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第70話 怒りの日

 そしてたどり着いたのは、六本木ダンジョン十三層最深部のとあるエリアだった。


 俺の隣に立つハルが、視聴者に現在地の情報を伝えるために、カメラアイでグルリとその場を見渡す。


 そこはどこまでもまっすぐに続く一本道の通路。

 大理石のような材質でできた両壁には等間隔に石柱が立ち並び、まるで神殿や寺院のような厳かな雰囲気を醸し出していた。


「――皆守、鬼ごっこはおしまいか?」


 後を追ってきたアサトの声が背中に届く。

 俺はハルと視線を交わしてから、アサトの方へ振り返った。


「ったくチョコマカとゴキブリみたいに逃げ回りやがって。どこだよここ」


 アサトは忌々しげな様子で周囲を見渡している。

 俺はヤツの疑問に答えることにした。


「ここは六本木ダンジョンの深層十三層の最深部。このダンジョンにおいて人類が到達できている限界地点です」


 俺はそう語り、アサトの立っている場所の反対側の方を指さす。


 その先には巨大な門がそびえたっていた。


 門の大きさは、目算で高さ一〇メートル以上。

 その材質は、金属とも石材ともつかない不思議なもので、門全体が青白い淡い光を放っていた。


「フロアゲート。あの門をくぐったその先にこのダンジョンの深層――第十四層が広がっています」

「あん?」


 アサトは眉間にシワを寄せ、怪訝そうな顔する。


「アサト社長覚えてますか?」

「なに……?」


「俺がブラックカラーに在籍していたとき、こう提案したことがありました。探索者(ダイバー)の安全を少しでも上げるために、配信の本番前に必ず予備探索を設けましょう、と。迷宮変動ダンジョンシフトの有無、モンスターの分布、属性の変動、そしてイレギュラー……生き物のように常に変動を続けるダンジョンの情報を事前に調べ、準備する。そうすれば探索者(ダイバー)の安全は飛躍的に向上する」


 俺はアサトの目を真っ直ぐ見据えて、言葉を継いだ。


「でもアナタはそれを拒否した。何度提案をしても、すべてを探索者(ダイバー)の自己責任だと切り捨てて。むしろ事故の発生すら配信のネタとして利用して、探索者(ダイバー)の命をいたずらに危険にさらそうとした」


《うわーさすがブラックカラー、会社として終わってんなー》

《今クロウが言ったことって、ダンジョン探索の基本中の基本だと思うんですが》

《人の命をゴミクズとしか思ってないんだろうな。異常な会社》

《この配信見てるダンチューバー希望者いたら、事務所選びは慎重にねー》


「そう、ブラックカラーは誰から見ても異常な環境でした。なのに、いつしか俺はこの会社に期待することをやめて、適応しようとした。会社が守らないならせめて自分が担当した探索者(ダイバー)だけは俺が守らないと。そう思って」


 一旦言葉を区切って、視線を外す。


「でも……それは間違いだった。きっと俺は立ち向かうべきだったんだ。あなたが生み出した理不尽に。今から思えば、俺の力があればそれができたと思う。でも俺は目をそらした。目の前の理不尽を、受け入れてしまった……」


 俺がそこまで言ったところで、インカムにザザッとノイズが走った。



『クロウさんのせいじゃない!!』



 それはリンネさんの声だった。


『会社の中で、一人の社員にできることなんて限られてます……! 悪いのは全部ブラック企業で、クロウさんは何も悪くない!』


 リンネさんはなんだか泣きそうな声でそう叫ぶ。


『リンネの言うとおりだクロウ。キミが語ったことは、組織マネジメントの問題。それは人を管理する側が背負うべき責任だ。一被雇用者に過ぎなかったキミが、自分を責める必要はない』


 続いて聞こえてきたのはヨル社長の優しく諭すような声だった。


「リンネさん……ヨル社長……ありがとうございます」


 俺は二人に対して、感謝の言葉をひとりごちる。

 それからもう一度、アサトを正面から見据えた。


 視線の先ではアサトが相変わらず不愉快そうな顔を浮かべていた。


「突然昔ばなしをはじめて、テメーは何がしてえの?」

「いやすいません。アナタを前にしていると、感情的になってしまう自分がいる。話を戻しますね」


 努めて冷静になろうと、俺は口元にほほえみをたたえてから、言葉を継いだ。


「俺がアナタに伝えたかったのは、事前準備の重要性なんです」

「なんだと……?」


「六本木ダンジョン。国立シン美術館の敷地の中に生まれた、比較的新しいダンジョンです。出現モンスターのランクもそこまで高くなく、魔素濃度も低い。現に、ダンジョンが発生してから早々に、十三層まで探索が進みました。だからこのダンジョンは探索の難易度が低く、上中層を中心に探索者(ダイバー)になりたての新人に人気があります」

