第10章:決戦! メドラン皇国軍との攻防
夜明けの光が東の空を白金色に染め始めた頃、王都フォルカスの城門が重々しく開かれた。外には、獣人族を中心とした大軍が整然と列をなし、すべての武器と鎧が朝日に照らされ、鋭い輝きを放っている。昨夜から動員命令が出ていた各部隊が、ついに一堂に集結したのだ。戦士らの顔には緊張と決意が入り混じり、エルフ族や人間族の義勇兵も混在するその姿は、総攻撃に挑む大きな壁となるべく結束しているかのように見える。
メドラン皇国が放った偵察兵の情報によれば、すでに“銀髪の将軍”アニェスが率いる本隊が北方の平原に到達し、“敬虔な聖騎士”ルシャールの聖騎士団が東方から回り込もうとしているという。そして、黒騎士グリオ・ノワールの動向は依然不明。まるでフォルカス王国が誇る最後の砦――王都を包囲する形で、あらゆる方面から押し潰そうというのがメドラン皇王レオナルト二世の狙いだ。ここで食い止められなければ、王都は火の海となり、獣人族と同盟諸国の未来は失われるかもしれない。
そんな中、獣王フィンブールが自ら先頭に立ち、雷の大剣を片手に馬を駆っていた。その姿は痛々しいほどに包帯の痕が見えるが、王としての誇りと闘志は揺るがない。脇には獣人族の近衛兵団が従い、背後には精鋭部隊や義勇兵、さらにはジャンヌやエルフ族の隊長らが続く。城門を抜けた先の大通りは人影もまばらで、皆が戦場へ赴く壮絶な空気に圧倒されている。兵士たちは無言のまま、ただ歩みをそろえて郊外へと進軍する。まるで沈黙のうちに“最後の戦い”を覚悟しているかのようだ。
ジャンヌは聖槍サン・クレールを手に、フィンブールのすぐそばを歩いていた。これから始まる決戦でこそ、槍の真価を発揮しなければならないのだと、胸を高鳴らせながら一歩一歩を進めている。眠れない夜を経て身体はやや重いが、フィンブールとの誓いが彼女の背筋を伸ばしていた。“ここで倒れるわけにはいかない。炎に焼かれて散る前に、今度こそ自分の未来をつかむんだ”という強い思いが湧いている。
町の外へ出ると、そこには広々とした平野が広がり、遠くの木立が朝霧に包まれている。その奥が北方の戦場となるべき場所。メドラン皇国の大軍がすぐそこまで迫っているという報告があるにも関わらず、目前の風景は静かで、鳥のさえずりさえ聞こえる穏やかさが残っていた。だが、フィンブールは鷹のように目を光らせ、兵士たちを停止させる。
「ここで陣形を整える。前衛の槍兵は中央、両翼は弓兵やエルフの魔法使いを配置。騎兵は後ろに下がり、機を見て突撃しろ。――人間族やエルフ族の義勇兵は中央に混ざって指示に従ってくれ。ジャンヌは……俺の隣だ。先陣を切る形になるが、いいな?」
フィンブールがそう告げると、兵たちが素早く動き出し、何度も訓練してきた通りに列を組む。ジャンヌは驚き混じりに応じる。「先陣……わたしが?」「ああ。お前の聖槍を皆が目にすれば、士気は上がるだろう。それに、敵にとっても脅威となる。だが、死ぬなよ。これが俺の命令だ」
彼の言葉は乱暴なようでいて、深い情が込められている。それを感じ取ったジャンヌは緊張しつつも槍を握りしめ、「はい、わかりました」と頭を下げる。死ぬな――それが彼の切なる願い。それは自分自身の願いでもある。前夜に誓い合ったように、二人で生き延びるのだ。
やがて、偵察隊が駆けて戻ってきた。「北方の丘の向こうから、メドラン軍が全軍展開を開始しています! 数は……こちらの倍かそれ以上。銀髪の将軍アニェスらしき騎馬隊が中央に陣取り、別働隊もあちこちに配置している模様!」「ルシャールの聖騎士団は東寄りに回り込み、包囲しようとしているようです。なお、黒騎士の姿は確認できず……しかし注意が必要かと」
獣人族の重臣たちが顔を見合わせ、苦い表情を浮かべる。その予想以上に多い兵力を前にして、容易には勝算が見えないというのが正直なところだ。フィンブールはうめくように低く呟く。「アニェスめ……全部隊を北に集中させてから包囲を狙うつもりか。ルシャールの聖騎士団が後方から回り込むなら、時間を稼がれる。ここで手をこまねいていては王都が挟み撃ちに合うな」
どうするか――迷うのも束の間、彼は大剣を掲げて叫ぶ。「全軍、前進! 敵がまだ布陣を完成させる前に、可能な限り近づいて牽制しろ。奇襲とまではいかずとも、俺たちから仕掛けることで相手の動きを乱すんだ。ジャンヌ、いいな?」
王の号令に、ジャンヌは喉が震えるのを感じながらも大きく頷く。連日続いた準備と総攻撃前夜を経て、ついに実際の戦いが始まる。危険であることは百も承知だ。だが、ここで尻込みしていては皆を守れない。史実のように囚われ、火刑に処される最悪の展開は、もうごめんだ。
***
獣人族と同盟軍の大部隊は、朝霧が晴れつつある平野を駆け下り、メドラン皇国の布陣に少しでも先んじようと前進した。地面を踏みしめる兵士の足音や馬の嘶きが大地を振動させ、戦士たちが発する息遣いが熱気となって立ち込める。遠くには、メドラン軍らしき旗印が列をなすように見え、そこに銀色の髪が風にたなびく人影も確認できた。“銀髪の将軍”アニェス――指揮官として堂々と騎馬にまたがり、こちらを睨む姿がうっすらと浮かび上がる。
