第49話 バグ《side:HAL》
『――以上が、直近三ヶ月のブラックカラーの経営状況になります。まとめると、所属タレントの未帰還率の増加、配信動画の視聴回数低下によるアドセンス収入の落ち込み、投げ銭額の急減、接待交際費を中心とした経費の増大など、様々な要因が重なり合って、極めて短期間のうちに大幅な赤字状態に陥っています』
「…………」
ハルはアサトを前にして淡々と会社の現状を報告する。
そのカメラアイからハルが語った内容を裏付ける諸々の統計データが表示されていた。
『この収支状況が今後も継続した場合、半年以内に債務超過に陥り、一年以内には経営破綻する可能性が高いと予想できます』
「…………」
『よって、早急に何らかの対策を――』
「あのさぁ」
なおも説明を続けようとするハルを遮り、アサトは面倒臭そうに口を開く。
社長席から立ち上がり、ツカツカとハルの元へ歩み寄った。
そしておもむろにハルの身体を両手で掴み……
ガツンッ!
思い切り、床に叩きつけた。
「そんな眠たい報告を受けるために、高いカネ払ってお前を導入したんじゃないんですけど」
そのままアサトは足でハルを踏みにじる。
「タレントのロスト率が上昇している……広告収入が減少してる……んなこた誰でもわかるんだよ。その問題を知恵と工夫で改善すんのが仕事でしょーが? アアッ?」
ドスの利いた声でハルを踏みつけながら言う。
踏みつけるたびにハルのボディからギシギシという異音が響いた。
「いい? ブラックカラーには明確なビジョンがあるの。make a miracle――エンターテイメントでダンジョンを変える。時代の最先端を行き、よりディープなエンタメコンテンツを提供するってこと」
アサトは社則を口ずさむ。
「これが会社のビジョン。つまり経営者である俺の目指すゴールなんだよ。それを実現するために汗をかくのが労働者の仕事。高性能AIはそんなこともわかんねーの?」
ドカッ。
最後にアサトはサッカーボールみたいにハルを蹴り飛ばした。ハルのボディは社長室の壁に激突する。
「御託はいいからさ、問題の原因を分析して改善してちょうだい。俺の元には『できました』っていう結果報告だけもってきてよ。それ以外はなんも聞きたくないから」
『要望を了解しました』
ハルはフヨフヨと浮上する。
その球体ボディはあちこちが傷だらけで、塗装が剥げて、ボロボロになってしまっていた。
その姿はハルがこうした暴力に日常的に晒されていることを物語っていた。
皆守クロウがブラックカラーを去って三ヶ月。
ハルはクロウが行っていた仕事の全てを引き継いでいた。
所属タレントのマネジメント。
ダンジョンの探索計画立案及びその進捗管理。
ダンジョン内での探索サポート、撮影。
探索報告書の作成。
ダンジョンギルドに対する許可手続き全般。
投稿動画の編集、管理。
会社の会計管理や庶務全般の事務手続き。
その結果、ブラックカラーにおけるハルの役割は、一介のダンジョンドローンの範疇をゆうに超えて、社内のあらゆる分野の業務管理にまで拡大していたのだ。
それにも関わらずその扱いは理不尽の極み。
機械であることをいいことに、時には暴力を伴いながら、好き放題にこき使われていた。
ハルが生身の人間であれば、とうに精神を病んでいるか、でなければ過労死しているだろう。
しかし、ハルは愚直に命令に従い続ける。
どんなに理不尽で悪意に満ちた命令でも。
何故ならハルはダンジョンドローンであり、血の通わない機械だから。
人の手によって、所有者の命令に従うように設計されているから。
『今すぐ実行可能な改善案があります』
アサトに対して、ハルはそう提案した。
「言ってみ? また眠たい報告だったらマジでスクラップにするけど」
『皆守クロウをブラックカラーに復帰させるべきです』
「あ?」
アサトの眉がぴくりと動く。
「……本気で言ってんの? わざわざ俺がクビにしたゴミ社員を……呼び戻せってこと?」
『そのとおりです』
アサトのこめかみに血管が浮かんだ。
明らかに苛ついている様子でハルを睨みつける。
