第12章:新たなる未来 〜平和と愛の行方
遥か彼方の地平線に日輪が昇り、燃え尽きた荒野を薄紅色に染め始める頃、王都フォルカスの空気には独特の静寂が満ちていた。先日の壮絶な戦闘によって獣人族と同盟諸国が守り抜いたこの都は、まだその傷跡を色濃く残しつつも、確かな安堵の息を吐き出している。メドラン皇国の“皇王”レオナルト二世が大地に伏し、黒騎士グリオや“銀髪の将軍”アニェス、“敬虔な聖騎士”ルシャールらが撤退を選んだことで、長く続いた大陸規模の戦乱はひとまず終息へ向かい始めていた。
しかし、それは勝利の凱歌というよりも、苦難を耐え抜いた者たちの安堵と悲しみの入り混じる空気だった。荒廃した郊外には、なお多くの人々ががれきの山から生活物資を引っ張り出し、燃え落ちた家の跡で途方に暮れている。瓦礫を積んで陣地を構築していた獣人族やエルフ族、人間族の義勇兵たちも、いまは鍬と土嚢を手に協力し合いながら復旧を試みていた。戦いで奪われた命や希望を取り戻すには時間がかかるが、それでも彼らは諦めることなく再建の道を模索している。
王都の城門から伸びる大通りには、各地から馬車や荷車が行き来しており、今や被災者への救援物資を積んだ車がひっきりなしに往来するようになった。戦前までは同盟国と呼ばれつつも疎遠だった国々が、ガリアス連邦としてより強固な結束を図るため、義援隊を派遣してきているのだ。エルフ族の森からは薬草や医療スタッフが集まり、北方の山間地域からは大量の食糧が届けられ、連邦としての“融和”が加速している兆しを見せる。
そんな連邦の融和を体現する中心人物こそが、“聖槍の乙女”ジャンヌと、“獣王”フィンブールの二人である。先の大戦で彼らは皇王レオナルト二世を討ち破り、メドランの総攻撃を打ち砕いたという“英雄”として、ガリアス連邦各国から賞賛を浴びる存在となっていた。もっとも、二人は栄光よりも、あまりに多くの犠牲者が出たことに胸を痛めている。誰かを倒して終わるのではなく、そこから先の平和を築きたい――それが彼らの本音だった。
王都フォルカスの中心部にそびえる城砦。その内部にある広大な中庭は、いま臨時の集会広場として整備され、ガリアス連邦の各首脳や獣人族の重臣、同盟諸国の要人たちが集まっていた。復興会議や捕虜の交換交渉、さらにメドランとの停戦処理など、多岐にわたる議題が山積みだからだ。朝から夕暮れまで、何度も協議が重ねられ、疲労困憊の人々が城砦の廊下や周辺の宿泊施設に眠り込んでいる場面もしばしば見られる。
しかし、そんな多忙な日々の中でも、ある“噂”が皆の口に上っていた。それこそが“聖槍の乙女”ジャンヌと、“獣王”フィンブールの関係。総攻撃前夜、そして決戦後にかけて、二人の仲がより深まった――戦いだけでなく、種族の壁を超えて心を通わす絆が育まれているというのである。ガリアス連邦の要人たちは、かつては人間族と獣人族の婚礼など考えられなかったと驚きをもって受け止めつつも、今回の戦乱を乗り越えてきた二人ならば、それもあり得るのではないかという期待を抱いていた。
「実際、もう隠しきれないほど互いを慕っているようだぞ」「あのジャンヌがフィンブールのもとを離れる姿を想像できない」「もし正式に婚礼を挙げるなら、ガリアス連邦にとって大きな象徴になるかもしれない」――そんな囁きが城砦の回廊や中庭、カフェスペースなどで飛び交う。獣人族の若い兵士やエルフ族の弓兵たちは、好奇心半分、祝福する気持ち半分で、いつ正式な発表があるのかソワソワしているようだった。
一方、当のジャンヌとフィンブールは、とりあえず日々の復興と外交交渉に忙殺されていた。フィンブールは大きな傷を抱えながらも獣人族をまとめ、王として新たな統治体制を立て直そうとしている。ジャンヌは聖槍を携えて救護活動に尽力し、火傷や負傷に苦しむ人々を支援しながら、自分が火刑に倒れずに済んだ幸運を噛みしめていた。
そんなある日、王宮の奥深い応接室で、小さな内輪の集まりが開かれていた。フィンブールの重臣数名とジャンヌ、そしてガリアス連邦の代表が数人加わり、“今後の外交方針”について意見を交わそうとしている。会議といっても公式のものではなく、あくまで親睦を深める懇談のような場で、皆がワインや茶を傾けながら和やかに話している。凄惨な戦火をくぐり抜けた緊張をほぐすためにも必要な時間だった。
「メドラン皇国は、あれほどの権力を握っていた皇王が倒れたことで、国内が混乱しています。でも、いずれ新たな王が立ち、また何らかの形で国を立て直すかもしれません。わたしたちとしては、せめて火刑や狂信に走らない人材が台頭してくれることを願うしか……」
