第65話 デュエル《side黒末アサト》
「アサト社長、お久しぶりです」
「テメェ……皆守か……」
電話の主は、皆守クロウだった。
「テレビの生中継見ました。あの動画……アサト社長にも満足していただけたみたいで何よりです」
「あの動画は、ジェスターの……テメエらの仕業か?」
「ええ。ハルが提供してくれたデータを使って制作したんです。アサト社長が準備していた記者会見に合わせて公開すれば盛り上がると思って」
「どうやって動画を差し替えた? そもそも何故、テメェが記者会見のことを知っている!?」
アサトは困惑の声を上げた。
「それもハルのおかげですよ」
「な……んだと?」
「知ってました? ハルはブラックカラーのPCやサーバー、システム・アプリケーションに片っ端からバックドアを仕込んでいたんですよ。そこからリアルタイムで監視していたんです。つまり、ハルがジェスターに加入してからずっと、アサト社長の言動は俺たちに筒抜けだったってわけです」
「筒抜け……だとぉ? ぜんぶぅ……?」
「まったく、とんでもないAIですよね」
クロウの声がやけに遠くに響き、アサトの目の前が重度の貧血のときのように真っ青になっていった。
そのまま気を失ってしまえれば幾ばくか楽だったかもしれない。
けれどそれを拒絶したのはアサトの胸に宿る激しい怒りの炎だった。
「皆守ッ!! とんでもねえことしてくれやがったな! こんなことしてタダで済むと思ってんのかテメエ!? 殺す! ぶっ殺すからな!!?」
「安心してください。まだまだこれからです。マスコミが飛びつきそうな美味しいネタは沢山あります。こんなもんじゃ終わりませんよ?」
「て、テメええええええ!!」
アサトはスマホに向かってまくし立てた。
だけど返ってきたクロウの声色は少しも動じていない。むしろ愉快そうでもあった。
「悔しいですか社長?」
「うるせえ! テメエはぜってえ許さねえ! 隠れてねえで出てこい! 殺してやるからな!」
「そのチャンスをアサト社長に差し上げるといったら……どうします?」
「あ――?」
予想だにしていなかったクロウの言葉に、思わずアサトの声が止まる。
「先月、アナタが持ちかけてくれたコラボの件、受けますよ。俺と一緒にダンジョン配信をやりませんか。アサト社長」
「ダンジョン配信……だと……?」
「日時は今から一週間後の8月20日。19時から。場所は六本木ダンジョンで。配信はリンクス・チャンネルで大々的に行います。伝説のダンチューバー黒末アサトの復活だ。きっと盛り上がりますよね?」
電話口の向こうでクロウはクスクスと微笑む。
アサトにはクロウの提案の意図――彼が何を企んでいるのか理解できない。
だから、その戸惑いをシンプルにぶつけるしかなかった。
「皆守、テメエは一体なにを企んでやがる?」
「その日、俺はアナタに決闘を申し込みます」
「デュエル……だと?」
デュエルとは探索者同士が両者合意のうえで、あらかじめ了解し合ったルールに基づいて戦う行為を指す。
身も蓋もない言い方をしてしまえばただの私闘なのだが、自力救済が肯定されるダンジョン内において、デュエルは探索者同士のトラブルの解決や交渉の手段として利用されることが多く、また互いの実力を測るための指標にもなるため、ダンジョン内においては一般的な行為だった。
「俺を倒せたらこれ以上の流出は止めましょう。まあ、今更アナタとブラックカラーの社会的地位は戻ってはこないでしょうけれど、しぶといアナタのことだ。これからは炎上系の配信者やら何やら、立ち回り方はいくらでもあるでしょ? 俺をデュエルで破ることができれば、少しはその門出の箔付けになるんじゃないですか?」
クロウはアサトを挑発するように言葉を続ける。
「なにより俺が憎いでしょ? めちゃくちゃにしてやりたいですよね? 格下だと思ってた俺にいいようにやられて、殺してやりたいくらいに憎いですよね? そのチャンスを差し上げますよ」
「俺は元S級ライセンスの探索者だ。なにより……俺のハイスキルを知ったうえでその舐めた口を叩いてるんだろうな?」
「もちろんです」
アサトには、クロウがなぜこんな自殺同然の申し出をしてくるのかが理解できない。
なぜなら、皆守クロウの探索者としての圧倒的な実力をもってしても、なおアサトがクロウに敗北するイメージが湧かなかったからだ。
それほどまでに、黒末アサトの持つハイスキルは圧倒的なものだった。
アサトの口角がイビツに吊り上がる。
「いいだろう。お前の提案、乗ってやる」
「デュエル成立ですね――」
「望みどおりぶっ殺してやる。つけあがったテメエに……自分がミジメな負け犬だってこと、しっかりと思い出させてやるよ。首を洗ってまってろ」
「楽しみにしていますよ。では、また」
ブツッと音を立てて通話が途切れる。
クロウとの通話を終えても、アサトの胸の奥底から湧き上がる、ドス黒い怒りが収まることはなかった。
「皆守クロウ――殺してやる」
アサトはそう呟きながら、拳を固く握りしめた。




