第63話 記者会見《side黒末アサト》
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株式会社ブラックカラーの社長室。
自身のデスクに座った黒末アサトはパソコンの画面を眺めながら満足げにつぶやいた。
「宛先はめぼしい大手のマスコミ各社……これでよし」
画面に表示されているのは会社用のメールアプリ。
アサトは今しがた作成したメールデータを最終チェックする。
まずは件名の確認。
『【重大告発】人気ダンチューバ―皆守クロウによる傷害行為の全貌について』
次にメール本文と添付データの確認。
傷害の経緯をアサトが自分本位にでっち上げた告発文。
医師に無茶を言って作らせた診断書のコピー。
わざとらしく包帯で腕を釣り、ケガのアピールをするアサト自身の写真。
そして極めつけの証拠。
アサトは動画データを再生した。
『黒末アサト! 前からお前が気に食わなかったんだよ!』
『や、やめろ! 何を考えているんだ皆守! 俺はただコラボの相談を……ぐあっ!』
動画に映し出されたのはクロウがアサトを殴りつける様子だった。
「いい出来じゃねえか」
アサトは動画の出来を見てニヤリとほくそ笑んだ。
映し出されたやり取りは、事実とはまったく異なる虚構である。
これはアサトが社内の技術担当に作らせたディープフェイク動画だった。
「これを拡散すれば……クロウ。テメエはおしまいだ。俺をコケにしたこと後悔させてやるからな」
もちろん、クロウ個人の追求で止めるつもりはなかった。
ジェスター社。
月夜野ヨル。
掛水リンネ。
ダンジョンドローン、ハル。
(俺に楯突いたヤツらは全員追い詰めてやる! 徹底的になあッ!)
アサトは底の知れない悪意を宿した笑みを浮かべて、メールの送信ボタンを押した。
メールを送信して数時間。
アサトがメールボックスを確認すると、十件近くの未読メールが溜まっていた。すべてのメールの件名は「取材の申し込み」となっている。
「マジかよ。ははっ、マスコミのハイエナ共はセンセーショナルな話題に飢えてるってか?」
各メディアからの反応は、アサトが期待した以上だった。
フンと鼻息を鳴らす。
「鉄は熱いうちに打たねーとな」
アサトは届いたメールの本文に目を通すことなく、秘書担当の部下を呼び出した。
「社長、何か御用でしょうか」
「記者会見の準備だ」
「記者会見? なんの?」
「ツベコベいわねーで段取りを進めろグズ! 腹をすかせたマスコミ様がお待ちかねだ!」
「わ、わかりました!」
アサトの指示を受けて、秘書は慌てて部屋から出ていく。
一人になったアサトは、椅子に深く腰掛け直して、胸元からタバコを一本取り出して口にくわえる。
「くっくっく……皆守、ダンチューバーとしての息の根をこの俺が止めてやるよ」
紫煙と共に燻らせたその言葉は、悪意と余裕に満ち満ちたものだった。
***
そして迎えた記者会見当日。
ブラックカラー本社ビルにて。
アサトは記者会見会場に併設された控室から、会議室に集まったマスコミ関係者たちの人だかりの様子を眺める。
「予想以上の反響じゃねーか。ははは、皆守、テメーは終わりだな」
ほくそ笑むアサトに対し、社員が慌ただしく話しかける。
「アサト社長。会見三分前です! 準備をお願いします」
「ああ、わかった」
高級ブランド製のシワ一つないジャケットを羽織ってから、髪のセットの最終チェック。
最後に舌で前歯を舐めずさると、アサトは会場に足を踏み入れていった。
用意された会見テーブルに座り、マスメディア各社の記者たちと向かい合うアサト。
アサトはゆっくりと彼らを見回すと、咳ばらいを一つして卓上に置かれたマイクを手に取った。
「報道機関各社の皆様。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました」
アサトはにこやかな笑みを浮かべて語る。
腐ってもダンジョン配信黎明期において、人気配信者の一角として台頭しただけのことはあった。