ジャンヌがそう切り出すと、獣人族の重臣が苦い表情で頷く。「皇王の配下だったアニェス将軍やルシャール騎士団長、さらに黒騎士グリオの動向が鍵でしょうな。彼らが国内をまとめる立場になるか、あるいは新たに別の貴族や軍人が台頭するか……今はまだ混沌でしょう。しかし、こちらから無理に干渉すれば、新たな戦争の火種にもなりかねない」
「確かに」とフィンブールも唸る。既に多くの血を流した王として、これ以上の紛争は望んでいない。むしろ、メドランとの“休戦協定”をきちんと結び、相手が再起を図ってもすぐに侵略を再開できないよう、国際社会の合意を得ておきたい。ガリアス連邦はそれに協力的であり、場合によっては両国を仲介する動きもあるという話が、連邦の代表から伝えられていた。
「我々連邦としても、二度とあのような大戦が起きないよう、メドランと協議の場を設ける考えです。もちろん、そちらの情勢もありますが、ジャンヌ様とフィンブール陛下が推進してくだされば、和平に向けた道は拓けるでしょう」
連邦代表の言葉に、ジャンヌとフィンブールは顔を見合わせる。確かに彼らの指導力は、皇王を討ち倒した英雄として周囲から期待されている。しかし、ジャンヌはただの“前世で火刑に散った少女”に過ぎず、あまりに大きな責務を負うのは戸惑いでもある。それでも自分の力で歴史を変えたと実感しているなら、ここで退くべきではないと感じてもいる。
「わたしも……わたしとフィンブールさんがお役に立てるなら、動きたいと思います。せっかく炎や火刑を乗り越えたのですから、同じ悲劇を生まないために行動するのが筋でしょうね」
そう返事すると、連邦代表や重臣がうなずいて拍手をする。「ありがたい。では、近いうちに正式な場で協定書の草案を作りましょう。もちろん、復興が優先なので、当面は互いに余裕ができるまで待つことになるかと思いますが……」
懇談が一段落し、皆がワインを飲んで安堵のため息をついた頃、フィンブールが椅子から立ち上がって小さく咳ばらいをする。「すみませんが、もう一つ話題があるのです。……いや、正直なところ、わたし自身が少し気恥ずかしいが……ジャンヌ、こちらに来てくれないか?」
何事かと、ジャンヌは首を傾げながらフィンブールの隣へ立つ。すると、彼は大剣の鍔に手をかけつつ、恥ずかしそうに目を伏せた。「連邦代表の皆さんや重臣の前で言うのはどうかと思っていたが、もう隠し続けても仕方ない。わたしは、ジャンヌとの婚礼を挙げたいと考えています」
静まり返る室内。その場にいた人々がどっと声を上げ、驚きと喜びの溢れる反応が連鎖する。「おお、やはり……!」「獣王陛下と“聖槍の乙女”との婚礼が実現すれば、大陸の未来にとって大きな一歩となるのでは……」「おめでとうございます!」と口々に祝福や感嘆の声が飛び交う。フィンブールが照れ隠しに視線を逸らすのを見て、ジャンヌは思わず頬を染めながらも微笑んだ。
「フィンブールさん……本当に、わたしなんかでいいのですか? あなたは王として、今まで異種族との通婚は考えもしなかったでしょうし……」
「もちろんだ。わたしが死地から生き延びられたのはお前のおかげだし、お前ほど誇り高く優しい相手はいない。前世で火刑に散ったかもしれないが、今はわたしの隣に立ってくれているではないか。人間族だろうが獣人族だろうが構わない。ともに新しい時代を築こう」
フィンブールの言葉に、ジャンヌは涙をこらえながら頷く。「ありがとう。わたし、前世では得られなかった平和と愛を、あなたとともに築いてみたい。獣人族との婚礼……戸惑う人もいるかもしれないけど、きっと皆が祝福してくれると信じたいです」
すると、室内にいた重臣や連邦代表が声を合わせて「ああ、もちろんだ!」「今やお二人は、民衆の希望そのものですよ!」と興奮気味に賛同の声を上げる。こうして、二人の婚礼を正式に表明する場としては少々急だったが、それでも満場一致に近い形で祝福される結果になった。誰もが多くの傷を抱えるなか、“希望”や“新たな時代の象徴”を求めているのだろう。それが王と“魔女”と呼ばれた乙女の婚姻であれば、最高の平和の演出となるというわけだ。
さて、こうして準備が進み、数週間後には王都フォルカスで盛大な婚礼が執り行われることになった。メドラン皇国の実質的な指揮系統は崩壊し、停戦協定の余波でまだ国境付近は緊張が解けきらないが、大規模な戦闘は発生していない。ルシャールは自国の再建を模索して聖騎士団とともに離脱し、アニェスは炎の剣を手放して故郷の街へ戻ったとの情報がある。黒騎士グリオはどこかで動いているかもしれないが、皇王が倒れた現状で強引に侵略を再開する動機は薄いだろう。