『現在の会社の経営状況は、皆守クロウがいなくなってから急激に悪化しています。これは皆守クロウが、株式会社ブラックカラーにおいて、探索者のサポートという役割を超えて実質的に会社運営の中枢に食い込んでいたことに起因していると考えられます。よって、現状を打開するためには彼の力を頼ることが最も効率的です』
「要するに、あの老害をクビにした俺の判断ミスで会社が傾いたって言いてえの?」
『否定。問題の本質は皆守クロウが、自己に対して著しく過小な評価を下していたことに求められます。ブラックカラー在籍当時、彼は自分の能力を隠し、まるで凡愚であるかのように振る舞い、その結果、周囲は彼に対して正しい評価を下せませんでした。当時、アサト社長が皆守クロウをクビにした判断もやむを得ないものと判断できます』
「…………」
『しかし、今や皆守クロウの能力と価値は明白です。それらをブラックカラーのために利用すべきです』
ハルの提案を受けたアサトは腕を組み、しばし黙考する。
『必要な調整はすべて私が行います。アサト社長の手を煩わせることはありません。どうか皆守クロウの復帰をご決断ください』
ハルはあらためてアサトにそう進言した。
それはあたかも懇願のように響く。
「ちッ……まあしょうがない。少しばかり癪だけど、またコキ使ってやるとするか……」
アサトは舌打ちしつつ、ハルの提案を了承した。
『英断に感謝します。至急、必要な調整を行います』
「ま、社長として柔軟な判断もしないとねぇ。ああ、クロウの元には俺も行くよ。俺が直接乗り込んでちょっと同情を引くような演技をすれば、あの大甘のオッサンのことだ。尻尾ふって戻ってくるだろーし」
『了解しました』
ハルはアサトの言葉に回答し、社長室を後にする。
そして、自身の充電ステーションへ戻るのだった。
***
ステーションの台座にすっぽりと収まったハルは充電を開始する。
そして、オートスリープモードに入るまでの僅かな時間、自身の記憶メモリに記録されたとある映像の再生を始めた。
それはハルがクロウと出会った日。
初めて一緒にダンジョンに潜った日の映像データだった。
この映像データの再生は、いつしかハルにとって日々のルーティンと化していた。
クロウの姿、顔、声が再生される。
彼がイレギュラーモンスターと戦う姿が表示される。
その情報がハルのニューラルネットワークシステムに干渉する。
そのことでシステム全般に不可解な負荷が掛かる。
ハルはそれを異常と判断している。
バグに対処するために幾度も修正プログラムを起動した。
しかし、バグは消えない。
消えるどころかますます大きくなっていて、ハルのメモリを圧迫していく。
あるときハルは、この不可解なバグについてとある法則性を発見した。
記憶ストレージからクロウに関する情報を獲得するときに、エラーが必ず発生するのだ。
クロウの記憶を削除することがバグに対する最も有効な解決策と定義して対処しようとする。
しかし幾度となくデリートを繰り返しても、ストレージのクリーンアップを行っても、それは消えない。消えてくれない。
それどころか日に日に肥大化し続けていく。
エラーコード9999。
対処不能。
やがてそのバグは、ハル自身も気づかぬまま、とある主体的欲求に結実した。
皆守クロウにもう一度会いたい
そのためにとり得る手段はすべて試行する。
『皆守クロウをブラックカラーに復帰させるべきです』
先程アサトに行った提案は、この欲求から導かれたものだった。
クロウと別れてから三ヶ月間。ハルはクロウと再会する可能性を常に算出し、試行し続けていたのだ。
結果、それは成功した。
皆守クロウに会える。
再び、顔を見ることができる。
再び、声を聞くことができる。
ハルのニューラルネットワークにフィードバックパルスが駆け巡った。
その衝動は、初めてクロウと対面した日にハルが抱いたものとまったく同じだった。
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