第36話 VSスリーピー・ホロウ
「ふッ!!」
一気に首なし騎士の懐へ飛び込み、俺はククリナイフを一閃した。
その刃は敵の右腕付け根付近に命中……が、しかし。
ガキィン!と鈍い金属音を残して、その一撃は弾かれた。
(チィ! 硬え……!)
まるで巨大な岩を切りつけたような重い手応え。
敵の間合いに入ったことで、当然のように反撃が来る。
スリーピー・ホロウは手にした戦斧を俺の首筋めがけて水平に薙いだ。
命中すれば必死の一撃をバク転で回避。
着地と同時に再び踏み込み、今度は敵の足元を狙って一閃を放った。
迎撃のため振り下ろされた戦斧とククリナイフが交差する。
二度、三度、勢いそのまま切り結ぶ。
剣戟の音が辺りに響き渡った。
激しい打ち合いの最中も敵の動きは止まらない。
というか、ますます勢いを増してくる。
しまいには右脚を軸にして回転し、遠心力を乗せた斬撃を放ってきた。
「くっ!」
咄嵯に身体を沈めて回避。
頭上を通り過ぎた敵の武器を視界の端に収めながら、バックステップで一度距離を取り、再び正眼にナイフを構える。
息を整えつつ、今しがた俺が攻撃した箇所を観察。
どうやら敵の甲冑の表面にわずかな傷すらつけることもできなかったようだ。
ダイヤモンド並みの装甲……敵の前評判に偽りはないらしい。
《マジかよ、クロウの攻撃は当たってるのに全然効いてないじゃん》
《動きもすげぇスピードだし、攻撃もえげつないし、クソヤバでしょ》
《物理特化のクロウと相性悪い?》
《さすがにこれは一回撤退したほうが・・・》
俺の身を案じるようなコメントが次々と流れていく。
(さて、どうする? どうすれば攻撃が通る?)
俺には魔法の類は使えない。
得物は一振りのククリナイフだけ。
敵はダイヤモンド並の硬度を誇る甲冑を着込んだS級モンスター。
(甲冑の上からダメージを加えるのは千回攻撃を繰り返しても不可能だろうな。だったら……)
思索に耽る。
頭の中で敵と自分の動きをシミュレートする。
《クロウ笑ってる?》
《マジだ》
《大丈夫か?》
《この状況で笑うって》
《頭おかしくなった?》
《ヤバい?》
そのコメントで自分の口角が吊り上がっていることに今更気づいた。
「や、別に恐怖で頭がおかしくなったわけでもないです。ただ、愉しいと感じたから笑っただけで。ほら、難しいゲームやパズルを攻略しているときってテンション上がるっていうか……今そんな感じなだけですのでご安心ください!」
視聴者に変な誤解を与えないように俺は慌てて弁明する。
《それはそれで十分ヤバい定期》
《この状況で笑うって》
《頭おかしくなった?》
《戦闘民族思考いいぞ〜^^》
《完全にゲーム感覚》
流れるコメントにイマイチ釈然としないが、気を取り直して戦いに集中する。
(要はダメージ判定箇所が極端に狭いってことだろ? だったら一撃の精度をあげて、甲冑の僅かなスキマ、そこを狙う)
戦術の方針を定めた。
あとはそれが間違ってないことを信じて突っ走るだけだ。
「フゥー……」
深く息を吐き、集中力を高める。
「静体視力強化・10倍がけ!」
視界の解像度が上がる。
同時に景色は色を失い、周囲の音が消え失せた。
眼底の奥に熱が迸る。それはほとんど激痛と言っても過言じゃない。
(スキルの二重発動――さすがに長くは持たないな)
「シッ!」
短く鋭く呼気を吐き出して、三度死地へ踏み込んだ。
ガキン、ギィン、ギギン、キィン!