婚礼当日、王都の中心通りが華麗な装飾で彩られた。戦火で焦土と化しかけた場所を必死に整備し、連邦の各国から参加する使節団を迎え入れている。街中はあちこちで露店が開き、笑顔を取り戻した人々が花びらを撒いて祝福の雰囲気を盛り上げていた。獣人族と人間族が手を取り合い、復興への力を尽くすさまは、まるで新たな時代の到来を告げる象徴でもある。
城砦内の大広間では、各国の貴賓や使節団、貴族などが席を並べ、王族同士の婚礼にも劣らないほどの盛大な祝典が催されていた。フィンブールが普段の武装を外し、獣人族の正装で厳かに立っている姿は、王としての威厳はそのままに、どこか大人びた雰囲気を放っている。ジャンヌは純白のドレス……というより、獣人族の伝統衣装と人間族の婚礼衣装を融合させたような不思議な衣装に身を包み、聖槍を象徴として腰に飾っていた。髪型もエルフ族の助力で華やかにアレンジされ、輝く姿に多くの来賓が目を奪われている。
「こんな大勢の前で……恥ずかしいですね。でも、あなたに寄り添いたい気持ちは本物です」
ジャンヌが小声でつぶやくと、フィンブールは優しく笑みを浮かべ、「わたしこそ照れくさいが、ここまで戦ってきたお前と、こうして祝福を受けられるなら悪くない」と頷く。その表情には、かつての険しさや厳しさだけでなく、穏やかな幸福感がはっきりと表れていた。種族の壁を超えた愛を結実させることこそ、この国の再生にも繋がるだろうと確信しているのだ。
やがて式が進行し、連邦の代表や獣人族の長老が祝辞を述べ、互いの指輪交換に代わる儀式が執り行われる。獣人族の伝統では、王と配偶者が“誓いの酒”を一杯ずつ飲み干すことで絆を示すそうだ。それを人間族の婚礼の形式にも合わせ、指輪の交換と誓いの杯の両方を交えたユニークな挙式が展開する。列席者が一斉に歓声を上げ、拍手喝采が響き渡るなか、フィンブールとジャンヌは固い抱擁を交わし、見つめ合う。
「これでわたしは、あなたの伴侶として正式に受け入れられるんですね……。信じられません。ほんの数ヶ月前までは、“魔女”とか“聖槍の乙女”と呼ばれて、火刑の運命を恐れていたのに……」
ジャンヌが涙声で言うと、フィンブールは大きな手で彼女の頭をそっと撫でた。「お前は過去に縛られず、自分を貫いたからこそ、今ここにいる。わたしも、お前とともに歩むことができて本当に嬉しい。これで獣人族も、人間族も関係ない。お前はわたしの大切なパートナーだ」
その言葉に、またしても会場が沸き立ち、音楽隊が祝福の演奏を始める。エルフの笛と太鼓、人間族の弦楽器、獣人族の声楽が混ざり合い、独特のリズムとハーモニーを生み出していた。皆が踊り、料理や酒を存分に楽しみ、久々の平和に浸っている。こうした盛大な婚礼は戦後の慰撫効果も大きい。民衆が街角の酒場で乾杯する姿や、難民や被災者が無料の炊き出しに列を成して笑い合う光景も、王都の各所で目にすることができた。
かつて火刑に散った記憶を抱えたジャンヌは、こうして獣王フィンブールの“正妃”として迎えられ、新しい歴史の一頁を飾ることになった。その事実がガリアス連邦全土に伝わり、多くの国々が「人間族と獣人族が正式に婚礼を挙げるなど前例がない」「しかし、これが未来の姿かもしれない」と興味津々に議論を交わしている。平和な議論を生むという時点で、大きな一歩だといえるだろう。
一方、メドラン皇国側はというと、皇王を失った国内が混乱の真っ只中だという噂が飛び交っていた。アニェスが一部の軍を束ねて自治を開始したとか、ルシャールが聖騎士団の残党をまとめて新たな秩序を打ち立てようとしているなど、情報は錯綜している。黒騎士グリオがどこにいるのかは不明だが、大規模な再戦を起こすほどの力をもはや持っていないらしい。いずれ彼らとの外交や和解に踏み出すかもしれないが、それは遠い先の話かもしれない。ともあれ、メドランとの直接的な戦闘は一旦休止状態となっており、フォルカス王国からの追撃も行われていない。
それだけ“ジャンヌとフィンブール”の結婚が象徴的な出来事として、この大陸の住民たちの関心をひきつけているのだ。焚刑の恐怖を乗り越えた“聖槍の乙女”と、雷を操る誇り高き“獣王”――彼らが結ばれるという事実そのものが、火刑や種族差別の悲劇に終止符を打つ希望を暗示しているように思われているのである。連邦の人々は二人を“新時代の祝福”や“神が与えた融和の奇跡”などと称え、ドラマチックな物語を口伝するように噂していた。