先陣には、フィンブールとジャンヌが並ぶ。傍らには獣人族の騎兵や近衛兵が追随し、中央に人間族やエルフ族の戦士が続く。雄叫びにも似た獣人兵の掛け声が起爆剤となり、一斉に加速をかけたその勢いは凄まじく、ジャンヌも聖槍を構えながら必死に足を動かす。広い平野の真ん中で両軍が激突すれば、血で染まるのは必至。だが、それでも先手を取ることで少しでも有利になりたいという狙いだ。
やがて、メドラン軍も彼らを迎え撃つ布陣を整えた。長い槍を携えた前衛が扇状に広がり、弓兵が中央付近に並ぶ。アニェスの指示で、騎兵部隊は左右翼に配置され、相手を包み込むように動き出す。まるで渦を描くように布陣を仕上げ、一気に獣人族を包囲・壊滅させようという策略だ。
ジャンヌは槍を握りしめ、「あそこが……アニェスの本隊」と呟く。王都の砦を落とした際の圧倒的な戦術と炎が蘇る。視界の端に彼女の白銀の髪が翻るのを捉えるたび、あの復讐の炎がちらつき、恐怖を覚える。しかし、今度こそ引かない――フィンブールが隣で大剣を掲げている限り、自分も最前線で戦えるはずだ。
「突撃――!」
フィンブールが雷を纏わせた声で叫ぶと、獣人族の先陣が一斉にメドラン軍へ飛び込んだ。凄まじい衝突の音が大地を揺らし、槍と槍がぶつかり合う金属音が響き渡る。弓兵の放つ矢が空を覆い、ドドドドという馬の蹄の振動が平原全体に広がった。ジャンヌは聖槍を構え、真っ正面から突き出すように槍の間合いを活かしてメドラン兵を倒す。先陣を切る形だが、いざ戦いが始まると意外なほど身体が動く。これまでの実戦や覚悟が自分を支えているのを感じた。
「魔女か……!」とメドランの槍兵が叫び、槍先を向けて襲ってくるが、ジャンヌは慌てずに身体を低く屈め、持ち前の敏捷性と槍のリーチで先手を打つ。「魔女じゃない……聖槍の乙女よ!」と心の中で反論しながら、穂先を突き出し、敵兵の動きを阻む。隙を見て、彼らの槍を柄で打ち落とす技も繰り出し、一瞬で複数の兵を倒してみせた。さすがに一人で大勢を相手にはできないが、少数なら対処できるほどの力を発揮している。
周囲で獣人兵の雄叫びと悲鳴が入り交じり、血の臭いが鼻を刺す。視界の端ではフィンブールが馬上から雷を放ち、相手の陣形を崩す大活躍を見せている。彼が大剣を横薙ぎに振るうたび、稲光が閃いてメドラン兵が吹き飛ばされる。それでも相手は簡単に崩れず、むしろアニェスの指示に従って包囲網を形成しようと移動を始める。
「まだまだ数が多い……! このままじゃ包囲される……」
ジャンヌは槍で敵を払いながら、火矢が飛んでくるのを目撃する。アニェスの軍勢が炎を使うのは想定内だが、こんなにも速い段階から火攻めを仕掛けてくるとは。獣人兵の後方で馬車が燃え上がり、補給物資が失われるのが見えた。さらにアニェスの配下が、騎兵を率いて獣人族の側面を突こうと突進してきている。
(これがアニェスの戦術……包囲と炎の圧倒的な組み合わせ。砦を落としたときの再現を、今度は平野の真ん中でやろうとしてるんだわ……!)
スピード勝負で先手を取りに行ったはずの獣人軍が、いつの間にかメドランの陣形に飲まれつつある。あまりの用兵術の鮮やかさに、兵たちが次々と孤立し、分断されていく。「持ちこたえろ!」という声が上がるが、火矢に怯んだ一部の兵が混乱を起こし、さらに弓兵の集中攻撃で前衛が後退を余儀なくされる。
「フィンブールさん、どうすれば……!」
ジャンヌは隣で戦う王を見やる。フィンブールは「焦るな!」と吼えてから再び大剣を振り下ろし、雷撃を放った。バリバリという轟音とともに稲光が地を走り、メドラン兵の一部を巻き込む。強烈な閃光が視界を焼き、敵が一瞬ひるむが、その後すぐに別の隊列が前進してくる。雷は強力だが、相手の数が多すぎる。更にフィンブール自身の身体が悲鳴を上げている様子で、肩で大きく息をしている。
「いくら雷を放っても、次から次へと兵が出てくる……!」
フォルカス王国の側面からは義勇兵が必死にカバーに入るが、それでも弓兵や火矢の雨が絶え間なく降り注ぐ。兵士が悲鳴を上げて倒れ、血のにおいが広がる。ジャンヌも必死に槍を振るってメドラン兵を倒しているが、ダメージを与えきれずに次々と援軍が押し寄せるため、足止め程度にしかなっていない。まるで巨大な波が岸に打ち寄せてくるかのように、メドランの軍勢が押し寄せるのだ。
そんな中、さらに混乱を増幅させるかのように、東側で大きな喊声が響いた。「ルシャール様、ここにおわす――!」「神の名により、魔女を葬り去るのだ!」
声の主を探すと、白く輝く鎧をまとった騎士団の一団が、フォルカス軍の右側面に回り込んで攻撃を開始している。ルシャールの聖騎士団だ。彼らは朝日を背に、神聖なる旗を掲げており、その名のとおり敬虔な祈りを唱えながら進軍している。その背後には“魔女狩り”を信じる人間族の一部が加わっており、まるで狂信的な集団が火矢を放ち、獣人族を徹底して駆逐しようとしていた。
