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3.王城およびパーティーからの脱出




「おいこら勇者、そこに直れ」


「待て待て!もう十分謝っただろ?!」


「謝罪に誠意を感じない」


「まだやるのか!?もう十分やられたぞ?!」


「問答無用!」


「うぐあっ!」


 気が付けば、豪華な客室のベッドの上だった。

 多少見覚えのあるこの部屋は、ピレスロイドの王宮の一画にある。


 状況を完全に把握しなくとも、私の身体は自然と動いた。


 そうして、客室の応接間にいた元凶を懲らしめている最中である。


「王様のパシリになったとか聞いてない」


「言ってないからな。あとパシリじゃなくて“お使い”な?」


 そう、この勇者、人からワンコロに成り下がったのである。

 勇者が国家権力に尻尾を振るとは何事か!

 歴代勇者の気概を汚すんじゃない!


「全部声に出てるぞー。それとオレは別に国に属してないぞ?ただの一冒険者だ」


「いーや、嘘だね。どうせ賄賂をもらったんだ、お金に釣られたんでしょこの守銭奴!」


「あんた、しばらく会わないうちに変わったな。面白い方に」


「失敬な!」


 やんややんやと言い争っていると、部屋のドアが開いた。


 さっと視線を向けると、そこには豪奢な服をまとった壮年の男性が立っていた。

 周囲には騎士がずらっと並び、明らかにお偉いさんな雰囲気を醸し出している。


 私はしばらくフリーズした後、静かに頭を下げた。


「よいよい、楽にしてくれ。わしらの仲だろう?」


(どんな仲だよ)


 心の中でツッコミつつも、声にはだせない。

 それもそうである。

 なにしろこの御仁は、このピレスロイドのトップオブトップ。


「あ、国王。もう来たのか」


 呑気な声の方向に目を向けると、勇者が地べたで胡坐をかいていた。

 

 しまった、そういえば反省させるために正座させてたんだった。

 痺れた足をつつきまわす刑に処してたのを忘れてた。


「おや、勇者よ。お主、地面に這いつくばる趣味ができたのか」


「それはおっさんの趣味だろ?」


「ハッハッハッ!相変わらずだな」


「お互い様だ」


 本気なのか冗談なのか分からない会話に、冷や汗をかく。

 頼むから、さっさと用件を済ましてほしい。


「今日はお主ではなく“迷い人”に用があるのだ」


「!」


 話の矛先を向けられ、体に緊張が走る。


 “迷い人”。

 久しぶりにそう呼ばれた気がする。


 異世界から来た人間の呼称。 

 珍しさ的には隕石が落ちるレベルに匹敵するため、縁起物として担がれる。


「そろそろここに戻ってこないか」


「…………それは、できません」


 当時の私も、例に漏れず王宮で囲われた。

 でも、今はそうすることはできない。


「そうか……。我らピレスロイドは貴殿を迎える準備はいつでもできておるぞ」


 王様の瞳は私を映している。

 しかし、私を見てはいなかった。


 私はもう、私を見てくれる瞳を知ってしまった。


「お気遣い痛み入ります」


 頑なな態度に、ひとまず引き下がることにしたのだろう。

 王様は肩を落として部屋を出て行った。


 それに続いて、勇者も出ていった。


 去り際に「ドレスを楽しみにしている」とかなんとか訳のわからんことを言ってきたので、脳天をシバいておいた。



 静かになった部屋で、私は何かを忘れている気がした。


 しかし、部屋になだれ込んできたメイドたちに身支度を強要され、そんな思考も霧散した。











「え、なんでドレス?」


 勇者の不吉な予言通り、私はメイドさんたちに飾り立てられた。

 

「これが……私?」


 鏡に手をつき、もう片方の手を頬に添える。


「なんも変わってない」


 メイドさんたちの懸命な努力に対して申し訳なく思うほど、通常時の私だ。

 劇的ビフォーアフターは、やはり元のポテンシャルがある人にしか成し遂げられないようだ。


 そう現実逃避をしていると、いつの間にか大きな扉の前にいた。


 確か、案内してくれた人が何か言ってた気がするけど……。


「……いやまて。今、重大なこと思い出した」


(ハイト……!!)


