第11章:皇王レオナルト二世との対峙
深紅の夕焼けが、広大な戦場を血の色に染めていた。メドラン皇国とフォルカス王国の連合軍が繰り広げる“総攻撃”の余波は、すでに両陣営を大きく消耗させており、戦場のいたるところで混戦が起き、煙と炎と叫びが入り混じっている。だが、王都フォルカスを護り抜くための戦いは、まだ終わりを迎えてはいなかった。獣人族の王フィンブールと“聖槍の乙女”ジャンヌが拮抗を支え、アニェスの炎を封じながらも、ルシャールの聖騎士団が側面から猛攻を仕掛ける。さらに黒騎士グリオ・ノワールの独自行動が追い打ちをかけ、戦場は絶望的なまでの混沌を極めていた。
だが、ついにその最終局面が訪れようとしている。メドラン皇国の“皇王”レオナルト二世自身が本陣を進め、フォルカス王国を完全に屈服させるための“最終指揮”を執りに姿を現したからだ。総力戦の果てに、戦線が中央突破され、フォルカス王国側も王都の外周をほぼ失陥してしまった。残されたのは、燃え尽きかけた兵士たちと、荒廃した大地だけ。そんな中、ジャンヌとフィンブールはついにレオナルト二世の本陣にたどり着く。そこには黒騎士グリオ、敬虔な聖騎士ルシャール、銀髪の将軍アニェスの三名も揃い、皇王に従う布陣を固めていた。
「ここが……メドラン皇国の皇王、レオナルト二世のいる場所……」
息を切らしながらジャンヌが呟く。服には戦火の煤や血が染み込み、身体中に痛みが走るものの、聖槍はまだ金色の光を宿している。戦いの激流を乗り越え、彼女とフィンブールは必死に中央突破を図った。黒騎士の乱入やアニェスの炎、ルシャールの火刑の脅威をしのいだ結果、今や本陣への道が開いたのだ。
「ジャンヌ……気を抜くな。あれがメドランの皇王レオナルト二世。やつは“英雄王の血統”を受け継ぐと称し、数々の戦いで勝利を収めてきた。甘く見ると痛い目を見るぞ……」
フィンブールが大剣を杖のように支えながら喘ぐ。傷が深く、雷の秘術を何度も使いすぎた身体は限界に近い。だが、王としてここまで進軍し、今こそ最後の一撃を繰り出す決意が瞳に宿っていた。獣人族の血を引く彼にとって、ここで退けば王都も仲間も炎に飲み込まれてしまう。
視線の先、丘の上に組み上げられた陣幕の陰から、レオナルト二世の高らかな声が聞こえた。「ほう……ここまで来るとは、さすが“獣王”と“聖槍の乙女”か。だが、これ以上は進ませぬ。ここで滅ぶがいい!」
聞く者を圧倒する響きが戦場に轟き渡る。姿を現したレオナルト二世は、金と白を基調とした王族の礼装に身を包み、大きく枝分かれした“英雄王”の紋章を背負うマントをはためかせていた。その高貴な容姿と風格は“まさに皇王”としか言いようがない。ただならぬ威圧感があり、周囲のメドラン兵が深く頭を垂れて敬意を示している。さらに、彼の背後には“黒騎士”グリオ、ルシャール、アニェスの三名が控え、それぞれが冷徹な眼差しでジャンヌたちを見下ろしていた。
「フィンブールさん……! あれが、メドラン皇王……」
ジャンヌは声を潜め、肌を焼くような嫌な雰囲気を感じ取る。まるで“絶対的な王威”が周囲の空気を歪めているようだ。今までアニェスやルシャール、黒騎士が脅威だったのはもちろんだが、ここにきて感じるレオナルト二世の存在感はそれを上回る。何か巨大な力を隠し持っているような予感がする。周囲を取り巻くメドラン兵の数も多く、今の獣人族とジャンヌだけで突破するにはあまりに厳しいが、退路はもはやない。
「獣人王フィンブールに問う。貴様はこの期に及んでも、神に背き、異端の血脈を守り抜くつもりか? それとも我がメドラン皇国に下り、獣人という身を投げ出すか? 選ぶがいい、どちらが正義にかなうか……」
レオナルト二世の問いかけは、あまりに傲慢で、まるで自分が唯一の正義を握っているかのように聴こえる。しかし、血と汗にまみれたフィンブールは、その問いに迷いなど微塵も見せない。低い咆哮のような声で応じるだけだ。「ふざけるな。お前こそ、“英雄王”の血統を騙り、他国を侵略しているだけではないか。俺は獣人族の誇りを捨てる気はない!」
その答えに対し、レオナルト二世は薄笑いを浮かべる。「ほう……ならば、貴様も魔女もろとも滅するまで。我こそが正義……神の代理人として、この大陸を清める使命があるのだ。――さあ、出よ!」
皇王が声を上げた瞬間、彼の背後から数名の魔術師らしき者が進み出た。魔方陣を描くように杖を振り、空間がねじれるかのような陽炎が広がる。さらに、軍師らしき者が合図を送ると、メドラン兵の増援が次々に姿を現し、フォルカス軍を包囲しようと動き出した。戦線が中央突破されたとはいえ、まだメドラン軍は圧倒的な戦力を残しているらしい。ここが皇王の本陣ともなれば、最精鋭の兵が集結していてもおかしくない。
「フィンブールさん、危険です……わたしが先に火を――」
ジャンヌがそう言いかけたとき、レオナルト二世が杖のような煌びやかな装置を手に取り、呪文を唱え始めた。彼の周囲がまばゆい光を帯び、そこに“英雄王の血統”と呼ばれる伝承的な力が宿るのか、空気がビリビリと震える。獣人兵たちが「こ、これは何だ……!」と慌て、エルフ族の義勇兵が遠巻きに弓を構えるが、その矢すらも空中で何かに阻まれるかのように軌道を逸らしてしまう。
「見よ、これが我がメドラン皇国に伝わる神聖なる秘儀……。英雄王の力を受け継ぐ我が血統こそが、この地を浄化せん!」
「浄化……? ただの殺戮ではなくて……?」
ジャンヌは槍を握り締めながら、背筋に寒気を覚える。彼が繰り出すのは、アニェスの炎やルシャールの火刑とも違う“神聖なる力”という名の絶対破壊なのかもしれない。もしそれが発動すれば、すでに疲弊したフィンブールや獣人兵はひとたまりもないだろう。
「王よ、これはまずい……!」
獣人族の重臣がフィンブールの横で悲鳴を上げる。フィンブールは雷の力を再度呼び起こそうとするが、身体が震え、咳き込みながら片膝をつく。限界を超えているのだ。一方でレオナルト二世は悠然と呪文を繰り返し、まるで神殿の儀式のような幻覚的な光を戦場に放っている。周りの兵士たちが一斉に伏せ、誰も近寄れない状態だ。
「フィンブールさん……わたしが……!」
ジャンヌは無我夢中で前に出ようとするが、そこへ“黒騎士”グリオが横槍のように現れ、聖槍の間合いを封じるように一撃を加えてきた。「貴様らの相手は俺だ……!」と叫ぶその声には、苦渋と悲鳴が混じっているものの、戦場の秩序を乱してはならないという皇王への忠誠があるのか、あるいは自分の復讐を完遂すべきとする呪いの衝動なのか、捉えきれない意志が感じられた。
(今は彼と相手をしている時間はないのに……!)