「まずい……ルシャールまで来たか!」
フィンブールが苦渋に満ちた声をあげる。アニェスの正面攻撃で精一杯のところへ、ルシャールが聖騎士団を率いて側面から突撃してくるなら、フォルカス軍は挟撃される形になりかねない。防御を固めようにも数が足りない。もともと砦陥落の影響で兵力に余裕がないのだ。
ジャンヌの視線がルシャールの鎧を捉える。彼は金色にも見える純白の鎧を纏い、聖典を掲げて“魔女を狩れ”と叫んでいるらしい。遠くまで響くその声は、兵を奮い立たせるカリスマと狂気が同居し、周囲の士気を高めていた。黒騎士とはまた異なる形で“神の裁き”を振りかざす姿は、ジャンヌの悪夢を掻き立てる。史実の焚刑台には、まさにこうした“聖職者の裁き”が関わっていたのではないかと思うと、恐怖で足が震える。
「くっ……恐れてはいけない……!」
思わず両足に力を入れ、聖槍を握りしめる。ここで怯めば、皆が火刑にされるシナリオになりかねない。護るんだ――仲間やフィンブールを、そして自分を。二度と孤独な死を迎えたくはない。そう自分に言い聞かせると、胸の内に槍が呼応するかのように熱が広がる。少し前に感じた“完全覚醒”の兆しが、まさにこの局面で真価を発揮するのかもしれない。
「ジャンヌ、あのルシャールを止められるなら止めろ。奴の聖騎士団が広がれば、こちらの右側面が完全に崩壊する。俺は……アニェスを食い止める。くそ、身体がもつかどうか……!」
フィンブールが苦しそうに言いながらも馬を反転させ、アニェスのいる正面戦線へ突っ込んでいく。稲光が一瞬走り、メドラン兵の一部を吹き飛ばすが、距離が遠すぎて効果は限定的だ。王はもう雷の秘術を何度も使えないかもしれない。だが、それでも突き進まなければ総崩れになる。
「わかりました……わたしは、ルシャールを止めます!」
ジャンヌは槍を掲げ、急いで右側面へ走り出す。周囲には精鋭の獣人兵が一部ついてきてくれるが、皆手一杯の様子。彼女が単独でルシャールと激突しなければならない可能性が高い。もっとも、それは自分にとっても理想的だ。あれほどの狂信者を相手に、どれだけ説得が通じるかはわからないが、焚刑を押し付けられる前に対峙すれば勝機はあるかもしれない。
ルシャールの陣に近づくと、聖騎士団が白い鎧を揺らして整然と進軍してくる。その先頭で“聖なる祈り”を唱えながら剣を掲げる男が、まさしくルシャール・ド・リュミエール。ジャンヌが姿を見せると、即座にそれを見とがめて声をあげる。
「見つけたぞ、魔女ジャンヌ・ダルク。よくもメドラン皇王に逆らい、異端と結託してきたな。ここで神の裁きを受けよ!」
ルシャールの手にある剣が、まばゆい光を宿してうねり出す。まるで聖典の加護を得たかのように、彼の周囲が空間ごと浄化されていくような錯覚を覚えるが、実際はそれが“魔女狩り”の力だと信じ込んでいるだけだ。ジャンヌは狼狽えずに槍を構えた。
「わたしが魔女なんかじゃないって、どうして分かってくれないの……。あなたはただ、神の名を借りて獣人族を虐殺したいだけでしょう!」
「黙れ、邪教の徒よ! 神が与えた導きに逆らう獣人族や聖槍など、もはや滅ぼすしかないのだ。メドラン皇王の啓示を疑う愚か者は、火刑台で身の潔白を示すがいい!」
ルシャールが剣を振り下ろすと、複数の聖騎士団員がジャンヌの周囲を取り囲もうとしてくる。ジャンヌはそれらを一瞥し、聖槍の長いリーチを活かして間合いを制する。舞うように槍を回転させると、迫ってくる騎士の剣を弾き飛ばし、地面に突き刺すような形で崩す。だが、相手も数が多い。次々と交替で斬りかかってくる。
「メドランの正義のために!」
「魔女をここで仕留めるのだ……!」
聖騎士団の統制された動きに、ジャンヌは槍を振り回しながら対応する。いきなり上空からは火矢が降りかかり、あわや焦げそうになるが、地面に転がっていた盾を一瞬拾ってしのぐ。しかし、その盾はすぐに壊れ、ジャンヌは体をひねって火矢をかわす。攻勢が容赦なく、まるで自分一人を速やかに殺そうと総力を挙げているかのようだ。
「これが……ルシャールの“神の裁き”……!? ひどい……! こんなの、ただの虐殺じゃないか……!」
ジャンヌの悲鳴に似た声は、狂信的な相手には届かない。ルシャールはさらに白光をまといながら馬を進め、ジャンヌに向かって“裁きの一撃”を放つ所作をとる。何やら呪文のようなものを唱え、剣先から閃光が溢れ出す。
「貴様の存在が、多くの民を魔女の恐怖へと突き落とす。神の名において、ここで粛清してやろう……!」
稲妻にも似た光が地面を駆け、ジャンヌは必死に飛び退く。しびれるような衝撃が足元を掠め、火花が散る。まるでフィンブールの雷撃とは別の、“聖なる光”を利用した魔法らしい。人間離れした威力だが、一撃でジャンヌを仕留めきれないのは、彼女が槍の加護を得ているからかもしれない。それにルシャール自身の魔力がそう大きいわけではなく、あくまで“神の加護”とされる力に頼っているだけなのだろう。
