異世界でも弁護士をしていますが、色々大変です。
「では、次の弁論手続きは新たに入手した証拠を元に進めましょう。このまま、検察側の意見を反映させる訳にはいきません」
「はいっ!」
日本のとある法律事務所で、私は法律の力を持って、弱い立場に立たされる人の力になるべく、日々奮闘していた。
今はある傷害事件の裁判真っ最中。 検察は被告人つまり犯人とされる人に対して、集めた証拠を突きつけてきている。
私はそんな検察から被告人を守り、犯人であっても減刑や情状酌量を求める弁護側である。
「何かがおかしいのよ……。 見落としている何かがあるわ」
そう、この事件では傍目から見れば、被告人は明らかに黒。 でも、私の今までの弁護士としての勘が違和感を訴える。 このままでは駄目だと……。
「でた……。 東雲所長の違和感」
「でも、被告人も罪を認めてるし、減刑を求めるのが普通では?」
今まで開示された証拠写真と調書を見比べいた私は周りの声に気付かない。
「まだまだだな。お前はあの所長の凄さを分かってないね。 あの人は『法曹界の………』」
ーーーふと目が覚めた。
「『夢』か……。 懐かしいわね。 久しぶりにアッチの夢を見た気がする」
鳥の囀りとカーテン越しに感じる太陽の明かりに目が覚めれば、ベッドから降りてカーテンを開け放ち頬杖を付いてぼーっとした。
「やっぱり、何度観ても見慣れないわ……。 まさか、この私が異世界に来るなんて……」
朝独特の賑わいをみせる街を見下ろすと、そこには剣や杖、盾を身に付け街を歩く人々、それに混じり獣耳を生やした獣人。
そう、私は所謂、異世界とやらに来てしまったらしい。
「はぁー……。 あの裁判もまだ途中だったのに……」
そう呟きながらも、現在、私は宿屋の手伝いを住み込みでしていて、片手間に『人生相談』をふとしたきっかけで始めていた。
そんな中、宿屋の主人が一人のフードを深く被った女性を連れて来た。
「ちょっといいかい?」
「はい。 大丈夫ですが、どうしました? もしかして、何か急な予約でも?」
「いやいや、そうじゃないんだ。 この女性の悩みを聞いて貰えないかと思ってな?」
うつむき加減の女性。 見た限り貧困層の出では無い。 着ている物は一般人に寄せてはいるが、上等な物と分かる。 ワケありか。
「……奥の個室をお借りしても大丈夫ですか?」
私は彼女の身なりと様子を見て、ここでは話辛いかと考え、主人に問いかけると主人は頷き、優しく女性の背を押して個室へと促した。
「さて、お話をお伺いしましょうか。 どうぞお座り下さい」
「……ありがとうございます」
声に覇気がない。静かに品のある所作で座ると、女性はおもむろにフードを外した。
現れた女性は絶対、元の世界じゃハリウッドのトップ女優やモデルも顔負けの美人さんだった。
ただし、化粧でも隠し切れないくっきりとしたクマと、虚ろな目がその異常さを際立たせていた。 一歩間違えれば、自殺コースまっしぐらのようだ。
「……よく、ここまで頑張って来てくれましたね。 もう、大丈夫です。 此処には貴女を責める物は何もありません。 出来る限りゆっくりでいいので話を聞かせてください」
私は努めて優しくゆっくりと女性に話しかけた。
「っ………。 わ、私はリシャール・セイントラといいます。 あの……。た、助けて下さいっ!」
「分かりました。 と言いたいですが、私はご覧の通り平民です。 セイントラ様はご貴族様ですよね? この私がお力になれるとは思いません」
「……っ。 それでも、話だけでも聞いてくれませんか?」
貴族間の問題はかなりややこしい。 金に物を言わせてもみ消す事もあれば、一平民の私なんて簡単に消してしまうなんて事も可能だ。
でも、この人はこのままにしてはいけない。 なんとなく私の勘がそう告げる。