ジャンヌは歯を食いしばりながら黒騎士の攻撃を受け流すが、同時にレオナルト二世は呪文を完成させる段階に入っているらしい。あの金色の杖に描かれた紋章が輝きを増し、まばゆい光が真上へ昇って巨大な魔法陣を空中に展開する。それはルシャールの“神聖なる力”をもはるかに凌ぐ巨大な威力を秘めているようだった。
「……それは……災いそのもの……!」
フィンブールが顔を上げ、絶望の色をにじませる。自身が呼べる雷など、そのスケールに比べれば微々たるものでしかないと察したのだろう。アニェスやルシャールも、レオナルト二世の背後に控えながら、完全に勝利を確信した表情を浮かべている。アニェスは炎を封じられた代わりに、皇王の力でフォルカスを焼き尽くせると思っているのかもしれないし、ルシャールは自分の火刑に頼らなくとも皇王が“異端”を処分すると信じているのだろう。
「終わりだ……。貴様らはこの大地ごと滅ぼされる。俺こそが正義であり、神の代弁者であることを、今こそ思い知るがいい!」
レオナルト二世が腕を高く掲げ、魔法陣が眩い閃光とともに回転を始める。大気が震え、まるで天から聖なる剣が降りてくるかのような圧迫感が広範囲に及ぶ。獣人兵やエルフ族が一斉に地に伏し、悲鳴をあげ始めた。どうやら意識を奪われ、抵抗ができなくなっているらしい。メドラン軍でさえ一部の兵は後退し、安全圏に退避している。
「フィンブールさん……これを、何とかしないと……!!」
ジャンヌは息を荒げ、振り向く。フィンブールは必死に大剣を握りしめて立ち上がろうとするが、いまにも倒れ込みそうだ。王が死力を尽くしても、あの魔法陣には対抗できる見込みが薄い。彼女自身が炎を消す力を得たといっても、これは炎ではなく“神聖なる光”と称する破滅的な呪文。果たして聖槍は対応できるのか、誰にも分からない。
「しかし……ここで下がれば、王都は……!」
フィンブールが苦しそうに叫び、身体を奮い立たせる。それでも足下がふらつき、鼻から血が一筋流れる。雷の秘術の乱用が限界を越えたのだろう。そんな彼を支えたいのに、ジャンヌもまた体力を使い果たしつつある。仲間たちはレオナルト二世の広範囲攻撃に巻き込まれ、誰も助けに来られない状況だ。戦場のあちこちで倒れた兵たちがいるが、声をあげる余裕さえなくなってきている。
「終わりよ、フィンブール。あなたの雷も、魔女の槍も、この神聖なる力の前には無力だわ」
アニェスが口元に笑みを湛え、ルシャールは聖典を開いて「さあ、神の審判の時だ」と呟く。黒騎士グリオは黙したまま立ち尽くしているが、その鎧からは苦悶のオーラがにじんでいる。彼もまた呪いに囚われながら、皇王の力に支配され、止まることができないのかもしれない。
「わたしは……わたしたちはまだ負けない!」
ジャンヌは渾身の声を上げ、聖槍を高く掲げる。もし炎を消せるなら、光だって消し去れる可能性があるはずだ。というより、彼女が“史実の焚刑”を乗り越えるためには、あの天から降り注ぐ破滅を阻む以外にない。仲間を護り、王都を救うには、自分が“史実のジャンヌ・ダルク”だと自覚し、その先へ行かなければならない――そんな確信が、いま彼女の中で芽生えていた。
「レオナルト二世……あなたが言う神の代弁者など、本当の神からかけ離れてるわ! どうせなら今こそ……前世のわたしにできなかった戦いを果たす……!」
その独白めいた言葉が終わると同時に、ジャンヌの意識が一瞬白く染まる。遥か昔に焚刑で死んだ少女の絶望、その苦しみと悔しさ――すべてを抱きしめるように受け止める。そうすることで、今度こそ運命を変えるんだと悟る。炎に死んだ歴史を否定するのでなく、それを認めたうえで超えようとする瞬間。すると、聖槍サン・クレールがさらなる覚醒を起こしたのか、穂先から強烈な閃光がほとばしった。
「うわ……まぶしい……!」
メドラン兵が驚きに声をあげ、周囲の獣人兵も思わず目を覆う。だが、この光は仲間を焼くものではない。むしろ暖かく包み込むような金色の光芒が、ジャンヌの身体からあふれ出し、戦場を広く照らし始める。その神秘性にレオナルト二世でさえ「な、なんだ……? 我が力と競うつもりか?」と目を見開く。
「聖女……貴様、ここで何を……!」
ルシャールは動揺を隠せず、神官や聖騎士たちが一斉にザワつく。黒騎士グリオは場違いなくらいに静かにその光を見つめ、「まさか……聖女の本当の力が……」と呟いている。アニェスも「ちょっと待って、そんな光、聞いてない……!」と焦りを見せる。
そして、ジャンヌは槍を両手で握り込みながら叫んだ。「わたしは、前世であなたたちに焼かれて死んだかもしれない。だけど今は、わたしを護ってくれる仲間がいる。フィンブールが雷を捧げ、獣人族や他種族が力を貸してくれる。だから――この聖槍の真なる力を、今ここで解放する……! もう、誰も火刑に処される世界なんて望まない!」
光が炸裂し、広範囲に金色の波紋が広がっていく。まるで浄化の嵐か、奇跡の力か――その瞬間、王都を覆う戦場の喧騒が一瞬だけ凪いだ。誰もがその眩い光を仰ぎ見て、呆然と立ち尽くしている。フィンブールはその場に膝をついているが、ゆっくりと頭を上げ、「これが……聖女としての、お前の力か……!」と声を震わせた。
だが、一方でレオナルト二世が「止まれええっ!」と怒声を発し、呪文の最後の詠唱を完結させる。魔法陣が一気に回転を速め、白く巨大な光柱を王の頭上に形成する。もしこのまま解放されれば、獣人族はもちろん、ジャンヌやフィンブールもろとも大地が裂かれるほどの破壊が待ち受けるだろう。
「我こそが正義、我こそが神の意志を継ぐ者……英雄王の血統なり! 死ね、異端者ども……!」
レオナルト二世が金色の杖を振り下ろし、白き光柱が轟音を立てて降り注ぐ。余りに膨大なエネルギーで、一帯は灼熱を帯び、地面が砕け、獣人兵たちは悲鳴とともに吹き飛ばされる。一部は意識を失い、周囲の空気が焼き付くように感じられる。あまりにも絶望的な破壊だ。
(駄目だ、このままじゃ……!)
