2.旧知の勇者
私がいる世界には、階層がある。
上層と下層の2つがあり、人間は上層に住んでいる。
下層は…………未知の空間だ。
そして、人間の世界である上層は大まかに三つの国で成り立っている。
自由の国ピレスロイド、慈愛の国チオシアニ、誇りの国ディート。
そしてここは、三国の中で最も広い領土をもつ国、ピレスロイド。
この国は、広い領土をもっているため資源に恵まれており、作物も鉱物も豊富だ。
それに、人も集まるため人材にも困らない。
「来る者拒まず、去る者追わず」という言葉を体現している国だ。
他の二国は…………まあ、機会があれば説明する。
(願わくばありませんように)
―――と、考えていたそばから問題は発生した。
「うん、この国の目ぼしい場所は全部まわった気がする……」
少し古めのギルドで、私は地図と睨めっこしていた。
「北は、前回行ったところが最後だし、東西南はすでに回ったし」
大量のバツがついた地図を見ながら、感慨深くなる。
なんだろう、義務教育時代の夏休みの宿題を片していく感覚に近い達成感だ。
それと同時に、やりたくないことが眼前に迫っていることを自覚する。
「…………もしかしなくても、次の国に行かないといけない感じ?」
次に行くなら…………苦渋の決断で、チオシアニかな。
頭を抱えてテーブルに突っ伏していると、ギルド内がざわついた。
どうやら誰か来たらしい。
隅のテーブルで壁に向かって座っているからわからないが、空気が変わったのを感じる。
チラッと後ろを振り返る。
「!?」
そして、秒で壁の方を向いた。
(…………なんであの人がここに!?)
見覚えのある顔が、ギルドの入り口に立っていた。
その人物は誰かを探すようにギルド内を見渡している。
「なあ、あれって…………」
「おい、あの人じゃねぇか?」
「「ゆ、勇者!!?」」
「ん?ああ、どうしたんだ?」
能天気に返事をする勇者に、周囲は仰天している。
………相変わらず、周囲を振り回す人だ。
金髪碧眼で、爽やかな雰囲気のイケメン。
彼こそが、この世界で勇者と呼ばれる人物だ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「も、ももももちろんですッ!!」
声をかけられた冒険者の少年は、椅子から転げ落ちそうになっていた。
勇者が入り口から離れたことを確認できたものの、彼は入り口からそう離れていない場所で聞き込みをしている。
(どうしよう。もう少し待つべき?)
すぐにでもこの場を離脱したいが、勇者に気づかれるのはマズい。
いろんなことを鑑みた上で、彼に見つかるのは色々と駄目だ。
(でも、このまま待ってても埒が明かない)
勇者は少しずつ、ギルドの内部に入っている。
ここは、多少不自然でも外に出た方がいいかもしれない。
(よし、行こう!)
すっと席を立ち、壁際を移動して入口へ向かう。
皆の視線は勇者に向かっていて、私に気づいている人はいなさそうだ。
(で、出れる……!)
そう思ってドアノブに手をかけた瞬間。
「なあ、あんた」
「ホギャーーーーッ!!!」
「ど、どうしたんだ!?」
勇者に肩を掴まれ、声をかけられた。
「い、いえっ!勇者様に声をかけられるなんて光栄すぎて!」
声色を高くし、必死に下を向く。
できるだけいつもの自分とは違うような印象操作を行う。
しかし、それは徒労に終わった。
「……あっ!あんた、ヨウだろ!!」
じっとこちらを見ていた勇者は、喜色の声を上げた。
「いえ、人違いです」
「今までどこにいたんだ?積もる話があるんだ!」
肩を抱かれ、ズルズルと足を引きずられる。
この陽キャ、相変わらず距離が近い。
勇者はギルド職員になにか声をかけ、ギルドの最奥に進んでいく。
(終わった……)
一方私は、ただ遠い目をしていた。
そして頭の片隅で、「夜までには帰らないとハイトとの報告会に間に合わないな」とぼんやり考えた。
「それで?今まで何してたんだ?」
ギルドにこんな高級な部屋があったのかと思うくらいの部屋に通され、私は勇者の尋問にあっていた。
「旅です」
嘘は言ってない。
ただ、本当のことも言ってない。
「そうなのか!どっか行きたいとこあったのか?オレが連れてってやるよ!」
「いや、もうこの国で行きたかったところは回ったので」
言外に、この国にもう用がないことを匂わせる。
そして顔に不快感をにじませ、「さっさとどっか行け」という態度を前面に出す。
しかし、この鈍ちん勇者には伝わらなかったようだ。
キラキラとした目でこちらを見てくる。
……気のせいだろうか、彼の頭上に「野良の勇者が仲間になりたそうにこちらを見てくる」というテロップが見える。
「オレが――――」
「あと、連れがいるので同伴者はこれ以上いらないですね」
「そうか……」
しゅんとした姿に、若干の罪悪感を覚える。
だがしかし、ここで日和ってはいけない。
こんな明らかに目立つような男と行動を共にすることは、爆弾を抱えるような行為に他ならない。
(化け物からドロップする黒い核石を収集してるなんて知られたら、どんな反応をされるか……)
変人扱いされるならまだマシだ。
最悪の場合、異端審問にかけられる。
これから宗教色の強いチオシアニに行くのに、そんなことをされるわけにはいかない。
「それじゃあ、用が済んだようなのでこれで―――」
「あ!そういや伝言頼まれてたんだった」
ポケットをごそごそを探りだした勇者を見て、嫌な予感が止まらない。
「はい、これ」
「…………なんですか、これは」
どうやら何かの招待状のようだが…………開けたくない。
黒地に金の文様が入ってる手紙なんて、明らかにあけちゃダメなやつだ。
「なんか国王があんたに会いたいんだってさ」
「聞かなかったことにします」
「なんで!?」
ワタワタする勇者を無視し、さっと出口へ向かう。
ドアノブに手をかけ、外へ出ようとした瞬間。
トンッ
「…………ッ!?」
首に衝撃を受け、意識が揺らぐ。
前に倒れ込む私を受け止めたのは、元凶である勇者。
「…………くそっ…………たれめ」
「すまない、王命なんだ」
意識を失いながら、勇者への悪態を忘れずにつく。
(また、あの城に行かないといけないのか)
そして、目を閉じた。
勇者には3人の仲間がいた。
一人は聖女。
もう一人は皇子。
そして、最後の一人は異世界の“迷い人”。
勇者にとって、最後の一人は重要な存在だった。
なぜなら、彼女は彼の唯一の挫折だから。
腕の中に眠るヨウを見て、勇者メキトは沈黙した。
救えなかったモノに囚われる彼女を、どうすればいいのか。
「…………あんたをどうすればいいんだろうな」
零れた言葉は、夜の帳に溶けていった。
目の前にある城壁を飛び越え、勇者は王が待つ城へ向かった。
—―——なお、目覚めたヨウに勇者がボコボコにされたことは割愛しておく。