第26話 想像を超える
「私は一体なにを見せられているんだ……? 信じられない……この力は……彼は……一体……」
ジェスター社の社長室に併設されたモニタールーム。
無機質なコンソールとモニターに囲まれたうす暗い室内で、部屋の中央に置かれたデスクの前に腰掛けた月夜野ヨルは、メインモニターに映し出される信じられない光景に言葉を失っていた。
皆守クロウをジェスター社に迎えてから初めてのダンジョン配信。
彼はヨルの期待どおりの活躍を見せてくれた。
探索者としての実力は申し分ない。
これまでの経歴に裏付けされた確かな知識もある。
モンスターの弱点や攻撃パターン、地形の特性を的確に把握し、瞬時に対処していく姿は実に頼もしかった。
やや自分のことを過小評価しがちなきらいはあるが、その誠実な人柄は関わるものを惹きつける。
リンネとの相性もよく、モニター越しから見ていて少し年の離れた兄妹のようだ。
二人はこれからもよき相棒としてダンジョン配信を盛り上げてくれるだろう。
そしてダンジョン配信が終盤に近づいたそのとき。
予期せぬ事態が発生した。
オーガ・ベルゼブブ。
深層に潜む強大な敵との遭遇。
ダンジョンにおける深層の危険度は、それ以外の階層とは比較にならない。
そもそも、人類が立ち入れない領域こそが“深層”なのだ。
だから深層に出現するモンスターは総じて凶悪な力を持つ。
一撃でD2スーツの装甲を貫く力を振るい。
ほんのわずかな量で数千、数万もの人間の命を奪う猛毒を吐き。
人智を超えた、奇跡と呼ぶしかない業を放つ。
その脅威はダンジョンに潜る探索者にとって、地震や雷、津波などの自然災害に近い。
とてもちっぽけな人間ひとりが太刀打ちできる相手ではないのだ。
それなのに――
『スキル発動! 魔眼バロル――! 動体視力強化・10倍がけ!!』
クロウがスキルを発動した瞬間、彼の双眸が真紅に輝いた。
彼が持つ視覚を超強化する能力――それが解放された合図だ。
刹那、ククリナイフを構えたクロウの体が鞭のようにしなり、敵に向かって跳躍した。
その動きがあまりにも速すぎるため、ダンジョンドローンは対応しきれない。そのため、モニター越しにはまるで彼の姿が一瞬で消えたように映った。
ダンジョンドローンがようやくクロウの動きに追いつく。
カメラアイが捉えた視界の先で、彼はオーガ・ベルゼブブの懐に潜り込んでいた。
突如として肉薄してきた矮小なる敵を迎撃せんと、その剛腕が振るわれる。
横なぎの攻撃。
クロウはその場にかがんでその攻撃をかわした。
そのタイミングが0コンマ数秒遅れていたら彼の上半身は消し飛んでいたことだろう。
クロウは伸脚運動と同時にククリを切上げる。
その刀身は的確に敵の身体をなで斬った。
「ギャガッ!」
理外の反撃を受け、オーガ・ベルゼブブが苦悶の声を上げる。
だが敵のタフネスは規格外。
これしきの傷でひるむ相手ではない。
自らの体に傷を付けられた痛みと屈辱に怒り狂ったかのように、オーガ・ベルゼブブの猛攻がはじまった。
振り下ろし。
薙ぎ払い。
刺突。
鉄槌。
突き上げ。
四本の剛腕が暴風雨のように振るわれる。
そのすべてが空間を圧殺するかのような疾く重々しい必殺の一撃。
だが――当たらない。
そのすべてをクロウは回避する。
一手でもミスれば即死につながる超攻撃を紙一重でかわし続ける。
《マジかwwwww》
《やべえええええええええwww》
《人間終了のお知らせwwww》
《切り抜き班です・・・どこを切り抜けばいいかわかりません》
災厄と互角以上にわたり合うクロウの姿を見て、コメント欄も怒涛の盛り上がりを見せていく。
《どんどん同接数増えてるwww》
《ファッ!?いつの間にか6万突破してるやん!》
《そりゃ深層モンスターと真正面からドンパチはじめたらそうなるよ》
《今来たけどソロでオーガ・ベルゼブブとバトルってやばない?》
《↑そりゃもう人外よ》
ほんの数分前にクロウが下した、ソロでオーガ・ベルゼブブと戦うという決断。
あるものは自殺行為以外の何物でもないとその行為を止めようとした。
あるものは当惑し、その先にある絶対的な死から目をそらすために視聴画面から離れた。
またあるものは、彼の決断を無謀の極み、蛮勇と称して冷笑した。
彼の活躍をうとい、その死を願ったものも少なくはないだろう。
けれど、今、全員が魅入られている。