ジャンヌは聖槍を杖のように突き立て、耐えながらさらに力を呼び寄せる。もし“神の光”を打ち消せるのなら、今こそ決断の時だ。炎だけではなく、闇や光などあらゆる破壊を封じるための力が、聖槍サン・クレールには眠っているのではないか。そう思って、全身の意志を槍に注ぐ。そして、ちらりとフィンブールを見る。彼は大剣を握り直しながら、苦悶に耐えるが故に雷の稲妻を呼び起こす意志が瞳に宿っている。
(もし雷と槍が融合すれば、皇王の破壊を打ち消せるかもしれない――!)
ジャンヌがそう直感した瞬間、フィンブールも目配せで気づいたようだ。二人は寄り添うように立ち上がり、ジャンヌは槍を掲げ、フィンブールは大剣を伴わせる。金の光と青白い雷が交差し、二つのエネルギーが融合しはじめる。それは文字どおり、“獣王の雷”と“聖槍の真なる力”が混じり合う究極の一撃だった。
「雷よ、最後の力を……ジャンヌの槍と合わさり、あの破滅を……かき消してくれ……!」
フィンブールの咆哮に応えるかのように大剣から稲光が溢れ、聖槍がそれを受け入れるように光を放つ。二本の武器が空中で閃光を描き、やがてひとつの巨大な矢のような形を成す。周囲の兵たちが「な、なんだ……!」と後ずさりし、レオナルト二世も「貴様ら……何をしている……!」と動揺の声を上げる。
「終わりは、あなたのほうです……レオナルト二世!」
ジャンヌとフィンブールが一斉に叫び、稲光と聖光を融合させた一撃を皇王の白き光柱めがけて放った。ふたつの絶大なエネルギーが正面衝突し、戦場の中心で爆発的な衝撃波が生じる。地面が砕け、風が荒れ狂い、メドラン兵と獣人兵が共に地を伏せて耐えるしかない。黒騎士やルシャール、アニェスまでもが強い風圧で後退を余儀なくされるほどだ。
「ば……ばかな……こんな力が……貴様らにあるなど……!」
レオナルト二世が必死に呪文を強めようとするが、すでにその光柱は雷と槍の融合で砕かれ始め、空間が軋む音が響く。彼の背後で魔術師が複数人倒れ、陣幕が崩れ落ちる。皇王の表情が焦りと絶望に染まっていく――“我こそが神の代弁者であり正義”と信じて疑わなかった彼にとって、自分よりも強い力を行使する存在がいるのは受け入れがたい現実に違いない。
「お、俺こそが正義、俺こそが英雄王の血統……こんなことがあってたまるか……!」
レオナルト二世は杖を振り続けるが、破壊の光は徐々に失速し、逆に雷と聖槍が放つ光の矢が彼を包み込むように伸びていく。最後に閃光があたり一面を満たし、強烈な轟音とともに皇王の魔法陣が断裂する音が聞こえた。
「ぐああああっ……!」
絶叫が響き渡り、レオナルト二世の姿が閃光の中心で吹き飛ばされる。金色の杖が折れ、華麗な衣装が焼け焦げていく。彼は地面を転がるようにして倒れ、「我こそが……正義……神の……代理人……」と泡を吹いて失神しかける。周囲の魔術師や兵士も動揺し、一斉に後退を始めた。まさかこの男が、王と少女の力によって叩き伏せられるとは予想していなかったのだ。
その衝撃を目の当たりにしたアニェス、ルシャール、黒騎士の三名も、一瞬呆然とする。すぐに「皇王陛下……!」という声があちこちで上がるが、どうすることもできない。既に皇王は光の衝撃で重傷を負い、杖も壊れ、魔法陣の大半は消滅してしまった。これでメドラン軍の大局的な指揮は崩れ、その戦意も大きく削がれるはずだ。
フィンブールは地面に片膝をつき、肩で息をしながら呟く。「……やったのか……あの化物じみた力を……完全に断ち切った……。お前の槍と……俺の雷が……融合して……皇王を打ち倒した……!」
ジャンヌも呼吸を乱しながら聖槍を地面につき、倒れないように支えている。全身から力が抜けそうだが、心の奥にある“前世の焚刑に囚われる運命”が崩れ落ちたかのような解放感を覚える。もう、神の名を騙る皇王に炎で焼かれる筋合いはない。二人でここまで戦い抜いたという実感が、涙となってこぼれ落ちた。
だが、その周囲に立つ三人の影――アニェス、ルシャール、黒騎士はすぐには和解の姿勢を見せない。アニェスは馬を降り、剣を握りしめて「ここまで来たら勝利しかない……皇王が倒れたとて、わたしの復讐は止まらない!」と叫ぶ。ルシャールは聖典を落としかけながら「神の名を体現していた皇王が……くっ、こんなことがあっていいのか……!」と動揺を隠せない。黒騎士は黙したまま呆然と立っているが、その鎧からは抜けきらぬ呪いの瘴気が漂う。
「フィンブールさん……あの三人は、まだ敵対姿勢を崩す気配がありません……」
ジャンヌがしゃがれ声で警告する。フィンブールは大剣を置いて息を切らしながらも唇を引き結ぶ。「……ああ、皇王を失った今、彼らに残された道は限られている。勝利するか、あるいは退くか。だが、奴らの誇りや因縁がここで終わるとは思えない。先に動いたのは……アニェスか」
彼女は炎を失うどころか、今も憎悪の眼差しを投げかける。「いい気になるな、聖槍の乙女……わたしは皇王の庇護がなくても、獣人族を消し去るまで戦い続けるわ。あなたを殺せば、まだ勝機はある」
「アニェス、もう……やめましょう。皇王が倒れて、この戦いは終わりにするべきです。憎しみが何を生むかは、もう十分分かってるはず……!」
ジャンヌは傷ついた身体を奮い立たせながら声を張るが、アニェスの眼は未だ涙を湛えるような怒りで満ちている。「獣人族はわたしの家族を焼いた……だから、わたしも炎で復讐してきた。正直、皇王などどうでもいい。わたしは自分のために戦うだけ……!」
そう断言し、アニェスは剣を構える。しかし、その刃先は震えているようにも見えた。炎を封じられた彼女は、もはや一人で大軍を率いる術を失い、思うように戦局を変えられない。苛立ちと絶望に突き動かされているのだろう。――ジャンヌはそれを見て、かつて砦を焼かれた憎しみと哀しみが交錯する感情を覚える。もし自分が黒騎士を救おうと思ったのと同じように、アニェスも救える道はないのだろうか。
しかし、そんな余裕を与えないのがルシャールだ。彼は聖典を握り直し、痛々しく肩を押さえたまま震え声で宣言する。「皇王陛下が倒れられた以上、我ら聖騎士団が使命を果たすしかない。――魔女は必ず火刑に処す……ここで止めれば、神への背信となる!」
