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第46話 向き合う

「わぁ〜いい匂い! すき焼きかぁ。テンション上がりますねぇ」


 俺の部屋に上がり、リビングまでたどり着いたリンネさんは、テーブルの様子を見て歓声を上げた。


「今、準備が終わったところです。ちょうどよかった」

「やったー! もーお腹ペコペコですよー!」


 リンネさんが無邪気に喜んでいる姿を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなる。

 

 俺は彼女と向かい合って席に着いた。


「リンネさん、さっそくいただきましょうか」

「はい! あ……でもでもクロウさん。まずは乾杯……ですよね?」

「あ……そうでした」

「少々お待ちくださーい」


 リンネさんは軽やかな足取りでキッチンまで引っ込むと、両手に二本の缶ドリンクを持って戻ってきた。

 うち一本は缶ビール、もう一本はノンアルコールの炭酸飲料だ。

 まあ当然だ、リンネさんは未成年だからな。


「はいどうぞっ」

「ありがとうございます」


 俺はリンネさんから手渡されたビールを受け取ると、プルタブを開ける。

 

「じゃあ……カンパイです」

「カンパーイ! 一週間お疲れ様でしたー!」


 俺たちはカチンと缶をぶつけ合った。


 毎週金曜日、仕事終わりにこうして俺の部屋で一緒に食卓を囲むのが、いつしか俺とリンネさんのルーティンになっていた。


 俺は一気に杯を傾ける。

 一日の終わり、そして一週間の終わりを迎えてカラカラに干からびた体に、キンキンに冷えたビールが染み渡っていった。


「あ〜、ビールやばっ! 喉ごしやばっ! うまっ! あはぁ〜……」


 一息で半分以上飲み干してから、リンネさんがいると言うのに、思わずオッサン丸出しの声が出てしまった。


 だがそんなこと気にならないくらい美味い。

 このビールの美味しさは労働者の特権だ。

 この一杯のために生きてるとさえ思える。


 そんな俺の様子を、リンネさんがニヨニヨしながら見つめていることに気付いた。


「あ、なんかすいません……」

「いーえ。美味しそうにお酒を飲んでいるクロウさんの顔を見てるの私好きです。気にしないでください」

「はは……そう言っていただけると安心して飲めますね」

「うふふ」


 リンネさんは笑顔のままに自分のドリンクを傾ける。

 それから視線を鍋の中に移した。

 