それでも、聖騎士団の攻勢は止まらない。ジャンヌに近づこうとする騎士が何人もいて、背後では火矢が降り注ぐ。その包囲網が狭まりつつある様子を見て、ジャンヌの心に焚刑台のイメージがちらつく。一瞬、足がすくみかけたが、自分が孤立していないことを思い出す。――今まで何度も助けられた仲間がいるはずだ。
「ジャンヌ様、お逃げください!」
そこへ飛び込んできたのは、獣人族の騎馬隊の一小隊。彼らは聖騎士団の兵を押しのけ、ジャンヌに襲いかかる矢や剣を防いでくれる。手を貸してくれる仲間がいる限り、史実のような孤独な囚われ方はしない。ジャンヌはそれを糧にし、「ありがとうございます!」と頭を下げてから、再度ルシャールへ視線を戻す。
「ルシャール……あなたが神を信じるのは自由。でも、そのために獣人族やわたしを殺す正当性なんてありません!」
喉を張り裂けそうに叫ぶが、ルシャールは冷酷に目を細める。「神の教義を否定するならば、火刑こそが答えだ。ここで倒れねば、貴様はいずれ裁判にかけられ、炎に焼かれる運命だ。運命を変えられると思うか……?」
運命――その言葉がジャンヌの胸を深く刺す。史実のジャンヌ・ダルクは、周囲に裏切られ、裁かれ、炎に呑まれた。ルシャールの言う“運命”が、まるで前世を示唆するかのようで悪寒が走る。だが、彼女は大きく息を吸い、「変えられるわ」と声を張り上げた。
「前世がどんな結末だろうと、同じ轍を踏むわけにはいかない! わたしは、ここで火刑なんて受け入れないわ……!」
その瞬間、聖槍が眩い光を解き放つ。まるで槍自身が“運命を変える”と応援しているかのように、穂先が金色の閃光に包まれる。周囲の騎士たちが「何だ、この光は……!?」と怯み、ジャンヌは一気に踏み込み、ルシャールの懐へ突撃をかけた。
「なっ……!」
ルシャールが驚きで目を見張る間に、ジャンヌは槍を横に大きく振るい、彼の鎧に衝撃を与える。完全には突破できないが、聖なる閃光が相手の“聖騎士”の力を一瞬食い止める形になったのか、ルシャールは腕を痺れさせて焦燥に駆られた声をあげる。
「馬鹿な……邪神の槍ごときが、なぜ神の光を凌駕するのだ……!」
ジャンヌはさらに槍を回し、すれ違いざまにルシャールの肩口を薙ぎ払う。鎧に亀裂が走り、ルシャールが苦悶の声を漏らしながら一度後退するが、すぐに白い鎧から光が溢れ出し、傷を癒すかのように輝きを増す。まるで“神の奇跡”か何かのようだが、その代償にルシャールの体力を削っているのが見て取れた。
「おのれ……やはり、神がこの世に試練を与えているというのか……!」
彼は血走った目でジャンヌを睨みつけ、周囲の騎士に「形成を立て直せ!」と指示を飛ばす。火矢や弓兵がいよいよジャンヌを狙い撃ちにしようとするが、そこへ獣人族の騎兵やエルフ族の弓兵が援護に入り、一進一退の激戦が繰り返される。戦場は混沌を深め、こちらも数多くの傷と死者が出るなか、メドラン軍にも相応の被害が発生し始めた。まさしく両軍入り乱れの消耗戦だ。
ところが、戦況が混迷を極めるなか、別の方向から悲鳴が上がる。「なんだあれは……!?」「黒い甲冑が……!」
その声にジャンヌははっと顔を上げ、振り向いた。視界の先、メドラン軍の後方寄りの場所で、不吉な黒い影が蠢いている。まばゆい朝日の中でも際立つ漆黒。――黒騎士グリオ・ノワールが、また姿を現したのだ。呪いの鎧に大剣を携え、周囲のメドラン兵から一目置かれるように空間ができている。まるで“誰にも干渉させない”オーラを放ちつつ、しかし確実にジャンヌの方を見据えていた。
「黒騎士……!」
絶望的とも思える状況で、さらにこの男が参戦してきたのは痛手だ。ジャンヌの背筋が冷え上がるが、同時に黒騎士の瞳が“俺は駒になりきれない”と訴えるかのように弱い揺らめきを含んでいるようにも見えた。どうやら、アニェスやルシャールの指揮下に完全には組み込まれていないらしい。だが、その独自行動が逆に脅威となる。
「ジャンヌ・ダルクよ……今度こそお前を滅ぼす……!」
低くくぐもった声が戦場に響き渡り、黒騎士が一気に駆けてくる。メドラン兵や獣人兵が衝突している間をすり抜けるように漆黒の剣を振り下ろし、ジャンヌの前へ到達した。その動きはさすがに速く、彼の周囲に漂う呪いの霧が近くの兵をしばし麻痺させる。獣人兵が何人も動きを止め、「しまった、身体が……!」と崩れ落ちている。
「もう一度戦うことになるなんて……グリオ、どうして……!」
ジャンヌは片手で槍を握り、少し後退して体勢を整える。黒騎士の鎧には前回の戦闘でできた亀裂のような痕がそのまま残っているが、それを補うように黒い瘴気が揺らめいている。まるで深い苦悩を抱えたまま、呪いに支配されているかのようだ。
「うるさい……俺は、今度こそ輪廻を断ち切る。そのために、貴様を殺さねばならん……!」