「ルシャールまで……。もう、皇王は散ったのに、なぜそこまで……」
ジャンヌが憤りと悲しみを吐露するが、彼は「黙れ、魔女!」と激しく叫ぶ。「メドラン皇国が存在する限り、異端を放置するわけにはいかない。これは神の摂理だ。皇王の死は試練かもしれぬが、我らは神の教えを捨てるわけにはいかんのだ!」
歪な忠誠心や狂信が彼を突き動かす。その身体からは既に血が流れ、満身創痍の状態にもかかわらず、ジャンヌを仕留めようとする意志が消えていない。――それを横目で見ていた黒騎士は、一歩も動けないまま、ただ佇んでいた。彼もまた、自分の呪いと葛藤しながら、レオナルト二世の死を前にどうすべきか判断がつかないらしい。
「このままでは、再び戦いが再燃してしまう……!」
フィンブールが鋭く息を吐き、腰をなんとか上げる。「まだ……戦うのか、ルシャール、アニェス……。獣人族は皇王の理不尽な侵略に抵抗したまでだ。これ以上、血を流しても得られるものはない。引け、今ならまだ引き返せるぞ……!」
だが、二人は憎悪と狂信のはざまで苦悶し、引く気配は微塵も見せない。むしろ最後の意地で勝利をつかもうと剣を握り合う。この状況を打開する方法は、もう一度強引に倒すか、あるいは何らかの説得が成功しない限り不可能だろう。しかし、ジャンヌは深い疲労と痛みで膝が笑い、フィンブールも雷を起こせるだけの体力がほとんど残っていない。どうすればいいのか――そのとき、思いがけないことが起きた。
「……やめろ……これ以上、戦うな……」
静かだがはっきりとした声が響く。倒れ伏していたレオナルト二世が、意識を取り戻し、痙攣しながら立ち上がろうとしている。鎧や衣装はボロボロだが、皇王の鋭い目力はまだ消えていない。彼が手を挙げると、メドラン兵が一斉に動きを止め、「陛下……!」と駆け寄りかける。
「皇王レオナルト……あなた、まだ動けるの……?」
ジャンヌが驚きで息を詰まらせる。先ほどの雷と槍の一撃で事実上の大ダメージを負ったはずなのに、彼は諦めていないのか、それとも“英雄王”の血統の異常な執念が彼を立ち上がらせているのか。ルシャールやアニェスが「陛下、お下がりください……!」と駆け寄るが、皇王は手を振り払うように拒む。
「これまで……我こそが正義と信じてきた。貴様ら獣人族と魔女を排除すれば、大陸に平和が訪れると……思い込んでいた。だが……貴様らを滅ぼすには、俺の力すら及ばなかった……」
レオナルト二世は血反吐を吐きながら、よろめきつつ前に進む。すでに戦えそうな気配はないが、あくまで精神力で立とうとしているらしい。先ほどの光の衝撃で、メドラン兵の多くが戦意を失い、獣人兵も一時休戦のような形で膠着している中、皇王の声だけが戦場に響き渡る。
「……我こそが神の代弁者であり正義……その幻想を砕かれた以上、何が残る……? 俺の人生は……何だったのだ……?」
その呟きは皮肉にもジャンヌたちの前で力尽きる形となり、皇王は再び地面に崩れ落ちる。「ま、まだ……俺こそが、正義……」と叫びながら、完全に意識を失った。周囲の魔術師や兵たちが駆け寄るが、彼の息が微かにある程度で、もはや助からない重傷に見える。こうしてメドラン軍を支配してきた絶対的な皇王は散り、戦場に静寂が訪れた。
「皇王陛下……!」
ルシャールが深い嘆きの声をあげ、アニェスは剣を地面に突き刺して呆然と立ち尽くす。黒騎士グリオはその場で佇んだまま、呪いの鎧から小さく瘴気を漏らしていた。もはや戦う理由が揺らいでいるのか、それとも何かを振り切れないのか。少なくとも皇王が倒れた今、戦場全体が不思議な“休戦”の空気に包まれている。
フィンブールはフラつきながら近寄り、呆然とするメドラン兵に向けて低く言葉を放つ。「……皇王が倒れた以上、これ以上の戦闘は無意味だ。引け、いまならまだ死を免れる」
それを聞いたメドラン兵たちはお互いに視線を交わし、混乱と恐怖を浮かべる。彼らも皇王の絶対的指揮のもとで動いてきただけであって、皇王がいなくなった今となっては誰に従えばいいか分からないのかもしれない。聖騎士団はルシャールの命を待つが、ルシャール自身が混乱している。アニェスは牙を剥く先をなくし、呆然自失の様子で皇王の遺体に視線を落としている。黒騎士だけが沈黙を守り、やがてふらりと身を翻して姿を消しかけているようにも見えた。
「終わった……? 本当に……」
ジャンヌは聖槍を地面について膝をつき、疲れ切った身体を支える。確かに皇王が倒れた瞬間、多くのメドラン兵がやる気を失い、戦線がほぼ崩壊している。だが、ルシャールやアニェスがすぐに和解の手を差し伸べるとは限らないし、黒騎士の呪いも解けていない。完全な決着とは言い難い状況だ。けれど、とりあえずメドラン軍の“総攻撃”が止まったのは事実で、王都陥落は回避された。
アニェスは血走った目で皇王の亡骸を見つめ、「結局、あなたは自分の正義を騙り続けたまま……でも、わたしの復讐は……まだ……」と喉を震わせる。しかし、その復讐の火も、大元の皇王がこうして散った以上、続ける理由を見失いつつあるのだろう。剣から力が抜け落ち、うなだれる姿が痛々しい。ルシャールも「神よ……これが“試練”なのか……」と膝をついて天を仰いでいる。こんな悲惨な形で総大将を失った今、兵たちが更に戦いを継続する意義は限りなくゼロに近い。
戦場に僅かな安堵の空気が流れ始める。荒野と化した大地に、獣人兵たちが生死を確認し合い、メドラン兵も撤退の準備を始めている。一時休戦と呼ぶにはあまりにも生々しい光景だが、お互いに“もうこれ以上、血を流しても得るものはない”と察しているのかもしれない。
フィンブールは大剣を杖にしながら、ジャンヌに目を向ける。頬に血飛沫がついて疲弊した面持ちだが、その瞳には確かな光がある。「……勝ったのか、俺たちは……? あの皇王を倒すなんて、正直想像もしなかったが、これが現実なのか……」
「多分……まだ完全に勝ったとは言えないかもしれないけど、少なくともこれ以上の大規模な侵略は止まるでしょう。レオナルト二世がいなければ、メドラン軍は簡単にまとまらないはず……」