「すき焼きもいい感じですねー、私取り分けますね」

「ありがとうございます。じゃあお願いします」


 リンネさんは箸を手に取ると、鍋の中の具材を取り皿に移していく。


「それじゃ、いただきます!」

「いただきまーす」


 二人で鍋を囲んで、和やかな団欒(だんらん)の時間が始まった。


「うーん、お肉が柔らかくておいひーですねぇ」

「ええ、我ながら上手いことできました。椎茸もフカフカで、春菊も爽やかで……んで、ビールが……く〜! うめえっ!」


 一緒にすき焼きをつつくほどに、俺の酒とリンネさんとの会話の量が増えていく。

 仕事や探索のこと、リンネさんの学校で起きた出来事など、取り留めのないことをつらつらと語り合っていった。


 基本的にリンネさんがお喋りして、俺はうんうんと相槌をうつ感じだ。


「でも……クロウさんってホントに美味しそうにビールを飲みますよねぇ。なんだかちょっと羨ましいです」

「いやぁ……それほどでも……まあビールはうまいですけどねえ」


「あーあ、大人はいいなぁ。私も早く大人になりたいなあ」

「そんなに大人になりたいもんですかね?」

「なりたいですよ〜。クロウさん達と一緒にお酒も飲めるし、夜遅くまで外にいても誰にも文句言われないし」


 リンネさんはちょっと口をとんがらせている。

 もしかしてこの前の打ち上げのとき、途中で一人だけ家に帰らされたことをまだ根に持っているんだろうか。


 そんなことを考えていると、わずかにリンネさんの眉根が寄って、彼女の表情に影が差した……気がした。


「私は、子どもで、探索者として半人前で、クロウさんに迷惑をかけてばっかりですから……」


 リンネさんはほとんど独り言のようにポツリとこぼす。


「迷惑って……そんなこと――」


 俺は否定の言葉を言いかけて、止める。

 ふと、彼女の口から迷惑というフレーズが出たのはこれが初めてじゃないことを思い出してしまったのだ。


 それは一か月前の渋谷ダンジョンでの別れ際――



『クロウさん……迷惑かけてばっかりでごめんなさい』



 顔を伏せて消え入りそうな声でつぶやいた彼女の言葉が俺の頭の中でリフレインした。


「リンネさん……」

「はい?」


 俺は箸をおいて、まっすぐリンネさんの瞳を見つめる。


「何か……悩んでます?」

「え? あ、その……ご、ごめんなさい! 変なこと言っちゃって! 別に深刻な悩みじゃなくて、ちょっとぼやいただけっていうか……」


 リンネさんはアタフタしながらごまかすように笑う。


「もしちょっとでも悩みごとがあるなら、なんでも相談してくださいね。できる限り力になりますよ」

「クロウさん――」


 リンネさんの瞳が揺れる。

 なにかをこらえるように、彼女は顔を伏せてしまった。


 少しだけ、沈黙。

 それからか細い声が届いた。


「……反則です。なんでそんなにいつも、優しいんですか」

「別に優しくないですよ。ただ、俺がリンネさんの困っている顔を見たくないだけです。それにリンネさんにはお世話になりっぱなしですから。少しは恩返しをしないと」

「その言葉も……反則です」

「すいません、不快にさせたら謝ります」


 リンネさんは顔をうつむけたまま、黙り込んでしまう。

 俺はじっと彼女の言葉の続きを待った。


「私は……もっと強くなりたい」

「え?」

「クロウさんに助けられて、一緒にダンジョン探索を初めて、それから色々なことを経験しました。それで、自分がなにもできないちっぽけな存在なんだなって……痛いくらいに思い知りました」

「何もできないって、そんなことは――」


 リンネさんが顔を上げる。


「ううん、優しい言葉でごまかさないでください。ダイバーズクラン・LINKsとか、偉そうに名乗っていますけど、ホントの私はあなたに守られてばっかりの、只の子どもです」

 

「そんなことはないですよ、リンネさんの人気あってこそのLINKsだし……それにほら、ストレンジカメレオンを倒したのだって、九頭田フトシを最初に見つけたのだってリンネさんの力があってこそじゃないですか」

「はい。クロウさんに守られながら、手柄を譲ってもらいました」

「リンネさん……」


 リンネさんの口元がふっと緩む。



「悔しいですけど、それが私の現在地点なんです」



 リンネさんがそう言って、居住まいを正して真っすぐ前を向く。


「クロウさん、お願いがあります」

「お願い?」

「私に戦い方を……ううん。探索者としてのイロハを教えてください」


 リンネさんはそう言って深々と頭を下げた。

 予期せぬお願いに俺は戸惑ってしまう。


「あ、頭を上げてくださいよリンネさん! それに戦い方って……俺とリンネさんじゃスキルの系統も全然違うし。そもそも俺が人にモノを教えることなんて……」

「それでもいいんです。手取り足取り教えてもらうつもりは全然なくて……そもそもクロウさんの強さの領域に手が届くなんて思ってません。クロウさんがダンジョンで何を考えているのか、どんな判断基準をもって行動しているのか、それを私に共有してくれるだけでいいんです。そこから先は、強くなるために何をすべきか自分で判断します」


 リンネさんの語る言葉に熱が帯びてゆく。


「私は、あなたに守られるだけじゃなくて。あなたの隣に立ちたい。いつかあなたに必要とされる私になりたい。誰よりも尊敬するあなたに!」

「リンネさん……」

「それが私の探索者としての目標です」


 彼女の声は、表情は真剣そのものだ。

 強い決意がヒシヒシと伝わってくる。


 正直、俺にできることがあるなんて思えない。

 そもそも、リンネさんは俺の眼から見て若くて才能にあふれる優秀な探索者だ。


 だけど、この純粋無垢な想いから目をそらすことは、大人として、なにより彼女の相棒としてしたくないと思った。


 だから――


「わかりました。俺にできることは……手伝います。いつの日か、リンネさんの願いが実るように。遠慮なく何でも言ってください」

「ありがとうございます! クロウさん!」


 リンネさんは満面の笑顔を見せてくれた。




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