潰す。……お前に怖い思いをさせるかもしれないが、絶対に護ってみせる。」


 静かに誓うような言葉に、ジャンヌは微かな安堵を覚える。たとえメドラン皇国の聖騎士団が相手でも、フィンブールとともに立ち向かうなら、きっと恐怖に押し潰されずにいられるだろう。そんな思いを胸に、ジャンヌとフィンブールは隊列の先頭へ進み、蹄と足音の鳴り響く中を王都の外へと踏み出していく。後方には獣人族の兵団が数十名、大きな荷車には兵糧や医薬品を載せ、もしもの時に備えている。少数精鋭の出陣だが、都市防衛のために王都には主力の一部を残してきた。


 今回の作戦は、被害を受けている村々を巡回し、ルシャール率いる騎士団の行方を追うというものだ。その過程で避難を急がせると同時に、少しでも敵を追い詰めるつもりでいる。もっとも、ここ数日の報告を見る限り、彼らはめざましい機動力で移動を繰り返しており、そう簡単には捕捉できないかもしれない。フィンブールは斥候部隊を先行させ、警戒網を張り巡らせるが、果たして追いつけるかどうか――。


 


 荒れた田畑が広がる一帯に入った頃、一行は焼け落ちた家々と、すすだらけの地面を目の当たりにしていた。かつては穏やかな農村だったであろう場所が、今や廃墟と化している。鼻をつくのは焦げた木材や瓦礫の臭い。それに混ざって、獣人族の血肉のにおいが漂う。いくつかの遺体は既に運び出されていたらしいが、中には土埃にまみれた姿が放置されている者もいる。


「ここが……メドラン皇国に襲われた村……。」


 ジャンヌは言葉を失った。かつて辺境の村で暮らしていた自分にとって、この光景は身につまされる。もし自分が何もせず王都に留まっていたら、今も同じ悲劇が繰り返されていたのだと痛感せずにはいられない。そんな彼女の肩を、フィンブールがそっと叩く。


「見るのは辛いだろうが、これが現実だ。奴らが“魔女狩り”と称して何をしているか、しっかりと目に焼き付けておけ。」


「はい……。」


 周囲の兵士たちも暗い面持ちでその惨状を確認する。生存者がいないか探し、物資や遺体の収容を行うが、既に村が廃墟と化している以上、助けられる命はほんの僅かだ。斥候の一人が駆け寄り、フィンブールに敬礼して報告する。


「陛下、残念ながら生き残りはほとんど見当たりません。この先に地下倉庫があったようですが、そこも蹂躙され、獣人の骨らしきものが散乱していました。おそらく“聖騎士”という男が火刑に処したと思われます。村の子どもが書き残したらしい目撃証言が、半焼けの紙に……。」


「子どもが……そんな。」


 ジャンヌの声がわずかに震える。火刑、すなわち焚刑――それは彼女にとって悪夢そのもの。過去の記憶が急激に頭をかすめ、心拍数が上がっていく。焚刑台で燃える炎、叫び、嘲笑……息苦しさに襲われ、まともに呼吸ができないほど胸が締めつけられる。


(駄目……負けないで。これは、私が見てきた悪夢と同じではない。今はわたしが、救う側になるんだ……!)


 必死に深呼吸し、気を落ち着ける。こんなところで立ち尽くしていては、犠牲になった人々を浮かばれぬままにしてしまう。フィンブールが「大丈夫か?」と心配そうに声をかけるのに対し、ジャンヌはかろうじて「はい」と答える。何としても踏みとどまらなければ。


 隊は村の奥へ進み、そこにある小高い丘へ登った。かつて村人が見晴らしを楽しんだであろう場所からは、焦げた草原や荒れ果てた田畑が一望できる。その絶望的な光景に、兵士たちが沈痛な面持ちで目を落とす中、一人の獣人が駆け寄ってきた。どうやら生き残りの農夫のようで、顔中を泥と涙で汚しながら叫ぶ。


