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第78話 面影


 気づけば俺は、真っ暗な空間に立っていた。


「どこだ……? ここ……」


 辺りを見渡しても、そこに広がるのはただ暗闇。

 そして俺は、その暗闇に一人、ぽつんと立ち尽くしているのだ。


 自分が此処に立っているわけを思い出そうとする。

 だけど、できなった。モヤがかかったように頭の中がぼんやりとしていた。


 ぶるりと悪寒が走って、俺は自分の肩を抱いた。


「寒い、このままじゃ凍えそうだ……」


 俺は暗闇の中、当て所なく歩き始めた。

 どこまで歩いても暗闇が続いている。

 そのうちに、あたりに声が響いた。


 ――クロウ。


 それは自分を呼ぶ声。


 どこか懐かしい、耳にすっと馴染むような、そんな不思議な声だった。


 俺は声の主を求めて、きょろきょろとあたりを見渡す。

 周囲には相変わらず見果てぬ闇が広がるだけだ。


 ――クロウ。


「誰……ですか? 俺を呼ぶのは……」


 俺は声に向かって問いかけた。

 だけど声は俺の問いに答えることはなく、ただひたすらに俺の名前を呼ぶだけだった。


「この声……まさか……」


 不意に俺は、この声の主に思い至った。

 この声は、俺がずっと前に失ってしまったもの。

 そして、もう二度と聞けないはずのもの。


「ヒイロ……さん?」


 全身を襲う強烈な焦燥感。それに突き動かされて、俺は闇雲に走り出す。


「その声、ヒイロさん……! ヒイロさんなんでしょ……!?」


 俺は必死に、その声の主に呼びかける。


「どこにいるんですか!? ヒイロさん……!」


 返事はない。だけど、俺は無我夢中で暗闇を駆ける。


「お願いします……! 姿を見せてくださいよ!」


 やがて、俺の願いに応じるように、視線の先に小さな光が生まれた。

 それは次第に大きく広がり始め、輪郭を形作っていく。


 そして、光の中から、懐かしい姿が現れた。


「ヒイロさん……やっぱり……!」


 俺にとっての最愛の人――時遠ヒイロがそこにいた。


 彼女の姿は、最後に会った時と全く変わらないもので、狂おしいくらいの愛しさと懐かしさがこみ上げてくる。


「ずっと、会いたかったです。俺を置いていくなんてひどいじゃないですか。ずっと一緒にいてくれるって言ったのに……」


 俺はヒイロさんを恨めしげに見つめて、それから笑いかけた。


「でも、いいんです。ヒイロさんに振り回されるのは慣れてますし。それに、こうしてまた会えたんだから……!」


 彼女の元に、一歩近づく。


「とにかく、こんな暗いところ、一緒に出ましょうよ。ヒイロさんに紹介したい人達もいるんです。そうそう、俺、転職したんですよ。会社名聞いたらビビりますよ? 超大企業ですから!」


 子どもが母親に自慢話をするかのように、ヒイロさんに語りかけた。


「紹介したい人っていうのは、俺の新しい職場の仲間たちで……皆、本当にいい人なんです。絶対ヒイロさんも仲良くなれると思う。だから……!」


 俺はヒイロさんに向かって手を差し出した。


「一緒にいきましょう」


 けれど、彼女は俺の手を取ろうとせず、じっと黙って俺を見つめているだけだった。


「ヒイロさん……どうしたんですか? さっきから俺ばっかり喋って……お喋りのあなたらしくないじゃないですか。またくだらない冗談を言ってくださいよ。聞いてもいないウンチクを教えくださいよ。俺……あなたの声が聞きたいんです」


 俺がどれだけ語りかけても、ヒイロさんは何も応えてくれない。


「どうして……どうして何も言ってくれないんですか! ヒイロさん!」


 しびれを切らした俺が叫んだそのとき。


「――て」


 ヒイロさんの口元がわずかに動き、なにか言葉を発した気がした。


「え……?」


 俺は、ヒイロさんの口元をじっと見つめた。


「なんて言ったんですか? もう一度……!」


 俺がそう懇願した次の瞬間、ヒイロさんを形作っていた輪郭が、急速にぼやけ始めた。


「ヒイロさん……!? 待って……!」


 かける言葉も虚しく、彼女の身体は、まるで砂の城が波にさらわれて崩れるように、さらさらと、その形を失っていく。


 そして、ぼやけた輪郭は、光の粒子となってどんどんと広がり始め、俺の視界を白く染め上げていった。


「いやだ……俺を……! 俺を一人にしないでくれよ……! ヒイロさん……!」


俺は、必死に彼女に向かって手を伸ばす。しかし、その手は虚空を切るばかりで何も掴めない。


 そして、俺の意識は、真っ白な光の中に溶けて消えた。


***


「う……?」


 俺はまぶたをゆっくりと開いた。

 紗がかかった視界が徐々にクリアになっていく。

 目に写ったのは白い天井だった。


「あれ……? ここは……俺……?」


 自分の身体がベッドに寝かされていることに気づく。


(ここ、どこだ? なんで俺は寝てるんだ?)


 ぼうっとする頭で、自分の身に起きたことを思い出そうとした。


(えっと、ダンジョン配信をして、アサトと戦って……それで、それで……)


 記憶の糸を手繰り寄せることができたのは、そこまでだった。


(もしかして、俺、負けたのか……!? とにかく、起きなきゃ……!)


 俺は起き上がろうと、上体に力を込める。


(あ、あれ……? 力が……)


 だけど、思うように力が入らなかった。まるで、自分の身体が自分のものではないような感覚だ。

 俺はなんとか首だけを動かして、視線を枕元に移す。


「ここは……病院か?」


 心電図を表示するモニターと点滴台が目に写る。

 点滴台から伸びるチューブは、俺の腕まで伸びていた。


「クロウ……さん……?」


 不意に横から声がかかった。俺は声の方に目を向ける。

 そこには泣きそうな顔でこちらを覗き込む少女がいた。


「リン、ネ……さん……?」


 俺が声をかけると、みるみるうちに彼女の瞳に涙が溜まっていく。


「クロウ、さん……よかった……本当に、心配、しました……ううっ、もう、目を覚まさないんじゃないかって……」


 リンネさんは泣き顔を隠すようにサッとうつむいてしまった。

 俺は彼女にかけるべき言葉を見つけることができなくて、うつむきながら嗚咽に肩を揺らす姿を見つめることしかできなかった。


 そうしているうちに徐々に身体の感覚が戻ってくる。それで俺の手がずっとリンネさんに握られていることに今更ながら気づいてしまった。

 俺は、その小さな手をぎゅっと握り返す。


「リンネさん……心配かけてごめんなさい」


 俺がそう呟くと、リンネさんはイヤイヤするように首を振る。


「いいんです。無事だったから……それでいいです……謝らないで、ください」


 しばらく彼女は泣き止まなかった。

 俺はただ黙ってその小さな手を握り続けるしかなかった。



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