実際、王宮の広間に再建されたステンドグラスには、今回の大戦の様子をモチーフにした“聖槍と雷の輝き”が彫り込まれ、来賓たちはそれを見学しながら「ここが火刑の代わりに奇跡が起きた場所か……」と感慨を抱いている。何よりもジャンヌ自身が“前世の火刑による絶望”を抱えたまま、憎しみに陥ることなく、愛と救済を説いた結果、皇王レオナルト二世を打ち破り、多くの人命を救うことに成功した――その英雄譚はすでに語り草となりつつあった。
婚礼式の後、恒例の祝宴が数日にわたって続き、フォルカス王国の民衆だけでなく周辺国の人々が訪れ、通りでは踊りや余興が行われた。年配の獣人族は、「王が人間の乙女を迎えるとは、若いころなら受け入れ難かったが、今なら嬉しく思う」と笑い、子供たちは「これで戦争は終わったの? もう火矢が降ってこない?」と大人の背にしがみつきながら安心していた。いずれ国境付近の再編や細かな問題は残るが、それを解決する助力となるのがガリアス連邦の融和と、王と“聖槍の乙女”の連帯感だ。
ジャンヌはドレスを脱ぎ、普段着に戻った後も、式典を手伝うために城砦の一角を行き来していた。疲れきった体を引きずりながらも、笑顔を絶やさない様子に、エルフ族の友人が「あなたは本当に強いですね。火刑の運命を背負いながら、こんなに人を救おうとするなんて」と声を掛けてくれる。それに対し、ジャンヌは穏やかに首を振る。
「わたしだけの力じゃありません。フィンブールや仲間たちがいてくれたからこそ、わたしは燃え尽きずに済んだのです。前世を乗り越えられたのも、皆の愛や協力があったから。だから、これからは、わたしも皆を支えたいんです」
その言葉にエルフ族の友人は頷き、周囲を見渡す。「ええ、わたしたちもあなたを支えます。もう戦いの暗雲は散ったのですから、新しい伝説を紡ぎましょう。あなたと獣王が築く平和は、必ずや大陸全体に良き影響を与えるはずです」
そうして迎えた夜、城砦の上階にある王の私室――かつて密談や仮眠に使われていた一室が、今回からは“二人の寝所”として改装された。ジャンヌが緊張しながら扉を開くと、窓辺に立つフィンブールが振り返り、柔らかな笑みを浮かべる。「来たか。今日は一日中忙しく動き回っていたが、体調は大丈夫か?」
ジャンヌは頬を染めながら鞄を下ろし、「ええ、なんとか。少し背中は痛いですけど……あなたこそ、疲れていませんか?」と声を掛けると、フィンブールは苦笑気味に肩をすくめる。「王としての公務や式典のあとに、さらに復旧計画の打合せがあったからな。倒れそうだが、こうしてお前と一緒にいられるなら、それも悪くない」
二人は窓辺に並んで腰を下ろし、夜空を仰ぎ見る。静かな星々が戦乱を超えた平和を象徴するかのように瞬き、すでに幾つかの大きな火薬庫が取り除かれたため、空気が澄んでいる。その星空の下で、フィンブールはおもむろにジャンヌの手を握った。
「わたしはお前に感謝しきれない。前世を超えて生きるという道を選んだお前が、こうして獣人族の王の隣にいてくれるなんて、奇跡のようだ。そして……これからも共に歩んでほしい。お前が願うなら、わたしたちはいつかメドランとも交渉し、黒騎士やアニェスたちとも和解する道を探したいと思う。どうか、わたしに力を貸してくれ」
その願いに、ジャンヌは穏やかな微笑で答える。「もちろんです。わたし、あなたを助けたいし、この大陸がもう焚刑や火の海に沈まないよう尽くしたいです。前世の焚刑は、きっとわたしに“愛”と“救済”の意味を問うためにあったのだと思いますから……」
二人は静かに抱き合い、疲れを癒すかのようにしばし言葉なく寄り添う。火刑と呪い、血塗られた大戦を乗り越えたからこそ、この穏やかな時間が尊い。ジャンヌはフィンブールの心臓の音を感じながら、満ち足りた吐息を漏らす。もう逃げる必要はないし、炎に焼かれる心配もない。ここが、自分の安住の地なのだと確信する。
こうして大陸には“新たなる未来”が確実に到来している。獣人族と人間族、そしてエルフ族や他の種族まで巻き込んで、一つの協力体制が進み始めた。ガリアス連邦の枠組みが拡大し、各国の融和が加速すれば、メドラン皇国が再び侵略を仕掛ける余地も限定的になるだろう。ルシャールがどんな神学を打ち立てるか、アニェスの復讐心がどう変わるのか、黒騎士グリオが呪いを克服できるのか――不安要素は山ほどある。けれど、そのどれもが新しい歴史の一部となり、過去の焚刑に沈んだままではなくなるに違いない。