「陛下……どうか、助けてください! あの聖騎士が、子どもたちを“魔女の仔”だと決めつけ、火で焼き殺したんです。私の弟妹も、まだ……まだ十にも満たないのに……!」


「落ち着け。とにかく今は……。」


「弟妹たちだけじゃない、村の大半が人間族じゃないからというだけで、罪人扱いをされて! 見ろ、あの焼け跡を! “魔女”として裁くためだと、あいつらは笑ってやがった……!」


 聞くに耐えない話だが、それがルシャールの仕業であるのは疑いない。彼の率いる異端審問官たちは、教義を絶対視しているがゆえに容赦を知らない。人間族であるかどうかに関わらず、“魔女と手を結ぶ反逆者”とみなした相手には徹底した粛清を行うのだ。それがたとえ幼子でも――。


 フィンブールは喉の奥で怒りを鳴らし、拳を握りしめる。「ルシャール……絶対に許さん。俺がすぐにでも奴の首を刎ねてやる。」


「それにはまず、奴の所在を知る必要があります。どこへ向かったのか……。」


 ジャンヌが周囲を見回すと、生き残りの農夫が指さす。「あっち……山の向こうの集落へ行ったと聞きました。逃げ延びた仲間が、奴らが次の標的を求めて移動していたと言ってました!」


 それを聞いてフィンブールは兵士たちに鋭い声で指示を下す。「よし、急ぐぞ。斥候を先行させ、奴らの足取りを突き止めろ! 民を守れるだけ守る。もし追いつけば、ルシャールを叩く!」


 ジャンヌも短く頷き、聖槍の穂先を呼び出すべきか迷う。今はまだ敵と遭遇していないが、いつ何時、戦闘になるか分からない。己の心臓が高鳴り、過去の焚刑台の記憶が再びチラつく。しかし、このまま目を背けても村は救われない。息を整え、覚悟を決める。――自分が負い目を感じているからこそ、戦う道を進むのだ。


 


 険しい山道を抜け、幾つかの小さな集落を経由しながら、隊はルシャールの行方を探し求める。道中で出会う避難民の口からは、共通して“金色の鎧を纏った聖騎士が、魔女狩りを掲げて村を焼いた”という証言が得られた。敵はすさまじい速さで各地を転戦し、その都度獣人族や協力者とみなした人間族を焚刑に処しているらしい。


 こうして続く数日の追跡の末、一行がある峠を越えたところで、山麓の森から煙が昇っているのを発見する。見ると、谷あいに小さな村があり、その一帯が火の手に包まれていた。どうやら、先回りしている暇もなく、ルシャールの軍勢がまたしても村を襲撃したようだ。


「急げ! 遅れるな!」


 フィンブールの怒声がこだまする。兵士たちは速度を上げて森を駆け下り、村の入り口へと殺到した。そこには、メドラン皇国の紋章を掲げた騎士たちが数十名ほど散開しており、すでに家屋に火を放っている最中だった。獣人族の住民たちが逃げまどう姿も見えるが、何人かはすでに地面に倒れ込んでいる。


 ジャンヌはその惨状にぞっとしながらも、聖槍を呼び出した。右手に感じる熱――これは恐怖でもあり、同時に戦うための力の源泉だ。


「これ以上、焼かせはしない……!」


 叫びつつ、一気に駆け出す。メドランの兵士の一人が彼女を見て「魔女か!」と声を上げるが、ジャンヌは槍の長いリーチを生かして相手の剣をいなすように薙ぎ払う。金色の光が穂先に走り、敵の鎧に衝撃を与えた。兵士が悲鳴を上げて弾き飛ばされる。