ジャンヌは額の汗を拭い、うっすら微笑む。もし皇王が生きていたら、再び神の名を借りた戦乱が続いただろう。だが、彼は“正義”をうたい散って散った。周囲でメドラン兵が後退する姿を見て、確かに大局は変わったのだと実感する。アニェスやルシャールが今後どう動くかは分からないが、少なくともここで総攻撃は止まったと見ていい。
「我こそが正義……と叫びながら散った皇王を見て、わたしは少し、切ないと思いました。もし彼がその力を人々を護る方向に使っていたら、こんな争いもなかったのに……」
ジャンヌの呟きに、フィンブールは疲れきった顔で頷く。「ああ、俺もそう思う。だが、もう過ぎたことだ。大切なのは、ここで戦いを終わらせること……仲間や民を護きれたのなら、それでいい……」
そう言いかけたフィンブールがよろけ、ジャンヌは慌てて駆け寄る。雷の秘術を何度も使い、止めの一撃でも大きく力を注いだのだ。満身創痍でこれまでよく耐えてきたと思えるほど、限界に近い。しかし、王として生き残り、勝利を収めた事実が、彼をかろうじて倒れずにいさせているのだ。
周りを見渡すと、獣人族の兵たちがゆっくりと集まり始め、歓喜と悲壮感を入り混ぜた声を上げている。「陛下が皇王を倒したぞ……!」「ジャンヌ様の聖槍が力を合わせ、あの化物じみた破壊を消し去った……!」と感嘆の声が聞こえ、同盟国のエルフ族や人間族も安堵と称賛の入り混じった表情を浮かべていた。
アニェス、ルシャール、黒騎士の三人は、一時休戦を象徴するかのように誰も攻撃を仕掛けてこない。アニェスは剣を鞘に収め、ルシャールは聖典を閉じ、黒騎士は黙っている。結果として、皇王を失った彼らは今後どう動くのか――その着地点を見いだせずにいるのだろう。
こうして“皇王レオナルト二世との対峙”は、激闘の末にジャンヌとフィンブールの融合の一撃が皇王を打ち破るという形で終局を迎えた。戦場は血と煙の残骸にまみれ、双方に多くの犠牲を生んだが、少なくともメドランの総攻撃は頓挫し、フォルカス王国の滅亡は回避された。絶対の支配者を失ったメドラン軍は動揺し、一時的に休戦の空気が漂っている。
「あなたたちの“正義”はどうなるの……?」
ジャンヌは膝をつき、穂先を抱えたまま息を切らしながら呟く。アニェスやルシャール、黒騎士がどんな決断を下すのかは予想がつかない。黒騎士は鎧の亀裂から立ち昇る瘴気を抑えるように胸を押さえ、ルシャールは神へ祈るように顔を伏せ、アニェスは剣を捨てるかのように地面に突き刺したまま沈黙している。三人に共通するのは、“皇王の死”によって行き場所を失ったという動揺だ。
フィンブールが静かに一歩進み、重い声で呼びかける。「アニェス、ルシャール、そして黒騎士……これ以上、わがフォルカス王国と戦うつもりか? 皇王のいない今、貴様らが何を目指すのか知らんが、共に生きる道を探ることもできるはずだ。どうだ……?」
その問いかけに即答はないが、最初に黒騎士が身を翻して背を向ける。「……俺は、まだ結論を出せぬ。呪いは解けず、輪廻を断ち切る手段を見失い、何が正しいかも分からぬ……ただ、今は消える。いずれまた……会うかもしれんがな……」
そう言い残すと、黒騎士は煙のように姿を晦ませ、一瞬で戦場から去っていく。彼の呪いと苦悩は依然として解消されず、ジャンヌはそれを見送りながら胸が痛む。とはいえ、これ以上の戦いをしないという選択には、安堵があった。
次にルシャールが神官らしき者と数言交わし、血に染まった鎧を引きずるようにして立ち上がる。「……神のため、火刑台を設けて魔女を滅ぼすはずだったが……もうそんな余力はない。俺は神に祈り、この敗北を受け止めよう。異端の焚刑を再び試みるかは……メドラン皇国の次代を担う者が決めることだ。俺に従う者は撤退させる」
ルシャールは憤りと絶望を滲ませながら、敬虔な信仰心を失ったわけではないが、これ以上の戦闘継続は不可能と判断したのだろう。聖騎士団の一部が彼に付き従い、負傷者を連れて静かに退いていく。火刑の脅威を確信していたジャンヌにとっては、意外な展開だが、皇王を失った今、ルシャールも道を失った形なのだ。
そして最後にアニェスが顔を上げる。銀色の髪が血や土埃で乱れ、その美貌に浮かぶのは苦渋の表情。「……わたしは、まだ復讐を忘れたわけじゃない。けれど……皇王が死んで、この大軍が立ち行かなくなるなら、これ以上続けるのは愚かなのかもしれない……」
そう言いながら、剣から手を離し、膝をついてため息をつく。「獣人族がわたしの家族を焼いた……だからわたしは炎で獣人族を滅ぼそうとしてきたけど、あなたたちが炎を消したのを見たとき……正直、わたしの“炎”を否定された気がして辛かった……。もう疲れたわ」
ジャンヌはそれを聞いて複雑な思いに駆られる。アニェスにとって炎は家族の仇を討つための武器であり、生きる理由でもあった。しかし、それが霧散した以上、彼女もまた目標を見失いつつあるのだ。アニェスが瞳に涙を湛えながら立ち上がり、静かに背を向ける。「これから先、メドラン皇国がどうなるかは、わたしには分からない。けれど、ここで無意味な殺し合いを続けるのはやめる。――あなたたちが気に入らないのは変わらないけどね」
その捨て台詞を残して、アニェスの騎兵隊や火砲部隊が一斉に引き揚げを開始する。こうしてルシャールもアニェスも戦場を離脱し、黒騎士も姿を消した。その結果、皇王を失ったメドラン兵たちが大量に残っているが、彼らに統率はなく、事実上の降伏や撤退が相次ぐ。これにより、フォルカス王国の勝利が確定的となった。
「勝った……のか……!」
フィンブールが大きく息を吐き、ついにその場に崩れ落ちる。周囲の獣人兵が慌てて駆け寄り、「王よ、大丈夫ですか……!」「医療班を呼べ!」と声を上げるが、彼はただ疲労から解放されたように目を閉じている。ジャンヌが寄り添い、彼の身体を支えながら泣きそうな笑顔で言う。「フィンブールさん……生き延びましたよ。わたしたち、皇王レオナルト二世に負けなかったんです……!」
王は微かに目を開け、うっすらと笑みを返す。「ああ……“獣王”として最後まで戦えて、良かった……。お前の槍のおかげだ……ありがとう……」