黒騎士が大剣を横一線に薙ぎ払う。ジャンヌは聖槍でそれを受け止めるが、勢いで数メートル押し込まれ、地面に足跡を刻みながら踏ん張る。「輪廻を断ち切る」――その言葉が、再び“救えなかった聖女”を滅ぼすという歪んだ執着を思わせる。ジャンヌは歯を食いしばりながら反撃の槍を振るい、黒い鎧に一矢報いようと試みるが、黒騎士の鋭い反応でかわされる。
「……ああ、やはり貴様は“聖女”だ。同じ声、同じ光……。俺が手にかければ、今度こそ俺は赦される……!」
黒騎士の声には苦渋と狂気が入り混じり、周囲のメドラン兵も獣人兵も一歩引いて様子を見ている。まるで“彼だけは別格”だと言わんばかりに、誰もが介入をためらうように戦場の一角が空間的に空いてしまう。ジャンヌはその視線を感じながら、深く息を吐いた。ここで逃げれば、きっと黒騎士はさらに暴走するだろう。対峙するしかない――いや、“話す”機会は再び訪れたと考えるしかない。
「わたしに罪悪感をぶつけるのはやめて。あなたが救えなかった前世の聖女が本当にわたしだとしても、だからって今度は殺すなんて……そんなの変よ……!」
声を上げながら槍を振るい、黒騎士の大剣を弾く。鎧に亀裂が広がり、呪いのような黒い瘴気が吹き出す。見るからに黒騎士も身体への負荷がかかっているようで、呼吸が乱れているのが分かる。精神的にも追い詰められているのか、剣筋が妙に荒々しく乱れていた。
「黙れ……黙れええっ!」
咆哮とともに黒騎士がさらに大剣を振り下ろす。ジャンヌは汗を流しながらも、それを槍の柄で受け、光を込めるようにイメージする。以前、ルシャールとの戦いでも一時的に槍が強く輝いたように、この瞬間も槍が眩しいほど金色のオーラを纏った。
「……っ!」
衝撃波が広がり、黒騎士の剣と槍の交点から稲妻のような火花が飛び散る。黒騎士が一瞬バランスを崩し、大剣が傾く。そこにジャンヌは一気に距離を詰め、鎧の隙間へ槍を突き立てようとするが――その先端がほんの一瞬、鎧の表面を掠めただけで止まってしまう。ジャンヌの手が震え、止めを刺せない。やはり、彼を殺す気になれなかった。仮にここで一突きにすれば、勝てるかもしれない。しかし、黒騎士が内面に抱える苦悩を考えると、どうしても思い切れないのだ。
「……っ!」
一瞬の躊躇を突かれて、黒騎士が逆に身体をひねり、大剣の柄でジャンヌを強打した。彼女は痛みに呻き、地面へ膝をつく形になるが、槍を離すことはなかった。ここで負ければ、何もかも終わる――そう自分を奮い立たせ、顔を上げると、黒騎士の隙間から覗く眼が揺れ動いているのに気づく。
「なぜ、とどめを刺さない……? 貴様、同情でもしているのか……!」
「違う……ただ、あなたを殺したくないだけ。だって、あなたもこの呪いに苦しんでいるのでしょう……」
ジャンヌの声には哀切が滲む。黒騎士は面頬の奥で表情を見せないまま、ぎりぎりと歯を食いしばっているような音を立てる。まるで声を震わせたくないかのように必死に耐えているのだろう。その背後では、別のメドラン兵と獣人兵が死闘を繰り広げているが、なぜか二人の周囲だけは異様な静寂が続いているように感じられた。
「……やはり貴様は“聖女”だ。同情でも、慈悲でも、そういうものが人の魂を腐らせる……。俺はそれを救えなかったのだ……!」
黒騎士の言葉は破片のように散り、ジャンヌはその意味を噛み締めようとする。かつて、前世のジャンヌ・ダルクが炎に倒れたとき、彼は救いにいくことをためらい、それを負い目にしている――もしかしたら、その“慈悲に報いられなかった”経験が彼を呪っているのかもしれない。人を慈しむ心が却って苦痛になったがゆえ、今度は自分で聖女を滅ぼすしか道がないと思い込んでいる、そんな悲しい歪みがここにあるのではないか。
「……そんなことない! もし前世でわたしが炎に倒れたとしても、だからって今度はあなたがわたしを殺す必要なんてない……あなたは本当は、わたしを救いたかったんでしょう? なら、今度は二人とも生き残りましょうよ……! わたしがあなたを赦します。わたし自身が、あなたを責める気なんてない。だから――」
言葉を続けようとした瞬間、戦場の別の場所から破裂音が轟き、炎が上がった。振り向くと、アニェスの騎兵隊が火砲を使って獣人族の陣を崩し始めているらしい。辺り一面に赤い火が走り、煙が舞って視界が悪くなる。黒騎士がそちらをちらりと見やり、見えない表情で息を吐くかのような動作をした。
「……この混沌で、また貴様を失うかもしれん。だが、それはもう二度と御免だ。俺が滅ぼす――それが俺の贖罪だ……!」
そう言いながら、黒騎士が剣を構え直す。ジャンヌが何か言い返そうとしたが、火砲の爆音と人々の悲鳴がかき消し、黒騎士の足元には再び黒い霧が立ちこめていく。それがさらに兵士たちを巻き込み、ジャンヌの周囲が煙と霧で真っ白と真っ黒に染まる。そして気づけば、再び彼は姿を消していた。
「グリオ……!」