「す、すごい力……こいつ、本当に魔女かっ……!」


「魔女ではないわ! あなたたちが一方的に異端だと決めつけているだけ……!」


 だが、彼らに言葉など通じない。すぐ隣から別の兵士が槍を突き出してくるが、ジャンヌは間一髪で身を屈めて避け、逆に聖槍の柄を叩き込む。激しい打撃で兵士が昏倒するのを確認すると、さらに次々と別の騎士が群がってきた。多勢に無勢。しかし、フィンブールや獣人族の兵が後方から支援に入る。


「雷よ、応えよ!」


 獣王が大剣を振り上げると、稲光にも似た衝撃が空気を震わせ、敵兵を複数巻き込んで吹き飛ばす。その一撃のすさまじさにメドランの兵たちが恐れをなし、ひとまず後退を始めるが、それでも指揮官らしき男が声を張り上げる。


「怯むな! 我らは“敬虔な聖騎士”ルシャール様の命を受けた精鋭だ。ここで引くわけにはいかぬ!」


「そうだ、魔女を倒せば神の栄光が我らに降り注ぐ……!」


 まるで呪文のように“神の正義”を口にする彼ら。その顔には狂信の色が浮かんでいる。絶対的に正しい教義を盲信し、相手を“魔女とその眷属”と見なすことで、何の呵責もなく斬りかかってくるのだ。


「何が神の栄光よ……。あなたたちがしているのはただの虐殺だわ!」


 ジャンヌはそう叫びながら、自分の心臓が高鳴るのを感じる。怯えなど通り越して、憤りがこみ上げてくる。このまま引き下がる気はない――必ず止めてみせる。だが、その瞬間、どこからか聞こえてきた重い声が戦場を支配した。


「――やめよ、下がれ。お前たちでは役不足だ。」


 音の出所を探ると、そこにいたのは金色の鎧を纏う騎士。白銀にも見えるその輝きはまるで聖人の後光のようにまぶしく、彼の背後には数名の神官らしき者が控えている。周囲のメドラン兵たちが一斉にひれ伏す様子から、この男こそ“敬虔な聖騎士”ルシャールに違いない。彼はゆったりと歩を進め、ジャンヌとフィンブールを視界に収める。


「汝こそが……獣王フィンブール、そして“邪神の槍”を振るう魔女、ジャンヌ・ダルクか。」


 ルシャールは冷徹な瞳で二人を見据え、声を低くする。その姿は優雅ささえ感じさせるが、その奥底には揺るぎない狂信が潜んでいるように見えた。フィンブールが「貴様がルシャールか……この無残な所業、絶対に許さんぞ!」と吼えるが、相手はまるで気にも留めぬ風だ。


「許すか否かは神のみが裁く。貴様ら異端種族と、魔女が手を結ぶなど、神への反逆も甚だしい。ゆえに我らは、神の名の下に“魔女狩り”を行うのみ。」


「どうしてそこまで人々を焼き尽くせる……子どもまで……!」


 ジャンヌの声は張り裂けそうな悲鳴に近い。けれど、ルシャールは微動だにせず、淡々と言い放つ。


「そう、そこが問題だ。“子ども”とて、魔女の血筋を受け継ぐやもしれぬ。その芽を潰すことで、神聖なる人間族の血を護らねばならない。何より、獣人族は本来、神に背いた獣の成れの果てにすぎない――これが我らメドラン皇国の教義だ。違うと言うならば、貴様が証明してみせよ。」


「証明……何をどうやって……!」


「簡単なことだ。貴様が魔女でないというならば、その“槍”を破棄し、獣人族を見捨ててこちらに降れ。そうすれば火刑の刑から救ってやろう。」


 あまりの理不尽さに、ジャンヌは言葉も出ない。獣人族を見捨てろという時点で、交渉になどなり得ない。あくまでルシャールは自分の信仰を正義として振りかざし、異端に選択肢を与えるつもりなどないのだ。