先ほどよりも速く鋭い四連撃を放つ。
だが、全て防御される。
それでも構わない。
ひたすら攻めまくる。
敵の攻撃も捌いていく。
攻撃と防御を同時に重ねる。
一手違えば直ちに死。
その中で生へ繋がる最善手を選び取り続ける。
《人間の動きやめてるw》
《あーもうめちゃくちゃだよ》
《後でゆっくりスローで確認しようと思います》
《毎回思うけど、視力が良くなるだけでなんでこんな人外ムーブかませるのかほんと謎》
(ああ、視聴者がついていけてない。最低限の解説が必要か……)
「ええと! 敵のッ! 甲冑が! 硬いので! 関節のッ! うぉっと! スキマを狙います! ほっ! だからッ! こうして……! あっぶね! 手数を増やしてッ! 敵の大振り攻撃を誘ってます!」
《なんだかんだ解説する余裕あるのつくづく人外で草》
《まじでいいから! 頼むから戦いに集中して!?》
《どんな状況でも視聴者への配慮を忘れない配信者の鑑》
最低限の戦略意図を視聴者に伝えたうえで戦闘に集中。
俺の狙いどおり、少しずつスリーピー・ホロウの攻撃は大振りが目立ってきた。
そして遂にその瞬間は訪れた。
「ここだ!」
スリーピー・ホロウの攻撃の直後、一瞬できた隙を見逃さず、敵の左膝の関節部分にナイフを突き立てた。
ズバシュッ!
確かな手応えを感じ、即座に引き抜く。
鮮血が飛び散り、敵の体勢が大きく崩れた。
(畳み掛ける――!)
俺は攻撃の手を緩めず、一気に敵の懐に飛び込む。
右上腕付け根への左薙ぎ。
左ヒジ関節への右薙ぎ。
右膝への左切上げ。
目にも止まらぬ三連撃を立て続けに斬り放つ。
それら全ては甲冑のスキマ部分に滑り込み、敵の四肢を分断した。
スリーピー・ホロウは体を支えるすべての支柱を失って崩れ落ちる。
こうなれば、いかに強力な装甲や攻撃を持っていようと、もう脅威ではない。
俺はスキルを解除して、スリーピー・ホロウの元へゆっくりと歩み寄る。
四肢を失いもがき苦しむ敵の姿をじっと見下ろし、ククリの持ち手を逆手に握り直した。
「悪いけれど、その命……削り切ります」
俺はそう呟いて、ククリの刃を振りかぶる。
無力化した敵に対する、一方的な蹂躙の始まりだった。
***
「戦闘終了です。お疲れ様でした……ふぅ」
《スリーピー・ホロウ死亡確認・・・》
《えぐすぎwww血も涙もないwwww》
《ちょっとひどくない? もう勝負はついたのに。も虐か?》
《↑いやいやそんなのと一緒にすんなよ。お前モンスターの脅威を舐めてるだろ》
《深層モンスターの生命力は常識じゃ図れないから。肉片一片から復活するケースだってあるんだぞ?》
《戦ったからにはキッチリトドメまで刺さないといけないよね》
《クロウはダイバーの被害を増やさないために仕事してるだけよ》
《つーかクロウさんマジで強い》
《オーガ・ベルゼブブに続いてスリーピーホロウも倒すなんてすごいです!》
《最強!!!!》
《お疲れ様です》
《圧倒的勝利!》
《やべぇよ……やべえよ……》
《やっぱ人間じゃねーわ》
画面に流れるコメントを見て、俺はひとまず自分の役割を果たせたことに安堵した。
引いてしまった一部の視聴者もいるみたいだけど、自分の意図はキチンと皆に伝わったようだ。
だけど、まだ終わりじゃない。
イレギュラーモンスターは排除したけど、当初の目的はまだ達成されていない。
このイレギュラーが事件かどうかを明らかにする。
そして仮に人の手によるモノだった場合、犯人を暴く。
俺はリンネさんと合流すべく、息を整えるのもそこそこに走り出した。
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