 そう、今になって思い出した。

 昨日の夜、ハイトと宿で落ち合う約束をしていた。

 そして、今は次の日の夜になっている。


「…………」


 ……命日が近いかもしれない。

 あの人、何事にも不寛容だから。それに、口では言ってないけどあの人、自分のことをないがしろにされることが何よりも嫌いだし……。


「…………」


 自身の窮地を察し、きょろきょろとあたりを見渡す。


 うん、幸いここには私しかいない。


 扉の向こうから聞こえてくる声を鑑みるに、おそらくパーティーが開催されているのだろう。扉を少しあけて中を覗き見ると、思った通りのお貴族様パーティーだった。


(帰るなら今しかない)


 確か、部屋に私の服が保管されているはず。

 あの時、メイドさんたちの会話を盗み聞きしてた自分グッジョブ。

 地獄の身支度中に聞き耳を立てていた自分を褒めながら、誰もいない廊下を突っ走った。











 一方、パーティー会場では———。


「いやぁ、豪勢なパーティーですな」


「それはそうだろう。なにせ、あの錚々たる方々がいらっしゃるんだからな」


 パーティー会場の視線はある一点に集まっていた。


 そこには、溢れんばかりの光を放つ3名の人物。

 一人は、金髪碧眼の爽やかな風貌の勇者メキト。

 もう一人は、桃色の髪にエメラルドの瞳をもつ聖女フェトリン。

 そして最後は、赤い髪に琥珀の瞳の皇子ベンズ。


 彼らは、“巡礼”と呼ばれる旅に出たメンバーだ。


 “巡礼”とは、3国それぞれにある“封印石”と呼ばれる石に祈りを捧げる旅。

 この栄えある旅に、ピレスロイドからは勇者、チオシアニからは聖女、ディートからは皇子が選出された。


「ん?だが、“巡礼”のメンバーは4人いなかったか?」


 ある貴族の男が眉を上げる。


「ああ、そういえば異世界からの“迷い人”がいないな。だが、かえってよかったじゃないか」


「ほお、それはなぜだい?」


 尋ねた貴族は、ニヤニヤと哂う。

 そして、それに答える方もいやらしく哂った。


「そりゃあ、あの高貴な方々のそばにいるには、あの“迷い人”様では……なぁ」


「それもそうか!」


 貴族たちにとって、異世界からの“迷い人”はあくまで縁起物。

 自分たちを引き立たせるための()()であり、対等な人間ではない。


 ヨウは、この嘲りの空気を知っていた。

 それもあって、彼女はこのパーティーから逃げたのだろう。

 まあ、なによりの理由は恐ろしい旅の同伴者にこれ以上不敬を働かないようにするためだが。


 カツン


「へえ、面白そうな話してるじゃん」


「……ッこ、これは勇者様!」


 空気が一瞬で媚びに変わる。

 

「ヨウのこと話してたんだろ?」


「ええ、ええ、それはもう素晴らしいお方だと……!」


「その通りです!“巡礼”という偉業を成し遂げたのですから!」


 どこまで聞かれていたのだろう。

 冷や汗をかきながらも、懸命に言葉を紡ぐ貴族たち。


 その様子を腹の内が読めない笑みで見る勇者。


「その話、俺にも聞かせてもらおう」


 そんな中、皇子が合流する。

 それに安堵の息をついたのは貴族たちだった。


 なぜなら、皇子は例の“迷い人”を嫌っていたからだ。

 実際に、皇子に暴言を吐かれる“迷い人”を見た者が大勢いる。

 勇者は“迷い人”を擁護するが、皇子はむしろ“迷い人”を貶す。


 “迷い人”が目障りな貴族にとって、皇子はこちら側の陣営だった。


「これはこれは、皇子様!今ちょうど、“迷い人”様の話をですな」


 貴族たちは、皇子から出る“迷い人”への言葉を今か今かと待つ。

 他人が貶められる姿ほど、彼らの心を満たす娯楽はない。


 そして、とうとう皇子が口を開いた。


「これ以上、あの者に対する発言をするな」


「「「…………?」」」


 思ったのと違う。

 その場にいた者たちの心の声が一致した瞬間だった。


 ただし、勇者は例外だ。

 彼は、呑気にシャンパンのおかわりをしている。


「さもなければ、貴様らの舌を切り落とす」


「「「!?」」」


 貴族たちは困惑し、周囲に視線を走らせた。

 違う場所で歓談していた口さがない貴族たちは、その視線から逃れるように下を向いた。


 普段、あれだけ同じように“迷い人”を貶していた者たちの裏切りに、怒りと憎しみを覚える。


「聞き耳を立てている者たちも、例外はない」


「「「…………」」」

 

 しかし、怒りと憎しみを感じる必要はなかった。

 なぜなら、皇子は“迷い人”を貶した者全員に対して、処罰を下すようだったから。


 パーティー会場の空気は最悪だった。


 この夜、“迷い人”のパワーバランスが変化した。

 しかし、当人がそれを知るのはもう少し先の話。


「…………ヨウ」


 バルコニーに出た皇子が、星を見つめて呟く。


 皇子のその様子を見守る従者は、微妙な顔をしていた。

 あれほど嫌って貶していた相手なのに………、と。

 

「お前に会いたい」



 





 ゾワッ


「!?」


(今、なにか悪寒が……。まるで会いたくない人に再会を望まれているかのような悪寒が………)


 一方、無事に城から抜け出したヨウは、突然の寒気に見舞われていた。

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