1.はじまり
この世界には、一人に必ず一体の精霊がついていた。
その精霊は守護精霊とよばれ、人々は彼らと共に生きている。
人々にとって彼らの存在は自分の手足同然であり、当たり前のものだった。
カランッ
ドアについたベルが鳴る。
「いらっしゃい」
冒険者ギルドの窓口から眠たげな職員が挨拶してきた。
私は何も言わず、重い袋を彼の前に置いた。
そっと周りに目を向けると、ここには私と目の前の彼しかいなかった。
早朝のギルドは静かでいい。
やはり、今後もこの時間帯に来よう。
「……いつもご苦労さん」
袋の中身を確認した職員は、カウンターの下からジャラジャラと音が鳴る袋を出した。それを受け取り、ギルドを後にする。
「おい」
静かな路地裏を歩いていると、声をかけられた。
振り返ると、肩にハゲワシをのせたガラの悪い男が立っていた。
「………………」
「嬢ちゃんよー、朝とは言っても1人は危ないぜ~?」
ニヤニヤと笑う男に眉をひそめる。
そして、じっと男の肩にとまっているハゲワシを見た。
あのハゲワシが、この男の守護精霊。
「………………」
こんな人間にも守護精霊がいる。
「今、ちょっと金に困っててさ~」
男の肩で、男の味方をするようにこちらを睨んでくる守護精霊。
(どうして私には)
肩に向かった私の手が空を切る。
軽い左肩に、私の心が重くなった。
「おい、聞いて———」
「黙れ」
ドゴッ
「ぐはッ!?」
下がっていた視線を前に向けると、男が壁に叩きつけられていた。
男を殴り飛ばした若い男は、猛禽類のような琥珀の瞳をこちらに向けてきた。
「お前、何ボーっとしてやがる」
「ああ、朝は弱くて」
ヘラっと笑うと、彼は舌打ちをした。
そして、今にも人を殺しそうな形相で壁に凭れて気絶している男の前に立った。
『ギャーギャーッ!』
主人を守るようにハゲワシが宙で翼を広げる。
目の前で翼を広げられ、彼は煩わしそうな顔をする。
そして、おもむろに手を動かす。
「……っ、待って!」
彼の手があの守護精霊にかけられる前に、私は声を出した。
「チッ、なんだ」
鋭い視線がこちらに向けられる。
その視線に怯むことなく、私は微笑む。
「騒ぎを起こすと面倒じゃない?」
いくらこの町が田舎だといっても、その情報網を侮ってはいけない。
案外、こういう些細なことが面倒事に発展することがあるのだ。
「立つ鳥跡を濁さず……ってね?」
「………………チッ」
彼は背を向け、一瞬で姿を消した。
「………………ふう」
右を見ると、ハゲワシが気絶した男の髪を食んでいた。
その心配そうな姿に、胸が鈍く痛む。
(————フェルニル)
左肩に向かった右手が宙を切る。
かつて温かかった左肩は―――――ひどく冷え切っていた。
私はこの世界の人間じゃない。
突然、この世界に“落ちた”。
気づけば、ただこの世界に立っていた。
珍妙な服装が目立ち、私はあれよあれよとどこかの王城へ連れて行かれた。
それで――――。
「おい、のろま」
「………………今、思い出にひたってたんですけど」
空気を読まない輩が、私の思考に割り込んできた。
「というか、ここ私の部屋なんですけど」
「知ってる」
(知ってて入って来たのか……)
ここはこじんまりとした宿屋だが、部屋は二部屋とれたはず。
それなのに、私の部屋でくつろいでいる若い男。
肌は陶磁器のように白く、もはや人外のような美貌の男。
スカイブルーの髪は透き通っていて、昼の湖畔を思い起こさせる。
瞳は猛禽類のようで、蜜のように美しい琥珀色をしている。
「次の獲物は?」
「はいはい、次は――――」
とても美しい容姿であるが、抜身の刃のような雰囲気をもつ。
それが、このハイトという男だった。
そして、この男と行動を共にしているのには理由があった。
「“貪食の黒”はカシールの北に現れたらしいですね」
「そう遠くないな。退屈せずに済みそうだ」
愉し気に笑う彼から目をそらす。
こわっ。
この人のこういう戦闘狂なところは苦手だ。
この刃がいつ自分に向けられるのだろうかと、戦々恐々とする。
「北か………」
確か、カシールの北には――――。
グチャッ
『オオオオォォォォーーーーー………』
地面に溶けていく、黒いソレ。
口らしき部分には無数の牙があり、目はない。
この異形の化け物は、“貪食の黒”と呼ばれている。
「これだけしかいないのか」
黒い液体がべっとりとついた剣を残念そうにながめるハイト。
彼は、どうしてこんな化け物をこうも易々と切り殺せるのだろう。
化け物が切り殺されて溶けた場所に向かう。
草が生い茂るそこへ目を凝らすと、黒い結晶が複数落ちていた。
「あった」
それを拾い、袋にいれる。
ジャラジャラする袋には、おそらく数十個の結晶があるはずだ。
「ハイトも“核石”を拾ってくれません……?」
「必要ない」
「あなたにはね……」
彼の目的は“貪食の黒”を切り殺すこと。
私の目的は“貪食の黒”が落とす核石を収集すること。
利害の一致で行動を共にしているだけで、気安い関係ではない。
でも、石を拾い集めることくらい手伝ってくれてもよくない?
「さっさとしろ」
「はーい……」
まあ、戦闘を担当してくれているだけ恩の字だ。
私は情報収集を担当しているけど、労力的にはハイトの方が比重が傾くだろう。
(核石は順調に集まってるし、いい感じだ)
ジャラジャラと鳴る袋を掌に置く。
そして、黙祷した。
この核石の分だけ、精霊の魂があった。
そう思うと、冥福を祈らずにはいられなかった。