「下らない……。貴様らの教義など、その実態はただの殺戮ではないか!」


 フィンブールが憤怒の表情で大剣を構えると、ルシャールは聖典をかざすように掲げ、「さあ、神の意思を示す時だ」と呟く。その言葉を合図に、メドランの兵たちが再び武器を構え出す。こうして“獣王対敬虔な聖騎士”の決戦は避けられない状況となった。


「ジャンヌ、お前は後ろに――」


「いいえ、わたしも戦います。ここで退いたら、また誰かが火刑に処されてしまう……!」


 そう言うや否や、ジャンヌは槍を振るって前進する。すると、ルシャールが聖典を開き、まるで呪文でも唱えるかのように短く口を動かした。瞬間、何か不可視の力が空気を震わせ、ジャンヌの足が一瞬重くなる。怪しい神術かもしれない。ルシャールはただの剣士ではなく、宗教的な力をまとっているという噂は本当らしい。


「貴様が魔女なら、その穢れた力を見せてみろ。神の裁きが下るのはどちらか……!」


 威圧感たっぷりの声に、ジャンヌは一瞬たじろぐが、同時に焚刑の悪夢が脳裏を掠め、かえって覚悟が固まる。――そう、もう二度と自分はあの炎にのまれないためにここにいるのだ。聖槍の穂先に力をこめ、金色の光を放ちながら敵陣へ突撃しようとする。だが、その前に巨大な稲光が横切った。フィンブールが渾身の雷撃を繰り出したのだ。


「ルシャール、貴様……王としての責任において、ここで打ち倒す!」


 轟音とともに青白い雷光が弧を描き、メドラン兵の一団を薙ぎ払う。地鳴りがし、土煙があがったが、その先に立っていたルシャール自身はほとんど無傷に見える。どうやら仲間を生ける盾としつつ、間一髪で後退したらしい。その動作には迷いがなかった。


(この男……仲間すら駒か?)


 ジャンヌは悪寒を抱きつつ、さらに踏み込む。兵士たちの刃が集中するが、獣人族の精鋭たちがカウンターを狙い、激しい乱戦が繰り広げられる。家々の炎が戦場を赤く染め、煙が視界を塞ぐ。獣王の稲光と聖槍の金光が混ざり合い、勝敗の行方がどちらに傾くか読めない状況だ。


 そんな中、ルシャールがジャンヌへまっすぐ向けて突進してきたのが見えた。鎧に刻まれた聖紋が不気味な輝きを放ち、目を奪われそうになる。ジャンヌはとっさに防御の構えをとり、ルシャールの剣戟を槍の柄で受け止める。ガキン、と火花が散り、衝撃で腕が痺れるほど強烈だ。


「やはり魔女……人ならざる力を持っている……!」


「ちがう、わたしは――!」


「沈黙せよ、異端! 神の意志に反逆する者こそ、魔女に他ならぬ!」


 圧倒的な馬力で押し込まれ、ジャンヌは地面に片膝をつきそうになる。ルシャールの信念は硬い鋼のごとく揺るぎなく、その剣からは裁きの一撃を象徴するような重厚さを感じる。もしこのまま受け続ければ、聖槍を折られてしまうかもしれない――そう感じた瞬間、背後から轟音とともに雷が走り、ルシャールを強制的に逸らすように爆煙が上がった。フィンブールが飛び込んできたのだ。


「ジャンヌ、下がれ!」


「っ……ありがとうございます……!」


 いったん距離を取り、息を整える。視線の先ではフィンブールがルシャールに斬りかかり、激しい剣戟が交わされていた。雷をまとった大剣と、聖なる紋章を湛えた剣が衝突する様は、一見すれば神と魔の戦いのようにさえ映る。いずれが神で、いずれが魔か――立場が違えば、そう見え方も変わるのかもしれない。


「甘いな、獣王! その雷など、神の光に比べれば児戯に等しい……!」


「黙れ……貴様らこそ神を騙る狂信者だろうが!」


 まさに拮抗し合う両者。そんな激戦の最中、メドランの他の騎士や獣人族の兵士も入り乱れ、戦場は大混乱に陥る。ジャンヌは自分もフィンブールを援護しようと槍を構えるが、横合いから襲いかかる敵兵を対処しなければならない。無我夢中で槍を振り、何度か斬り結ぶ中で感じるのは、かつて村で戦ったときのような“死と隣り合わせ”の感覚だった。


(でも、引くわけにはいかない……!)