ジャンヌが必死に呼びかけても、彼の残像すら見当たらない。まるで煙のように立ち現れ、煙のように消えていくのが黒騎士の特徴だ。周囲の獣人兵が「ジャンヌ様、大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくるが、彼女はただ呆然と頷く。戦いは激化しているというのに、黒騎士との一騎打ちが一旦中断された形だが、どこか虚しさが残る。あと少し何か言葉をかけられれば、彼の呪いを解く手がかりをつかめたかもしれないという気持ちが拭えないのだ。
「ジャンヌ様、戦況が危ういです! アニェスの本隊が中央を突破しかけで、フィンブール陛下が必死に抑えていますが、数が多すぎます!」
報告を聞いて、ジャンヌははっと意識を戻す。そうだ、黒騎士との因縁を断ち切る前に、アニェスやルシャールの大軍がこちらを壊滅させるかもしれない。全体を見れば獣人族と同盟軍は深刻なダメージを負い、そろそろ限界を超えようとしている。遠くで稲光が一度だけ光ったが、それがフィンブールの雷の最後の力なのではないかと不安が走る。
「わたしも中央へ行きます! ルシャールは……少し下がったようですが、またいつ突っ込んでくるか分かりません。皆で陛下を援護しないと!」
そう叫ぶと、ジャンヌは再度槍を両手に握って駆け出す。流れる血の臭いと火薬の煙が混じり合い、戦場はすでに凄惨な状態だ。メドラン軍の圧倒的な物量とアニェスの冷徹な戦術で、砦を落とされたとき同様、火矢と破砕兵器が見事に陣形を崩している。フォルカス軍も防戦で手一杯の様子で、あちらこちらで仲間が倒れている光景が目に入った。
***
こうして、両軍の大軍勢が激突し、フォルカス王国は甚大な被害を被りながらも必死に耐えている。銀髪の将軍アニェスは戦場を俯瞰するように佇み、騎兵や火砲を巧みに指示して正面突破を仕掛ける。敬虔な聖騎士ルシャールは側面から火刑をちらつかせる形で進軍を続け、黒騎士グリオは独自行動でジャンヌを付け狙う。戦場はまさに混沌を極め、主要キャラクターたちの因縁が一点に集中するかのように衝突していた。
フィンブールは荒い呼吸をしながら、炎と血に塗れた大地を睨んでいる。疲労は頂点に近いが、それでも雷を纏い、獣人兵を励ます。「まだだ、くじけるな! ここで退いたら王都が燃えるぞ!」
その声に応えるように若き獣人兵が奮起し、メドラン兵を押し返そうとする。しかし、火砲や炎の矢が次々と襲い、獣人側に深手のダメージが蓄積していく。アニェスの狙い通り、じわじわと動きを封じられていく様が明らかだった。
ジャンヌが中央の戦線に合流すると、そこはまさに修羅場。あちこちで爆音が鳴り、倒れた仲間の姿が累々と横たわる。炎が所々で燃え盛り、牧草地だった一帯は煙に包まれていた。目を凝らすと、メドラン軍の隊列が規則正しく再編を繰り返し、獣人側をさらなる混乱に陥れているのが見える。アニェスの用兵術が光っているのだ。
「踏みとどまって……! フィンブールさんはどこ……!」
ジャンヌが必死に兵士を助け起こしながら、王を探すが視界が悪い。加えてアニェスの騎馬隊が脇から現れ、獣人兵を蹴散らす勢いで襲撃をかけてくる。白銀の髪が炎の橙色に映え、アニェスは表情こそ冷静だが、その瞳には復讐の猛火が宿っているように見えた。周囲の火柱が吹き上がるたびに、彼女が軽く剣を振りかざし、「もっと燃やせ!」と指揮を飛ばす。かつて砦を焼いたときと同様、炎の雨が戦場を包もうとする。
「このままじゃ、本当に……」
ジャンヌは背筋を凍らせる。炎が一斉に広がれば、負傷兵もろとも焼き尽くされてしまう危険がある。歴史の焚刑が大規模に行われるかのような凄惨な想像が頭をよぎり、思わず足がすくみそうになる。――でも、約束がある。フィンブールとの誓い、前世と同じ破滅を回避するための鍵を、この戦場で掴まなければならない。
「焦らないで、わたし……わたしの槍には、まだ力が残ってる……!」
静かな呼吸を整え、聖槍をぎゅっと握る。鼓動が槍に伝わり、先ほどの激戦でも感じた光の脈動が再び全身を駆け巡る。“完全覚醒”――ジャンヌは心の中でそう呟き、自分の力を信じる。前世がどうあれ、今の自分は仲間や王に支えられている。同じ炎に呑まれたくないなら、自分の手で未来を開くしかないのだ。
その決意が高まった瞬間、まるで槍自身が喜ぶように金色のオーラが強く発光した。周囲の獣人兵や義勇兵が「うわ……なんだ、この光は……!」と息を飲む。敵のメドラン兵も目を焼かれたように少し怯み、ジャンヌに狙いを定められなくなっている。
「これなら、炎を……消せるかもしれない……?」
直感的にそう思い、ジャンヌは全身の力を槍へ注ぎ込む。まるで脳裏に“こう使え”というイメージが流れ込んでくるようだ。穂先を水平に構え、燃え盛る炎の柱に向けて意識を集中させる。すると、黄金の粒子が爆発的にあふれ出し、火柱を包み込むように光が走った。信じがたいことに、その部分の炎がさあっと消え、黒煙だけを残したのだ。
「あ……嘘……わたし、炎をかき消したの……?」
呆然とするジャンヌ。しかし、感傷に浸る暇もなく、別の場所からアニェスの火砲が生み出す炎が立ち上がり、仲間を襲っている。ならばとジャンヌは再び槍をかざし、光で包み込むイメージを強めてみる。すると、またしても炎が急速に縮んで消失し、地面に焦げ跡を残すだけになった。