そのやり取りを見守る獣人兵や同盟国の兵士たちが一斉に歓声を上げ、「わああああ!」と泣き笑いの混じった喜びを噛みしめる。事実上、メドラン軍は皇王を失い、退却や降伏を始めているのだ。長かった総攻撃が終わり、王都フォルカスは生き延びた。炎と血が染めた大地の上に、ゆっくりと夜の帳が降りつつあった。
こうして、“皇王レオナルト二世との対峙”は終結を迎える。戦線が中央突破されながらも、ジャンヌとフィンブールは槍と雷を融合させ、皇王を打ち砕いた。最後まで「我こそが正義」と叫び散ったレオナルト二世は、その矜持を崩されたまま命を散らす。敵幹部――黒騎士、ルシャール、アニェスの三名も動揺し、一時休戦を選択する形で戦場を去る。勝敗はフォルカス王国に傾いたが、その残された傷跡は深く、今後の和解や再建に多大な時間がかかりそうだ。
戦場には、倒れ込む兵士と破壊された馬車の残骸が散乱し、炎や煙が漂っている。それでも、皇王が失墜した以上、アニェスの猛烈な炎攻めも、ルシャールの火刑も止まり、黒騎士の介入も退いた今、フォルカスの勝利を阻むものはなくなった。この日を境にメドラン皇国による侵略は急速に瓦解するだろう。ジャンヌは膝をついたまま、遠くで暗い雲が渦巻く夜空を見上げ、前世の焚刑で終わらなかった“もうひとつの未来”に想いを馳せる。
「終わった……。わたし……今度は焼かれずに済んだ。史実がどうであろうと、同じ運命を回避できたんだ……」
言葉に出すと、涙が溢れ出す。前世であれほど燃え尽きた記憶がありながら、今はこうして仲間とともに生き延びたという充実感と安堵感が混ざり合い、全身を温かく包む。そっと聖槍に触れると、穂先は微かな光を保ち、“完全覚醒”の興奮は収まっているものの、その存在感は一段と増していた。きっと、これから先の再建にもこの力が必要なのだと確信する。
獣人兵たちが王を介抱しながら、「陛下を担架に乗せろ、急いで城下へ戻るんだ」と指示を交わす。ジャンヌはほっと息をつき、倒れこむように地面に座り込みそうになるが、必死に踏みとどまる。多くの犠牲が出たことを忘れてはならないし、炎で破壊された土地の復興にも尽力しなければならない。だが、今は一時の休息が必要だ。自分の中にある前世の鎖が砕かれ、未来を得たのだと噛みしめる時間が。
周囲には同盟国の兵が駆け寄り、「ジャンヌ様、お怪我は?」「さすが聖槍の乙女……」と称えの言葉を贈ってくれるが、ジャンヌは恥ずかしそうに首を横に振る。「いえ……わたし一人じゃ無理でした。フィンブールさんが雷で支えてくれたし、みんなが力を合わせたからです……。あと少しで、皇王の破壊に負けていたかもしれない。辛うじて……勝てました」
“勝利しかない”と叫んでいたアニェスやルシャールの姿が遠目に見えるが、彼らはもう戦意を失い、散り散りに退いていく。黒騎士も姿を消したまま、何も言わずに退散した。戦場には名もなき死体がたくさん横たわり、悲しみは決して消えることはない。それでも、今回の戦いを通じてジャンヌは確信を得た――史実の悲劇は超えられる。前世の焚刑を乗り越えて、護るべきものを護り抜くことができるのだと。
気が付けば、破壊された陣幕の一角で、メドラン兵の軍旗が折れたまま揺れている。皇王の血統を示す紋章も、もはや形骸だけとなった。獣王フィンブールが意識を取り戻せば、この場で宣言するだろう――「メドラン皇国はこれ以上、フォルカス王国を侵略できない」。もし敵兵がまだ抗おうとしても、皇王を失い、指揮系統が崩壊した彼らには到底不可能だろう。
こうして、メドラン皇王レオナルト二世との最終対峙は、ジャンヌとフィンブールの“槍と雷の融合”によって勝利がもたらされた。凄惨な戦場の果てに、異なる種族が手を携え、焚刑という運命を跳ね返したのだ。前世で火に焼かれた少女の魂は、ここで“生きる”選択を勝ち取り、聖槍の真なる力を解放した。その姿を見て、戦場にいた多くの者が、これからの未来について考え始める。黒騎士が何を思ったのか、ルシャールやアニェスがどんな道を進むのか、まだ定まってはいないが、少なくとも大きな戦いは終結を迎えつつある。
日が沈み、空を朱色のグラデーションが覆い始めた頃、フォルカス王国の兵たちは手当や残存兵の回収に追われていた。ジャンヌも可能な限り救護を手伝いながら、ふと荒野の中心に目を落とす。そこには誰も近寄らない場所に、レオナルト二世が横たわっている。生死の境を彷徨い、もはや意識もなく、皇帝としての威光は失われている。兵の一部が「皇王陛下……!」と泣きながら駆け寄るが、治癒できる術師が足りず、手の施しようがない。
「ジャンヌ、あれをどうする?」
フィンブールが傷を抱えたまま問う。倒れた皇王をこのまま放置すれば、荒野で死ぬだろうし、助ける義理があるわけでもない。だが、ジャンヌは少し考えたのち、「わたしたちの選択で命を奪ってしまったのは確かです。せめて苦しんで死なないように……したいけれど」と呟く。復讐心を持つ誰かに“とどめ”を刺される前に、少しでも人間らしい最後を与えられないものかと考えるのだ。
もっとも、レオナルト二世が深い罪業を重ね、多くの命を奪ったのは事実。“愛と救済”を説くには、あまりに取り返しのつかない流血を招いた。それでも、ジャンヌの心には“もう一度の赦し”が芽生えている。自分自身が火刑で無念に散った記憶を持つなら、最後の最後まで慈悲を示すのが“聖槍の乙女”としての責務なのかもしれない。
「魔女……!」
見ると、レオナルト二世が掠れた声でかろうじて目を開け、「お、俺こそが……正義……神の……」と弱々しく口走る。もう息も絶え絶えで、聞き取るのがやっとだ。ジャンヌはそっと近づき、その手に触れようとする。周囲の兵が危険だと止めようとするが、彼女は構わずに膝をついた。
「あなたの正義がどんな形であれ、これ以上の戦いは終わりました。もし、わたしを火刑にかけることでしか得られないものがあったのなら……すみません。あなたはそれを果たせなかった。でも、多くの命が救われたとも言えます……」
それは皮肉でもあり、哀しみを帯びた和解の言葉でもあった。レオナルト二世は瞳を見開き、「が……貴様……」と喉を震わせるものの、言葉にならない。彼が一度だけまばたきをし、続く呼吸がかすれて途絶えようとする。フィンブールが武装した獣人兵を下がらせ、最後にジャンヌが見守る中、皇王は事切れるように瞳を閉じた。彼の“我こそが正義”という叫びも、ここで完全に途切れる。