物腰柔らかで見る者に好印象を与える、爽やかな笑顔の仮面をアサトは被っていた。
「今日私が語ることは、ダンチューバー皆守クロウ氏から受けた傷害被害の件です。私、黒末アサトは去る9月11日、コラボ配信申し入れのため、皆守氏が所属するジェスター社本社ビルを訪問したところ、皆守氏に長時間に渡り粗暴な言葉で侮辱をされたうえ、彼から暴行を受けました。その証拠は先に送付したメールに添付した動画データのとおりです」
アサトはハッキリと、聞き取りやすいトーンで言葉をつなぐ。
「皆守氏は元々、弊社の社員でした。彼との縁を活かして、視聴者の皆様をより楽しませるコンテンツを提供できないかと考えた結果のコラボ提案だったのですが……一体何が彼の気に障ったのか……このような結果になってしまったのは本当に残念です」
アサトは顔をしかめて俯いた。
「皆守氏は一時期とはいえ我が社の社員として、粉骨砕身会社のために尽くしてくれました。そんな功労ある彼をこうして断罪するのは、本当に身を斬られるような思いです」
よくできた芝居。
その姿は、まるで本当に心を痛めているかのようだ。
「一時は迷いました。この件が世間に明るみになれば、皆守氏は世間からの批判は免れない。皆守氏の配信を心から楽しんでいる視聴者の皆様から、その楽しみを奪う行為が果たして本当に正しいのかと。だから、私が声をつぐめばいいのだと。けれど、すぐに思い直しました」
少しだけタメの時間があり、アサトは再び前を向いた。
「間違いを犯したら、誰かが正してやらなくちゃいけない。悪いことをしたらその報いはきちんと受けなければならない。そのことに社会的地位や人気なんて関係ない。政治家も、公務員も、芸能人も、スポーツ選手も……もちろんダンジョン配信者だって。少し考えれば子どもでも分かることでした」
アサトの語る言葉に熱が帯びてゆく。
「だから私はこうして彼を告発します! 皆守クロウから受けた被害のすべてを! そして彼には自分の過ちに気づいたうえで償ってもらう! それが元上司として彼にできる最善だとそう信じて。だからこの場では包み隠さず真相を話します。どうか記者の皆様におかれましては、この事実を広く知らしめていただければと思います。今日は皆さん、よろしくお願いいたします」
そう言ってアサトはお辞儀をした。
会場にざわめきが生まれる。
「それでは質疑に入る前に、一度皆さんに観ていただきたいものがあります――オイ、準備だ」
アサトが振り返って奥に控える社員に声をかけた。
それをキッカケにして、アサトの背後に大きなプロジェクタースクリーンが下りていく。
アサトはプロジェクターの準備が完了したことを確認した後、もう一度記者たちの方へ振り返った。
「今から流す動画はあらかじめ皆様に送付した動画データの未編集版――いわば皆守クロウの暴行動画のロングバージョンといったところでしょうか。あの日、私とクロウ氏の間に何があったのかを今一度皆さまにキチンと確認をしていただきたく準備いたしました」
アサトはにこりと笑って告げた。
「それでは動画をスタートします!」
アサトがそう告げたタイミングで会場の照明が落ちた。
スクリーンにプロジェクターが放つ光が投影されて、画面が黒く切り替わる。
ややあって、真っ暗な画面に『ザッ』という砂嵐のような音が響いて、動画再生がスタートした。
「は……?」
思わずアサトは戸惑いの声をあげる。
動画はアサトとクロウが激しい口論を交わすシーンから始まるはずだった。
しかし――
「誰だコイツは……?」
画面にはメイド服姿の金髪の少女が映し出されていた。
『良い子のみんなー。元気ー? ハルお姉さんだよー』
スクリーンの向こうの少女はこちらに向かって手を振ってニッコリと微笑む。
『今日はお姉さんと、株式会社ブラックカラーのお仕事について、いーっぱい勉強しちゃおうねー!』
「……はあ!?」
予想だにしない展開に、アサトはただ困惑の声をあげるしかなかった。