「やった……! この槍、炎を打ち消す力があるんだ……!」
今までの聖槍は、あくまで強力な武器という程度の認識だったが、この“完全覚醒”によって炎を封じる術が具現化されたのだろう。もしそれが本当なら、アニェスの火攻めやルシャールの火刑すら無効化できるかもしれない。歴史を繰り返すような焚刑を阻止するために、聖槍が味方してくれている――そう感じて、ジャンヌは涙ぐんだ。前世の悲惨を変えられる“奇跡”が、今まさに自分の手元にあるのかもしれない。
「何だ……この光は……? 火が消えた……まさか、貴様にそんな力が……!」
不意に届いた怒声は、メドラン兵の一団を引き連れたアニェスのものだった。彼女は馬上から獣人兵を蹴散らすように進みながら、この異変に気づいている。銀髪がなびき、その美貌に宿る憎悪がさらに強まっているように見えた。まさか火攻めが封じられるとは想定外らしく、彼女は青ざめた顔で叫ぶ。
「魔女が炎を消すなど……信じられない。わたしの炎……わたしの復讐を、踏みにじるというの……!」
アニェスの声には激しい感情が入り混じっていた。砦を焼いたときも、彼女は同じ炎で敵を屈服させてきたが、ここで聖槍が通用すれば、その強みが崩されるのだ。まるで自分のアイデンティティごと否定されたかのような衝撃を受けているのだろう。
「ああ、彼女は炎を纏い、復讐を遂げるのが生きる理由だって……」
ジャンヌは再び顔を上げ、「だけど、あなたの炎で多くの人が死ぬのはもう見たくない……!」と声を絞り出す。恐らくアニェスの過去に大きな悲しみがあり、獣人族を焼くことでしか心を保てないのだろう。しかし、だからと言ってこの戦場を火の海にして許されるわけではない。
アニェスが振り返り、睨みつける。「獣人族に家族を奪われたわたしの恨みなど、貴様に理解できるものか……! だが、もし炎が通用しないなら、力づくで焼き尽くすまでよ。騎兵隊、前へ! わたしを阻む者は一人残らず葬る!」
その号令とともに、メドランの騎兵隊が一斉に前進し、周囲の炎もさらに強められる。アニェスの姿がまばゆい炎の向こうにかすむが、そこには獣王フィンブールが大剣を構えて待ち構えていた。雷が一瞬轟き、アニェスの騎兵の一部が弾き飛ばされるが、彼自身も限界に近いのか、ぐっと胸を押さえてうずくまる。
「フィンブールさん……!」
ジャンヌが駆け寄ろうとしたが、メドラン兵や火の壁に阻まれて近づけない。アニェスの騎兵隊がもう一度突撃をかければ、王が討たれる恐れがある。だが、自分が炎を消せば救い出せるかもしれない。そう思い、ジャンヌは槍を構えて火の壁を狙う。さきほどのように金色の光を集中させ、炎を圧倒しようと祈る。
「消えて……! わたしは二度と、火刑なんてごめんだし、誰かが炎で死ぬのも見たくない……!」
懸命に力を注ぐと、聖槍が一瞬まばゆい閃光を放ち、周囲の火柱がさっと掻き消えた。視界が一気に開け、そこにひざまずくフィンブールの姿がある。アニェスは一瞬の躊躇を見せ、「何……炎が……!」と混乱を隠せない。だが、指揮官として躊躇する時間は短く、すぐに馬を駆ってフィンブールを討とうと前進しようとする。
「わたしが……止める!」
ジャンヌはすかさず駆け寄り、フィンブールを庇うように立ちはだかった。アニェスと真っ向から対峙する形となるが、アニェスの騎馬の突撃は凄まじく、その重い剣を受けたらただでは済まないかもしれない。だが、ジャンヌには聖槍と“炎を消す力”がある。彼女なら、アニェスを止められる――そう信じて槍を大きく構える。
「邪魔をするな、魔女め……! わたしには獣人族を焼き尽くす復讐があるんだ……!」
「あなたの復讐、わたしは否定しない。でも、もうこれ以上、炎で皆を苦しめないで……!」
両者が言葉を交わす暇もなく衝突し、アニェスの剣とジャンヌの槍が激しく触れ合う。アニェスは騎乗の上から振り下ろしている分だけ力強く、ジャンヌは聖槍の神秘的なオーラで対抗している。火花が飛び散り、足元の地面に亀裂が走る。互いに負荷が大きい一撃だったが、ジャンヌはあえて後ろに飛び退いて衝撃を吸収し、フィンブールを巻き込まないよう気を配る。
アニェスがその隙を突いてさらに馬を進め、二撃目を加えようとした。しかし、ジャンヌは素早く回り込み、炎を纏わせようとするアニェスの動きに合わせて槍を振るい、火の芽を瞬時に掻き消した。アニェスの剣に火を宿す技を封じたのだ。
「な、火が……! そんなバカな……!」
驚愕するアニェスの剣先が空を切り、逆にジャンヌは横に槍を薙ぎ払い、アニェスの馬の足元を揺さぶる。馬が悲鳴を上げて体勢を崩し、アニェスが地面に投げ出されそうになるが、見事なバランス感覚でこらえ、なんとか馬上に留まった。とはいえ、初めて自分の炎を消されたという衝撃で動揺が隠せない。
「くっ……! あり得ない……炎が通じぬなら、どう戦えば……!」