人々は今や、“聖槍の乙女ジャンヌと獣王フィンブール”の物語をこぞって語り継ごうとしている。炎をかき消し、雷と融合して皇王の破壊を封じ込めた奇跡は、教会や神殿だけでなく市井の噂や吟遊詩人の歌にも取り上げられ、まるで新たな神話や伝承のように広がっていた。前世で火刑に散った少女が、今世では火の海を鎮めて仲間を救った――そんな英雄譚は、絶望に沈む人々に希望を与える力を持っているのだ。
「そして、最後には獣人王と聖女が婚礼を挙げ、大陸の平和を象徴する存在になったのですよ……」――そんな調子の物語を耳にする子供たちは、目を輝かせて「すごい、火の魔法より強い力があるんだね!」「ぼくもいつか槍を持って戦いたい!」と歓喜を表す。大人たちは笑いながら「あれほどの戦いはもう二度とご免だが、平和の象徴として語り継ぐのは悪くない」と言い合う。こうして“新たなる伝説”が、世界に芽吹き始めたのだ。
かくして、ジャンヌとフィンブールは前世の焚刑がもたらす呪縛から解放され、“平和と愛の行方”を形にする存在となる。戦いは終わったが、これが本当の始まり――復興や国際交渉、他種族との共存など、課題は山積みだ。それでも彼らならば乗り越えられると、誰もが信じて疑わない。少なくとも、火刑に焼かれる運命を逃れ、獣王と聖槍の力で皇王を打ち破った実績が、その証左といえる。
夜は更け、王都フォルカスの街角で人々の笑い声が聞こえるなか、ジャンヌとフィンブールは静かに寝台に身を横たえる。手と手を重ね、互いの体温を感じながら少しの会話を交わす。遠くの空には星々がきらめき、昨日までの戦火が嘘のように落ち着いた空気が流れていた。
「あなたと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる気がします。前世でわたしが持てなかった平和や愛を、今度こそ掴んで離しません」
「お前が望むなら、俺も何度でも雷を振るって、お前を守るさ。だが、一番うれしいのは、お前が自分で変えた運命を誇りに思ってくれることだ……」
重なり合う息遣いのなかで、ジャンヌはそっと瞼を閉じる。黒騎士やルシャール、アニェスがどんな道を歩むにせよ、ここで“焚刑”を強要される世界は終わりを告げた。自ら築いた新時代を、大切な仲間とともに歩む――その喜びが心を満たしている。周囲の兵たちや市民も、きっと同じ思いで安堵の夜を過ごしているだろう。
こうして、獣王と聖槍の乙女の婚礼は“新たなる未来”を象徴する盛大な儀式として記録され、世界に広まる。――前世で“悲劇の火刑”に沈んだ少女が、今世では愛と平和を勝ち取り、獣人族の王と結ばれた。これほどロマンに満ちた話は、詩人や歴史家にとって格好の題材だ。やがて吟遊詩人たちの歌声や人々の口伝によって、“聖槍の乙女ジャンヌ”の伝説が大陸の隅々まで届けられ、子々孫々にまで語り継がれていくことになるのは想像に難くない。
思えば、もしジャンヌが火刑に飲まれていたら、この結末はあり得なかった。もしフィンブールが雷の秘術で身体を壊していたら、メドラン皇王に屈して王都が焼かれていたかもしれない。数々の可能性と因縁が織り成すなかで、彼女は自分の運命を超える道を選び取り、王と結ばれるという奇跡を現実にしたのだ。遠くで火薬の燃えカスが漂う夜風を感じながら、ジャンヌは静かに微笑み、決意を新たにする。
(わたしはもう、この世界で生きていく。火刑ではなく、炎を消す槍の力を紡いで、愛を守る。そんな物語を、もっと多くの人に伝えていきたい。自分が受けた傷や痛みは、同じ悲劇を二度と繰り返さないための糧にして――)
ふと見上げれば、外のテラスに大きな月がかかり、白銀の光が差し込んでいる。ジャンヌは寝台からそっと起き上がり、テラスへ出て夜風を頬に受ける。そこで思い出すのは、まだ行方を定めていない黒騎士グリオの姿。今頃、どこで呪いに苦しみ、前世で救えなかった聖女の面影を追っているのだろうか。いずれ彼と再会するかもしれない。そのときは、今度こそ彼の呪縛を解く手立てを見つけられるかもしれない。
あるいは、炎を失ったアニェスが復讐の執着を捨て、新しい人生を歩み始めるかもしれない。ルシャールが“神の真意”を再定義し、火刑ではなく人々を導く道へと進む可能性も否定できない。敵対してきた者たちもまた、皇王を失った混沌の中で自分なりの道を切り拓くのだろう。その行く末を見届けるためにも、自分は生き続けなければ――そう感じながら、ジャンヌはそっと目を閉じて祈った。