「だからそれがなんだってんだ? んなこと言うために、わざわざこんなところまできたのか?」

「いえ、本題はここからです」


 俺はアサトの言葉を制して話を続けた。


「今の話……少しおかしいと思いませんでしたか?」

「おかしい……だと?」

「探索の難易度が低くて、発生直後に十三層まで探索が進んでいるのに……なんでその先の探索が進まないんでしょうね?」


《そういえばなんでや?》

《ダンジョンに詳しいニキ教えて》

《希少なトレジャーがなくてあんまり潜る意味が薄いとか?》


「答えは簡単です。その先に()()()()()()()()()()んですよ。この場所のせいで」


 発言の意図が掴めないといった様子で、首を傾げるアサトに構わず、俺は言葉を続ける。


「アサト社長。俺がデュエルの場所に、六本木ダンジョンを指定したとき……あなたは()()()()()()()()()()()()んですよ。少しでも自分が身を置く環境について知ろうとしていれば、考えなしにノコノコとこの場所までついてくることはしなかったはずです」


「この場所が、なにを……、うッ……」


 アサトが何か言いかけたところで突然、その身体がぐらりと傾いた。


「この感覚は……!」


 アサトはこめかみのあたりを抑えて、周囲の様子を伺う。


 どうやら、探索者(ダイバー)なら当然に気づくべき異変に、アサトも気づいたようだ。



 この一帯の魔素濃度が、急激に上昇していることに。



「深層に続く一本道、この場所には()()()()()がつけられています」


 俺は片手を真っすぐ伸ばして天井を指さした。

 つられてアサトの視線も伸びる。


 ダンジョンの天井はどこまでも高く伸びていて、その果ては暗闇に飲まれて見通すことができない。


「審判の回廊――」


 俺はその暗闇の先を見据えてから、言葉を継いだ。


「ハル――そろそろ、例のアレを頼む」

『了解しました』


 ハルは俺の呼びかけに短く答えると、自身に搭載されたスピーカーから、大音量で音楽を流し始めた。


 辺りに響き渡るのは、オーケストラが奏でる短調の荘厳かつ苛烈な音楽。


 弦楽器は激しく刻むようなメロディを奏で、ブラスと木管楽器が重厚なハーモニーを加える。その伴奏に乗ったコーラスは、怒りの情を持って歌い上げる。



 モーツァルト《レクイエム》「怒りの日」。


 

――怒りの日(Dies iræ)その日は(dies illa)


――世界が(solvet)灰燼(sæclum)(in)帰す日です(favilla:)


――ダビデと(teste)シビラの(David cum)預言のとおり(Sibylla)



 次の瞬間。



 ――轟ッ!



 天井から轟音が鳴り響いた。

 直後、いくつもの巨大な影が、次々と天井から落下して来て、地面に激突する。

 その衝撃が地鳴りとなって、ダンジョンを激しく揺らした。



――審判者(Quantus)(tremor)あら(est)われて(futurus,)


――すべてが(quando)厳しく(judex)裁かれる(est)とき(venturus,)


――その(cuncta)恐ろしさは(stricte)どれほど(discus)でしょうか(surus)


「ぐおッ……!?」


 アサトはバランスを崩しながらも、なんとかその場に踏みとどまる。

 そして、目前に広がる光景に目を大きく見開いた。


「な、なんだとォ……!?」


《モンスター!?》

《しかも一匹じゃないぞ!?》

《なんだこの数!?》

《おい、もしかして、この場所って……!?》


 俺とアサトは、丁度背合わせのような格好で、突如として出現した巨大なモンスターの群れに取り囲まれる。


 怒涛の勢いで視界の端を流れゆくコメント欄。


 そのひとつに、俺がアサトに課した謎かけの答えがあった。


《六本木ダンジョン十三層最奥、「審判の回廊」! イレギュラー級モンスターが際限無く湧き出る、()()()()()()()()()()()()だ!》

 



 

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