アニェスはもはやその場で引き下がるわけにもいかないのだろう。馬の手綱をきつく握り、まるで死に物狂いで剣を構える。その瞳には絶望が垣間見え、ジャンヌは一瞬同情を覚える。だが、それを言葉にする余裕はない。どちらかが引かなければ、このまま斬り合いになってしまう。
だが、そのとき周囲を取り巻く獣人兵が「うおおおおっ!」と雄叫びを上げ、メドラン兵を押し返し始めた。ジャンヌが“炎”を封じたという事実で、アニェスの軍勢が一瞬の戸惑いを見せ、戦線が崩れかけているらしい。火攻めという最大の武器を封じられれば、アニェスの戦術が完全に破綻するわけではないが、大きな優位を失ったのは確かだ。
「すげえぞ、魔女……いや、聖槍の乙女が炎を消したんだ……!」
「これなら勝てる……雷を放つ陛下と、炎を消すジャンヌ様がいれば……!」
現場の兵たちが歓声を上げるなか、アニェスは歯ぎしりして後退を試みる。戦場の中央で火が使えないのは大きい。そもそも彼女が得意とする火砲や火攻めが使えない以上、一気に崩す方策を失った形だ。もし長期戦になればフォルカス側が地の利を得て挟み撃ちを跳ね返すかもしれない。
「アニェス将軍、ここは退いて……!」というメドラン兵の声が聞こえる。アニェスも唇を噛みながら、騎兵隊に合図を送り、いったん距離をとる動きに移り始めた。だが、ルシャールの側面攻撃は続いており、中央にいたフィンブールがどこまで戦線を維持できているのかも気になるところだ。
「フィンブールさん……! 大丈夫かな」
ジャンヌはアニェスを追うよりも、まず王の安否を確かめようと振り返る。メドラン兵がまだまだ多いが、炎を封じられたおかげで獣人族の士気が高まり、押し返している部分もある。どうにか中央へ戻り、フィンブールと合流しなければ。この戦場はアニェスとルシャール、そして黒騎士が入り乱れ、最悪の三つ巴が起きても不思議ではないからだ。
まさに戦況が混迷を極めるなか、各所で主要キャラクターの因縁が激突した。本来ならアニェスが火攻めで圧勝するシナリオだったかもしれないが、ジャンヌの“炎を消す聖槍”が想定外のカウンターとなり、メドラン軍が戸惑っている。敬虔な聖騎士ルシャールは未だ戦場の片隅で獣人兵と激闘を繰り広げ、“魔女”を探し求めているらしい。黒騎士グリオはジャンヌとの戦いで一時撤退したが、いつ再び姿を現すか分からない。各々の対立と因縁が頂点に達するのは、恐らくこの激戦の最終盤に違いない。
――それでも、希望は見え始めている。少なくとも、フォルカス王国はメドラン皇国軍に“一方的に敗北”する形を免れつつある。フィンブールの雷、ジャンヌの聖槍、同盟諸国の結束。史実なら火刑の悪夢が再演されそうな状況だが、彼女はそこで踏み止まっているのだ。生き延びる――それが王との誓いを果たすことでもある。
***
こうして“決戦! メドラン皇国軍との攻防”は、その激しさを一層増しながら続いている。両軍の兵たちが血を流し、馬や火砲が荒れ狂う中、主要キャラたちが持つ因縁が次々に衝突し、頂点へと突き進む。ジャンヌが抱える“焚刑のトラウマ”を超えるかのように、聖槍が炎を封じる力を示したのは大きな転機だが、それでもアニェスやルシャール、黒騎士を完全に止めるには至っていない。メドラン皇王レオナルト二世の目論見が、ここで阻まれるのか、それともさらなる絶望をもたらすのか――誰にも分からない。
王都を護るため、獣王フィンブールは雷を振るい続けるが、いつ身体が限界を迎えて倒れてしまうか分からない。ジャンヌは彼を探しながらも、戦場を駆け回り、炎が噴き上がるたびに槍で掻き消して敵の進撃を阻む。しかしその行動がさらに黒騎士やルシャールの注目を浴び、第二、第三の激戦が待ち受けているに違いない。
戦場の空が、赤い煙に染まっている。燃え上がる炎と聖槍の光、雷の閃光、火砲の炸裂で視界が混乱を極め、兵たちが悲鳴と怒号を上げながら命を懸けて戦い続ける。その凄惨な中で、ジャンヌは決して折れない。史実では一度朽ち果てた魂でも、今度こそ運命を変えられると信じて。種族の壁を超えた愛を知り、槍の力を得た“聖槍の乙女”は、どんな火刑にも屈しないと誓っている。
――大地を血と汗が濡らし、両軍の激突が最高潮に達する。この混沌の果てには、まだルシャールの執念、アニェスの復讐、黒騎士の苦悩といった要素が残されている。全ての対立が頂点に達するのは、戦闘の終盤なのか、それとも王都に攻め込まれたときか。いずれにせよ、今はただ互いが牙を剥き合い、一歩も引かぬ総力戦が繰り広げられるばかりだ。
こうしてこの決戦は混迷を極め、主要キャラの対立と因縁が頂点へ向かって加速する。アニェスの炎が封じられつつあるなら、今度はメドラン皇国が他の手段を駆使し、ルシャールは火刑の裁きで獣人族を追いつめようと画策する。黒騎士もジャンヌのもとに再び姿を現す可能性が高い。戦場はまだ続く――だが、ジャンヌは確かに前世を超える覚悟を固め、聖槍を煌めかせてこの戦いに挑み続けるのだった。




