4.狂愛の始まり
「大変申し訳ございませんでしたぁーーー!!!」
「…………チッ、うるせぇ」
王城から脱出し、宿へ帰ると相変わらず不機嫌そうなハイトが部屋にいた。
しかし、今は普段以上に眉間の皺がすごい。
お怒りだ、これは明らかにお怒りだ……!
このままでは、明日の朝日を拝めない。
弁明しよう!!
「勇者に拉致されたんです!気づいたら王宮に監禁されてて!命からがらやっとの思いで逃げてきたんです!」
秘儀、人になすりつける。
嘘は言ってない。
多少の誇張表現は許容範囲内だろう。
実際、あの勇者が誘拐してこなかったら、この人との約束をすっぽかすこともなかった。
(まあ、私が王様からの呼び出しから逃げてたってのも原因…………)
そのせいで、勇者が駆りだされたと考えると、身から出たさび…………いやいや!これ以上考えるのはやめよう。墓穴を掘りそうだ。
「…………嘘はついてないな」
「そそそ、それは勿論!ウソなんてつくわけないじゃないですか!」
ダラダラと滝汗を流す。
ハイトは嘘や悪意に異様に敏感だ。
旅の道中、その彼のセンサーで助かったことは多々ある。
しかし、その鋭利さがこちらに向けられるのは非常に困る。
彼の恐ろしさは、身近で見てきたからこそ知っている。
(どうか海に沈められませんように………)
ハイトに詐欺を働こうとしたある者は、暗い海の藻屑と化し…………かけた。
なんとか彼を説得して治安隊に引き渡したが、放っておけばあの詐欺師は絶対に海に沈んでた。
「お願い!海だけは勘弁…………!」
「なに言ってんだ」
脈絡のない言葉を叫ぶ私を哀れに思ってくれたのだろうか。
ハイトがため息をついた。
そして、犬を払うように手を動かす。
(ゆ、許された……!?)
まさか、こんなに簡単に許されるとは思っておらず、反応が遅れる。
それにすぐ気づいたハイトは、ジロッとこちらを睨んだ。
「なんだ。まだ何かあるのか」
「いえありません失せます」
シュバッとドアに手をかけた時だった。
「お前は、パーティーから帰ってきたからな」
「……?」
「今回は許してやる」
「……?ありがとうございます!」
言っている意味はよくわからなかったが、とりあえず許されたらしい。
彼の気が変わらないうちにと、光の速さで部屋から出た。
ルンルンで自分の部屋に戻った私は知らなかった。
勇者に連れ去られた時も、王様と話していた時も、パーティーのための身支度をさせられている時も、ある目がこちらを見ていたことを。
「…………あれ、私ってパーティーのこと話したっけ?」
すべてを監視され、すべてを知られた上で泳がされていたことを知らなかった。
「ま、いっか!」
常に試されていたことを知らなかった。
目隠しをした状態で綱渡りをしている状況に、気づかなかった。
琥珀色の目を細め、男はほくそ笑む。
「お前は俺のものだ」
たとえ心が別のなにかに向いていようとも、壊してしまえばいい。
けれど、今はまだ壊す気はない。
なにかを一心に追う姿に、心惹かれたのだから。
「いつか、俺もそうやって追ってくれ」
恍惚とした表情は、狂気を滲ませていた。
愛憎の入り混じった彼女の瞳が自分に向けられるところを想像し、全身がゾクゾクとする。
「ああ……待ち遠しいなぁ」
最初は何の興味もない相手だった。
ただ、“貪食の黒”と呼ばれる化け物を好んで追うところは変わっていた。
そして、さらに変わっていたのは“貪食の黒”が落とす黒い“核石”を集めていることだった。
奴らを狩ることが趣味の俺にとって、情報を集め奴らの場所を特定する作業をやってくれるヨウは都合がよかった。俺はただ、愉しく狩りをすればいいだけだから。
利害が一致した関係。
その関係が崩れたのは、ある出来事がきっかけだった。
なんてことない出来事だった。
旅の途中、ある冒険者が守護精霊を“貪食の黒”の盾にした。
ごく当たり前の行為だった。
危険から主人の身を守るために身を捧げるのが守護精霊。
身を守る防具と同等。
守護精霊を愛玩用にするのは、暇を持て余した貴族か娯楽人だ。
だが、彼女は違った。
“貪食の黒”の前に出た守護精霊に向かって手を伸ばし…………その守護精霊は喰われた。
守護精霊を喰らう“貪食の黒”の姿。
平和ぼけしたヨウにはショックな光景だろうと、横目で彼女を見て絶句した。
今まで旅の道中で見てきた能天気で温和な彼女とは、真逆の目をしていた。
強い憎しみを湛えた瞳が、酷く美しい。
なにより、憎しみの奥に隠しきれない愛がちらついていた。
“憎くて、愛しい”
敵をみるような目なのに、時折ひどく愛しそうな目をする。
“欲しい”と思った。
その日から、彼女をよく見るようになった。
そして、気づいた。
あの目は、“貪食の黒”を殺すたびに現れる。
そうして奴らを狩る理由が、ひとつ増えた。
(あの目が欲しい。あの目に見つめられていたい)
暗い闇の中で、俺は生まれた。
成長し、光が差す世界を歩いてきたが、俺が照らされることはなかった。
なにかを踏み潰すことで、自分が生きていることを感じ続けた。
でも、あの目さえあれば、俺は生きていける。
あの目こそが、俺に光を与えてくれる。
「だから、早く見つけてくれ」
お前が一心に追い、愛しているモノを。
そうすれば、俺が壊せる。
「どうか俺を、愛してくれ」
男の狂愛は止まらない。
恨むのなら、この存在を生んだ世界を恨むべきだろう。
人が生んだ、この憎しみの存在を。