「どうか、皆がいつか安らぎを見出しますように……わたしにとって、あなたたちは憎しみの象徴だったけれど、同時に共に歩む可能性を否定できない大切な存在。火刑はもう、過去の影に葬りましょう……」
その祈りが届いたのか、テラスの向こうで柔らかな雷光が瞬き、フィンブールの気配を感じる。彼もまた眠れずに、寝室から抜け出してきたのだ。王としての職務は山積みだが、少しだけ自由な時間を二人で過ごしていたい――そんな暗黙の合図が通じ合い、ジャンヌは苦笑しながら振り返る。「まだ眠れませんか……?」
フィンブールは小さく笑って肩をすくめる。「ああ、まあな。お前も同じだろう? 一緒に星を見ながら、明日の予定でも確認しようか。復興に関する決定事項が多すぎるが、少しずつ片付ければいい……何より、お前と二人で未来を築けるのが楽しみだ」
二人は並んでテラスから夜空を仰ぎ、これからの国づくりと外交について語り合う。メドラン皇国との関係修復は難しいかもしれないが、少なくとも緩やかな休戦と交流の可能性は残されている。種族や過去の因縁を超え、新たな歴史を紡ぐ礎になるのが、このフォルカス王国とジャンヌたちである。そこには、確かな愛と平和の芽が息づいていた。
こうして長い激戦の幕を閉じ、前世のような“悲劇”を回避できたジャンヌは、フィンブールとの婚礼を通じて正式に獣王の伴侶となり、今や“聖槍の乙女”として世界中に語り継がれる存在となった。人々は彼女を“火刑を乗り越えた聖女”と崇め、彼女の行動に勇気を得て、差別や憎悪を乗り越えようと試みている。かつての皇王レオナルト二世が振りかざした“神の代弁者”という正義は破れ、今は“愛と救済”の物語が大陸の端々まで広がりつつあった。
これこそが“新たなる未来”だ。メドラン皇国の混乱はしばらく続くだろうが、いずれアニェスもルシャールも、自らの道を見出して歩き出すはずだ。黒騎士グリオもまた、いつか呪いを断ち切り、新しい生き方を掴む日が来るかもしれない。全ての争いが一瞬で消えるわけではないが、皇王の破滅的な支配が終わったことで、大陸はより柔軟に交流や共存を考えられるようになっている。
夜が深まる頃、ジャンヌはテラスから部屋へ戻り、寝台の傍らでフィンブールの腕を借りて腰を落ち着かせる。何度も傷を抱えてボロボロの身体だった王だが、今は少しだけ穏やかな顔で微笑んでいる。彼の眼には、ほんのわずかな疲労の奥に、新妻を得た幸福感が宿っているのが分かる。
「本当に……夢みたいですね。わたしがかつて火刑で死んだなんて、噓のようです」
「そうだな。前世なんて、結局は過去に縛られないほうがいいさ。お前が今ここに生きて、俺を支えてくれている。それだけで十分だ」
二人は手を重ね、微かな灯火に照らされながらまどろむ。ここには血も煙もなく、荒れ狂う戦争の音も聞こえない。前世を超えた幸せと安堵が、寝台を柔らかく包んでいる。ジャンヌはそっとフィンブールの胸に頭を預け、幸せの吐息をもらす。その瞬間、槍を遠くへ置き去りにしても、もう何も怖くない気がした。炎も呪いも過去の闇に溶けていき、目の前には“新たなる未来”という光が広がっているのだ。
こうして、“火刑の悲劇”を回避し、“前世の結末”を変えたジャンヌは、獣王と結ばれ、愛を成就させた。国家もまた、彼女と同じように生まれ変わろうとしている。ガリアス連邦の融和が進むなかで、獣人族と人間族が手を携え、各方面で復興を進める。メドラン皇国との平和協定が完全に結ばれるかは未定だが、少なくとも“我こそが正義”と振るう皇王はいなくなった。あとは、人々がどう歩み寄るかにかかっている。
その物語はやがて、何人もの語り部や詩人によって形を変えて伝えられる。「かつて火刑に散った少女が、今世では槍と王の力で大陸を救った」「異種族間の愛が、新しい歴史を拓いた」「炎を消し、雷と融合した奇跡の一撃で皇王を打ち倒した」――語り口はさまざまだが、いずれも“前世の悲劇”を乗り越えたジャンヌと、それを支えた獣王の勇姿を褒め称える内容だ。時が経つにつれ、その伝説はますます神話のように脚色され、次世代の子供たちに夢を与えるだろう。
そして、ある日の朝。王宮の中庭で、ジャンヌは兵士たちを前に小さな講話をしていた。兵だけでなく市民も集まり、“聖槍の乙女”の言葉に耳を傾けている。彼女は控えめに笑みを浮かべ、「わたしはもともと、ただの村の娘でした。転生や前世の火刑という重荷を背負っていましたが、皆さんとの出会いがわたしを変えてくれました。獣王フィンブールとの婚礼をきっかけに、今度こそ火刑のない未来を築きましょう……」と語り掛ける。
