25話 プロとして戦う
「みんな! エントリーゲートが見えてきたよ~。今日の探索も無事に終了です! 応援ありがとう!」
リンネさんは立ち止まり、ダンジョンドローンに向けて語りかけた。
《おつおつ~》
《めっちゃ楽しかったあっという間だった!》
《いつの間にか同接人数が5万超えてる!》
《次回探索も楽しみにしてます!》
「それじゃあ今回の配信はこれくらいで――」
リンネさんが配信を締めくくろうとしたそのとき。
ぞくり。
「ぐあ――」
「――ッ!」
俺とリンネさんは思わず声を上げた。
突如として背筋を走る強烈な悪寒。
それは急激に魔素濃度が高まる証だった。
『周辺魔素濃度急激に上昇! この反応は――』
インカムからヨル社長の緊迫した声が届く。
その言葉を聞き終えるまでもなく――
俺とリンネさんの目の前に黒い影が出現した。
「グゴアアアアアアアアアアッッッッ!!」
耳障りな雄叫びと共に現れたのは、全長5メートルはあろうかという巨大な人型のモンスター。
筋骨隆々な体躯。
額から生えた禍々しいツノ。
口元には鋭い牙が覗き、顔面には8つの赤い目が蜘蛛のように並ぶ。
4本の腕の先には長い鉤爪が伸びていて、全身にまとう殺気をまっすぐ俺たちに向けていた。
その異形は《奈落の王》の二つ名を持つ、迷宮の深層に潜む災禍の化身。
『リンネ、クロウくん! イレギュラー発生だッ! 敵は《オーガ・ベルゼブブ》!!』
《オーガ・ベルゼブブきたあああああああ!!!》
《お前ら興奮してる場合じゃないって!コイツは深層に出現するマジヤバいモンスターだって!!!》
《えちょっとまって!!そんなのが上層に出現したってことは……》
《イレギュラーだあああああ》
《まじでなんでこのタイミングで!!!??》
《クロウー! リンネー! 逃げろー!!!》
イレギュラー発生でコメント欄は一気に沸き立つ。
「ク、クロウさん……オーガ・ベルゼブブって……」
「オーガ種の中でも最上位に位置するモンスターです。私も実際に遭遇したことはありませんが――」
「ということは……この前私たちが遭遇したファイアオーガよりも……?」
「数倍、いやもしかしたら数十倍は格上の相手と思って臨む必要がありますね」
「そんなのって……」
オーガ種の持つパワー、スピード、タフネスそして残虐性。
そのすべてにおいて頂点を極めた存在がオーガ・ベルゼブブ。
魔王の名を冠するのは伊達じゃない。
『リンネ、クロウくん! すぐにこの場から退却だッ! ダンジョンの外へッ!!』
《逃げろクロウ!》
《今すぐ逃げろって!》
《お願い!リンネを守って!!》
「クロウさん! 逃げましょうッ! エントリーゲートはすぐです! 走れば間に合います」
だからこそ至極まっとうな判断として、ヨル社長も、視聴者も、リンネさんも、みんな撤退を勧める。
だけど、俺だけは――
「オーガ・ベルゼブブは俺が倒します」
ナイフシースからククリナイフを引き抜いて、ゆっくりと一歩前に歩を進めた。
「クロウさんッ!? そんな無茶ですッ! いくらクロウさんでもッ!!」
《は、戦うの?》
《いやいやいやいやいやいや》
《うはwwww盛り上がってきましたwwwww》
《やめとけって!命がいくつあってもたんねーよ!!》
背中越しにリンネさんの悲鳴のような声が上がり、俺が下したまさかの判断にコメント欄はますます盛り上がる。
インカムからはヨル社長の声が飛んだ。
『クロウくん! 確かにキミはファイアオーガやストレンジカメレオン……数々のSランクモンスターを討伐してきた。だけど、コイツの危険度はそいつらとはワケが違う! キミもわかっているだろう!?』
「モチロンわかっています。今のダンジョン法で区分されるモンスターの最高ランクはS。つまり一定以上の実力があるモンスターはすべてSランクに位置付けられてしまう……そういうことですよね?」
『ああ、そうだ。そのとおりだ! Sランクモンスターの脅威に天井はない! オーガ・ベルゼブブはソロ探索者の手におえる相手じゃないんだ! だからこそ逃げるんだ! はやく!!』
ヨル社長はただひたすらに俺たちの無事を案じている。
その気持ちが嬉しかった。
「ありがとうございます社長――でも大丈夫です」
なにも考えなしにやぶれかぶれで戦うわけじゃない。
俺が戦闘判断を下した理由は主に三つ。
一つ目がイレギュラーが発生したエリア。
上層のエントリーゲート付近なので、現在ダンジョンに潜っている探索者は必ずこの場所を通過することになる。このままオーガ・ベルゼブブを放置した場合、被害が拡大するのは火を見るよりも明らかだ。このイレギュラーは誰かが早急に排除しないといけない。
二つ目が撤退をした場合のリスク。
オーガ・ベルゼブブは深層に生息するモンスター。その戦闘スタイルやスキルは謎が多い。
確かにエントリーゲートまで走って逃げれば撒けるかもしれない。
だけどその途中、相手が遠距離攻撃を仕掛けてきたら?
こちらの動きを封じるスキルを使ってきたら?
能力不明の相手を前に、不用意に背を向けるのは俺にとっての自殺行為だ。
正面から戦えば少なくともリンネさんを確実に逃がせるだけの時間を稼げる自信はあった。
そして三つ目、最後の理由――
俺はコメント欄に目を通す。
《謎リーマンVS奈落の王オーガ・ベルゼブブ・・・やべえめっちゃドキドキする!》
《ダンチューバーまとめ速報から来ましたー!》
《噂の謎リーマンがまたまたイレギュラーモンスターと対決と聞いて》
《めっちゃ期待!!》
《他配信から失礼します〜。オーガ・ベルゼブブのソロ討伐と聞いてやってきましたー!》
イレギュラー発生をキッカケに配信の同時接続者数は増え続けている。
その数は現在6万人。
リアルタイムでどんどん視聴者が流入してきている状況だ。
だからこそ。
このイレギュラー。
見どころに変えなくてはいけない。
「俺はジェスター社専属のダンチューバーです。視聴者の期待に応えてこそ――プロですから」
その言葉が戦いの合図だった。
オーガ・ベルゼブブが動く。
「スキル発動! 魔眼バロル――! 動体視力強化・10倍がけ!!」
俺は迫り来る敵に向かって真っ直ぐに駆けた。
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