 必死に踏ん張っていると、不意にルシャールの視線がジャンヌへ向けられるのを感じた。フィンブールとの打ち合いを中断してまで、まるでジャンヌにターゲットを絞ったかのようだ。ルシャールは彼女を一気に討ち取ろうとしているのか、それとも“聖槍”を奪おうとしているのか――いずれにせよ危険だ。


「神の裁きは貴様を許さない。受けよ、聖光の一撃を……!」


 ルシャールが剣を天に掲げ、神官らしき者が唱和を始める。すると、眩いほどの光が剣先に集まり、まるで雷撃とは異なる聖なる閃光となって放たれようとしていた。ジャンヌは直感する――もしあれをまともに受ければ、身体が灰になるかもしれない。


「くっ……!」


 足がすくむような恐怖を覚えるが、ここで逃げてはならない。何故なら、これが“自分の戦い”なのだから。覚悟を決め、ジャンヌは聖槍に全力を注ぎ、金色の光で対抗しようとする。だが、寸前のところで視界の端にフィンブールの姿が映った。


「ジャンヌ、そこをどけ……! 雷よ、我が刃に宿れッ!」


 フィンブールがこちらに飛び込もうとしている。それを察して、ジャンヌは意を決し、一瞬で後方へ跳躍した。すると、その刹那にルシャールが放った閃光と、フィンブールの雷撃が空中で激突し、互いのエネルギーが反発し合い大爆発を引き起こす。


 爆煙がもうもうと立ち込め、砂塵が視界を奪う。激しい衝撃で地面が揺れ、ジャンヌも尻もちをつきそうになる。耳鳴りが残る中、思わず目を凝らすと、そこには倒れ込むメドラン兵の姿や、膝をついて息を切らすフィンブールの姿があった。


「フィンブールさん……!」


「ぐ……だいじょうぶ……だ……。」


 フィンブールは鎧に亀裂が入っているが、まだ立ち上がろうとしている。対するルシャールの姿は、煙の向こうに消えていた。どうやら直撃を食らったのか、あるいは戦況が不利と見て退こうとしたのか――。いずれにせよ、ひとまずメドラン軍の動きは鈍り、獣人族の兵が押し返している。


 やがて爆煙が晴れたとき、ルシャールや神官たちの姿はほとんど見当たらなかった。あれほど激しく“魔女狩り”を喧伝していたのに、突然戦線から姿を消すその戦法は、まるでゲリラ的であり、執念深くもある。兵士たちの報告によれば、一部のメドラン兵が村の裏手の山道から逃走しているとのことだった。


「どうやら、奴らはこちらが予想以上の抵抗を見せたので、一時撤退を選んだようですね。」


 近衛兵の一人が息を整えながら言う。フィンブールは苦渋の表情で頷く。「あの聖騎士め……本気でやり合えば、こちらも大きな被害を出すと踏んだか。しかし、すぐに戻ってくるかもしれん。獣人族や人間族の命をなんとも思わぬ連中だ……。」


 周囲では燃える家々を消そうと兵士たちが動き、避難する住民を助け出す光景が広がっている。ジャンヌは、まだ燃えカスが散らばる道端で聖槍を握りしめながら、絶望感と安堵感を同時に抱いていた。あのルシャールという聖騎士は、あまりに強大で、信念も狂信的。自分たちがまともに説得して止められる相手ではない――それは痛いほど分かった。


(同じ運命をたどらないためには、もっと力がいるの? それとも……別の手段が……。)


