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第61話 REスタート

 ハルとの衝撃の再会から一ヶ月が経過した。

 結局ハルは俺の家に、居候(いそうろう)に近い形で住み着くことになった。


 幸い俺にあてがわれていた社宅は、単身者にとっては広すぎる2LDKマンションなので、同居人が一人増えたところで影響はない。

 むしろ広すぎる部屋にぽつんと一人でいることに寂しさを感じていたくらいだったので、話し相手ができたこと自体はシンプルに喜ばしいことだった。


 しかし大きな問題が一つだけあった。


 ハルは「24時間主さまのお世話をすることがハルの使命であります」とかなんとか言って、隙あれば俺にくっついてきたり、寝込みを襲おうとするのだ。


 貞操の危機……なんていうほど自分自身、清らかな身体ではないものの、あいにくロボットとアレコレする趣味はない。それに仮にそんなことシてしまった暁には、俺の恥ずかしいデータがユカリさんにサンプリングされてしまうに決まっている。


 だから、ハルとの同居を開始するにあたって俺がハルに下した命令は三つ。


 許可なく俺の身体を触らないこと。

 寝込みを襲わないこと。

 人前で服を脱がないこと。


 アイザック・アシモフ博士に鼻で笑われてしまいそうだが、これが俺のロボット三原則。


 ハルは「その制約はハルの使命に重大な影響を及ぼす影響があります」とか「致命的なエラーの発生が予見されます」とか駄々をこねていたが、最終的には俺の命令ということで渋々承諾させた。


 その代償として、ハルは事あるごとに「ナデナデしてもらってもいいでしょうか?」とか「こっそり添い寝は夜這いに含まれないという理解でよろしいでしょうか?」など、律儀に俺の承認を求めてくるようになった。頭が痛い。


 


 もう一つ語らなければいけないことはリンネさんのことだ。

 ハルと鉢合わせてしまったリンネさんに対して、諸々の事情を説明して理解してもらうのは本当に骨が折れた。


 共同生活を通してハルのモニタリングをすることが、会社から与えられた俺の仕事。


 最終的にはユカリさんから送られたメッセージデータを見せて、ようやくリンネさんは納得してくれたようだが、その後も妙にハルに対する態度がヨソヨソしい……というかトゲトゲしい。

 それに、ふとしたときに「早く何とかしないと……」とか「手遅れにならないうちに……」とかブツブツとつぶやいているのが妙に怖いのだ。


 更にリンネさんが俺の部屋に来る頻度や休日に外出に誘われる頻度が上がった気がする。

 本当に若い子の考えていることはオッサンには分からない。


 こんな感じで嵐のような一ヶ月だった。

 疲れた。心底疲れたのだった。


***


 今日は月に一度の特務秘書課の定期ミーティングの日だ。

 ミーティングルームには俺を含めて特務秘書課のメンバーがそろい踏み。コの字型に並べられたテーブルに上座を空かせて着席し、皆でヨル社長の到着を待っていた。


「いやあ、それにしてもハル、似合ってるじゃないかその衣装」


 俺の対面に座ったユカリさん――珍しく定刻どおりに出席している彼女がふと声を上げた。


「本当に……イミ不明ですよ。なんでメイド服なんですか」


 ユカリさんの隣に座ったリンネさんは呆れたような視線をハルの方へ送る。

 俺もその視線に釣られるように、自分の隣の席に座るハルへ目を向けた。

 リンネさんの言葉どおり、ハルは黒と白を基調としたシックなメイド服に身を包んでいた。

 この衣装は、どうしてもとハルにねだられて根負けした結果、俺が買い与えてやったものだ。

 ハルは身にまとう衣装をひけらかすように胸元のフリルをつまむ。


『愚問であります。これはあるじ様への永遠の忠誠を示した証であり、ハルの正装であります。着用にあたり、主さまの許可も取得済であります』

「え……? いや、俺はメイド服を着ろなんて一言も……」

『メイド服とウェディングドレスどちらを着るべきか判断を仰いだではありませんか』

「いや、ウェディングドレスを普段着にされてたまるかってツッコミを入れただけで……」

『このとおり、ご主人様には常日頃、熱いナニを突っ込まれるハルであります。身体も心も相性はバッチリであります』

「オッサンみたいな下ネタやめてくれる……?」


 そんな俺とハルのやり取りを見て、ユカリさんがいっひっひっとほくそ笑むように笑う。


「楽しそうでなによりだよクロウ氏。引き続きハルのモニタリングをしっかり頼んだよ」

「モニタリングというか振り回されているだけなんですが」

「それもコミでね。仕事だと思って観念したまえ」


 俺はため息をつく。


「ユカリさん、クロウさん困ってます! モニタリングだったら別にわざわざクロウさんじゃなくっても……なんなら私でもいいわけで。あんまりクロウさんに負担をかけるのはよくないと思います!」


 そんな俺を見かねたリンネさんが擁護の声を上げてくれた。

 変わってくれるなら是非とも変わってほしい。


『リンネ様の提案を却下いたします。ハルの所有登録者は皆守クロウ只一人であり、また主さま以上の適任者は存在しません。よって、ハルが主さまに所有された時点でリンネ様の進言は無価値です』

「むむむ……!」


 二人の間にピリッとした空気が漂う。

 

 リンネさんとハルが絡むと大体こんな感じだ。

 二人の相性はよくないのだろうか。うーむ。


「まあまあ、リンネ氏。気持ちはわかるけれど、これはクロウ氏の仕事だからさ。抑えてくれよ。それに恋には障害がつきものだろ?」


 ユカリさんがニヤニヤしながらそう言うと。

 

「な、なななな……! 何言ってるんですかユカリさん! 私はそんなんじゃ……! もう、知りません!」


 リンネさんは慌てふためき顔を真っ赤にしてまう。

 そのままリンネさんはぷいっとそっぽを向いてしまった。


 そんなリンネさんの様子を見つめて俺が首をかしげていると、ハルがそっと耳打ちしてきた。

 

『ユカリ様は「(コイ)にはショウガが付け合わせにピッタリだろう?」とリンネ様に助言したようです。きっと今晩のリンネ様の晩ごはんは鯉こくでありますね』

「なぜ鯉の調理法を今……?」

 

 

 そんな風にしていると、ミーティングルームの扉が開いた。その向こうからヨル社長と一歩引いた形で犀川さんが入ってくる。

 社長は会議テーブルの上座へと着席し、その傍らに犀川さんが控えた。


「皆、待たせてしまったな。役員会議が予定より長引いてしまった。さっそく定期ミーティングを開始するとしよう」


 ヨル社長は着席するや否や手許のノートパソコンを立ち上げる。

 それを合図に俺たちも雑談モードから仕事モードに頭を切り替えることにした。


「さて、今日の議題だが……」


 ヨル社長の口から、今日の会議の主題が語られた。



「今後のブラックカラーに対する対応方針について……皆の意見を伺いたい」


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