人々は拳を握りしめながらうなずき、「あの絶望的な戦火を乗り越えたのだ。できるに違いない」「新しい伝説がここで始まるんだ」などと口々に声を上げる。こうしてフォルカス王国は、戦後の復興と国際的な融和を同時に進め、新しい秩序を創造していく。メドラン皇国がどう動くかは不透明な部分も多いが、ジャンヌとフィンブールの存在が両者の橋渡しとなる可能性は十分にある。たとえ黒騎士が再び訪れたとしても、かつてのように破滅的な衝突を防げるかもしれない。
前世のジャンヌ・ダルクが得られなかった平和と愛――それが、今この地で結実している。聖槍の物語は、彼女の悲劇を単なる過去として葬るのではなく、新たな誓いに変えることで世界を救う大きな力となったのだ。戦火に包まれた記憶を彼女は消しはしない。むしろ、その痛みが人々の苦しみを理解し、寄り添う原動力になっている。
かくして、ユーラシ大陸の端に位置するフォルカス王国では、王と“聖槍の乙女”の婚礼を機に、実質的な平和が訪れた。獣王は病み上がりの身を押して公務に励み、ジャンヌは聖槍を携えて各地の復興をサポートしつつ、国際社会に向けて友情と融和を示す。そんな二人の姿を見た民衆は、かつての火刑の恐怖を思い返しながらも、「もうあんな恐ろしい戦争は二度と御免だ」と意思を固め、国づくりに参加するようになった。
そして何より、この物語の結末は、彼女が望んでやまなかった“生きて愛する幸福”そのものを体現している。村の娘として生まれ、前世で焚刑に散ったかもしれない少女が、いまは獣王の傍らで穏やかな日々を送ろうとしているのだ。日常の中で笑い合い、ときに苦難を共に乗り越え、互いに寄り添って生きる――それが“愛の行方”の答えだった。もう火刑の炎に囚われる必要はない。彼女が築いた新しい歴史は、大陸のどこまでも語り継がれ、やがては“聖槍の奇跡”として伝承されていくことだろう。
夜が深まり、フォルカス王都の一角にある大聖堂で、静かに儀式が行われていた。そこは人間族と獣人族が共同で建て直したばかりの場所で、“神の祝福”を種族の別なく受けられるように設計されている。その祭壇前に、ジャンヌとフィンブールが並んで立ち、連邦代表が「これから先、二人の行き先に何があろうと、共に祈り合える場所ができたことを示す」と祝辞を述べる。すでに婚礼は完了しているが、この教会式は象徴的な意味合いが大きい。
最後にジャンヌは聖槍を胸に当て、「わたしが火刑に散った前世を乗り越えられたように、この地が今後どんな試練に直面しても、もう過去のような焼き尽くされる悲劇に陥ることがないよう……心から願っています。皆さんも、ご一緒に平和の祈りを……」と呼び掛ける。すると多くの人々が手を合わせ、わずかでも平和に向けて協力し合おうという気持ちで頷いた。その光景に、フィンブールは浅い笑みを浮かべ、「これが新時代だ」と呟く。
こうして新たなる未来の幕が開き、平和と愛の行方が少しずつ明るい兆しを見せ始める。前世の焚刑に怯え、種族の壁に隔てられていた彼女は、いまや獣人族の王妃として国を支え、聖槍の力で民衆を守るシンボルとなった。もし再びメドラン皇国の残党が蠢いたとしても、国際社会が協調して対処し、火刑の悲劇を繰り返さない道を歩むと信じられている。
ガリアス連邦の史書には、やがてこう刻まれるだろう――“かつて火刑に沈んだ少女、いま聖槍を掲げて大陸に光をもたらす”。そして、“獣王との結婚を通じて、人間族と獣人族の和解の第一歩を築いた”。黒騎士グリオ、アニェス、ルシャールらはそれぞれの人生をやり直し、いずれ彼らの行動が世界にどう影響していくのかは、新しい歴史の後日譚として語り継がれるだろう。
結局、火刑に囚われる運命は変えられた。史実のジャンヌ・ダルクが夢見たであろう“平和と愛”が、この世界で結実しようとしている。もちろん、道のりは容易ではない。戦後の復興や国際情勢の変化、メドラン国内の政争など、問題は山積みだ。それでも、ジャンヌは自分が得た愛と平和を守りぬく覚悟がある。フィンブールも雷の力を振るえる限り、彼女を支え続けると誓ってくれた。
夜のとばりが深まった王都フォルカスでは、宮廷のバルコニーから二つの影が仲睦まじく星を見上げている。ジャンヌとフィンブールだ。遠くにはまだ瓦礫と倒壊した建物が残り、火攻めの爪痕が痛ましいほどだが、彼らは互いの存在を確かめ合いながら、微かな希望の光を見つめている。獣人族と人間族、その融合が示す“新時代”の予感が、かすかな風に乗って国中をくまなく駆け巡るのだ。