 けれど、今は目の前の被害者を救うことが先決だ。フィンブールの援護でなんとかルシャールの攻撃を免れたとはいえ、村そのものの被害は大きい。火刑と呼ばれる手口によって住民の多くが殺され、焼き尽くされた痕がありありと残っている。ジャンヌの胸の奥には、“自分が原因なのでは”という罪悪感が再び押し寄せる。


(わたしは……魔女裁判の犠牲者だったかもしれない。だけど、いまは犠牲を生む加害者のきっかけなのかもしれない……。)


 そんな思いがぐるぐると渦巻き、息が詰まりそうになる。だが、フィンブールが不意に立ち上がり、真っ直ぐジャンヌを見つめた。その瞳には、理不尽な現実への怒りと悔しさが宿っている。


「ジャンヌ……お前が生きている限り、奴らの魔女狩りは続くかもしれん。だが、それはお前のせいではなく、奴らが狂っているだけだ。お前は自分を責めるな。」


「でも、実際にこうして多くの人が犠牲になって……」


「だからこそ、奴らを倒すほかないのだ。俺は獣人族の王として、この“敬虔な聖騎士”どもを絶対に放置しない。お前も……迷うかもしれんが、どうか諦めるな。お前がここで終われば、本当に奴らの思う壺だ。」


 その言葉に、ジャンヌは救われるような気がした。何が正解か分からなくても、今この場で“立ち続ける”ことが彼女の役目かもしれない。前世で焚刑の炎にのまれ、苦しみの果てに倒れたあの少女は、きっと誰かに助けられずに孤独だった。けれど今のジャンヌは、少なくともフィンブールという王や獣人族の仲間がいる。


(一人じゃない……。わたしには、この人たちがいる……だから、まだ戦える。)


 炎に染まる夕焼け空を仰ぎながら、ジャンヌは拳を握りしめ、もう一度自分を奮い立たせた。たとえルシャールの討伐令が下され、世界中を敵に回しても、負けるわけにはいかない。子どもまで火刑に処するような狂気の連鎖を断ち切るためにも――自分ができる限り、戦うのだ。そう決意すると、まるで聖槍の柄が応えるように手のひらに小さな熱を感じた。


 ルシャールが撤退した後、メドラン皇国の動きが一時的に沈静化したかに見えたが、それは次の嵐の前触れにすぎないと多くの者が感じ取っていた。村を焼いた後、彼らは再びどこかで同じ手を繰り返し、獣人族を恐怖の底に叩き落とすだろう。むしろ、彼らにとっては火刑に怯える民衆こそが“支配の対象”にふさわしい。ゆえに、聖槍の乙女であるジャンヌを抹殺し、獣王フィンブールをも葬り去ろうと虎視眈々と狙ってくるに違いない。


 だが、ジャンヌもまた黙ってはいられない。自分が“魔女”とされたからこそ、もう一度、同じ裁きの闇を押し返すチャンスがあるのではないか。メドラン皇国の掲げる狂信を食い止め、人々を救うためにこそ、自分が存在しているのだと――そう信じたいから。


 かくして、ルシャールの“討伐令”は周囲をさらなる混沌へと導き始めた。人々の間には「魔女が王都にいるから、襲われるのではないか」という不安も広がり、ジャンヌは自分への疑念と負い目に苛まれる。けれど、その先に待つ運命を変えるため、彼女は歩みを止めない。過去の焚刑台の恐怖から解放される唯一の道は、再び炎の中に足を踏み入れ、そこから逃げずに勝ち取るしかないのだから――。



(彼女は今、考える。次にルシャールが姿を現すとき、果たして彼を説得できる余地はあるのか。それとも、血塗られた戦いしか道はないのか。心は葛藤しつつも、二度と後戻りはしないと決めていた。焚刑の記憶を宿す身として、今度こそ“魔女裁判”に屈しないために……。)

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