表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/85

第84話 さよならブラックカラー・《side黒末アサト・後編》

「は、ひ……! ば……ば、バケモノ!」


 アサトは後じさるが、すぐに壁に突き当たってしまう。

 少年は、そんなアサトにゆっくりと歩み寄っていった。


「や、やめろ……! 俺に、近づくんじゃねぇ……! やめろぉ!」


 壁を背にしたまま、アサトは手にした包丁を出鱈目に振り回す。

 しかし、少年はそんな抵抗をものともせず、ゆっくりと距離を詰めていった。


 そして、包丁の切っ先が少年の身体を捉えようとした時。



 バチンッ!



 包丁が、何かに弾かれたように、アサトの手から離れる。

 それはまるで、何か見えない障壁にぶつかったかのようだった。


「は……?」


 一瞬、なにが起きたのか理解できなかったアサトだったが、すぐに目前に写る光景を目にして、驚愕に目を見開いた。


「そ、その……障壁……! 俺の……!?」


 少年の身体が、赤黒い光の障壁に包まれていた。

 光の障壁は、バチバチと電気の放電音のような音を立てながら、少年の全身を球状に覆っていた。


 その様は、アサト自身の上級技能(ハイスキル)――《絶対不可侵領域》、そのものだった。


「なんで俺の……!? そもそも…!? スキルを……!? ここはダンジョンじゃ……!?」


 自身の理解を超えた目の前の状況に、パニックに陥り、へたり込むアサト。


 それも当然のことだった。


 スキルは魔素の力を利用して発動する。

 必然、スキルが使用できるのは、魔素に満ちたダンジョン内部のみ。

 地上では、スキルは一切使用できない……はずだ。

 なのに目の前の侵入者は、平然とスキルを使用している。

 しかも、そのスキルは、アサト自身のそれと同じなのだ。


 狼狽するアサトを余所に、少年は淡々と語りかける。


「アサトくん。君はさ、自分が振るう力について、こう考えたことはあるかい? どうして、自分はこの力を使うことができるのだろうって」


 しかしアサトには、少年の謎掛けめいた問いに応える余力などあろうはずもない。


「そう、君たちは何も知らない。知ろうともしない。君たちが《スキル》と呼ぶその異能は、僕たちの、苦しみの果てに生み出された、血塗られたシロモノだということに」


「なにを……なにを言って……」


「なのに君たちは、その力を、オモチャを振り回すみたいに、無邪気に使ってはしゃぎ回る。その力を、さも自分の力で掴み取ったかのように錯覚して、傲慢に振る舞う。まったく、本当に虫唾が走るぜ」

「お、お前……!? なんだよ……! なんなんだよ!?」


 アサトが叫ぶと、少年はニタリと嗤った。


「僕は、そんな傲慢な君たちに、正しい絶望を与える存在さ」


 少年がそう語った直後。

 ふっ、と少年を包む光の障壁が消失した。


「君の異能――《絶対不可侵領域シールド・オブ・アイギス》。自分を包む形で空間に強力な力場を生み出すことで、あらゆる攻撃を反射する。うん、発想は悪くない。今後の参考にさせてもらうよ。だけど、その使い方はちょっと燃費が悪すぎるな」


