第60話 押しかける
ブラックカラーとの騒動からはや一週間が経過。その後、アサト側から俺を訴えたり危害を加えたりするような動きはなく、ヨル社長からも今のところ何の指示もない。
そのため俺は日常業務に追われる日々をいつも通り消化していき……そのまま週末を迎えることになった。
「う〜ん、今……何時だ……?」
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされて、俺の意識はボンヤリと浮上する。見慣れた自室の天井が映った。
そのまま首をちょっと捻って枕元に置かれた目覚まし時計で現在時刻を確認。デジタルの表示盤は8時20分ちょっと過ぎを示している。
これが平日だったらベッドから跳ね起きて、慌てて会社に向かう身支度を始めなければいけない。けれど、お生憎さま、今日は休日なのでまだまだ惰眠を貪ることができる。
俺は覚醒しかけた意識を再びまどろみの底に沈めるために、まぶたを閉じた。もぞりと寝返りをうつ。
「ん……?」
違和感があった。
寝返りを阻むように、何か柔らかいモノが俺の腕に巻きついているような感覚があるのだ。
(なんだこれ?)
そう思いながら寝ぼけ眼を開くと……
「……」
視界に飛び込んできたのは……俺の腕を抱きかかえるようにして眠る……女の人の顔だった。
「は!? え? あ……?」
思考がフリーズしてしまう俺。
数秒の硬直、そして……一気に目が覚めた。
「誰ッ!?」
俺は素っ頓狂な声をあげて、ベッドから跳ね起きる。
その弾みで俺たちの身体に掛けられていたブランケットがはだけ、女性の半身が露わになった。
(は!? 裸ぁ……!?)
彼女は何も着ていなかった。
慌ててバッと目を逸らす。
(なぜ!? 俺は自分のベッドで裸の少女と一緒に眠っている!? なんで!? どうして!?)
俺は心の中で悲鳴をあげる。
そんな俺の脳裏には――
ぽわわわーん。
『有名ダンチューバー、未成年淫行で逮捕!!』
『何も覚えていない……往生際の悪い言い訳を繰り返す皆守クロウ容疑者(30)』
『「シンプルに言えば異常性欲者。いつかやると思っていました」――容疑者の人となりをよく知る元上司A・Kは語る。その異常な夜の上級技能とは?』
『緊急速報! 「Dantubeの捕食者〜秘められたスキャンダル〜」BCBニュース独占配信決定!』
『ジェスター社緊急記者会見――月夜野ヨル代表取締役社長は「企業としての社会的責任を果たすため、粛々と被害者救済に努める」と発言』
そんなセンセーショナルな見出しとともに女性週刊誌の表紙を飾る自分の姿が浮かんだ。
(や、ヤバイ! このままでは社会的生命を失ってしまう!)
とにかく慌てていても事態は好転しない。
まずは冷静沈着に……昨日何が起きたかを思い出せ!
俺は混乱した頭で必死に昨晩の記憶を呼び起こす。
えーと昨日は金曜日だったろ。いつも通り日中は会社で仕事をして。確か8時くらいまで残業して。
リンネさんもいなかったし、寄り道しないでまっすぐ家に帰って。
ビールを一杯ひっかけてから風呂入ってそのまま……
(いやいや! いつも通りの週末だったぞ! こんな名も知れぬ女の子を家に連れ込むタイミングなんて……!)
俺は恐る恐る顔を上げて少女の顔を確認した。
(そもそも、この子はどこの誰なんだ……!?)
スヤスヤと安らかな寝顔を晒す女の子。
その寝顔にはあどけなさが浮かぶ。年齢は10代後半から20代前半といったところだろうか。
少女は人形のように綺麗な金髪をショートカットに切り揃えていて、睡眠中だというのにヘッドホンのようなものを頭に着けている。
目鼻立ちはまるで人形のように整っていて、つむられた瞳は長いまつ毛で縁取られていた。
(相当な美人だな……ってそうじゃなくて。やっぱり俺の知り合いでこんな子はいないぞ。本当に誰なんだこの子は……)
俺が戸惑いながら、少女の顔を見つめていると。
ぱちっと少女の大きな目が見開き、ガバッとベッドから起き上がった。
「うわっ!」
突然のことに驚く俺。
しかし、少女はそんな俺の様子など意に介さず、キョロキョロと周囲を見渡している。
南国の海を思わせる澄んだエメラルドグリーンの瞳が、やがて俺を捉えた。
先手必勝。俺は彼女が口を開くに先んじて、ベッドの上で土下座の格好をとる。
「どこのどなたか存じませんが! 違うんですッ! これは誤解です! 俺はまったく身に覚えがなくてですね――」
すると。
『オートスリープモード――解除、おはようございます。主さま』
少女の口から言葉が漏れた。
「あ、あるじさま……?」
思いがけないフレーズがその口から飛び出し、俺はそろそろと頭を上げる。
『はい――ワタシはHAL-9999。そしてアナタはワタシの主さまであります』
「ハル……オールナインって……?」
少女が名乗ったその名前をオウム返しする俺。
もちろんその名前には聞き覚えがあった。
「まさか……キミ、ハルか!? ダンジョンドローンの!?」
ハルと名乗った少女はこくりと頷く。
そしてその両目には、みるみるうちに涙が浮かんでいった。
「は? え? だって……あれぇ?」
『主さま……!』
次の瞬間、俺はベッドに押し倒されていた。
「ぐぇっ」
押し倒された拍子にカエルが潰れたような声がノドから飛び出す。
そのままハルは俺の胸板に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
『やっと……やっと……主さまの元に戻ってくることができました。ハルはずっとこの日を待ち望んでいたであります。もう放しません。ハルは生涯、主さまの側でお仕えいたします』
感極まった様子で俺のことをぎゅっと抱きしめるハル。
柔らかな双丘の膨らみが、ぽよんと俺の胸元に押し付けられた。
その身体は温かく、ほのかに甘い香りすら漂っている。
まるで人間そのものだった。
ハルにめちゃくちゃに抱きしめられながら、俺の頭の中に大量のクエスチョンマークが浮かぶ。
なぜハルは俺を主さまと呼ぶのか?
なぜハルはボロボロと涙をこぼして泣いているのか?
なぜハルが俺の寝室にいるのか?
ダンジョンドローンのハルがなぜ人間の姿になっているのか?
それら大量の疑問符を踏まえて、まず俺の口から出た言葉は――
「ハル! とりあえずストップ! 離れて! それと、服! キミ今なんにも着てないんだから、なんでもいいから服を着ろ!」
俺は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
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