こうして、メドラン皇王レオナルト二世は散った。彼が残した“英雄王の血統”という神話と、“正義”を旗印にした侵略は、獣人族と同盟国が結束した果敢な抵抗と、ジャンヌとフィンブールの融合の一撃によって砕かれた。アニェスやルシャール、黒騎士らの去り際が物語るように、メドラン側はこの敗北をもって大きく崩壊し、一時休戦の形で王都フォルカスから撤退せざるを得なくなるだろう。
重苦しい空気が漂うなか、フィンブールは疲労困憊の表情で一つ息をつき、兵たちに指示を飛ばす。「……急いで負傷者の救護をしろ。無闇に敵兵を追わないでいい。収拾がつかなくなる。倒れた者には医療を……できるだけ手厚く……」
それはあくまで王としての冷静な判断。ジャンヌもまた、聖槍を手に負傷者を手伝い、倒れ込む仲間を支えようとする。すでに戦場は“最後の攻防”を終えて、惨劇の後始末に向かっていた。
夜の帳が降り始めたころ、ジャンヌは流れ落ちる涙を拭いながら、フィンブールに寄り添う。王も立てないほどの疲労で、地面に腰を下ろしているが、手を握りあえば温もりが伝わってくる。共に死地をくぐり抜け、ついに皇王を打ち倒したのだ。
「お疲れさまです……フィンブールさん。あなたの雷がなければ、わたしもここにいない。あなたこそが……獣人族だけでなく、わたしの王ですよ……」
フィンブールは呆けたように空を見上げ、「大きな代償を払ったが、皆を護りきれたか……。まだ混乱が残るが、ひとまず俺たちは生き延びたんだな……」と苦笑する。ジャンヌは頷き、その手をぎゅっと握る。「はい。わたしも、あなたとの誓いを守れました。二度と火刑に散る運命を受け入れたくなかったし、あなたも死んでほしくなかった……」
そう言葉を交わし合うなか、周囲には倒れた兵や遺体が数多く横たわり、悲しみが充満している。だが、焼き尽くされた王都の運命とは違う道が切り開かれたことは確かだ。メドラン皇国が今後どう再編されるかは定かではないものの、皇王の暴虐が止まっただけでも大きな成果だ。さらに、アニェスやルシャール、黒騎士ら主要キャラの動向により、今後の展開はいくらでも変わり得る。
王都では、戦いを終えて戻ってきた兵を歓迎し、互いに負傷を労わり合う光景が見られ始めるだろう。炎に焼かれるはずだった街は、まだ立ち上がれる。傷ついた獣人族や同盟国の面々が手を取り合って復興を目指す日々がやってくるのだ。
――こうして“皇王レオナルト二世との対峙”が終幕を迎え、敵幹部たちも一時的に撤退や休戦に応じたことで、フォルカス王国の危機はひとまず去った。ジャンヌにとっては、前世の焚刑に囚われず新たな未来を開いた記念すべき勝利とも言える。フィンブールや仲間たちの支えがあり、聖槍の真なる力を解放することで“英雄王の血統”を自称する皇王の破壊を打ち砕いたのだ。
戦場に赤い夕焼けが広がり、人々は相互扶助を再開する。ジャンヌは静かに聖槍を握りしめ、疲れ果てたフィンブールに寄り添ってこう囁く。「これで終わりではないでしょうけど、最悪の災厄は乗り越えましたね。今後は復興と、可能なら和解の道を探さなくちゃ……」
フィンブールは血のにじむ唇で微笑み、「ああ。まだルシャールやアニェス、黒騎士がどう動くかは分からんが、皇王の脅威を倒したのは大きい。王都を焼かれずに済んだのは、お前のおかげだ……。お前こそ、“聖女”かもしれんが、もう二度と炎に散らせないぞ」と言ってくれる。その言葉にジャンヌは胸が熱くなる。自分が歴史を変えたのだと、実感せずにはいられないからだ。
戦闘の残骸が広がる大地に、深い夜がやがて訪れるだろう。だが、これ以上火刑の光が戦場を照らすことはない。メドラン皇国の絶対的支配を失った世情は混乱を招くだろうが、それは平和へ向けての一つのステップかもしれない。ジャンヌはそっと目を閉じ、再び聖槍に囁く。「あなたのおかげでわたしは生き残った。今度は、この地で愛と救済を示す番だわ……」
聖槍の穂先が微かに輝き、前世の死を払うように優しい熱を帯びる。ジャンヌとフィンブールが共に生き延び、メドラン皇王レオナルト二世を打ち破った事実は、歴史の大きな転換点になるだろう。火刑で朽ちたはずの魂が、別の未来へと歩み出す。それは“史実のジャンヌ・ダルク”が得られなかった、新しい明日への道でもある。
周囲では、ぎこちながらもメドラン兵が武器を置き、獣人兵が互いに距離を保ったまま警戒している。一触即発の可能性はあるが、皇王を失った以上、これ以上の殺戮は無意味だと誰もが気づき始めていた。あちこちで負傷者の呻きが響くなか、ジャンヌや仲間が救護に向かっていく。この先には、死者を弔い、和解や復興を探る長い道のりが続いている。
「フィンブールさん、あなたは王都に戻って休んで……わたしもすぐに合流します。復興の指揮は王にしかできませんし、わたしはここで出来る限り救護を……」
ジャンヌがそう言いかけた瞬間、フィンブールが小さく笑みを返す。「ありがとう……お前と出会って、こうして生き残れたこと……本当に嬉しい。もしよければ、落ち着いたら……お前の話を改めて聞かせてくれ。俺たちが、どんな明日を築けるのか……」
その問いかけに、ジャンヌは目を潤ませながら微笑みで答える。「ぜひ……わたしも、あなたの獣人族の文化や歴史をもっと知りたいです。わたしたちが手を取れば、きっとより良い未来が来ると信じていますから」
大地を真紅に染めた皇王レオナルト二世との決戦はこうして幕を下ろし、戦いを生き残った者たちは、それぞれの課題や傷を抱えながらも次のステップへ進み出す。黒騎士グリオ、アニェス、ルシャールがどんな道を選ぶのかは、この先の物語に委ねられている。だが、ジャンヌとフィンブールの絆は揺るぎないものとなり、聖槍の真なる力が明かされたことで、火刑の運命を乗り越える新しい歴史が切り拓かれた。
こうして“我こそが正義”と豪語したメドラン皇王は散り、“皇王レオナルト二世との対峙”が終息する。だが、まだ物語は終わらない。焚刑と呪いを超えた先には、和平や和解といった新しい挑戦が待っているに違いない。前世の記憶を受け入れ、“聖女”として愛と救済を説いたジャンヌと、獣王の雷を振るうフィンブールの融合の一撃は、ひとつの大陸を守り抜き、多くの命を救ったのだ。血にまみれ、倒れ伏した戦士たちの傍らに寄り添うジャンヌの姿が、戦場に立ち込める悲壮感を少しだけ和らげる。