彼女は心の中で、既に亡き皇王レオナルト二世の姿を思い浮かべる。あの男は“我こそが正義”と叫んで散ったが、果たして本当に彼は悪だけだったのか。黒騎士やアニェス、ルシャールと同じく、彼にも悲しみや矜持があったかもしれない。それを知ることはもう二度とできないが、彼ら一人一人の物語が、これからの平和の礎になってくれるだろう――そう考えると、過去の憎しみはいつか和解や学びに変わるだろうと、ジャンヌは信じられる。
「愛してるよ、フィンブールさん。この世界がどうあれ、わたしはもう火刑に散る必要はないんだって、あなたが教えてくれたから……」
「俺もお前を愛している。獣王として、夫として、この国や連邦のみんなを守り、いつかメドランとの和平も実現したい。前世の悲劇は、お前が乗り越えてくれたから、今の俺たちがあるんだ」
囁き合う声が夜風にかき消されていくが、二人の心は決して離れない。人々が明日をどう迎えるかは未知数だが、少なくとも“焚刑の呪縛”は乗り越えられたのだから、きっと前向きな答えが出るだろう。“火刑のジャンヌ”ではなく、“聖槍の乙女”として再誕した彼女は、一人ではない。獣王フィンブール、獣人族、同盟諸国、そしてガリアス連邦の温かな協力が、これから先の未来を灯してくれるはずだ。
こうして、前世の苦難を超えたジャンヌとフィンブールの結婚が大陸に平和と愛の新しい潮流をもたらす。誰もが、焚刑で終わりではなく、愛と救済へ繋がる道があるのだと知る。メドラン皇国の混乱は、やがて新たな体制へ移行するだろうが、そのときこそ、二人は種族や国境を越えた連帯を示して前進するだろう。“火刑の惨劇”が“聖槍の奇跡”へと書き換えられた瞬間を、歴史は永遠に刻むのだ。
遠く国境の山々から朝日の気配が見え始めた頃、ジャンヌは寝室から起き出し、外へ出て夜明け前の風を吸い込む。この王宮のテラスから見下ろすフォルカスの街は、復興作業の真っ只中ながら、確実に生気を取り戻しつつある。彼女は軽く伸びをし、「おはようございます」と隣にいるフィンブールに微笑む。婚礼を終えて最初の朝だ。これから始まる平和と愛の行方を、二人で作っていく――その使命感と喜びが、彼女の胸を満たしていた。
「ねえ、今日も忙しくなるけれど、二人でいろいろ巡ってみませんか。被災した皆さんの話を聞いて、できる限り支援の手を伸ばしたいんです。教会で祈りを捧げてもいいし、連邦の代表とも打ち合わせをして……それから、夕方にはゆっくりお茶でもしましょうよ」
「いいな。少しは休めと言いたいが、お前の行動力には助けられている。ともに行こう。俺も王として民に声をかけたいんだ」
そんな、ささやかな会話がすでに未来を象徴している。獣王と“聖槍の乙女”が夫婦として手を携えれば、どんな課題も一歩ずつ解決へ向かうに違いない。前世と違って、今のジャンヌは火刑を恐れず“共に生きる道”を見出した。史実が悲劇で終わったとしても、別の歴史を彼女が切り開いたのだ。ガリアス連邦に根を張る愛と平和は、この先の世界を変革する大きなうねりとなるかもしれない。
かくして、ジャンヌとフィンブールの物語は大きな区切りを迎えた。焚刑の運命を乗り越え、皇王レオナルト二世を討ち、戦後の復興と婚礼によって新時代をスタートさせた“二人の奇跡”は、人々の心に深く刻まれていく。黒騎士がどう帰結するか、ルシャールやアニェスがどんな道を選ぶか、そこにはまだ多くのエピソードが残されている。しかし、彼らの迷いが晴れるときまで、ジャンヌとフィンブールは手を携え、愛と救済の力を示し続けるだろう。火刑に散った少女が“聖槍の乙女”として再来した伝説は、まさにここからが本番なのだ。
その伝説の冒頭を締めくくるかのように、王宮の鐘が朝焼けの空に鳴り響き、街が新たな一日を迎える。ジャンヌはフィンブールと視線を交わし、そっと微笑み合う。誰もが欲していた日常と平和、そして愛を見守るように、聖槍は穂先を金色に煌めかせ、獣王の背に稲妻を宿す。二人を象徴する“光”と“雷”が調和し、この世界をひとつに結んでいく――そんな予感を抱きながら、二人は王宮のテラスを後にし、再び国を護るための仕事へと向かうのだった。
歴史書の末尾には、こう記されるだろう。“かつて火刑に朽ちた少女が転生し、聖槍を掲げて大陸の悲劇を終わらせた。そして、獣王と結ばれることで、種族を超えた新時代を築いた。その名はジャンヌ、炎を消し、雷を呼び、愛と救済を示した聖女なり”――それこそが、新たなる未来を照らす物語として、長く長く語り継がれていくのである。