人の範疇をとうに超えた動きは目で追うことは困難で、どう動いているのか完璧に理解しているものはいない。武術の達人が繰り広げる演武を更に早送りで見せられているようなものだ。
それでも皆が目を奪われていた。
皆守クロウという人間――彼が見せる可能性に。
ヨルもその一人だった。
クロウの探索者としての資質はヨルの想像をゆうに超えている。
彼になら託せる。
果たせるかもしれない。自分の夢を。
果たせるわけがない。どこかで諦めていた自分の夢を。
ダンジョンに奪われた、大切なものを奪還する。
胸が高鳴る。
身体が熱くなる。
気がつけば彼女の拳は固く握り締められていた。
「いけええ! クロウ! ダンジョンにッ! 人間の力を見せてやれっ!!」
その拳を突き上げる。
無意識のうちに、ヨルはあらん限りの声で叫んでいた。
***
《同接8万人突破!》
《すげーぞ、クロウのやつ》
《異次元の戦いすぎるwww》
《でもやっぱり反撃は難しいか?》
《防戦一方って感じやね。まああのラッシュ攻撃を避けきるだけでもスゲーんだけど》
《クロウー!反撃だー!!ここまできたら奇跡をおこせ!!!》
ビーコン越しに響いたヨルの声援。
盛り上がりつづけるコメント欄。
「クロウさんッ! 頑張れッー!!!」
さっきから声を枯らさんばかりの絶叫で、懸命な応援を続けるリンネ。
(ああ、嬉しい――)
それら全部がクロウの心を熱くする。
(応援されるって、誰かに期待されるって、こんなに嬉しいんだ――)
その一方で彼の思考は冷静沈着そのものだった。
オーガ・ベルゼブブの乱撃をいなし続けながら、敵の身体の動きを観察する。
敵の攻撃の起こりやクセ、疲労の蓄積度合い、あらゆる情報を拾って、それをもとに敵の行動パターンを割り出していく。
(両手を組んで振り下ろす攻撃の後――、一瞬だけど腕が伸び切って隙ができる。狙うはそこだな)
攻防の最中、クロウは反撃のチャンスを見出した。
オーガ・ベルゼブブが両腕を振りかぶり、打ち下ろし攻撃を放ってくる。
「今だッ!!」
瞬間――彼は地面を蹴って大きく前へ踏み込んだ。
クロウが直前まで立っていた場所に、オーガ・ベルゼブブの鉄槌が叩きつけられる。その衝撃で地面はえぐれ、飛礫となって周囲に飛び散った。
クロウは敵の懐に飛び込んだと同時に身体をひねり、伸び切った敵の前腕めがけてククリを振るう。
その刃が、両腕を切り飛ばした。
「ギヤアアアアアアッッ!!!!」
腕を失ったオーガ・ベルゼブブの絶叫がこだまする。切り飛ばされた腕から血飛沫がほとばしった。
その返り血を頭から浴びながらも、クロウは怯むことなく続けざまに相手の腹部めがけてククリを振り抜いた。
ブチブチブチッ――!
筋肉。肋骨。その奥のやわい内臓。
それらを同時に両断する鈍い感覚が伝わってくる。
「ゴブォッ!!」
内臓を切り裂かれたオーガ・ベルゼブブが苦悶の雄叫びを上げる。腹部を横一文字に切り裂かれ、大量の血を流しながら膝をついた。
「くたばれッ!」
クロウはその巨体を踏み台にして跳躍する。そして、宙で一回転し、落下の勢いを乗せた渾身の一撃を相手の首筋に叩き込んだ。
一刀両断。
切断された首が宙を舞う。その切断面から噴き上がった血柱が、まるで赤い噴水のように天を衝いた。
首を失ったオーガ・ベルゼブブの巨体は、その命が尽きたことを証明するかのようにゆっくりと地面に崩れ落ちた。
戦いが終わり、少しの静寂の後。
クロウはククリナイフの刃についた血のりを振り払ってから、ダンジョンドローンに向かって振り返った。
「やりました。オーガ・ベルゼブブ。討伐完了です!」
《倒しちゃったあああああああ!!》
《すげーよクロウ!すごすぎるよおおおおお!!!!》
《おめでとおおお!!!》
《ソロで深層のモンスターを倒しちゃったこの人》
《信じられないものを見た》
《どっちが化け物だよ!!!!!》
《やべええええええ》
コメント欄は興奮の坩堝だ。コメントが滝のような勢いで流れていく。
気がつけば配信の同時接続者数は10万人を超えていた。
皆守クロウの初配信は、こうして誰の想像をも超える形で幕を閉じた。
そしてこれは彼が引き起こすさらなる伝説の幕開けに過ぎなかった。
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