夜気が肌寒くなってきた頃、焦げ臭さと塵埃の漂う荒野から、ジャンヌはエルフ族の救護班や人間族の義勇兵とともに、亀裂だらけの大地を歩いて回る。何人もの倒れた兵が救命され、負傷者たちが担架で運び出されていく。メドラン兵の中にも投降を願う者が多く、殺す必要のない人々が次々と捕虜として保護されている。惨劇の渦中でも、一筋の希望を見出す光景だ。
(レオナルト二世がいなくなった今、メドラン皇国はどうなるんだろう。アニェスもルシャールも、それぞれの道を模索するしかないはず。黒騎士はまた、どこかでわたしを狙ってくるかもしれないけど……)
ジャンヌは小さく首を振り、“また同じ破滅には陥らない”と思いなおす。皇王を倒した今、自分が“史実の焚刑”を乗り越えられたのは確かだ。これからの困難には、フィンブールや仲間たちとともに立ち向かえる。死の運命を断ち切った先には、再建や交渉の大仕事が待ち受けるが、それこそ“新しい歴史”を築くチャンスなのだろう。
そう考え、聖槍をそっと撫でると、槍は冷たい光を讃えている。もはや“我こそが正義”を掲げる皇王の破壊は消え、戦闘は終わった。あとは時間が解決するだろう。ジャンヌはフィンブールに笑顔を見せ、そっと肩を貸す。「さあ、帰りましょう。王都で人々が待ってますから。ゆっくり休んで、傷を治して、明日からは再建に着手しましょう……わたしも、あなたを助けます」
フィンブールはうなだれながらも、「ああ……そうだな。皆が待っている……」と頷く。戦士たちが互いの荷をまとめ、死者を弔う準備を始めるなか、二人はゆっくりと帰路へ向かう。その道のりは困難に満ちているかもしれないが、皇王が落ちた今、メドランとの全面衝突は避けられるはず。今こそ、焼けた大地を耕し、互いに理解し合う関係を築く時期が来たのだ――そう信じて、疲れた足を前へ進める。
こうして戦いの最終局面を終えたジャンヌとフィンブールは、王都フォルカスへの帰還を果たす。そこで待つのは、たくさんの怪我人と悲嘆に暮れる人々、そして勝利を喜ぶ仲間たちの姿だろう。皇王との対峙を制し、火刑から逃れたジャンヌは、いまや“史実を越えて生き延びた聖女”と称えられる存在となるかもしれない。だが、それに囚われず、彼女は何よりも“生きる”ことを選んだのだ。
夕闇が戦場に垂れこめ、灯火が遠く点在している。炎の残滓と煤煙が空を黒く染め上げるが、先ほどまでの破滅的な熱気は消えつつある。獣人兵の一部が「やったぞ……!」と涙を流し、他国からの義勇兵と喜び合うシーンが幾つも見られる。レオナルト二世の本陣は崩壊し、彼の死を知ったメドラン兵は総崩れに近い形で撤退・降伏を余儀なくされた。歴史の残酷な一面を象徴した侵略者はここで終焉を迎えたのだ。
誰もが傷を抱えながら、一時の停戦と呆然を味わうなか、ジャンヌだけは一つの確信を得ていた。“火刑”が運命ではないのだと。黒騎士やルシャール、アニェスが再び牙を剥く未来が来るかもしれないが、同時に和解や共存の可能性も生まれている。フィンブールと心を通わせた誓いを胸に、彼女は自分の歩む道を切り開く――前世の絶望を、この大地で晴らすために。
――かくして、“皇王レオナルト二世との対峙”はフィンブールとジャンヌの魂を込めた一撃によって決着し、メドラン皇国による侵略は頓挫した。王都フォルカスを焼く運命は回避され、聖槍と雷は予想を超えた融合を果たす。それが前世で火に散ったジャンヌ・ダルクの輪廻を変える大きな転機となり、この世界の歴史を大きく動かしたのは言うまでもない。
最後に、ジャンヌはそっと疲れ果てたフィンブールの隣に座り、互いの手を握り合って空を見上げる。満天の星が降り注ぐ夜空は、美しく澄んでいた。今夜は二人で王都へ帰り、しばしの休息を取れるだろう。失ったものは多いが、彼らは生きている。焚刑に朽ちたはずの前世を乗り越え、生をつかんだのだ。
「……ありがとう、フィンブールさん。あなたが雷を合わせてくれたから、あの皇王の破壊を押し返せました」
「こちらこそ……お前の槍がなければ、この戦いは絶対に勝てなかった。獣人族は皆、お前に感謝するだろう。俺も、王として、いや……ひとりの男として感謝している」
そう言い合う姿に、周りの兵たちが優しい眼差しを向ける。ジャンヌはほんの少し照れながら、微笑みで応じた。前世の自分が孤独に終わった悲劇を、本当に断ち切れた証がここにある。“二度と火刑に散る道を辿らない”と誓った思いが実を結び、皇王の正義と侵略を退けたのだ。
遠く、黒騎士らしき影が退いていくシルエットが見え、アニェスやルシャールも撤退を指示している様子が感じられる。いつか再び会うかもしれないが、少なくとも今日この場で決着がついたことに変わりはない。ジャンヌは自分の中に“焚刑”と“救済”の両方を抱えながら、これからどんな世界を築くかを思い描く。フィンブールとともに、獣人族と他種族が共存する道を模索する日々を。
深夜になり、戦場にはかすかな灯火が揺れるばかり。大きな流血の後始末と、死者への弔いが続いている。ジャンヌは聖槍を胸に抱え、眠りにつこうとする意識の中で“我こそが正義”と喚いた皇王の最期を思い返す。もし彼がその力を本当に善に使っていたら、この地は血に染まらずに済んだかもしれない。そうした複雑な感情を飲み込みながら、彼女はフィンブールに寄り添い、静かに目を閉じる。
(わたしはもう、火刑の運命を辿らない。前世から解放されたこの魂で、これから先の道を歩いていこう。獣人族とともに、愛と救済を示すために――)
冷えきった荒野の夜風が、焚刑という名の破滅を吹き払うかのように静かに流れる。こうしてメドラン皇王レオナルト二世との最終対峙は完結を迎え、戦場に残されたのは、瓦礫と煙、そして新しい歴史の始まりだった。王都フォルカスを護った戦士たちの中に、“史実を超えた”ジャンヌ・ダルクの物語は伝説として刻まれるだろう。種族の壁を超えた愛と、聖槍の奇跡が、今宵確かに大地を照らし、焚刑の火を鎮めたのである。