 そう喋りながら、少年はゆったりとした所作で、右手をアサトにかざした。


「僕だったら、その力はこう使う」


 少年がそう口にした、次の瞬間――


 ばちゅん。

 乾いた炸裂音がアサトの耳に届いた。


「……え?」

「空間に断裂層を生み出して、相手にぶつけるんだ。《《すると、そうなる》》」


 続いてアサトが感じたのは、自身の左腕を襲う強烈な熱感だった。


 アサトが恐る恐る視線を腕の方へ下げた。

 視線の先で、左肘から下の部位が、消失していた。


「うぎゃああああああああッ!」


 ほとばしる鮮血。

 遅れてやってきた痛みに、アサトは絶叫してのたうち回る。


「俺の! 腕が! 腕がァ!!」


 少年は、そんなアサトの様子を見下ろしながら、抑揚のない口調で告げた。


「君たちは、力をすぐに枠にはめようとしがちだけど、力はもっと自由なモノなんだよ。覚えておくといい」


 そう言った後、少年はしゃがみこんで、アサトの顔に向けて、右手のひらをかざした。

 それから、ふっと口端をイビツに釣り上げる。


「まあ、覚えてたところで、次に活かす機会はなんて、ないんだけれどね」

「や、やめ……」


「死ね」


 少年の右手が、まばゆい輝きを放つ。

 その輝きは、アサトの視界を赤一色に染め上げ――



 ぐしゃり。

 アサトの頭部が、跡形もなく吹き飛んだ。



 少年は、鮮血に染まった右手を軽く振ると、ゆっくりと立ち上がった。

 そしてアサトの亡骸を見下ろした後、ズボンのポケットからスマートホンを取り出し、どこかへ電話をかけはじめる。


「もしもし? うん、終わったよ。悪いんだけど、後処理を頼んでもいいかい? けっこう汚しちゃってさ。うん、悪いね」


 少年は、淡々と用件を伝えて、電話を切る。


「さてと……」


そして少年は踵を返して、ベランダへ続く窓の方へ歩いていった。

 カーテンを開いて、夜空を見上げると、そこには、赤光を放つ月が、煌々と輝きを放っていた。


 少年はしばらく窓越しに月を見上げていた。

 やがて、背後に人の気配を感じて、少年は振り返る。


 視線の先に、ひとりの女性が立っていた。


 ビジネススーツに身を包み、肩にかかるくらいのミディアムヘアを、軽くウェーブさせた女性だった。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。美人と称してよい整った顔立ち。切れ長の瞳の上にはリムレスの眼鏡がのり、見るものに理知的な印象を与える。


 しかし、女は、血溜まりに沈むアサトの凄惨な亡骸を目の当たりにしても、眉ひとつ動かすこと無く、かえってそれが彼女の異質さを際立たせていた。


「やあ、早かったね、三番(スリー)

番号(ナンバー)で呼ぶのはやめて。今の私には穂村ほむらミカという名前がある」

「そうだったね、ゴメンゴメン」


 少年は軽く首をすくめながら、謝罪する。

 ミカ、と名乗った女は、床に転がるアサトの亡骸を一瞥した。


「セロ――結局殺したのね。話をしにいくだけと言っていなかったかしら」

「ああ、そのつもりだったんだけどね。でも、やっぱり直接話したら、なんかムカついてきちゃってさ」


 少年――セロと呼ばれた彼は、軽い調子でそう答えた。

 その答えに対して、ミカは呆れた様子でため息を吐く。


「まったく……。あなたはいつもそうやって自分の感情を優先するのね」

「いやいや、それだけじゃないよ? コイツ、九番(ナイン)が殺り残した相手だろ? ちゃんと始末しておかなきゃとも思ったんだ。弟の不始末は、兄がつけなきゃね」

「そう。まあ、どうでもいいわ」


 ミカは、セロの言葉をさらりと聞き流した。

 それから、アサトの死体に歩みよると、膝を折って、その亡骸に手を伸ばした。


 すると、アサトの身体から、ぼぅ、と青白い炎が湧き上がった。

 炎はまたたく間にアサトの亡骸を包み込み、その身を焼いていく。

 一分とかからずに、アサトの亡骸を焼き尽くすと、跡形もなく消え去った。


 後には死体はおろか、血溜まりすらも残っていなかった。


「《炎を操る能力》――いつもながら、見事な手際だねぇ」


 セロはパチパチと拍手をしながら、ミカに賛辞の言葉を贈る。ミカはそれを軽く受け流すだけだった。


「それで? これからどうするの?」

「どうするって?」

九番(ナイン)のこと。動画を見た限り、覚醒しかけていたわ。呼び戻すんでしょう?」


「うーん。まあ、そうなんだけどね」


 セロは頭をかきながら、言葉を濁す。


「何か問題でもあるの?」

「あいつはちょっと、特別なんだ。引き入れるためには、《《色々と手順を踏む必要がある》》」

「手順?」

「うん、だからもう少しだけ様子見さ。それに、僕の予想だと、そろそろあっちから接触があると思うんだ」

「それって……ダンジョンギルドのこと?」

「ああ、九番(ナイン)の覚醒を、あいつらだって黙って見過ごすわけがない」


 セロはニタリと、ほころんだ笑みを浮かべた。


「ダンジョンギルドは、僕たちの敵だ。いずれ必ず、僕の前に現れる。九番は、そのときは()()()()かもしれないけれど……大丈夫、考えはある」

「そう。ならいいわ」


 セロの自信に満ちた表情に、ミカも小さく頷く。


「それじゃあ、私はもう行くわ。明日も仕事で早いの」


 ミカはそう言って、くるりと踵を返した。


「ああ、いつも悪いね」


 セロの労いの言葉に返事をせず、ミカは無言で歩み去っていく。

 その背中を見送った後、セロは再び夜空を見上げた。


九番(ナイン)――いや、今は皆守クロウ、か。君と再会できる日を、楽しみにしているよ」


 満月が放つ赤光に、セロはそっと目を細めて、そうつぶやいた。

 





最新更新話までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

本作は書籍版第1巻発売中となりますので、ここまで読んで少しでも面白いと感じていただければ、書籍版もお読みいただければ幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼小説第1巻5月30日発売!▼
予約はこちらから
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