「分かりました。 話を聞いてから私に出来る範囲内で良ければ、お力になりましょう」
そう私が話すと、セイントラ様は安心したのかポツリポツリと話を始めた。 時には悔しそうに、時には悲しく打ちひしがれながら……。
話の内容を纏めると、あまりにも彼女の今、立たされている境遇が不憫に感じた。
「……私は彼が望むなら婚約破棄をしても構いません。 ですがっ、無実の罪を着せられたり、家名を傷付けられたままではっ! 私はっ……私はっ……今まで積み上げ必死になってきた事を……簡単に無かった事にしたくはないのですっ……!」
確かに彼女の話を聞く限り、ただ単に婚約破棄で済むとは思えない。 それに、それでは彼女の今までの努力と時間が無駄になってしまう。 だからこそ、彼女はなんとか一線を超えるのを耐えられているのだ。 どんなに白い目で見られ、傷付いても……。
ならば、私のやる事はただ一つ。
彼女の尊厳を守り汚名を晴らし、無実であると証明、慰謝料と謝罪文書を請求する事。
「セイントラ様、貴女の尊厳を守り無実を証明しましょう」
まずは、彼女の体調を整え元の美しい姿にする事から始めたり、証拠と証言を集め、貴族間特有の暗黙の了解やルール、法律、相手側の背後関係の洗い出しなど、元の世界ではまず弁護士がやらない事まで手を出し彼女の為に働き続けた。
そして、遂に決戦の日がやって来た。 彼女を本来エスコートするべき相手は来ず、仕方なしに私が男装して彼女を会場までエスコートした。
会場に着くと私は彼女の了承を得て、素早く別室にて着替えると、何食わぬ顔で人混みに混じったのだった。
「リシャール・セイントラ! 公爵令嬢であるにも関わらず、我々の度重なる忠告も無視しての悪行の数々! 真に許し難い! よって、この私、アストラル・オセイアはお前との婚約をこの場にて破棄する!」
あー……。 やっぱり、その手を使って来たか。
予想していた事とはいえ、一国の王太子ともあろう者が、安易にこのような場でやる事か? と思いつつも、私は彼女の様子が心配になりそちらを見る。
「………そうですか。 一応、ご確認しますが、この件について国王陛下の了承は得ていますか?」
「ふんっ! 父上達に私からこの後、説明する!」
彼女は最初に出会った頃とは見違えるほど、回復し、美しく凛と立ち王太子を見据えていた。
「はぁ……。 それで、皆様は本当に宜しいのですね? 事実確認もせず、そちらの女性から見聞きした事を鵜呑みにして、後悔はありませんね?」
「くどいぞ! 事実などこのマリアナ・ワフリッダ男爵令嬢から幾つも聞いたし、証人も居る! 後悔するのは、お前の方じゃないか?」
嘲りながら、自分の立場が絶対的な物と信じ切っている王太子、傍には寄り添うように立ち、潤んだ瞳をする男爵令嬢。
彼女の視線が私を捉える。 覚悟を決めた彼女に小さく笑みを浮かべ頷くと、私は人垣を掻き分け、問題の舞台へと歩みを進めた。
「ちょっと宜しいかしら?」
私が姿を現すと一斉に集まる視線。
「………君は誰だ?」
「そうですね。 私はリシャール・セイントラお嬢様に雇われた、しがない弁護士です」
「弁護士だと? なぜ、たかだか弁護士風情がこの場に居るんだ。 しかも、リシャールが雇い主? ふんっ! どうせろくでもない奴だ! 出ていけ!」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。 この場にてお嬢様の身に起きた冤罪の証明と慰謝料の請求、及び謝罪を要求をいたします」
「はあっ?! なに、意味不明な事を言っている! そんな物は全てお前達が払うべきだろう!」
王太子の言葉に便乗して、口々に私たちを責める取り巻き達。 いいでしょう。 受けて立ちます。
「第135条第1項、この国に住まう全ての国民は貴族、平民関係なく平等に法の元に双方法律を遵守し国の為にあるべきであり、これらを一方的に覆す事はならない」
突然、この国の法律を語り出した私に辺りは静かになっていった。
「なっ!? いきなり何を言い出すんだ!」
「この国の法律ですよ。 私共はこの度、この法律を元にあなた方を訴えます」
私を甘く見ないで貰いたい。 だてに元の世界で弁護士やってないし、『法曹界の名探偵』と二つ名がある訳じゃない。
畳み掛けるように私はここまで集めた証言を話して、突き落とされたと言う男爵令嬢の話もリシャールさんのみならず、第三者からの視点を入れた見解。 別の事件では、リシャールさんでは犯行が不可能であると証明。
次々と提示していく私に、最初は反論と認めないと喚いていた王太子と取り巻き。
でも、段々と様々な矛盾点を突きつけられ二の句が告げなくなってきた様子。
次期宰相の息子だが知らないけど、まだまだ勉強不足ね。 元の世界の検察の方が、反論する内容が濃いわ。
「ーーー以上を持って、リシャールお嬢様が全ての事件において無罪と主張させて頂きます。後の事は国王陛下をお通しして書面にて確認させていただきます」
全てを話し終え静かになった会場を、私はリシャールさんに寄り添いその場を後にしようとした。
でも、それはこの国の最高権力者たる国王陛下と王妃の登場に叶わなかった。
「その必要ない」
国王陛下の登場に場は沸き立ちざわめきが広がる。
「リシャール・セイントラ嬢よ。 我が愚息が大変失礼した。 非は全面的にこちらがある。 弁護士殿よ、貴殿の話は全て聞かせて貰った。 慰謝料と謝罪文の提出、望むならリシャール嬢の名誉回復の為に如何なる事もしよう」
「な、何を言っているんですか! 父上!」
「黙れっ!!! 愚か者め!!!」
「アストラル、貴方には幻滅しました。 私はそれとなく幾度も貴方には忠告をしたはずです。 なのに、リシャール嬢への理不尽な扱い。 見るに堪えません。 一国の王太子という責務と立場があるにも関わらず、なんと愚かしい事を……」
「騎士団よ、あの者達を別室に各自隔離しろ!!」
国王陛下の命令により連れて行かれる王太子と取り巻き、男爵令嬢。 王妃は悲しげな表情のままリシャールさんへと向き直り深々と頭を下げた。
「お、王妃様! お止めください! 頭を下げるなど、恐れ多いです!」
リシャールさんが慌てて止めると頭を上げた王妃。
「そんな事はありません。 私とした事が、あの子をきちんと正せなかったのです。 貴女にも随分と辛い思いをさせてしまいましたね。 守ってあげられなくてごめんなさい」
「余からも謝罪させてくれ。 真に申し訳なかった。 セイントラ公爵には日を改めて書簡にて謝罪をしよう」
「………っ。 わ、私はもう駄目かと何度も諦めかけました。 でも、陛下や王妃様には何かと目をかけて頂いていた恩もあって、耐えられていましたっ……。 でもっ……」
ここまで涙を見せなかったリシャールさんだったが、耐え切れず嗚咽混じりに涙を見せた。
やっと、ちゃんと泣けた。 その様子を後ろにさがりながら見て私は安堵の息を小さく吐いた。
そして、様々な事が一気に起きた会場をひっそりと隠れるように私は帰ったのだった。
後日、リシャールさんから勝手に帰った事のお叱りと謝罪、お礼という長い手紙を貰い、今後どうすべきか相談したいと言われたが、丁重にお断りした。
何故かって? そんなの、あんな煌びやかで華やかな世界は、気が重いというなんとも情けない理由だが。
私が、何故この世界に来たのか未だに分からないけど、私はここでも変わらず弁護士を続けていこうと宿屋の窓辺に立ち、思うのだった。